奪われた集中力
もう一度 じっくり考えるための方法
ヨハン・ハリ
福井昌子 訳
作品社
2025年6月5日 初版 第1刷印刷
2025年6月10日 初版 第1刷発行
Stolen Focus;Why You Can’tPay Attention----and How to Think Deeply Again.(2022)
2025年7月12日の 日経新聞で 紹介されていた本。
記事には、
”・・・・(略)・・・
本書の魅力は、著者が、自分自身の体験から学ぶことに加えて、世界中の専門家への綿密なインタビューを行い、現代人から集中力を奪っているさまざまな要素を解き明かしていく道筋だろう。その過程で、スマホが悪いと単純に片付けられないことがわかってくる。
取り上げられる問題は多岐にわたる。スマホ使用と成績の相関、我を忘れて夢中になる「フロー状態」との関係、睡眠と集中力、人々の注意をお金に変換するテック企業の手法、食生活と集中力、ADHDなどの症状、そして子育てと教育。様々な視点から「奪われた集中力」という現代の課題の多面性が浮き彫りになる。
圧巻なのは、集中力の欠如は、脳の中の報酬系の働きなどの問題であると同時に、肥満の人が増えているといった現象と同じ、社会的な課題でもあると、著者が徐々に気づいていく過程である。
現代における働き方や、産業構造、情報ネットワークの変化などを通して、いわば構造的に、私たちの集中力が奪われていく、その仕組を解き明かすプロセスは読んでいて感動的ですらある。
最後に、著者は集中力を取り戻す「アテンション・リベリオン」(注意力の反乱)という概念を提唱する。地球温暖化など、人類にとっての共通の課題への集中力を奪われたままでは、私たちの未来は暗い。容易な道ではないが、それでも集中力を取り戻すための沢山(たくさん)のヒントが、本書にはある。”
とあった。
面白そうなので、 図書館で借りて読んでみた。
表紙の裏には、
”以前に比べて仕事も読書も集中できない。
でも、スマホは片時も手放せない。
――なぜ、こんなことになってしまったのか?
現代人全員が、何かしら頭を悩ませている「集中力の喪失」はなぜ生じているのか?
世界各地の専門家や研究者250人以上に取材し明らかになったのは、私たちの集中力はただ失われたのではなく「奪われ」ていること、そして必要なのは個人的な努力にとどまらず、社会全体で「取り戻す」取り組みであるということだった。
仕事ではマルチタスクに追い立てられ、休日はSNSとショート動画に費やしてしまう、だけど本当はじっくり集中して、豊かな人生を取り戻したい、すべての人の必読書。”
とある。
著者のヨハン・ハリは、1979年生まれ。英国出身のジャーナリストで、世界的ベストセラー作家。これまでの著書は38の言語に翻訳されている。最初の著書『麻薬と人間 100年の物語』(邦訳、作品社、2021)をもとにした映画『ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ』はゴールデングローブ賞(ドラマ部門)主演女優賞を受賞し、アカデミー賞主演女優賞にもノミネートされた。第二作『うつ病 隠された真実』(邦訳、作品社、2024)も話題を呼び、『ニューヨーク・タイムズ』『サンデー・タイムズ』のベストセラーに選ばれた。「依存症とうつ病」をテーマにしたTEDトークの動画は8000 万回以上再生されている。「肥満と痩せ薬」を扱った次作『Magic Pill』も作品社から刊行予定、とのこと。
彼のTEDトークは、確かに興味深い。依存症に関する2015年のTEDトークの結論は、「依存症」addictionの反対にあるのは、「シラフ」ではなく社会的な人と人の「繋がり」connectionということ。
本書は、依存症ではなく「集中力」がテーマではあるけれど、結局のところ集中力を奪っているのも何かへの依存症になっているから、ということ。故に、本書の結論も上記TEDトークと近い。
目次
イントロダクション メンフィスを歩く
第1章 原因1――速度、スイッチング、フィルタリングの増加
第2章 原因2――フロー状態のマヒ
第3章 原因3――身体的・精神的疲労の増加
第4章 原因4――持続的な読書の崩壊
第5章 原因5――マインド・ワンダリングの混乱
第6章 原因6――あなたを追跡して操作する技術の台頭(その1)
第7章 原因6―あなたを追跡して操作する技術の台頭(その2)
第8章 原因7―残酷な楽観主義の台頭
第9章 もっと深い解決策の最初のひらめき
第10章 原因8――ストレスの急増と、過覚醒を引き起こす仕組み
第11章 素早い対応が求められて疲弊する――これを逆転させる方法を思いついた職場
第12章 原因9・10――食生活の乱れと汚染の悪化
第13章 原因11――ADHDの増加と向き合い方
