炎症と人間
燃える地球と人体を癒す真の処方箋
ルパ・ マリア
ラジ・ パテル
山本規雄 訳
作品社
2025年6月5日 第1刷発行
2025年6月10日 第1刷発行
2025年8月9日 日経新聞朝刊の短評で紹介されていた本。
記事には、
”炎症は身体に備わる免疫系防御反応で、これなしには人間は健康を維持できず、病に立ち向かうこともできない。地球温暖化や異常気象、大規模火災といった人類を脅かす大変動に人体の謎を手がかりに挑むユニークな一冊といえる。
グローバル経済を独自の視角から分析してきたエコノミストと、疾病の根本的な解決策として「深層医療」を唱える医師がタッグを組んだ。現代社会や資本主義を批判する文明論でもあり、さまざまな現代病(生活習慣病)の病巣を掘り下げる医療論でもある。
私たちは今夏、「1.5度超え」の世界を目の当たりにした。自然の猛威の元凶を植民地主義にあるとした著者の斬新な視点に触れるいい機会だ。”
とある。
著者の ルパ・マリアは、医師、活動家、母親、作曲家。カリフォルニア大学サンフランシスコ校准教授として内科の診療と教育に携わっている。構造の変革を通じて疾病対策に取り組む医療従事者の団体「害を与えない」連合の共同創設者。また食料、医療、物語、学習を通じて植民地主義の傷を癒すことを目的とした団体「深層医療(ディープメディスン)サークル」の共同創設者でもある。バンド“ルパと四月の魚”を率いて29ヶ国をツアーで回った。
ラジ・ パテルは、テキサス大学オースティン校の公共政策大学院の研究教授、同校の栄養学部教授、南アフリカのローズ大学研究員。持続可能な食糧システムに関する国際専門家パネルのメンバーであり、持続可能性の危機の原因とその解決策について、世界中の政府に助言をしている。
訳の山本さんは、1967年、東京都生まれ。出版社等勤務を経て、現在、翻訳業・編集業に携わる。 主な訳書にヨハン・ハリの『うつ病 かくされた真実 逃れるための本当の方法』などがある。
目次
序章
第1章 免疫系―わたしはあなたであるがゆえにわたしである
第2章 循環系―サーモンはポンプ
第3章 消化系―内なる森
第4章 呼吸系―最後に嗅ぐのは森林火災の臭いだ
第5章 生殖系―イチゴ畑をリマトリエイトする
第6章 結合組織―境界を超える医療
第7章 内分泌系―新しい標準を創る
第8章 神経系―生命の網
第9章 深層医療―身体の全体性を取り戻す
感想。
う~む。思わず、うなっちゃう。
読んでいて、だんだんつらくなる。人の健康を害する原因は、アレルギーとか、ストレスとか、はたまた遺伝とか、、、そんな簡単なことではなく、過去から積み重ねられた複雑系。それも、人間が作り出した植民地、民主主義、独裁主義、あらゆる文明の副作用といえばいいのか。
著者紹介によれば、ルパもラジも、アメリカを拠点として活躍している。でも、読んでいると、どこの出身のひとかわからないけれど、確実に白人ではない、有色人種で被差別の中で生きてきたのだろうと感じた。
そして、最後に、二人が自分たちの背景を語っている。ラジは、イギリス育ちのディアスポラで父はフィジー人、母ケニア人。ルパはニューメキシコへ移住したインド人の父をもつ。二人とも、インドの血を引くもののインドに住んだことがあるわけではなく、「自分の国へ帰れ」と差別的な発言をされても、帰る国が「インド」と感じるわけではない、と。
炎症は、免疫反応であることが第1章で語られるが、何への免疫かといえば、科学物質とか、特定の食物とか、そういうことではなく、社会、政体、地球、あらゆる環境がもたらした原因物質、エクスポソームによる。それは、エピジェノミクスで祖先が受けたストレスを引き継いでいることもある。故に、植民地時代の劣悪な環境でのストレスが、現代の人の健康をむしばむ原因になっている、という話。
・ストレスは、社会に原因がある。
・ダムは、 血管にできた血栓。
・抗生物質の多用が、腸内フローラを破壊した。
・大気汚染、森林火災、PM2.5がコロナ重症化・死亡の原因。
・植民地化で女性の生殖まで犯された。
・皮膚は外界から身体を守る最初のバリアなはず。ところが色の違いで攻撃される。
・社会の乱れがあらゆるホルモン系を乱す。
