『マンガ日本の歴史 38  野暮が咲かせた化政文化』  by 石ノ森章太郎

マンガ日本の歴史 38
野暮が咲かせた化政文化
石ノ森章太郎
中央公論社
1992年12月5日 初版印刷 
1992年12月20日 初版発行

 

『マンガ日本の歴史37 寛政の改革、女帝からの使者』の続き。

megureca.hatenablog.com

37巻では、松平定信による寛政の改革で、緊縮財政政策がとられたという話。加えて、女帝というのはロシアのエカテリーナ2世。世界各国が日本に通商を求めてやってくるようになったという時代のながれ。もちろん、まだまだ鎖国政策中。そして、38巻では、36巻のときのように時代をさかのぼりつつ、その時に栄えた化政文化の話。

 

目次
序章 《野暮》の時代
第一章 笑いと伝奇と艶麗の文芸
第二章 浮世絵と生世話な歌舞伎
第三章 鄙ふりの俳風、雪の文化
第四章 草莽の学問、実践の文化

 

いきなり、目次でわからない日本語が・・・。

草莽って、なんじゃら?
広辞苑によると
草莽(そうもう)(ソウボウとも):
 ① 草の生い茂ったところ。草原。草むら。
 ② 民間、在野。

 

なるほど、第四章は 伊能忠敬や、二宮尊徳といった独自に学び、活躍した人たちの話。平田篤胤も紹介されている。かってに本居宣長の弟子と自称して国学を広めた平田篤胤。私の周りの「宣長派」の人たちには人気がない、、、。なぜなら、平田国学は、後に排外自尊主義や尊王攘夷運動に適応し、政治的イデオロギーに成り下がっていったから。また、 長崎 郊外の鳴滝に診療所兼学塾を開設したシーボルトの話も。シーボルトの「鳴滝塾」とは、地名からきていたのか、、と、今回知った。

 

と、第四章の紹介から入ってしまったが、野暮の時代というのは、「」な江戸文化が、地方からの人口流入によって、徐々に「野暮」が栄えていくという話。野暮が栄えるにしたがって、従来の「粋」の世がすたれつつもあった。わかりやすいのは、「吉原」が野暮の間では手が出ない高嶺の花で、その代わりに岡場所と呼ばれた「深川仲町」などが栄えていった。

 

江戸に流入した人たちの多くは、裕福とは言えないその日暮らしでその多くは「長屋」に住んでいた。 言ってしまえば 生活困窮者である。そういう、俗っぽい中でも、文化が栄える。それが、化政文化の特徴ということ。庶民的で親しみやすい文化。武士や貴族ではなく、庶民や町人が盛り上げた江戸文化

 

人びとは、たとえ貧しい暮らしでも、農村で重い年貢に苦しめられるよりは、 江戸の暮らしがはるかに 豊かに見えた。 そして一度江戸の暮らしを味わってしまえば、農村の過酷な生活へ戻っていく気持ちにはなれなかった。そして、江戸の人口はどんどん膨らんでいく。


需要の高まりは、物価の高騰につながり、 寛政の改革以降も価格高騰はつづいた。

江戸には、各地の特産品も流入。高い「下りもの」だけでなく、安い「地廻り品」も増えていく。西陣の織物に代わって、桐生の織物など。そして、吉原同様に新興商人が江戸の経済を支えはじめ、商売に必要だと町人たちも子ども、女含めて寺子屋で 算術、文字なども習うようになる。そして、天明以降は、私塾の開設が増えた。先の鳴滝塾を始め、吉田松陰松下村塾荻生徂徠蘐園(けんえん)塾、 緒方洪庵適塾、などなど、、、、。

 

日本人って結構 学ぶことが好きなんだ。明治初期に来日した多くの外国人は、日本人の識字率の高さに驚いている。それは、化政文化の流れだったのかもしれない。生活のために、学ぶことが必要で、学んだことで文学が楽しめるようになり、歌舞伎や物語が流行していく。

 

庶民が、洒落本、黄表紙、浮世絵、歌舞伎を大いに楽しんだのだが、1841年に大御所 徳川家斉の死をきっかけに、 老中水野 越前守忠邦による粛清が始まる。卑猥な人情本を著作した者は、罪人とされてしまった。本には絶版命令がくだったり、挿絵も摘発された。写楽の絵は、一世風靡したかともおえば、町から消えた。

それでも、歌舞伎自体が禁止されることはなく、歌舞伎のさまざなば仕掛けなどが発展する。迫り上げ道具などは、この時代に発明された。


この時代に活躍した人々、覚書。

曲亭(滝沢)馬琴:『東海道中膝栗毛弥次喜多道中。『南総里見八犬伝』  98巻 106 達の大作で、28年かけて完成。

山東京伝(さんとうきょうでん):馬琴が師事した絵師。洒落本、黄表紙などの挿絵。

蔦屋重三郎:この時代の物書き、絵描きを支援した。まさに、NHK大河ドラマのその人。写楽も、重三郎が支援したと言われている。

葛飾北斎: 『富嶽三十六景』 富士山を描きつつも、人びとの生活を描いた。

歌川広重北斎に強く影響される

歌川国定、 柳亭種彦:『僞(にせ) 紫田舎源氏』 足利将軍家のお家騒動を、 源氏物語にのせた。女性の間で人気爆発。

勝俵蔵(かつひょうぞう)のちの四代目鶴屋南北:『 天竺徳兵衛韓噺』、『 四谷怪談

小林一茶:2万句以上をつくったとされる。

良寛:漂泊の旅を続け、自分の存在について問い続けた俳人

 

だんだんと、今でも親しまれている名前が増えていくなぁ、という気がする。でも、幕府の規制によって職を失ってしまった文化人たちも多く居たのだ。そこをすり抜けて生き残ったのが、現代でも名の残っている人々なのだろう。

 

良寛の良さって、よくわからなかったけれど、「自分の存在について問い続けた」というところが、小林秀雄も惹かれたのかもしれない。

 

それぞれの人たちがどうかかわりあっていたのかがわかって、文化を学ぶ以上に面白い一冊。まぁ、あくまでもフィクションなところもあるのだろうけど。。

そして、緊縮財政、取り締まりの時代は、家斉の登場で終わりを迎える。そこは39巻から。