『酒を主食とする人々』 by 高野秀行

酒を主食とする人々
エチオピアの科学的秘境を旅する
高野秀行
本の雑誌社
2025年1月23日 初版 第1刷発行

 

2025年3月8日の日経新聞朝刊書評で紹介されていた本。

 

記事には、
エチオピアには、酒を主食とする人々がいるらしい。南部のデラシャとよばれる地域で、そんな食生活がたもたれているという。この民族学的な報告とであった高野は、衝撃をうけた。好奇心もつのらせている。のみならず、現地へおもむき、実情をさぐりもした。これは、その調査紀行とも言うべき一冊である。

現地では、じっさいに酒で栄養や水分をとる人々を、目のあたりにした。彼らは幼児もふくめ、朝から晩まで、パルショータという酒をのみつづける。妊婦まで、同じように酒びたりの状態となり、出産をむかえるのがあたりまえの光景になっている。

世界保健機関(WHO)がアルコールの害について警鐘をならしていることは、よく知られていよう。飲酒は小量でも人体に有害である、と。だが、デラシャの人々に、さしたる健康被害はない。高血圧や糖尿病、そして肝臓疾患などをわずらう者は、ほとんどいなかった。そういう点では、酒を主食としない周辺諸族より、むしろすぐれている。栄養失調の子供も、きわめてまれであるという。まあ、往来を千鳥足で歩く幼児は、けっこう見かけるらしいのだが。

(中略)

さて、高野のエチオピア旅行には、テレビ局のスタッフもつきそった。この訪問は、クレイジージャーニーという番組の企画にもなっている。デラシャへいきたいという高野の希望にTBSがとびつき、この旅行はなりたった。高野が番組にも出演する前提で。

その取材状況も、この本はくわしくえがいている。それが、テレビ・ドキュメンタリーの裏側をかいま見せ、おもしろい。たとえば、彼らは宿泊している家で、大量のゴキブリになやまされた。しかし、日本の放送では、ゴキブリの映像がNGのあつかいとなる。だから、撮影されていない。

デラシャの画面を、局の上層部は地味だと判断した。けっきょく、そこは放映されていない。オンエアには、よりカラフルだとみなされたべつの画面がえらばれた。高野の筆致には力がこもっている。テレビ的な絵作りへの抵抗精神も、その執筆をささえたか。”
とある。

 

冒険家の高野さんのレポート、面白くないわけがないだろう。気になったけれど、急いで読まなくても、と思って、図書館で予約して、なが~い順番待ちをした。ようやく順番が回ってきたのは、既に忘れかけていた頃だった。借りて読んでみた。

 

著者の高野さんは、1966年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。著書に『謎の独立国家ソマリランド』『イラク水滸伝』など。

megureca.hatenablog.com

 

表紙の裏には、
” 出国不能、救急搬送、ヤラセ、子供が酒を飲む…
まさか「クレイジージャーニー」の裏側で、
こんな“クレイジー”なことが起こっていたとは!?
裸の王様が 引率する史上最もマヌケなロケ隊が、
目撃者たった一人の酒飲み民族を探しに
 アフリカ大地溝帯へ向かう!”
と。

 

目次
はじめに 
第1章 ありえない「出発」
第2章 アフリカの京都
第3章 不思議の国のコンソ
第4章 劇団デラシャ
第5章 ホンモノの家族とホンモノの酒飲み民族
エピローグ

 

感想。
まじかぁ!!
面白かった。
本当にあったのだ。酒を主食とする村が。妊婦も病院で飲んでいた。病院のお見舞いには家族が自家製酒を持っていく。もちろん、食事として。
それは、エチオピアのコンソ人とデラシャ人という民族たち。

 

「クレイジージャーニ―」というTV番組の取材の一環として、高野さんに行先の選択が持ち掛けられ、「パルショータ」というコンソ民族が飲む酒に関する研究で博士号を取得したという水野さんという生態人類学者の話に興味を惹かれ、現地に赴いた、と言う話。

 

日本からの同行者はTV局から長井君と岩木君。現地のコーディネーターに日本人の北澤さん(女性・南アフリカ在住)、ガイドのヨハネス。他、現地で色々な人が登場する。

 

第1章から、笑える。出発の日、成田空港の チェックインカウンターで
「 お客様やっぱり エチオピアのビザがないと飛行機に ご搭乗できないですね・・・・」と言われ、出発が延期。で、ここでめげないのが高野さん。出直す前に在日 エチオピア人が集まって住んでいる 東京葛飾区の京成線 四つ木駅付近に出向いてみる。そこで、 「リトル エチオピア」というレストランで エチオピア 気分に浸る。が、そこで、 エチオピア料理の代表ともいえる インジェラ( 巨大なピザ あるいは お好み焼きにも似た 薄焼きのパンみたいなもので、 小麦ではなく、テフという イネ科スズメガヤ属の 穀物の粉を練って発酵させた 独特の食品)を食べる。そこで、美味しく楽しくエジプトを堪能し、いったん帰宅した3人。その夜、高野さんはインジェラアレルギーで救急搬送。
なんでも、高野さんは、かつてエチオピアに旅行したときに、もしかすると自分は「インジェラアレルギー」かもしれない、と言う自覚はあったそうだが、、、その確信はなく。はたして、エチオピアへ旅する前に、インジェラアレルギー確定。

