宗教を学べば経営がわかる
池上彰 いけがみ あきら
入山章栄 いりやま あきえ
文春新書
2024年7月20日 第1刷発行
新聞の広告で見かけて、図書館で予約していた。ずいぶんと待った気がする。やっぱり、池上さんの本は人気があるらしい。
表紙をめくると、
”変化が激しい時代だからこそ、ビジネスパーソンにとって宗教を学ぶことが不可欠だ―。
博覧強記のジャーナリストと希代の経営学者が初対談。キリスト教やイスラム教から、トヨタやホンダ、イーロン・マスクまで。人や組織を動かす原理に迫る。”
とある。
二人の対談のような形式になっている。
池上さんは、 1950年 長野県生まれ、ジャーナリスト。
入山さんは、 1972年生まれ。 経営学者。 早稲田大学大学院(ビジネススクール)教授。
最初に、
「本書を手に取った方へ」という入山さんの文章が掲載されている。
” 本書を手に取った方の中には、 表紙のタイトルを見て不思議に思った方もいるだろう。「 なぜ、 宗教を学べば経営がわかるのか?」と。
しかし、 これこそが本書の狙いなのだ。 宗教をよく理解することは現代のビジネスや経営を考える上で とてつもない 学びとなる。・・・・・・”
と、ある。
うん?「これこそ」の「これ」って、なに???疑問に思わせること???
と、日本語がわかりにくい、、、とおもいつつ、、、。かつ、サラリーマンを30年もやっていれば、経営が宗教なことなんて、当たり前だ。。。。。本当は、宗教を学ぶのではなく、「人間」をまなぶことが経営に必須のことだとおもっているけど、、、。と、ちょっと、最初から突っ込みたくなったけれど、移動の時間潰しに読んでみた。254ページの新書。さらっと読める。
目次
本書を手に取った方へ 入山章栄
第1章 トヨタはカトリック、ホンダはプロテスタント―強い企業と宗教の類似性はセンスメイキングにある
第2章 イノベーションのためには、宗教化が不可欠
第3章 どんなビジネスも最初は「カルト」
第4章 パーパス経営の時代こそ、プロテスタントの倫理が求められる
第5章 なぜイスラム教は「ティール組織」が作れるのか
第6章 アメリカ経済の強さも矛盾も、その理解には宗教が不可欠
おわりに 池上彰
感想。
なるほど。
特に、目新しいはなしではないけれど、池上さんとの対談にすることで、わかりやすく書いた、ってかんじかな。
トヨタはカトリックで、ホンダはプロテスタントというのは、たしかに表現としては面白い。豊田家が君臨するトヨタと、下々の意見も大事にされるホンダ。だけど、トヨタのKAIZEN活動は、現場活動、つまりは下からのアイディアのアクションであることを考えると、入山さんの言葉は「表面的」だな、と感じるところも多い。会社に入り込んで、その実態を調査したという感じはしない。
そういう意味では、やっぱり、 ピーター・ドラッカーは本物の経営学者だったんだな、と思う。彼は、現場に入り込んで研究している。
プロテスタントと資本主義の関係については、マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」ですでに1904~05年に述べられているが、入山さんは、池上さんとの対談の機会まで読んだことがなかったとのこと。今どきの経営学は、「プロ倫」も読まないのか!と、逆に驚いてしまう。まぁ、私だって、「プロ倫」を読んだのは40代かもしれないけど。池上さん曰く、1970年代には、経営学部では必読書だった、と。
つまるところ、この本は「プロ倫」を現代風に書いているようなかんじ。そして今流行りの「 パーパス経営」なども、宗教に近い、って。
そりゃそうだよ。
会社というのは、一つの目標を持っている集団であり、基本的にはその会社の方針に共感する人たちの集まりなはず。たんに、「給料がいい」「休みが多い」ということで就職したとしても、辞めずに長く勤めていると、だんだんとその色が刷り込まれていく。。。社畜という言葉があるけれど、やっぱり、どこかで共感しているところがあるから、辞めないのではないのか?まぁ、金銭的にやめられない、という人もいるかもしれないけれど。でも、共感できない「パーパス」の会社にいることほど、人生の無駄はない。
100%共感できないとしても、一つくらいは会社の方針に共感しているはずだ。「やりがい」とか、「充実感」は、共感しているからこそ感じられるのではないだろうか。長く続く大企業というのは、絶対に一つくらいは誰もが共感できる経営理念があると思う。でなければ続かない。あるいは、形ばかりの理念になりさがってしまうと、経営破綻につながる。
「ビジョン」「ミッション」「パーパス」なんだかんだ言って、やっぱりそれが一番大事だと思う。それがあると、一つの組織となり、1足す1が、2以上の力を発揮する。それが、組織で働く面白さなんじゃないのかな。
とまぁ、突っ込みたくなるところもいっぱいあったけれど、対談形式なのでお話を聞いているようなつもりで読んでみると、軽く楽しめるかもしれない。
気になったところ、覚書。
