『お伽噺「桃太郎」はなぜ生まれたのか』 by 宮川 禎一

お伽噺「桃太郎」はなぜ生まれたのか
宮川 禎一 ミヤカワ テイイチ 
教育評論社 
2025年6月30日  初版第1刷発行

 

日経新聞 2025年8月9日 書評で紹介されていた本。 


先日、岡山県に遊びに行ったとき、 岡山県立美術館で、江戸時代の物と言われている「 桃太郎の絵巻」をギャラリートークのあいだに説明してもらった。それは、いわゆる「回春型」と言われるお話で、 桃太郎は桃から生まれたのではなくて、流れてきた桃を食べた おじいさんとおばあさんが若返り、子をなした、と言うお話だった。え~~~!そんなお話あったの?!と、驚いた私に、岡山在住の友人Kは、「え、そうですよ、昔から2説あって、子供向けに 回春型はいかがなものかということで、桃から生まれた話が子供向けの昔話になっているんですよ」と。私としては初耳だった。

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そして、岡山から帰ってきて、この記事を目にした。

 

記事には、
民俗学者柳田国男は「桃太郎」を「有名なのにその根が分からない話」と称した。たしかに物語は周知されていても、何がモデルで、どのように広がったのかなど謎は多い。東アジアの考古学を研究してきた著者が物語の成立過程と展開を文学史の視点で考察した。

とりわけ中国の影響が大きく、天竺(てんじく)に仏教経典を取りに行った三蔵法師玄奘(げんじょう)の物語を子ども向けに書いたものだと主張する。明時代の「西遊記」では玄奘が川に流されて下流の岸辺で拾われ、成長すると孫悟空猪八戒といった動物を彷彿(ほうふつ)とさせる仲間と旅に出た。犬・猿・キジを連れて立ち向かう桃太郎と重ねる。ほかにも中国古代の女神、西王母の桃の実から赤ん坊が生まれる話が12世紀頃の南宋時代の書物に記されている。多様な史料をもとに深掘りされていて、日本の昔話だから日本神話をもとに庶民の間で語り継がれて広がったのでは、といった先入観が取り払われていく。

正体不明である作者の人物像の分析は読みどころだ。江戸時代の享保年間に「もも太郎」が出版されたことから、17世紀後半から18世紀前半頃に生きた、中国書籍を読みこなす文人が書いたと推測する。そして前向きで元気な子どもこそが人間の未来を担うという意図をこめたのでは、と。想像力が刺激される。”
とあった。

面白そうなので、図書館で借りて読んでみた。

 

著者の宮川さんは、1959年、大分県宇佐市生まれ。 元京都国立博物館研究員。本書の中では京都から日帰りで岡山県の吉備神社へ行った話なども出て来るから、今でも京都在住でいらっしゃるのか。専門は坂本龍馬の研究らしい。故に、坂本龍馬にまつわる話も桃太郎がらみででてくる。

 

目次
第一章 冒険の物語が始まる
第二章 川上から赤ん坊が流れてくる
第三章 浦島太郎と桃太郎
第四章 展開する桃太郎のイメージ
第五章 日本昔話の生成
第六章 桃太郎の作者はいったい誰なのか?

 

感想。
笑える~~~~~!!!
楽しく読んだ。真面目な本でありつつも、著者の妄想と創造と、話の飛躍がすごいともいえるし、いやいや、確かにそうかもしれない、、、、、と思える裏付けに感じたり。
桃太郎?ただの昔話でしょ、と思っている人には薦めない。でも、お話って、人間の創造の極致だよね、その源泉はどこから?と興味を持つ人なら、楽しく読めると思う。

 

本書を総括してしまえば、先に引用した記事の通りで、著者は、「桃太郎」のお話は、 三蔵法師玄奘(げんじょう)がもとになっているという主張。そう考える根拠が延々とつづられている。

 

たしかに、3匹の仲間を連れている。玄奘も、赤ん坊の時に川に流された。「宝物」を獲りに旅に出た。(桃太郎は鬼ヶ島に鬼退治にいって宝物をゲット、玄奘は天竺に仏教書をめざした)。

 

そして、西遊記三蔵法師に由来があるという考えは、江戸時代の作家・曲亭馬琴にも支持されていたということを彼の考証本『燕石雑記』に確認している。一方で、民話の大家・ 柳田國男は、それを批判し日本固有の物語だと主張している、と。なんでも、 柳田國男は 、 1921年に国連の仕事で イタリアへ行き、フィレンツェのフィッツ 美術館で サンドロ ボッティ・チェリの有名な『ヴィーナス誕生』 の絵を見た時に 、貝の上にたたずむヴィーナスをみて、桃から生まれた桃太郎との共通性を見出したのだ、、、とか。そして、昔話、桃太郎研究に嵌っていった、と。

 

ちょいちょい、真面目だか、おちょくっているんだかわからないような文章もはさまれていて、著者のユーモア爆裂、って感じ。よく、桃太郎だけでここまで話をふくらませたな、、、って感じ。

 

桃太郎が、イヌ・サル・キジなら、三蔵法師孫悟空猪八戒沙悟浄を連れている。児童書つながりでは、仲間を連れて旅に出るというのも定番中の定番だ、と。 オズの魔法使いスターウォーズ指輪物語、さらには娯楽つながりで水戸黄門だって仲間3人をつれて歩いているって。う~ん、なるほど。確かに。昨今の日本のアニメ、マンガだって仲間との旅だ。ワンピースも。鬼滅の刃も。