 

結局、ビザが出るのに1週間かかり、高野さんの回復にも1週間かかって、出発。

 

第2章で、ようやくエチオピアの首都アジスアベバに到着。機内でビールとワインをちびちび飲んで、胃腸は最低ラインを維持していた高野さん。空港はきれいで、外に出ると 空気が涼しい。 アジスアベバ標高約 2400m の高地にあるから、涼しいらしい。でも、高野さんたちが行くのは、南エチオピア州。それなりに暑い地域。

 

現地スタッフと初打合せ。みんながインジェラを食べる中、高野さんは我慢。最初の打合せから、ビール。ガイドのヨハネスにコンソとデラシャについて情報収集。今回の旅の目的はデラシャ人だけれど、その前にコンソにも訪問予定。
コンソ人も毎日のように「チャガ」と言われる酒を飲み、デラシャ人は「パルショータ」という酒を飲む。どちらも毎日水がわりのように飲むということは、本当らしい。

 

エチオピアには、ユニークな民族がたくさんいて、それなりに観光客もくるらしく、ヨハネスはそういう人たちを相手にガイドをしていた。でも、今回の高野さんたちは、ただの観光客ではない。現地の人たちの日常生活に侵入して取材することで、本当に毎日酒を主食としているのか?健康は害していないのか?を確認することにある。いってみれば潜入取材。観光客向けのチャラチャラした都会化したエチオピアの発展を見たいわけではない。そのあたり、ヨハネスはわかっているのか、わかっていないのか・・・・。と、後に、不安は的中する。宿泊に用意されていたのが西洋ホテルだったり、、、まぁ、最終的には普通のお家に泊めてもらえることになるのだが。

 

エチオピアの説明で、へぇ!と驚いたのは、アフリカの京都といわれるエチオピアには、日本の「茶道」のように、「コーヒー道」があるそうだ。 つい最近まで エチオピアの女性はコーヒーをうまく入れられないと嫁にいけないとされていたという。 1980年代、エチオピアで大飢饉が発生した時、難民や避難民の女性が着の身着のままでも、コーヒー道のセットだけ 頭に乗せて食べ物や水のある土地へ逃げたという話。高野さんたちも そのコーヒーをご馳走になるのだが、 それは簡単にコーヒーが飲みたいとは言えなくなるくらい、丁寧な作業で、本当に美味しかったらしい。豆をいるところから始まる、と。そりゃ、ちょっとコーヒーのもうとは言えない。

 

エチオピアのコーヒーは、基本は輸出であったり、売るために育てられていて、エチオピアの人たちは、普段はコーヒーの葉っぱをほうじ茶のようにしてコーヒーを飲むのだそうだ。豆でちゃんとコーヒーを淹れるのは、特別なことらしい。日本で言えば、茶筅でお抹茶を立てる感じ、かな。

 

第3章で、とうとう、コンソへ。チャガを飲みまくる。コンソ人は、チャガを一日に2.5~5リットル飲むという。 チャガが、酸味が強くて薄味。 アルコール度数は4から5%といったところ。 日本から持ってきた アルコール計は、どぶろくのように濁り酒であるチャガのアルコール度数をはかることができず、人間アルコール計、つまり、高野さんたちの舌センサーでは、その程度、と測られた。

高野さんはチャガの飲み過ぎなのか、  みんなが食べていたインジェラを間違って食べてしまったのか、吐き気に襲われる。まさかの初日に倒れるわけにはいかない。いや、これは、げっぷもでてないから、膨満感?!吐き気はビールを飲んでげっぷすれば治るはずだ、、、と、西洋ホテルにあったビールで見事回復。まぁ、文明の利器に頼るのも大事。って、ビールかい!

