翻訳に生きて死んで
日本文学翻訳家の波乱万丈 ライフ
クォン・ナミ
藤田麗子 訳
平凡社
2024年3月6日 初版第1刷発行
日経新聞、2025年2月1日朝刊の「半歩遅れの読書術」で村井理子さんの紹介記事にあった本。日本の小説を韓国語翻訳して韓国に紹介しているクォン・ナミさんのエッセイ。面白そうなので、図書館で借りて読んでみた。
翻訳家といえば、柴田元幸さんか、村上春樹か、、、。何といってもエッセイ含めてダントツに好きなのは、ロシア語の通訳者であり翻訳家の米原万里さん。みんな言葉の魔術師だ。今回のクォンさんの場合は、日本語を韓国語に翻訳している方なので、訳本をよむことはないだろうけれど、エッセイの日本語訳ということで、紹介されていた。
記事にもあったが、クォンさんは、なんと30年間に 300冊以上の作品を翻訳されている。 村上春樹、小川糸、恩田陸、群ようこ、角田光代、 浅井りょう、東野圭吾、、、、もう、人気作家みんなじゃないか、という感じ。ヨシタケシンスケさんの本まで。1966年生まれ。 韓国を代表する日本文学の翻訳家。
表紙には、本と格闘する?!人びと。そして、表紙裏の袖には、
” 冗談じゃなく、本気で仕事中に翻訳死するかと思った。俳優や歌手が「舞台の上で死んでも悔いはない」と言ったりすることがあるが、 私には翻訳しながら壮絶な死を迎えたいという気持ちはみじんもない。 ーー本書より”
とある。
と、全てこんな感じで、波乱万丈、米田万里さんと近い大胆さと強さを感じる。 ユーモアのセンスで、人生の困難を吹き飛ばしてきたのかも、、とおもっちゃう、波乱万丈物語。
そもそも、本書は、2011年に発行された『翻訳に生きて死んで』の改定版として2021年に出版された本らしい。
もくじ
はじめに 私の翻訳人生の8割は”運”
改訂版に寄せて いつでもこの場所で翻訳をする人でいたい
第1章 翻訳の海に足を浸す
第2章 夜型翻訳家の孤軍奮闘
第3章 翻訳の実際
第4章 書くことの幸せ
訳者あとがき
感想。
おもしろ~~~い!!
捧腹絶倒というのではないけれど、くぷぷぷぷ、、、と笑いが漏れる。電車で読んでいると怪しげなほど笑いが漏れてしまう。
なかなかな、すごい人生。先にでてきた、
” 私には翻訳しながら壮絶な死を迎えたいという気持ちはみじんもない。”
というセリフは、本当に瀕死になっていることを自覚できないほど没頭して、体調を崩してしまったときの話。重病でもなんでもなくて、ただ、働きすぎによる逆流性食道炎をおこしていたようで、規則正しい生活に戻したら、すっかりなおったそうだ。壮絶な死をむかえなくてよかったね、、、。
元々、本が大好きだったらしいが、翻訳家になる夢があったわけではなく、好きで翻訳していたそうだ。そして、日本に面白い本を探しに来て、そこで知り合った韓国人と結婚。娘が生まれるが、後に離婚。母子家庭となって韓国に戻ってから、必死の翻訳の仕事探し。
応援する娘さんの話がまた、面白い。
最後の方には、翻訳の実施例のようなものもあり、韓国語がわかる人ならきっとたのしめるのだろう。訳し方によっては、こうも文章の雰囲気がかわってしまう、というようなことを言っている。面白いのは、日本の小説は「彼/彼女」という代名詞が多いのだそうだ。そりゃそうだ。小説だもの、代名詞、使うよね。でも、韓国語にするときにそれをすべて「彼/彼女」とすると、誰のことだかわかりにくいので固有名詞や「父/母」とか、もっと誰のことだかはっきりわかる言葉に置き換えたほうがいいって。
これは、なんというか、目からウロコ。前に、外国人の知り合いが、日本の小説(日本語)が、誰のセリフなのかがわかりにくい、というようなことを言っていた。たんに、言葉の壁なのかと思っていたけれど、実は文化の違いがあるのかもしれない。主語の無い日本語は、誰のセリフなのかもわかりにくいのか?あるいは、日本人にはそれを読み取る力が高いのか?ちょっと、面白いなぁ、と思った。
