『失われた時を求めて⑤ 第三篇「 ゲルマントのほうⅠ」』 by マルセル・プルースト

失われた時を求めて⑤ 第三篇「 ゲルマントのほうⅠ」
マルセル・プルースト
高遠弘美 訳
光文社古典新訳文庫
2016年12月20日 初版第1刷発行

 

④第二篇「 花咲く乙女たちのかげにⅡ」 第二部 土地の名・土地 の続き。

megureca.hatenablog.com

 

裏の説明には、
”病気がちな祖母のため、 ゲルマント 家の館の一角に引っ越した 語り手一家。 新たな生活をはじめた「私」は、 女主人である ゲルマント公爵夫人に憧れを募らせていく。 サン・ルーとの友情や祖母への思いなど、 濃密な人間関係が展開する 第3篇 「ゲルマントのほう」(一)を収録。 〈全14巻〉”

とある。

 

「私」たちは、パリの家から、ゲルマントの館の一角に引っ越した。 ヴィヴォンヌ川の流れに沿って進んだ先にある「ゲルマントのほう」へ。

⑤では、今度は「私」は、館の主人であるゲルマント夫人(侯爵夫人)に好意を抱く。館の一角に住んでいるので、毎日のように見かけることもできるゲルマント夫人。でも、わざと、偶然を装って夫人の前をうろうろしたり、待ち伏せしたり、、、。相変わらず私の行動は少し子供っぽく、めんどくさい奴。

 

フランソワーズも、だいぶ年を取った。私にいわせれば、
「 我が家の年老いた 料理 女のふてくされた顔」という表現になっている。
フランソワーズの言葉の言い間違いは相変わらずで、家僕や ゲルマント家に出入りするチョッキ仕立て人であるジュピアンという男との日常会話で、フランソワーズがいかに私の家を立派な一家であると見せようとしているか、という様子が描かれる。

 

また、別の場面では、
「 フランソワーズは他の召使いに比べて召使い らしいところが少なかった。 ものの感じ方、善良で情け深いと同時に厳格で高潔な性格、 デリケートで頑固そうな様子、 白い肌と赤みの刺した両手、ーーー そういうところから見れば、 彼女は村の良家の娘であり、 両親はその村の典型的な「旧家の出」だったのだが、没落して、娘を奉公に出さざるを得なくなったのである。」
と。
なんとなく、愛すべきキャラのフランソワーズ。

 

私が、 ゲルマント夫人が気になるようになったきっかけは、オペラ座でのラ・ベルマ演じる舞台『フェードル』を観に行ったとき。ゲルマント大公妃(ゲルマント夫人は従妹)のボックス席の中での優雅な姿に惹かれていく。

カンブルメール夫人は、その貴族的生活にあこがれているスノッブとして描かれる。

そして、
「私は ゲルマント夫人を本気で愛していた。 私が神に願いうる最大の幸福は、ありとあらゆる災難が彼女に襲いかかり、その結果 破産の憂き目にあって、 評判を落とし、 今私と夫人を隔てている特権を全て奪われ、もはや住む家も進んで挨拶もしてくれる人たちも失い、 隠れ家を求めて 私のところへ来ることだった。」

すごい、妄想である・・・・・。

 

そして、私は、ゲルマント夫人に自分を売り込みたいという下心で、バルサックで親友となったサン・ルー(ゲルマント夫人の甥)が駐屯しているパリからそう遠くないドンシエールを訪れる。

 

私は、しばし、ドンシエールで過ごす。体調がすぐれないのはこれまで通りで、時々、サン・ルーに無茶をいって見舞いに来てもらったり、わがままをいったり。それでもサン・ルーは私に対してはいつも最大の愛情で接してくれる。

 

⑤の多くは、ドンシエールでの私とサン・ルー。加えて、他の軍人たちとの交流。話題となるのは、政治的な話。サン・ルーは、ドレフェス事件のドレフェス擁護派だけれど、軍の多くの人、あるいはサン・ルーの家族もドレフェスの有罪を信じている。だから、あまりみんなと一緒のときにはドレフェス事件の話をしたがらないサン・ルー。でも、「君」(=私)といるときだけは、心を許している。

 

私は、サン・ルーの執務室の机に、ゲルマント夫人の写真があるのを見る。ある時、その写真を私にくれないか、ときいてみるのだが、あっさり断られる。サン・ルーは恋敵なのか?
いやいや、私がパリに戻ってきてから、私は、サン・ルーと彼の愛人ラシェールとの逢引きに付き合わされる。が、そこで展開されるのは、二人の痴話げんか。いたたまれない・・・。

