生物学を進化させた男 エドワード・O・ウィルソン
リチャード・ローズ
的場知之 訳
草思社
2025年6月12日 第1刷発行
SCIENTIST E. O. WILSON: A LIFE IN NATURE (2021)
2025年7月19日日経新聞の書評で紹介されていた本。記事には、
”社会生物学論争とは、1970年代後半から、かなり長く闘わされた論争で、一言で言えば、人間を理解する学問には何が必要かをめぐる論争だった。本書は、その論争の中心人物であったエドワード・ウィルソンの伝記である。
ウィルソンは、アリ類の行動生態の研究で有名だ。小さいながらみんなで複雑な社会を形成するアリという生物の、正真正銘の専門家である。その人が、私たち人間を理解するには、ヒトという生物がどのように進化してきたのかを知らねばならないと考えた。そして、そのような知識なしに発展してきた社会学や哲学などは、やがては、生物学を基盤とする学問の中で再統合されるだろうと述べた。それが『社会生物学』である。
それに対して、冗談じゃないという反論があがった。それは結構なのだが、この論争は初めから、遺伝か環境かに関する誤解と、左翼的イデオロギーによる決めつけに満ちていた。個人的な誹謗(ひぼう)中傷と行き過ぎた攻撃が横行し、ウィルソンが行った講演の席上で、ピッチャーの水を頭から浴びせられたのが、その絶頂であった。
それで有名なウィルソンなのだが、本書は、この社会生物学論争に限ることなく、彼がなぜこれらのことに興味を抱き、研究を進めたのか、彼の研究関心の変遷をバランス良くたどり、その全貌を描いた、非常に上質な伝記である。
それにしても、ウィルソンは卓越した学者だ。DNAの構造が解明され、分子生物学が一世を風靡する時代、個体の行動や個体群動態の研究は、それと同じくらい重要だと主張した。そして、DNAの二重螺旋(らせん)構造を発見し、分類学は切手集めと同じだと言ってバカにしたワトソンと激突した。
さらに、社会生物学論争が終結したあとには、熱帯降雨林の保護と生物多様性の保全を推進する旗手の一人となった。本書は、彼が2021年に亡くなる直前までの彼の活動をまとめている。
生物は38億年の進化の歴史を持ち、その間に多くの種に分化した。今、この地球上にいったい何種が存在するのか、その全貌を誰も知らない。彼は、生物を理解するには、どれほどの時間的空間的広がりを把握せねばならないのかがわかっていた、数少ない生物学者の一人だったのである。”
とある。
ワトソンと言えば、私のような分子生物学のフィールドでやってきた人間にとっては、神様みたいなものだ。なんたってDNAの二重らせん構造を発見したのだ。あの美しいシンプルなATGCの4塩基によって奏でられる遺伝子配列、、、、と。そんな分子生物学と対立するつもりではなかったのに、「切手収集」とワトソンが馬鹿にしたフィールドワークを含む生物学。その大家の話。社会生物学論争を、リアルタイムでは見聞きしていない私だけれど、やはり、生物学を齧ったはしくれとしては、興味津々。
図書館で借りて読んでみた。
表紙は、たくさんの動物と、ウィルソン。ちょっと、かわいらしい。
表紙の袖には、
”「ウィルソンは34冊の著書と433本を超える学術論文をした。そして『社会生物学』により物議をかもしつつも新たな学術分野を打ち立てた。世界で45以上の名誉博士号を授与され、 150以上の賞やメダルを受賞した。・・・・講演で世界を飛び回った。多忙を極めつつも穏やかな私生活を送り、自然界の不思議の探求を続け、巧妙な実験や新発見の報告を通じて光を当てた。
私がこの伝記を書いた理由の一つは、ウィルソンが類稀なる資質を備えていると思うからだ。彼は一度として知識の蓄積と拡張をやめなかった。」(本文より)とある。