・パーキンソン病も炎症と関係がある。
と、炎症という一つの症状から、深層原因をさぐり、それを解決していこうというのが深層医療。つまり、社会の治療ということ。植民地、侵攻、家父長制、独裁、、、ストレスの元となる全てをなくすのは、個人の生活レベルではなく社会の治療が必要ということ。
でてくる個人の症例は、救いようのないものが多い。潰瘍性胃腸炎は、日本でも苦しんでいる人が多いけれど、腸内フローラが崩壊してしまう理由は個人レベルの生活習慣だけではない、ということ。
食中毒も、同じものを食べても当たる人と当たらない人がいるように、おなじ社会環境にいても人によって感受性というのか、その影響のでかたは異なる。胎児のあいだに母体がうけた影響をそのまま胎児が受け継いでしまうように、社会で受けた傷は、そのまま後世にエピジェノミクスの形で受け継がれてしまうということは、すでにサイエンスが証明している。
それでも、都合の悪い過去と向き合いたくないという思いがあれば、それを無視して、目の前に見えていることだけで治療をしようとする。無理なのだ。原因は今ここにないのであれば、治療は対処法にしかならない。あらゆる問題解決は、「根本原因」を究明し、取り除く努力が必要であるにもかかわらず。
読後感は、個人の無力さ、、、、という感じ。なので、ちょっと、しんどい一冊。でも、地球をよりよい社会にしたいと思う二人の叫びなのだと思った。ところどころ、強烈な白人社会批判に聞こえる。でも、事実、社会の中で常に健康を害し、重症化しやすいのは差別を受けてきた人々。医療へ手がとどかなかった、食生活が貧しかった、白い皮膚ならすぐに目につく発疹が見えにくかった、常に何かに怯えて暮らさなくてはいけなかった、、、。
アメリカに住む黒人は、警察に殺される恐れにさらされて生きる率が白人の何倍あることか・・・。コロナ禍では、アジア人であるというだけでも標的にされた。
日本では感じることのない恐怖。それでは、日常生活を送れないから、恐怖をどこかにしまって、みないふりをしているストレス。目に見えないさまざまな要因で病気になるということ。
みて見ぬふりをしていることは、ないだろうか。
色々と考えさせられる一冊だった。日本に暮らしているとピンときにくいけれど、海外で暮らしたことがある人なら、きっと、あぁ、、、あのなんともいえないストレス。。。と共感できるのではないだろうか。
ちょっとだけ、覚書。
・BIPOC:英語の「Black(黒人)、Indigenous(先住民)、People of Color(有色人種)」の頭文字を取った言葉。アメリカ社会の多くの弱者はBIPOC。
・ 現代医学を実践する者たちは治療師になるよう訓練されているわけではない。 「生物医学」の専門家になるように訓練を受ける。 健康問題の原因が患者の外部にあるとき、たとえば 環境や社会に原因があるとき、 現代医学の医師は途方に暮れてしまうことがよくある。 例えば 飢餓 は、 病気、 つまり 医師の守備範囲に収まるものとはみなされない。 医師はもっぱら 患者だけを、 孤立した個人ーー 文脈や体勢から切り離され複雑そのものの生命すら剥ぎ取られたものーー として見るよう 訓練されているだけではない。 その個人を不完全な機械として、症状を発して機能不全におちいり、 時折言うことを聞かないロボットとしては 使うよう 訓練されている。
・ エクスポゾーム: 健康増進したり 逆に病気を誘発したりする原因のうち、 非遺伝性のもので、受精から死まで一生に渡って人が曝されることになるものの総和。
・ ルドルフ・フィルヒョー: 免疫学の創始者の一人。彼は、「人の病気の様相の下地になるのは、 その人が置かれた社会的環境であり、 その人が抑圧を受けていれば病は一層強く現れるし、 公正な扱いを受けていれば病は治療に向かう。」と信じていた。
・ ポリー・マッツィンガー:生物学者。「ある疑問に対して答えを出すことが本当に不可能だとなると、私たちは問うこと自体をやめてしまったりする。」
・ 体内の炎症を抑え、免疫系の異常によって発出される危険なシグナルを減少させることができるものがある。食べ物を改善するのは効果がある。「西洋的食事」は あらゆる種類の自己免疫疾患に関与している。