 

旅と言う視点で、桃太郎は「男の子は旅に出て強くなるものだ」という主張もあったのではないか、と。そして、親は子供に旅に出すのは寂しいけれど、旅立ちを成功させて立派になってもらいたいと思うものだ、と。その桃太郎の鬼ヶ島での活躍は、土佐を脱藩して国につくした坂本龍馬、 『天空の城ラピュタ』のパズー、 『魔女の宅急便』のキキにも相似である、と。(笑)(笑)(笑)

いやぁ、ほんと、面白かった。いろいろな妄想が、点と点でつながっていく感じが楽しい。

 

曲亭馬琴の話から、その先輩である山東京伝など江戸時代の作家と、その研究者・島津久基の話にもつながる。山東京伝も重要な昔話研究をしていたのではないかというのだが、山東京伝なんて名前、『マンガ日本の歴史』を読んでいなかったらしらなかった。

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面白かったところ、ちょっと、覚書。
・桃太郎には2種類あって、桃から生まれる「果生型」と桃を食べて若返った夫婦から生まれる「回春型」。桃太郎は江戸以前からあったけれど、明治以降「果生型」が一般化した。

 

・ 桃の不思議な力は中国神話の「西王母」の桃から来ている。西王母の庭に「蟠桃(ばんとう)」という 不老長寿の効用を持つ桃の実があった。「蟠」とは、中国の中原からは遥か遠く西。不老長寿は、中国のあらゆる王の夢。 秦の始皇帝は、不老不死のための仙薬を求めて東海の蓬莱(日本列島)に徐福を派遣した。徐福伝説。紀伊半島新宮市にある徐福のお墓は、江戸時代につくられた徐福伝説の一つ。
あぁ、徐福、、、 新宮の徐福寿司には、徐福のお墓の案内が置いてあった。

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ついでに、徐福も『マンガ日本の歴史』に出てきた。

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・『大唐西域記』: 三蔵法師玄奘が天竺へ行った記録、12巻。玄奘の口述を弟子が筆記したもの。 日本にも経典の一部として古く伝来している。 7世紀の西域やインド各地の詳細、インド人の暮らしも記載されていて文化人類学としても貴重。

 

・桃太郎と玄奘の共通点。「自発的」に目的地に向かった。桃太郎は鬼ヶ島、玄奘は天竺。

 

玄奘が長江を流れ下ってたどり着き、拾われたのが「金山寺」で現在の浙江省鎮江市にある名刹。このお寺は、室町時代雪舟が明国に渡ったときに揚子江から描いた。

 

・『桃花源記』:陶淵明の物語。隠遁の神様・陶淵明も、浦島太郎のような異世界を訪ねて不思議な体験をするお話を書いた。陶淵明、深いなぁ・・・。

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福沢諭吉の桃太郎批判:「 桃太郎が鬼ヶ島に行ったのは 宝を取りに行くためだという話だが、けしからんことではないか。 宝は鬼が大事にしてしまっておいたものであり、 宝の持ち主は鬼である。 持ち主のある宝を訳もなく取りに行くとは、桃太郎は盗人と言うべき 悪者である。 ・・・・宝を取って家に帰り おじいさんとおばあさんにあげたとなれば、 これはただの欲望のための仕事であり 卑劣千万である。」
(笑)

 

・イヌ・サル・キジが黍団子をもらって鬼退治の旅に同行したのは、義勇兵ではなく傭兵だ。ちなみに、申・酉・戌が、鬼のいる鬼門「丑寅」の反対にあるから、鬼退治のお供は、
イヌ・サル・キジなんだとか。

 

・「どんぶらこ」こそ、桃太郎のだいご味。「どんぶらこっこ、すっこっこ」というのもあるらしい。

 

桃太郎伝説は、大和朝廷が吉備の栄光を妬んで差し向けた刺客である説。

 

岡山市吉備津彦神社には、鹿ケ谷の陰謀(平氏を倒そうという陰謀が平清盛にばれた)で死んだ 藤原成親の石像供養塔があり、敗者供養の習慣のあらわれ。同じように、失われた吉備国の栄光を忘れないように、桃太郎伝説をつくった説。

 

・現代的ももたろう:ポプラ社「はじめての世界名作絵本」シリーズ。

 

坂本龍馬は、脱藩士だったので変名をつかっていた。その一つが「才谷梅太郎」。才谷は坂本家先祖の土地の名前、梅太郎は「桃太郎が鬼退治へ」いったように「江戸の徳川幕府を倒す」意図で桃太郎にちなんだ、説。

 

・日本五大昔話:かつては、「桃太郎」「猿蟹合戦」「かちかち山」「舌切り雀」「花咲か爺」。でも、けっこう残虐なお話。現代では、「かぐや姫」「 一寸法師」「金太郎」「浦島太郎」「桃太郎」あたりが妥当ではないか、と。

 

桃太郎が持っていったのが黍団子だったのはなぜか?とか、細部にまで色々なツッコミがある。作者が「団子屋」で、サブリミナル効果をねらったのでは?とか。

 

まぁ、必読本ではないだろうけど、人が物語をつくる不思議を感じて、ゆかりの土地にいってみたくなる感じの本。マンガやアニメの聖地巡礼みたいに、吉備津彦神社にでもいってみたくなった。また、岡山遊びに行こうかな。。。。

 

読書は楽しい。

点と点がつながるのが、何より楽しい。