ほか、おもしろかったところ、ちょっとだけ覚書。
・日本に面白い本を探しに行った後の話。
” ひよわな体で(当時は体重42kg だった) 大荷物を担いで韓国に戻ってくるや否や、 買ってきた本を昼も夜も読みまくった。 あーそれにしても、、、 自己啓発書ってやつは、タイトルと目次、前半の数項目だけがご立派で、ページが進むにつれて同じことの繰り返し。 どうでもいい内容で埋め尽くされているのねぇ。小説はなかなか面白いから合格。・・・”
わらった。さすが!多読している人の気付き。まさに、キャリアポルノ系の自己啓発書。すぐに見破るところがすごい。
・翻訳家になるのにお薦めの本。
” 中学と高校の国語の教科書。 中高の国語の教科書は正しい文章、正しい文法、正しい書式の宝庫だ。 翻訳の必需だと思って、熟読してほしい。”
へぇ!っと、驚き。日本の 国語の教科書でも同じことが言えるのだろうか?正直言って、小学生時代から高校まで、国語ほどつまらない授業はなかった。そういう目でみて見ると、ちょっとは楽しめるのだろうか???今度、本屋で教科書を立ち読みしてみようと思う。
・翻訳の仕事をとるために、編集者との付き合い方について、言いたいことをいって心のモヤモヤが晴れたとしても、取引先を無くすことになる。相手に対する不満は心にしまっておいた方がいいと思う、と。そして、
” 卑屈であれと強いているように聞こえるかもしれないが、悔しければ出世して、もっと 堂々として入れられるように影響力ある訳者になるしかない。
とはいえ、こんな 衝突は頻繁に起こるわけじゃないから、 編集者の顔色をうかがっておどおどしたり、 へいこらする必要はない。 同じ側にいる 翻訳者なのにこんなことを言うのもなんだが、 もし 編集者としょっちゅうぶつかることがあるのなら、 自分のほうに問題があるのではないかと考えてみるべきだ。”
いいこと言うね!!
・翻訳したくない本 というタイトルの中で、翻訳したい本だけしか翻訳しなかったら飢え死にする、といいつつ、
”では、 翻訳したくない 本とはどんな本なのか? まずは 著者が自分の知識をひけらかそうとして、 不必要なほど 専門的な知識を書き連ねた本。 1日中、 調べものをして過ごすことになる。・・・ しかし こんな本も文章が上手ければ許せる。 本当に翻訳したくないのは、悪文の本だ。 本の面白さや教訓の素晴らしさに関わらず どんなにうまく 翻訳しても”悪訳”にしか見えない、 才能あふれた 原文のことである。”
つまるところ、難しすぎる本は、翻訳していても、面白くないんだな、、、。
翻訳の話だけでなく、仕事がなくなってもめげなかったことや、初心に戻って仕事に向き合うことで運が開けてきたこととか、なんとも明るく前向きになれる、元気をもらえる一冊だった。
娘が幼い時から、ずっと応援してくれていた様子も、なんとも心強い。かつては、自分も翻訳家になりたいと言ってくれていた娘さんも、大きくなるにつれて、不健康そうだから翻訳家は嫌だといいだしたとか、、、。
文章が上手いなぁ、と思う。さすが、翻訳家。
ちなみに、「訳者あとがき」を書かせてもらえるというのは、ありがたいことでもあり、結構大変なことでもあるらしい。内容紹介を書きつつも、感想のようなことも書く必要があって、翻訳の大仕事を終えた後にさらに「あとがき」を書くのは、それなりの労力がかかかることらしい。気にしたことなかったけど、これからは訳者あとがきももっとちゃんと読んでみようかな。
そんなに期待して読んだわけではなかったのだけれど、これは、当たり。
大胆に挑戦するのも大事だけれど、真面目に、コツコツっていうのも大事だよね、って思う。
こういう本に巡り合えるから、人のお薦め本は読んでみる価値がある。
読書は楽しい。