・ 男性医師の治療を受けた女性は、心臓発作から生還する率が低い。 女性医師の治療を受けた場合は、 男性も女性も心臓発作患者の生存率は同じである。 一般に 女性医師は男性医師よりもコミュニケーションがうまく、患者と接する時間も長く、 臨床ガイドラインに忠実な傾向があると言われている。
・ 世界中のどこでも、ある1つの要素は常に真実である。 医療のどの分野でも、その専門分野で働く女性の数が増えると相対的な賃金率は下がる。
・ 仕事上での燃え尽き、 経済的不安定、飢え、 体系的差別などのストレスが、 ゲノムにエピジェネティクス 的変化を与えることで、DNAに 遺伝性の変化を生じさせる可能性がある。 母親が妊娠中にストレスを受けると、生まれてくる子供の DNA の遺伝子領域に メチル基が付加されメチル化する可能性がある。 そうなるとその子はストレスの有害な影響をもっと 受けやすくなってしまう。 そしてさらに、その DNA の変化はその子の子孫にも伝わる。 中には何世代にも渡って持続する変化もある。
・ 痛みつけられた土壌の 細菌群は、 炎症を起こした腸の細菌群に酷似している。 腸内 マイクロバイオームは抗生物質を服用することで破壊され、下痢を引き起こす可能性があるのに対し、土壌のマイクロバイオームは、化学肥料・農薬・工業型単一種大規模栽培(モノカルチャー)によって破壊されるが、 こちらは人間の健康と生態系全体の健康にとって、はるかに破壊的で長期にわたる結果をもたらす。
・ 沖縄の食事( 塩分、 脂肪分、糖分が少ない)は健康的なマイクロバイオームのために何を食べるべきかを示す見本である。が、その食習慣が西洋化し、沖縄の平均寿命は下がり続けている。
・ エピジェネティクス的変化の標識はもっと深層にある病気の兆候なのだ。 社会的、 経済的、政治的、生態学的条件が心的外傷(トラウマ)を作り出し、 それが世代から世代へと受け継がれるのである。
・ホディノショニー連邦:イロコイ連邦。 南北 りょう アメリカ大陸で最も長く機能している参加型民主主義。6つのインディアン部族により構成される部族国家集団。
「植民地主義は、霊的ウィルスです。この恐ろしい病理は、心的外傷と、絆の断絶から生まれたのです。」
・パルスオキシメーターは、白人を対象に治験が行われたため、黒人の皮膚では正確に酸素をはかることができない。コロナ重症患者であっても黒人の 動脈血酸素飽和度は正確に測れなかった。
・LGBTQIA2+:レズビアン、ゲイ、 バイセクシュアル、トランスジェンダー、 クエスチョニング、 インターセックス(身体的性が男女のどちらにも分類できない人)、 アセクシュアル( 他者への性的欲求がない人)、アライド( 性的少数者ではないが それに同盟する人)、2つの精神(トゥースピリット)、その他。
LGBTにQがついたときにも、なんだか増えたとおもったけれど、こんなにふえてきたら、あえて、言わなくてもいいんじゃないか、、、という気さえしてくる。
・ 病室に植物を置く という一見 些細なことが、 植物のない病室と比較すると、 患者の苦痛、不安、疲労、血圧を軽減する。
・ 音楽を聴くとオキシトシンの値が上昇し、音楽に感動して鳥肌が立つと、脳の深いところにある報酬中枢でドーパミンが放出される。 集団で歌うことも オキシトシンの放出を促し、 即興の歌 の場合は さらにその値が大きくなる。
・ アルツハイマー病の発症に関わる全ての遺伝子が、免疫系と関係していることが判明している。アルツハイマー病の班(プラーク)は、 ミクログリア細胞と呼ばれる免疫細胞の一種と密接に関連している。
最近、20世紀、いやそれより以前の人間の活動が、現在まで副作用的な影響を及ぼしているという説を多く目にする。良かれと思ってやってきたことが、将来に負の遺産を残す事例は枚挙にいとまない。the list goes on.
やはり、歴史に学ぶ姿勢は大事。
その歴史は、本当の歴史でなくてはいけない。なにが本当の歴史なのかは、教科書だけでは学べない。
近視眼的になっていないか、今一度、今の活動を見直してみよう。。。
