病が分断するアメリカ
公衆衛生と自由のジレンマ
平体由美(ひらたいゆみ)
ちくま新書
2023年8月10日 第一刷発行
公衆衛生に関して、社会的な観点からみた本を探していて、図書館で見つけた本。2023年と、コロナ以降で比較的新しいので、借りて読んでみた。
ちくま新書で、表紙に説明文がある。
” ・・・現代行政国家に成立した公衆衛生はジレンマに満ちている。 誰も好き好んで病気にかかりたくはない。 しかし 病のリスクがあるとわかっていてもやりたいこと、 やりたくないことはある。 その中で何を政策として選択し、 どこを諦め、 どれに 自由と選択を保証するかを、 集団として選び取っていかざるを得ない。・・・・・・”
表紙をめくると、袖には、
” コロナ禍のアメリカでは迅速な疫学調査とワクチン開発がなされたにもかかわらず、多くの死者が出た。 ワクチン接種に当初から反対が根強く、 マスク着用では国が分断された。 アメリカの公衆衛生が抱える深刻なジレンマ・・・。 国民の健康と自由な活動という背反する価値のどちらを優先するかをめぐって、どんな論争があったのか。 20世紀初頭以来の公衆衛生史を繙きつつ、 社会格差・ 地域格差・ 人種格差などによって分断されているアメリカの諸問題を追求する。”
著者の平体(ひらたい)さんは、 1966年生まれ。 東洋英和女学院大学 国際社会学部 教授。 専門はアメリカ史・公衆衛生史。 国際基督教大学大学院行政学研究科博士課程修了。 学術博士。
公衆衛生史が専門とのこと。そんな専門があったのか、、、というかんじだけれど、公衆衛生の専門家というよりは、行政学の専門家のようだ。今回私の探していた類の本の著者としては結構いい本見つけた!って感じ。
目次
はじめに
第1章 そもそも公衆衛生とは何か
第2章 「自由の国」アメリカ―個人の選択と公衆衛生管理の相克
第3章 ワクチンと治療薬―科学と自然と選択肢
第4章 病の社会格差―貧困層を直撃する社会制度
第5章 社会の分断―「マスク着用」が象徴するもの
おわりに
あとがき
感想。
うん、こういうの探していた。これと同じように、日本における公衆衛生史についても調べてみたいと思った。
本書は、アメリカにおける公衆衛生についてのお話。第一章については、公衆衛生について広く一般的に共通していることなので、日本にも当てはまる。2章以降は、アメリカならではの話。
本書の言う「分断するアメリカ」は、要するに「 自分たちのことは自分たちで決める」にこだわるが故に、 公衆衛生に関わることであれ、 国の指図は受けない!というイデオロギーが、分断を生んだということ。
私は、コロナ以前から、英語の勉強のために毎日アメリカのPBS newsを聞いているのだが、コロナ禍のアメリカのニュースを見ていて、マスクをするかどうかで、どうしてこんなに大騒ぎになり、会社・病院・学校を解雇される人がでたりするのか、理解できなかった。単に、頭の固いひとがいるもんだ、、、と思っていたけれど、本書を読むとアメリカの人たちが、「自分で決める自由」にこだわるが故、ということが少しわかる気がした。
「国」ではなく、「州」が命令するならきく、という人々が大勢いるのだ。でも、コロナ禍では、国と州とでいうことが違った。だったら、州の言うことに順います、というのが当たり前の価値観なのだ。あるいは、自分で決めます、という姿勢。
日本人にしたら、政府の言うことは聞かないけど、県知事のいうことならききます、という感じだろうか。まぁ、ほとんどピンとこない。政府は各都道府県で決めてください、ということはあっても、政府が「○○すべし」といって、県知事が「しません」と宣言するなんてことも、日本では考えられない。。。逆もだけど。
本書を読んでいると、なんでアメリカは、それでも一つの国であろうとするんだろう?と思っちゃう。だったら、それぞれ独立したら?って、それができないから、アメリカ合衆国なんだな・・・・。
第一章で語られる公衆衛生とは何か、その答えは、「 集団を疾病から守る」ための活動のことで「医療とは異なる」ということ。治療ではない、予防保全ってこと。そして、その基本は、
1 数を数え 分析すること
2 健康教育を行うこと
3 行動制限を行うこと