著者のリチャード・ローズは、ジャーナリスト・作家。ピュリッツァー賞(ノンフィクション部門)、全米図書賞、全米書評家協会賞を受賞した『原子爆弾の誕生』(啓学出版/紀伊國屋書店)を含む26冊の著書がある。イェール大学を卒業し、フォード財団、全米芸術基金、ジョン・シモン・グッゲンハイム記念財団、アルフレッド・P・スローン財団からフェローシップを受けている。邦訳には『原爆から水爆へ』(紀伊國屋書店)、『アメリカ農家の12カ月』(晶文社)、『メイキング・ラヴ』(文藝春秋)、『死の病原体プリオン』、『エネルギー400年史』(以上、草思社)がある。妻ジンジャー・ローズとともにサンフランシスコ郊外に在住。
訳者の的場知之さんは、翻訳家。東京大学教養学部卒業。同大学院総合文化研究科修士課程修了、同博士課程中退。訳書に、ロソス『生命の歴史は繰り返すのか?』、ロソス『ネコはどうしてニャアと鳴くの?』、ピルチャー『Life Changing』(以上、化学同人)、クォメン『生命の〈系統樹〉はからみあう』、ウィリンガム『動物のペニスから学ぶ人生の教訓』(以上、作品社)、ルーベンスタイン『オールコック・ルーベンスタイン 動物行動学 原書11版』(共訳、丸善出版)、王・蘇(編)『進化心理学を学びたいあなたへ』(共監訳、東京大学出版会)、マカロー『親切の人類史』、ナイハウス『「絶滅の時代」に抗って』(以上、みすず書房)、マイバーグ『空飛ぶ悪魔に魅せられて』(青土社)など。
生物学をやってきたというものの、ここに出てくる本はたぶん一冊も読んだことがない。実は、私は、ドーキンスの『利己的な遺伝子』も、途中でつまらなくなって読んでいない。はやりものの生物学のようなものには、なかなか共感できないたちかもしれない。でも。本書を読んだ後、エドワード・O・ウィルソンの著書を読んでみたいな、という気になった。
目次
第1章 標本の日々
第2章 失われた世界
第3章 自然淘汰
第4章 切手収集家と若き成功者
第5章 フェロモンは語る
第6章 キーズ
第7章 新地平
第8章 アンビバレンス
第9章 人間の本性
第10章 深遠なるもの
第11章 境界線を越えて
第12章 リンネ再び
第13章 折り紙
感想。
なるほど、そういう本か。。。。
最初、「アリ」の話ばかりで、面白くなくなって、読むのをやめようかと思った。ずっと、エド少年の厳しい生い立ちやら、アリを求めて世界中の大陸、島へ行った話。今、日本でも話題になっている「ヒアリ」がいかにしてアメリカに侵入し、広がっていったかという話。マニアックすぎる・・・。養老孟司先生なら好きそう、、、と思いつつ、さらっと読みでいいかな、と読み進めていくと、第4章で、ジェームズ・ワトソンとの確執の話が出てきて、おっ!となり、、、だんだんと「アリ」の話から人生観というか、「研究者」としての生き方の話になっていって、面白くなった。
そして、最後は、「遺伝か環境か?」問題から『社会生物学』のはなしから、生物多様性の破壊につながっている環境問題へ。
おぉ、そんなに広く、深い話の本だったか!と、最後の方は夢中になって読んだ。
ジェームス・ワトソンがフランシス・クリックと共にDNAの二重らせん構造を発表したのは1953年。そこから、分子生物学が目覚ましく発展して行く。私が分子生物学をやっていた頃は 、一つのタンパク質のDNAを読む(解析する)ということだけで、一本の論文になる時代だった。私も、博士論文につかった論文のうちの一つは、大腸菌のとある酵素のDNA配列とその機能の発見というものだ。1990年代。それが、2000年代になると、染色体全部を解析するのが当たり前の時代になっていった。
DNAが遺伝子の正体であることがわかったときから、ウィルソンのようなフィールドワークからの生物化学は、ワトソンにいまどきはやらない(役に立たない)「切手収集」と揶揄されるようになったのだ。遺伝子の正体がわかったことで、ダーウィンのいう「自然淘汰」がDNAに起こる変異であるということが明かされ、生物学は第二のステージになった。
で、ワトソンがいかに人格的に問題のある人だったか、、、という視点での話が続く。ウィルソン vs ワトソンの構図がつづく。でも、ハーバードで先に昇格したのはウィルソン。それを知ったワトソンは、そこらじゅうで罵詈雑言を叫びまくったとか・・・・。
