『女たちよ、大志を抱け』 by 飯田未希

女たちよ、大志を抱け
戦時下、外地で就職する
飯田未
中央公論新社
2020年9月10日 初版発行

 

日経新聞 2025年10月18日 朝刊の書評で紹介されていた本。

 

記事には、
”前著『非国民な女たち 戦時下のパーマとモンペ』(中央公論新社)で、戦時中の自粛の風潮に抗(あらが)ってパーマや毛皮や洋装を着用していた市井の女性たちに光を当てた著者が、本書では外地と呼ばれた中国大陸や東南アジアに自ら志願して就職した中流階級の女性たちに目を向けた。

ことさら働く必要のない彼女たちが、それでも外地を目指した理由は本書の一つの目玉である。

それは例えば、戦地に行った兄弟のように役に立ちたいため、男兄弟がいなくて家族の肩身が狭いため、軍属というお墨付きに優越感を感じたいため、定職があるのに「女子勤労挺身(ていしん)隊」制度で工場勤務に回される可能性を感じたため、カトリック系の学校に通っていたり英語を学んでいたことでスパイ視されて居づらくなったため、縁談を持ち込まれて面倒なことになりそうだと感じたためなど。当時の女性たちが受ける特有の外圧によって出ようと考えた人がほとんどなのだ。そこにマスコミや政府によるポジティブなイメージが上乗せされ、タイピスト、事務員、電話交換手、「デパートの女先生」(従業員監督)など都市的な仕事枠に陸続と「出荷」されていった。

彼女たちは1940年ごろの北京だけでも約2千人いたというが、陸軍航空本部が募集したタイピスト8人の枠に2千人が殺到するほどだから、この倍率を当てはめるなら希望者は数十万人いたと考えられる。驚くような数字だ。

しかし、いざ現地に行ってみると、女性差別やセクハラは日常茶飯事、暴力すらあったという。さらに国内からは現地の風潮に染まった奢侈(しゃし)で性的に奔放な女という意味の「満州の女」という言説による差別的視線にも晒(さら)された。

こんなにも悪戦苦闘した挙句(あげく)、敗戦を迎えた彼女たちの気持ちに思いを馳せずにはいられない。

22年生まれの作家瀬戸内寂聴は戦中に夫について北京に渡ったが、敗戦を知って「過去に教えこまされ信じこまされた何物をも信じまい」と考えたという。

その後、自身を貫いて作家として大成したが、本書に出てくる女性たちもその勇気と好奇心と意志の強さで混乱の戦後社会を堂々と渡りきったと信じたい。

わたしたちが歩く道は彼女たちが敷いた石で舗装されている。

《評》文筆家 平山 亜佐子”
とあった。

気になったので、図書館で借りて読んでみた。

 

著者の飯田さんは、 立命館大学政策科学部教授。 専攻は、社会学、文化研究、ジェンダー論。

 

表紙裏の説明には、
”戦前から戦中、中国大陸や南方からの求人に応じ、大勢の若い女性が単身海を渡った。タイピストや電話交換手といった仕事に就いた彼女たちは、中流女性の居場所が家だとされていた時代に、なぜあえて外地で就職することを選んだのか。早婚多産と労働参加という矛盾した要求がなされる社会で、内地を飛び出した彼女たちはどのような経験をしたのか。当時の女性規範を大きく踏み越えたその行動と背景に、様々な角度から光を当てる。”とある。

 

目次
序章 戦時期に海を渡った女性たち
第1章 外地へ渡る女性たちを映し出すマスメディア
第2章 なぜ女性たちは外地を目指したのか
第3章 中国大陸に渡る
第4章 満洲の女
第5章 南方へ渡った女性たち
第6章 戦地で働く女性たち
終章 「脱出」の行く末

 

感想。
う~ん、ちょっと、思ったのと違った。
タイトルをそのまま読むと、女性への応援メッセージのように思ったのだが、ちょっと違う。どちらかというと、「大志を抱いた女たち」と言った方がふさわしい気がする。
本書を読んだからといって、大志を抱こうという気にはならない・・・と私は思った。

 