第14章 原因12――子どもの監禁(肉体的にも精神的にも)
結論 アテンション・リベリオン(注意力の反乱)
注意力を向上させるための取り組みをすでに始めている団体
謝辞/原注/訳者あとがき
感想。
うん、なかなか面白かった。
途中から、一般的集中力の話から子どものADHDの話に移っていく。でも、それこそ、社会の変化を求めるために重要な主張なのかもしれない。
集中力の欠如は、個人で解決できることでなく、社会の問題であり、その影響をより強く受けるのが子どもである。だからこそ、ADHDに焦点をあてたのだろう。
集中している状態としてよく言われる「フロー」状態になるには、マルチタスクではなくワンタスクであること、意味のある目標があること、能力のギリギリの活動であることが大事で、マルチタスクでは絶対に集中できない、という。
これは、本当にそうだと思う。
音楽を聴いて勉強したり、読書したりすることは私もあるけれど、やっぱり、集中しているときは途中で音楽が切れていることにも気がつかない。そして、そのことに気が付くと、もう、音楽をかけようという気にもならずに、勉強や読書を継続する。
人間の脳は、一度に一つのことしかできないんだよね。マルチタスクをしていると思うのは思い過ごし。
電車に乗っていて、本を読んでいて、携帯で所要時間を調べて、、、、と色々していると、読書が同じところをぐるぐるしていることに気が付くことがある。
著者は、それを脳がもとの集中に戻るためのタイムラグがあると言っている。スイッチ・コスト。たしかにね、、、
ちょっとでも、目を離すと、そこに戻るのにタイムラグがある。それこそ、時間がもったいない・・・・・。
本書の主な主張は、集中できない理由は、個人の努力不足ではなく、社会の変化が速すぎる、情報が多すぎる、やることが多すぎる、、、などの社会環境のせいであって、大人も子供も、心配事のない「安心できる環境」があれば集中力を取り戻すことができる、ということ。
働いていると本が読めなくなるというのの一つには、つねに「ストレス」にさらされていて、集中力が続かないから、、と言うこともあるのかもしれない。
「安心できる環境」というのは、経済的にも、生物学的、メンタル的、物理的にも、ストレスが少ない状態。
ストレスからの解放こそが、集中力の鍵というのは、子どもも大人も同じ。そして、子どものADHDに対して対処法の薬物投与より、「安心できる環境」確保の方がずっと重要、ということ。
うん、よくわかる気がする。
著者は、最初にインターネットと断絶した生活を3か月おくるチャレンジをしている。デジタルデトックス。そして、悟りを開いたかのような気がするのだが、元の生活に戻るとまた集中力の問題に直面する。やはり、環境が影響するのだ。
私は、SNSを全く使わないということはない。グループの連絡で使うことがあるので、Facebookを開くことは1日に一度はある。そして、無限スクロールの罠にはまってしまうことがある。Facebookや、Instagramの無限スクロールは、私達が画面を見続けるほどに広告料が入る仕組みだと本書にはっきりと書いてあり、もう無駄にスクロールしない!と心に誓った。でも、猫の動画、犬の動画、、、、赤ちゃんの動画、、、ついつい、見てしまう。。。
少なくとも、ながらスクロールをするくらないなら、見ない、ってことを守ろうと思う。
私が個人的に実践している集中方法は、むかし「ポモドーロタイマー」で流行った、「タイマー」を使う方法。読書でも、勉強でも、ブログ書きでも、「60分」のタイマーをセットする。一応、その60分は。他のことに気を取られなくていい時間。途中、料理したりなにか別のことを同時並行でするときは、それ専用の別のタイマーも使用する。
時間を気にしなくていいように、タイマーを使う、っていうやり方。そうすると、集中しすぎて、何かをわすれにくくなる。
と、私の場合は集中できなくて困るというより、集中しすぎて他を忘れる、ってことの方が問題だから、、、かもしれない。。。
それだけ、今の生活が「安心できる環境」だともいえる。ありがたいことだ。
集中するには、心配事をなくす。それが一番。速度が速すぎる社会も、情報が多すぎる社会も「乗り遅れたらどうしよう」という不安をあおるから、集中力を奪うのではないだろうか。
マイペースでやっていると、集中力を邪魔されにくくなる。外野に振り回される生き方をやめると、ストレスも減るし、もっと楽に生きられるようになる。そんな気がするな。
気になったところ、覚書
・ ジェームズ・ボードウィン(20世紀最大の作家、 性的マイノリティ、黒人)の言葉。
「 直面しているもの全てが変えられるわけではないが、 直面していなければ何も変えることはできない。」
現代において、人びとの集中力がなくなっているというのは人間が作り出したものであるという事実に向き合えれば、何かを変えることができるだろう、というくだりで。