・ 「 自社のパーパス、ビジョンと自分の日々の仕事はどうつながっているのか」という研修は、 ミサや礼拝を通じて、 神の教えと自分の日常生活の結びつきを腹落ちさせる機会を作っているのと同じこと。
・経営には、「知の探索」と「知の深化」が必要。 短期志向になると「知の探求」 が長続きしない。深化ばかりでは、イノベーションは起こせない。会社の未来への腹落ち感がないと、「知の探究」は、続けられない。ゆえに、経営者と社員の会社の未来、目指す姿、目標への「腹落ち」が大事。
・1993年 世界銀行のレポート『東アジアの奇跡( The East Asian Miracle)』:「 なぜ第二次世界大戦後に日本はここまで 急速に経済成長したのか?」→ 貯蓄率の高さ。 貯蓄率が高いとそのお金が投資に回り、結果として 社会インフラ などいろいろなものが整備される。そして、国の経済は成長する。レポートでは、「日本の貯蓄率が高かった理由の1つとして 郵便貯金という仕組みがあった」ことがあげられている。
政府による「子ども銀行」運動などもあり、「将来のために貯金するべし」と、日本人の頭に刷り込まれている。
これは、、、、今も変わっていないかもしれない。
・ソニーでは、「創業者の残した理念をどう解釈するか」ということが、社内の対立につながった。エレクトロニクスの会社なのに、金融事業なんておかしい、という立場をとった人もいた。その後、当時社長だった平井一夫さんが、「ソニーは、エレキ、金融、エンタメそれぞれで、世の中に感動(KANDO)をお届けする会社だ」と言い続けて、経営者や社員の腹落ちにつながった。へぇ、しらなかった。一時「感動」って、言葉がはやったよな。。。。
平井さんは、元々、音楽が好きで音楽事業にいた傍流の人だった。結果的に、広い視野で、ソニー本体を再建させた。
池上さん曰く「 企業にはよく『中興の祖』と呼ばれる人がいるでしょう。こういう人はしばしば 傍流 から現れる。」
ちょうど、20225年4月の日経新聞「私の履歴書」が、平井さんだった。なんと、まだ64歳なんだね。最終日の最後、「人生はまだまだこれからだ。子供たちに負けないように次なる感動を求めて歩き続けたい。」と結ばれていた。うん、まだまだ若い。頑張ってください!
・池上さん:”『古事記』と『日本書紀』は、まさに物語です。 日本という国がどうやってできたのかが書かれている。 国生みの神話ですね。 この2つが、 神道の経典です。”
むむむ?全国通訳案内士で勉強した各種資料によると、 神道は経典がない、開祖もいない、というのが、一般的な日本文化の説明なんだけどな?
ついでに、『万葉集』も神道の経典に入れるという考え方もあるらしい。経典と言っても、「sacred books」という意味ではないのだろうか?別に、古事記に自然崇拝しなさいと書いてあるわけではない。。。ちょっと、違和感を覚える。
まぁ、宗教学にもいろいろな考え方があるのだろう・・・。
・ ボストンカレッジの元教授メアリー・アン・グリンという組織研究の第一人者が研究した「優れた組織文化」に必要な3つの視点は、イスラム教が十分すぎるほど満たしている。
1.価値観(Value):「こうあるべきだ」という価値観の共有
2.ストーリー(Story): 価値観を腹落ちさせる物語
3.ツールキット(Toolkit): 組織文化を支える手立て
それぞれをイスラム教に落とし込むと、
1.「アッラーは偉大なり」
2.『コーラン』とそれに伴う、ムハンマドが大天使ジブリールの声をきいた、などの話。
3.祈りを含め、神とつながるための日々の行為。
・イスラム教徒が増える中で、世界では文化的摩擦が広がっている。『服従』がベストセラーに。
・オランダの 社会心理学者 ヘールト・ホステッド:「 各国の国民性は6つの次元で説明できる」
1.個人志向性 (Individualism): 個人を重視するか、集団を重視するか。
2.権力格差 (Power Distance): 社会階層における権力の不平等を受け入れるか。
3.不確実性の回避度 (Uncertainty Avoidance): 不確実性を避ける度合い。
4.男性性/女性性 (Masculinity): 競争や自己主張を重んじる「男らしさ」で特徴づけられるか
5.長期志向性 (Long-term Orientation:長期的な視野をとるか。
6.人生の楽しみ方 (Indulgence): 人生の楽しみ方は充足的か、 それとも抑制的か。
宗教と経営というか、宗教と経済は、切り離せない、ってことかな、と思う。結局、景気だって、人が何を信じるか、ということなわけで、政治も、「何を信じるか」なのだ。その真実べきことが、今は経典ではなく「ネット情報」に陥っているという危機の時代。
時代は、ますます何が正しいのかを自分で判断する智慧を必要としている。そんなことを考えさせられる最近の読書である。
本だって、本当に真実が書かれているかどうかはわからない。なんなら、教科書だってね。
これが全ての答えだ、って思わないのが大事なのかもしれない。
人は、答えを求めがちだけど、わからないからこそ考える。
やっぱり、自分で考えるって大事。