う~ん、研究者アルアルで、研究はすごいけど、人格的にどうよ、、、、って。ちょっと、北里柴三郎とかぶる・・・・。
まぁ、ワトソンも後年にはウィルソンと仲直りして、互いに成果を認め合うようになる。それも、研究者アルアル。研究というのは、議論を交わし合うことで、互いに本質を突き詰めていくものなので、やはり、相手の学説の欠陥を指摘し合うというのも、研究の発展には欠かせない。学会で、研究者同士の火花が散るというのは、正常なことなのだ。
でも、ウィルソンは、正しい批判のされ方ではなく、『社会生物学』で、遺伝子か環境か?の話を否定する人たちに、ひどい侮辱のされ方をする。パネルディスカッション中に頭から水をかけられるという、、、、、。
そんなことがあったんだ・・・・。知らなかった。
それは、暴力で、犯罪だろう・・・・・。
それでも、ウィルソンはタオルで水をぬぐい、参加者たちはディスカッションを続けた。。。。って。ひどすぎる。これは、オーガナイザーもひどい。。。。
それくらい、『社会生物学』は、物議をよんだということ。
ウィルソンは、幼いころに両親が離婚し、しばらく里子に出されていたときに、事故で片目を失明している。両親とは不仲だったわけではないけれど、研究者として活躍し始めた若いころ、アルコールで健康を害していた父に「帰ってきてくれ」とたのまれるのだけれど、自分のキャリアをあきらめることができず、実家に戻ることを断る。後、父はこのままではいつか息子にさらに迷惑をかけると思い、「申し訳ない」のメモを残して銃で自殺する。
晩年、こういった不幸な経験は、ウィルソンを更にワーカーホリックに研究に没頭させたのかもしれない、と振り返っている。また、それを支えてくれた素晴らしい妻、娘にも恵まれている。妻アイリーンは、子供を生むには健康状態が良くなかったので、養子としてむかえた娘と、ウィルソンは家庭を幸せにしつつ、研究に励んだ。
だが、『社会生物学』を発表した後に、アンチ派からの攻撃が家族に及ぶことを考えて、講演を断ったこともあるという。それは、小説家、マイケル・クライトンからの助言があったから。『アンドロメダ病原体』や『ジュラシック・パーク』の著者であるクライトンも、外圧を受けることがあったのだ。
そもそも、『社会生物学』の内容を説明するのは難しいので、Webからの情報を表現を転記。
*エドワード・O・ウィルソンの大著『社会生物学』(1975)は、出版されるやたちまち非難の嵐を巻き起こした。とりわけ動物行動の研究を人間社会に適用すると明言したその最終章をめぐって、社会の現状維持を正当化し人種差別を肯定する悪しき遺伝子決定論であるとの批判が向けられたのである。
ウィルソンは、人種差別を肯定したわけでも、遺伝子決定論を肯定したわけでもなかったのだけれど、、、、。新左翼主義から派生した活動家らに攻撃されたのだ。
ウィルソンの晩年は、生物多様性を保護する活動に軸が置かれる。ウィルソンの講演をきいて生物多様性保護を支援した人には、ハリソン・フォードやポール・マッカートニーといった芸術家たちもいた。ウィルソンは、アリの研究も続けており、発見した新種のアリに「ハリソンフォード」にちなんだ学名をつけた。
一人の生物学者であり、地球環境保護に努めたエドワード・O・ウィルソン。2021年に亡くなっているけれど、彼のTEDでの講演は、今でもWebで観ることができる。
研究とは何か、大事なことを語っている。
こうして、先人の生の声に触れられるというのは、ありがたいことだ。
本書を読まなかったら、私も見ることがなかったと思う。
本書の中から、一つ、彼の言葉を覚書。
「人は知るよりも、信じることを好むようだ。」
研究者は、それでは、ダメってこと。
読書は、世界を広げてくれる。
読書は、楽しい。
ちなみに、本書の章ごとの中ページに、タイトルと「アリ」の絵があるのだけれど、それがまた、、、ほんとに、本にアリがいる!!ってドキッとしちゃうくらい、、、リアル。
アリ嫌いの私には、、、ちょっと、ゾワゾワ、、、ってした。