だそうだ。中世のペスト流行の頃は、まだ「数を数える」ということも仕組みとしてできていなかったし、そもそも病気の原因もわかっていなかったので、「健康教育」もできなければ、なにを「行動制限」すればいいのかもわからなかった。社会の仕組みや科学技術の発展により、数が数えられるようになり、公衆衛生の発展があったのだ。
コレラに苦しんだ江戸時代に比べたら、戸籍がしっかりできて、病原菌についてもわかってきた明治以降、日本でもようやく「公衆衛生」らしきものができたのだ。
コロナ禍、毎日のように感染者数や死亡者数がニュースで報道されていたのも、今の私たちにとっては当たり前だけれど、江戸時代にはどこで、だれがどれだけ病にかかっているかということだって、把握が難しかったのだ。
『ヴェニスに死す』の主人公だって、ひたひたと迫るコレラの波の真実を知らないままに死んでいった。
公衆衛生は、この2世紀の間に、めざましく発展した、ってことなんだときづかされた。
アメリカでは、公衆衛生はそれはそれで発展したけれど、それより人々の行動を支配しているのが、「自分のことは自分で決める」だし、「自分たちのことは自分たちで決める」ということ。そもそも、自由をもとめてアメリカ大陸に渡ってきた人々であり、「自由を維持するための制度」をなにより大事にしている人たちだから。
今でも、トランプ政権vs州知事の攻防はよくニュースで目にする。反トランプの州であれば、なおさら、大統領を訴える、ということになるわけだ。今起きている、ロサンゼルスで不法移民摘発をめぐる抗議デモが激化したとしてトランプ大統領がかってに州兵派遣したことに、州知事が激怒するわけだ。
第三章で語られるワクチンについては、トランプ政権ではワクチン懐疑派のケネディ氏が 保健福祉省長官という状況。アメリカでは、ワクチン懐疑派は少なくない。もともと、ワクチンに対しては、 19世紀末マサチューセッツ州で天然痘 ワクチンが義務化されたけれど、当時の品質では効果も低く、副反応もあって悪評判だったという歴史がある。また、他にも様々な偽情報などもあり、アメリカにはワクチン懐疑者が多い。
第四章の格差の問題は、国民皆保険の日本と比べると、アメリカの方がずっと深刻だ。貧富の差で、手の届く医療に差があるということ。また、かつて黒人が梅毒ワクチンの臨床試験に利用されたという黒歴史もあって、黒人の間では今でも反ワクチン感情が残っているところがあるという。
ちなみに、アメリカは自由で豊かであるにも関わらず、 他の先進国と比べると健康指標は低めであるということも、格差の大きさの反映との考えられる。
健康指標について、次の数字が示されている。(2020年)
平均寿命
日本 84.62歳
カナダ 81.75歳
イギリス 80.9歳
中国 77.1歳
アメリカ 77.28歳
1000人あたりの乳児死亡率
日本 1.8
カナダ 4.4
イギリス 3.6
中国 5.5
アメリカ 5.4
20歳以上 糖尿病患者 割合
日本 6.6%
カナダ 7.7%
イギリス 6.3%
中国 10.6%
アメリカ 10.7%
こうしてみると、やっぱり、日本ってすごい。
こういった健康指標はアメリカが軒並み低い。そして、 先進国の中では コロナ死亡者数も率も世界一である。自由ってなんだろうか???
第五章の社会の分断についてで、なぜ、アメリカがそこまで「マスク着用」を嫌うのかについての説明もあった。マスクをするのは、すごい重病人で不健康のイメージがあって、西欧では嫌われる、という説がコロナ禍にあったけれど、アメリカの場合、それだけではない。
第1次世界対戦後のクー・クラック・クラン(KKK: 白人至上主義団体)の 活動活発化に対応して複数の州や地域で一般人を対象としたマスク禁止法を制定した歴史がある。 マスクは反体制・反政府・反既存秩序の象徴的なものになっていたのだ。
日本で、「入れ墨」が「反社会」の象徴とされるのと同じ感じか?
そういう社会背景があってのイメージって、サイエンスではぬぐいきれないものがある。
けっこう、勉強になる一冊だった。割と読みやすいし、さすが、ちくま新書。
最後に、パンデミックの覚書。
・中世ヨーロッパ ペスト
・19世紀 コレラ
・1918年 スペイン風邪
・2019年~ COVID-19
これからも、パンデミックは起こりえる。公衆衛生は科学技術的なことだけでなく、いかに「信頼される行政」が主導するかが成功の鍵、ということかもしれない。