そして、機嫌を損ねたサン・ルーは、周囲に暴力をふるう。いつも紳士で優しいサンルーの別の顔を見てしまった私。とはいえ、最初の暴力は、私の体調を気遣って、近くで煙草をすっていたジャーナリストに煙草を控えるようにいったのに、「ここは禁煙ではない。煙草がいやなら家にかえればいい」と言われたのがきっかけ。次は、夜道で男にいい寄られたのがきっかけ。

私は、美男子であるサン・ルーには避けにくいトラブルであるのだと考える。

 

そして、私とサン・ルーは、一旦別れてから、それぞれヴィルパリジ夫人のところへ向かうこととする。ヴィルパリジ夫人は、バルベックで出会った老婦人。私に文学の道を開いてくれようとしているヴィルパリジ夫人は、うちにくれば文学者に何人もあえるから、うちを訪ねてくるようにと言ってくれていた。

 

⑤でも、まだ私は、仕事らしい仕事をしていない。文筆家になるという夢は、父に認められたのか?少しずつ、諦めモードの父なのか。

 

やはり、物語の展開も面白いのだけれど、私の描写の半分以上が比喩みたいになっているところが、『失われた時を求めて』の美しさなんだろう。ギリシャ神話、絵画、芸術、文学、、、ドレフェス事件、ナポレオンの戦争記録といった史実に基づく引用。ちなみに、語り手である私もドレフェス派だが、私の父はドレフェスの有罪を信じている。

 

プルーストの頭の中では、でてくるものすべてがつながっていたんだろう。。。壮大だな、、と思う。

そして、ここまで読んでもいまだにモワッとしている私や周囲の登場人物たちの年齢。最後の高遠さんの「読書ガイド」に、すこし解説されていた。

 

語り手はジルベルト(スワンの娘)やアルベルチーヌ(バルベックで出会った恋人)、ヴァトィユ嬢と同じ1880年の生まれで、1879年に結婚した語り手の両親は、1850年生まれ。サン・ルーは、1870年ごろ、ゲルマント侯爵夫人オリアーヌの従兄にして夫の ゲルマント公爵は1836年。 スワンは1847年頃。 オデット(スワンの妻、ジルベルトの母)は1853年。ということになっているらしい。

つまりは、私とオデットは27歳違い。ゲルマント夫人(オリアーヌ)とは38歳違い。

バルベックでアルベルチーヌと出会ったときの私は17歳で、オデット44歳、オリアーヌ55歳、ということらしい。

が、一方で、この年の差は明らかに不自然で、『失われた時を求めて」は、「年代記通りには進行しない」小説だということ。語り手、つまり私は、ずっと年齢不詳の謎のような存在として、小説の中を行き来しているのだ、と。

うむ。なるほど・・・・。

やはり、あまり細かなことにはこだわらずに、ただ流れる文章を味わうのがいいみたい。
これが、フランス語だったら、もっと美しいのだろうか?私とサン・ルーが、互いを「あなた」=vous (ヴ) から、「きみ」=tu (チュ) と、呼ぶようになるのは、より親しくなったという説明になるのだろう。日本語で親友を「あなた」とか「きみ」と呼ぶことはあまりない。夏目漱石の時代か、、、、。

まぁ、まずは、日本語訳で楽しもう。

 

が、しかし、ここにきて、すごいことに気が付いてしまった。なんと、光文社古典新訳文庫は、⑥までしか出版されていない・・・・・。まぁ、、途中から岩波文庫にするかな。。。。
とりあえず、次はまだ光文社古典新訳文庫で、、、。

 

他、覚書。
ケルビム智天使。天使の位で二位。セラピム熾天使(してんし)。最上位。
 サン・ルーを訪ねていった先で、ホテルの豪華な料理をサービスするボーイを表現するのに使われていた。

 

ゴットフリート・ライプニッツ量子論モナドジー)』。バルベックでサン・ルーと私が一緒に読んだ本。思い出話で。
 「 現実世界と比べて可能性の世界がどれほど豊かなのかが書かれていたよね。」と、サン・ルーがいう。

 

オルペウスギリシャ神話。 竪琴の名人 オルペウスは、邪恋を迫る相手から逃れる際に毒蛇に噛まれて死んだ妻エウリュディケを探すために、冥界下りをする。 振り向かないで という約束を破ったがために、オルペウスは妻をとこしえに失ってしまう。
 *オルペウス神話は、プルーストにとってきわめて重要なテーマだった。
 当時、まだ珍しかった「電話」でパリにいる祖母と話している最中に、電話がきれてしまい、一人取り残されてとてつもなく寂しい気持ちになったとき、「オルペウスのように」「お祖母さん、お祖母さん」と空しく繰り返した、とでてくる。

 

全14巻。まだまだ、続く・・・・。