・スイッチ・コスト: マルチタスクをしようとして 断続的な 切り替えを行うことで、 意識の上では シームレス にこなしていると思っていても、 脳は、タスクからタスクへの切り替え時に、脳内の再構成に時間がとられる。 ほんの少し時間かかることが パフォーマンスを低下させる。
・フロー状態:ミハイ・チクセントミハイ(1934年、イタリア生まれ、ハンガリーの外交官の父を持つ、アメリカの心理学者)が提唱した「 自分がしていることに夢中になりすぎて、我を忘れ、 時間を忘れ、その行為そのものに入り込んでいるように感じる時のこと」そうなるためには、明確な目標、自分にとって意味のあること、自分の能力の限界ではあるが越えてはいないことをしているという条件が必要。 藤井聡太くんが、対局しているときみたいな。。。
・スクリーン劣勢:印刷された書籍の情報と、スクリーン画面上の情報では、スクリーン画面上で受け取った情報のほうが、内容を理解されにくい現象。54件の研究から科学的証拠がえられているとのこと。本書では、その理由までは説明されていないが、調べると、スクリーン画面は動的であることが関与しているみたい・・・。私も、体感する。だから、やっぱりKindleより紙の本の方が好きなのだ。
・「監視資本主義」: ハーバード大学のショシャナ・ズボフ教授の造語。スマホやアプリを操る人々が、無意識のうちにGoogleやMeta(Facebook)などの企業にデータを提供し、お薦めや広告に触発されて行動の選択、判断の修正、変化を検討している状況。
事実、アプリは利用者の注意を最大限につかむように設計されていて、長く見るほど収益が上がる仕組みになっている。著者は、このことから仕組みを変えるべき、と言っている。
・ネガティビティ・バイアス:人間は怒りや憤りを感じさせるニュースの方が意識を持っていかれやすい。生後10週の赤ん坊でも、怒っている人の顔の方に視線がいく。ゆえに、「憎む、抹殺、破壊」という言葉を含むスレッドほど、リツイートされやすい。
・『最強の集中力』(ニール・イヤール):集中力は自分で取り戻せるという本。内的誘因、不快な感情状態を回避すれば、集中できる。習慣を変えればいい。
それが、難しいのが現在の社会、というのがヨハンの主張。
・残酷な楽観主義:マリー・アントワネットの「パンがないならケーキを食べればいい」というようなこと。ニールの「不快な感情状態を回避すればいい」と言う言葉は、それに近い、と。
・ベーシックインカム保証の重要性: お金について心配しなければいけない時には、 脳の処理能力の大部分が消耗されている。だから、お金の心配のない環境は、集中力に影響する。
なるほど・・・・確かに。
・子供の集中力には、「適切な食事」も重要。脳は食べ物で作られる。子供のときに、大事な栄養が不足すれば、脳の成長に影響を受ける。だから、子供の食べ物は、大人よりも注意を払う必要がある。
・ADHDは遺伝由来よりも、環境依存の要因が大きい。対処法の薬物治療より、根本原因である「不安な環境」を改善してやることで、子供の集中力は改善する。ADHDの子供に「集中力がない」と診断するのは、咳をしている子供に「咳をしていますね」と言うのと同じで、なにが問題であるかを突き止めたことにはならない。ADHDは、環境要因がなにかを探ってやることが大事。
・「子供の監禁」:第14章のタイトル:今の子供は、自由に外で遊ぶ機会を奪われている。それは、監禁だ、ということ。子供一人で通学したり、買い物に行かせることですら、「虐待」と言われる。そんな世界はおかしいのではないか?という著者の声。大人の監視下でしか遊べない子供に、創造力が養えるか?と。好きなことをしてよいと言われると、何をしていいかわからない子供が増えている、と。
・自由な遊びが、子供の集中力を育てる。子供の集中力がなくなっているとすれば、それは、大人の責任。
・人は、子供も大人も、ストレスフリーにマインド・ワンダリングする余裕が必要。 運動すること、 きちんと眠ること、 健康な脳を発達させる栄養のあるものを食べること そして 安心感を持つこと。それが、集中力を生む。
やはり、食べる、動く、寝る!が、基本だ。
「その情報がなかったら、自分の生活になにか問題が生じるか?」と考えると、たいていのことはたいした影響がない。学校で、職場で、みんなの会話についていけないからとTV、ネットニュースを見ているなら、それは自分の本当の欲求ではない。会話についていける自分と言う存在を、他人に「評価」「承認」してもらいたいというだけのことだ。
自分が本当に好きなことは、暇にならないと気が付かない・・・・、と言うことに私が気づいたいのは、脱サラしてからだった。
一人の時間が、人生を豊かにしてくれる。
群れるな、流されるな。
その時間を自分のモノにしよう。