興味深かったのは、本書に紹介されるような、職業のために中国、東南アジアへと渡っていった女性たちがいたという事実。先日、浮雲を読んだ時に、へぇ、タイピストとして海を渡った女性たちがいたんだ、、、と漠然と思っていたけれど、ゆき子の場合は官営の研究所への派遣であったけれど、軍に許可されて大陸に進出した企業からの求人もあり、民間で働いていた女性も少なくなかったということ。1940年~1945年頃の話。

megureca.hatenablog.com

 

戦況としては苦しい中にあっても、日本では日本優勢と報じられ続けたために、海を渡った人々。軍属で働くということは、多数の応募者から選ばれたエリートであり「お国のため」と認められることだった。そして、渡航の船が攻撃されて目的地へ到達できずに死んでいった人々。。。そういうことがあったのだ。

 

読みながら、著者は若い女性だな、、、、という雰囲気がした。なんだろうか、女性が女性を表現するときの、行間というのか、、、実際に著者は女性のようだけれど、年齢はわからない。でも、男女雇用機会均等法のだいぶあとに就職した世代だな、、、という気がした。勝手な印象。だからどうということはないのだけれど、職場での男性による女性への差別意識が、戦時中のこととして描かれているのだけれど、私にしてみたら、そんなのつい四半世紀前まで、なにも変わってなかったよ、、、と思うのだ。そして、それにしても日本のジェンダー意識は、なんと未熟なのか・・・・。

 

かつ、著者は外地へいった女性たちを
”しかもいざという時に頼る家族もいない場所に、独身の女性が一人で出ていこうというのである。”と書いている。
「独身の女性が一人で・・・」という表現が、、、、すでにジェンダー問題をはらんでいる気がする。

読んでいると、いたたまれなくなる。

 

かつ、「女性」というくくり、「大陸に渡った女性」というくくりで、普遍的な何かを語ろうとしても、それは無理だよ、と思う。

所詮、個人なのだ。

 

戦時中、家族に男子がいないために形見の狭い思いをしたので、女子だけれどお国のために尽くそうと軍員として大陸に渡った女性の話。

独身で仕事をしていないと肩身が狭かったので、大陸に自由を求めて渡った女性の話。

 

それぞれ、個人の背景。そういう人がいたという話。そこから、一般論にするのは難しいだろうな、と思う。でも、研究者はそこから普遍的な何かを導き出そうとするのだろう。そういう、文脈を感じる。

 

職業に貴賎なしというけれど、男性の仕事を女性がするようになると、賃金が安くなるとか、女性は男性の補助職がふさわしいと女性が発言するとか、、、ひどいもんだよな、と思う。座談会の記録によれば、中国では、「日本の女性に対する日本の男性の態度」がある意味、馬鹿にされていたようだ。女性を従属させようとする男性は、未熟である、と。はははは。その通り。

 

満州、南方で起きていたほんの80年前の出来事。あっぱれな女性の話もあれば、卑屈な女性の話もでてくる。女としては読んでいて気持ちがよくなる感じはあまりしない。

女性規範って、なんですか????

 

でも、かっこいいな、と思う女性の話も出てくる。そういう女性の話は、ほんの一部。戦時下であろうと、平和な時であろうと、自分の頭で考えて行動できる人は、どこにでもいる。
その活躍が、女性であったがために英雄伝とならない時代だったから、記録が少ないだけなんだろう。記録がなければ、語られることもない。

 

私たちが目にする歴史というのは、上書きされた歴史の可能性があるということを忘れてはいけない、という気がした。

 

時代背景などは、戦時中の歴史の勉強になる、かな・・・。

電話交換士という仕事の人が、客から「繋ぐのが遅い」と怒鳴られるとか、いまなら、「カスハラ」だろう、、、、って。そういうところも、日本人の嫌な面のエピソードで、ちょっと寂しい。

 

ちなみに、外地からの求人は基本的には「25歳以下」で、「容姿端麗」という条件が付くこともあったらしい・・・・。でも、そこに数の応募者。笑い話みたい・・。

 

人は生きるために、強くもなれる。

それは、男も女もLGBTQ+も、変わらない。