それにしても、本当に、子供もチャガを飲んでいた。チャガは、ソルガムを主原料としてつくられ、ソルガムそのままでは栄養価が低いけれど、発酵させることで栄養価が高まるので酒にしているらしい。

ついでに、高野さんは、「カート」という覚醒作用のある植物も楽しんでいた。コンソではチャットと呼ばれ、主に外部に売って収入源にして、自分たちはカートをやらないそうだ。「時間とカネの浪費だから」と。たばことか、大麻とか、、、そういう感じ?違法ではないから、大麻ではないか。

コンソでは、チャガが主食であり水がわりなら、蜂蜜酒とアラーケ(蒸留酒)が酔っらうための酒として飲まれている。そういう、酔っぱらうためのバーもちゃんとあった。

 

第4章で、デラシャへ。そして、パルショータという酒も初体験。デラシャ人はコンソ人の倍量パルショータを飲む。なんでもヨハネスによれば、「グローバリゼーション」が進み、パルショータではなくチャガを飲む人も増えているのだとか。製造方法が、チャガのほうがシンプル。民族間のグローバリゼーション。

高野さんたちが最初に案内された家は、なんだか、家族がよそよそしい。本格的土器だし、文明とは隔離された感に最初は興奮したのだが、後にそれは、「日光江戸村」のようにつくられた「伝統的生活」だったことが明らかになる。紹介された家族たちも偽物家族、、、ということだった。違和感に気が付いたところが偉い。で、再度依頼し直して、普通の人の普通の生活の場へと連れて行ってもらう。

高野さん曰く、「ヤラセ」文化は、日本のTV局が 視聴者 を楽しませようとしてはびこってしまうものであり、エチオピア南部の人たちも、 自分たちを楽しませようとしてやってくれた「ヤラセ」だったのだろう、と振り返る。
他者を喜ばせるための 詐欺的な演出」は、どこにでもある、、、、、ということ。

 

現地民族の家に泊っているときの様子は、大自然でうらやましい感がありつつも、信じられないほどの虫、小動物?!、、、山羊小屋から流れてくる山羊のオシッコ、、、。いや、やっぱり、私は遠慮させていただきます、、、って感じ。番組の放送に使われなかったのは、虫、、、ゴキブリが、どうしても映像にうつっていたから、、、。荷物も虫だらけになったと、、、、。

 

チャガにしても、パルショータにしても、酸っぱいアルコールで濁っていて、、、、と、なんとなく味の想像がつく。一応、農芸化学科出身の私は、授業でも酒を造ったことがあるし、自宅でブドウからなんちゃってワインをつくることもある。でも、穀物からつくる酒は、本当に、、、、雑味だらけで、美味しくはないんだよね・・・・。彼らは、伝統的につくってきているから、美味しいつくり方のコツがわかっているんだろう。もちろん、「協会X号」とか、売られている酒酵母を使うわけではない。自然酵母。その時々で、アルコール濃度も、酸度も変わるだろう。かつ、家庭ごとの味もある。いってみれば、ぬか漬けか?!手前味噌か・・・。

 

高野さんが、土器をつかった料理をする彼らの姿を見ていて、面白いことを言っている。彼らは、土器を斜めにして火にかけるという。その方が、上からのぞき込んで出来具合を確かめる必要がないから、と。縄文人も土器を斜めに火にかけていたかもしれないって。うん、確かに。教科書なんかに描かれるのは、普通に垂直に土器を火にかけているけれど、丸底型の土器なら、たしかに、、、斜めにしていたかもしれない。

 

また、現地の人たちが、ガイドであるヨハネスが近くにいると、標準語を話すようになって、外行きの顔になってしまう、とも。「マイノリティ、あるある」と高野さんは言っている。そして、本心を出さなくなってしまう。ゆえに、最後の方は、ヨハネスには席を外してもらい、日本人3人だけで、現地の人の家で過ごしていた、と。通訳なしでも、通じるものは通じるし、通訳がいたって、通じないものは通じない、、、そんな感じ。

結局、デラシャでは、病院にもいって、酒飲み民族の健康についての調査をしたのだけれど、酒を飲んでいるからといって不健康な人はいなかったらしい。昨今の「アルコールはゼロが一番」という西洋医学の流れをどう解釈するのか?

高野さん曰く、「 油や砂糖の摂りすぎは、酒の摂取より有害なんじゃないかと思う」と。 デラシャの人たちは油を取らない、砂糖もほとんど取らない、 塩分摂取 も少ない。もっと言えば 固形物の摂取量が少ない。

過剰摂取が全ての不健康の元。そういうことかな。

 

高野さんの強靭な体力と精神力。今回も、楽しい旅行記だった。さんざんな出発から始まったし、ヤラセにもハマったけれど、取材の目的は達成。そのあと、放送されないという大惨事が待っていたけれど、、、だからこそ、こうして本になった。

本でも十分楽しめた。

最初に、カラー写真が数ページある。それでも、高野さんの筆力とで、十分エチオピアの空気が伝わってくる。アフリカの京都、恐るべし。私たちはまだまだ、西洋文化を無防備に信じているのかもしれない・・・・。

 

生きる力満載、って感じで面白かった。

冒険話好きなら、お薦め。

高野さんの書籍に、はずれはない。