人間失格
太宰治
新潮社
昭和27年10月30日 発行
平成18年1月15日 156刷 改版
令和3年4月15日 209刷
図書館の棚で、目についてしまった・・・・。別に、読みたいと思っていたわけでもないけど、本が、「読んで、読んで」と言っていた。借りて読んでみた。
あまりにも有名な太宰の作品。私の英語の先生(スコットランド人、34歳)が、日本語版を読んで、難しいと言っていた。日本人にも難しいのだ、と言った覚えがある。といって、私は読んだことがあるかというと、果たして?ないような気もする。若い頃に読み始めてつまらなくて、辞めたような気もする。
薄い文庫版。209刷というのは、これまで読んできた文庫本のなかでも、だんとつな気がする。夏目漱石もすごいけど、やはり、これを読まずして、文学は語れないって感じだろうか。
裏表紙の袖に、本の紹介がある。
”「 恥の多い生涯を送ってきました」。 そんな身もふたもない告白から男の手記は始まる。
男は自分を偽り、ひとを欺き、 取り返しようのない過ちを犯し、「失格」の判定を自らにくだす。でも、男が不在になると、彼を懐かしんで、ある女性は語るのだ。「とても素直で、よく気がきいて(中略)神様みたいないい子でした」と。ひとがひととして、ひとと生きる意味を問う、太宰治、捨て身の問題作。
太宰治:(1909-1948)青森県金木村(現・五所川原市金木町)生れ。本名は津島修治。東大仏文科中退。在学中、非合法運動に関係するが、脱落。酒場の女性と鎌倉の小動崎で心中をはかり、ひとり助かる。1935(昭和10)年、「逆行」が、第1回芥川賞の次席となり、翌年、第一創作集『晩年』を刊行。この頃、パビナール中毒に悩む。1939年、井伏鱒二の世話で石原美知子と結婚、平静をえて「富嶽百景」など多くの佳作を書く。戦後、『斜陽』などで流行作家となるが、『人間失格』を残し山崎富栄と玉川上水で入水自殺。(新潮社HP)
目次はとくにないのだけれど、
はしがき
第一の手記
第二の手記
第三の手記
あとがき
となっていて、はしがきとあとがきは、主人公について別の第三者が客観的に語っている。物語の主人公である葉蔵が、自分の人生を振り返った手記が3つ続き、あとがき、となる。はしがきとあとがきを書いている人物は、「この手記を書き綴った狂人を、私は、直接には知らない」といっている。ひょんなことから手にした手記に興味を持ち、この狂人の思い出話を聞くところで終わる。「・・・あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、、、、神様みたいないい子でした」と。
感想。
う~ん、すごい没入感。
たしかに、物語は、暗い。人の闇の部分を、こんなにむき出しにしなくても、、、といたたまれなくなる。でも、情景描写が異常にうまい。日常の些細なことなのだけれど、それを文字化して、文章にするか、、、さすが、、、脱帽。。。
葉蔵は救いようがないくらい、女にだらしがなく、酒におぼれ、薬に溺れ、自殺未遂というより心中未遂で相手の女性だけ死んでしまい、その後自殺未遂をして周囲に心配をかけ通し。そのどうしようもなく、それでいて劇的とも思える人生が、時々はさまれるなんということのない情景描写によって、「どこにでもある悲劇」と思えてくるから、なおさら救いようがなく感じてくるのだ。
そうか、やっぱり、太宰治って天才なんだ、、、って感じ。常軌を逸した天才。その文才に鳥肌がたつ感じがした。私は、夏目漱石が好きで、川端康成はそんなに好きではない。安部公房も感動する。三島由紀夫は作品によって様々だけれど、ちょっと太宰治と似た強さを感じる。『走れメロス』だと、ちょっと普通な作品な気がするけど、今読み直すとやっぱりちょっと違うのかもしれない。
いやぁ、太宰治、もっと読まないといけないかも、と思った。そして今、50歳を過ぎているから、楽しめるのかもしれない。20代で読んだら、やっぱり、面白くなくって、途中でやめていたと思う。なぜだろう。共感と距離感の取り方と、バランスできるようになったのかな。。。。
以下、ネタバレあり。
”私は、その男の写真を三葉、見たことがある。”というはしがきから始まる。写真に写っているのは葉蔵。幼年時代、高等学校時代、頭は幾分白髪交じりになっている時代。
第三の手記の最後、「自分はことし、27歳になります。白髪がめっきりふえたので、たいていのひとから、40以上にみられます」で終わる。三枚目の写真は、27歳なのだろう。
葉蔵は、裕福な家庭の末っ子。姉たちに囲まれて、幸せに育った。でも、いつも「道化」を演じていたのだと第一の手記で告白。末っ子らしく、可愛らしく。事実、みためは可愛い、男前の子供だった。学業もそこそこ優秀。学校で人気者になるための「道化」もわきまえていた。演じた「愛らしい末っ子」。
第二の手記では、学校に通い始める。ある日、一人の同級生に「ワザワザ」といって、演じていることを指摘される。そこから、葉蔵はその同級生の懐柔に夢中になる。同級生は、本書の中では知的障碍者であるかのように、描写されている。素直な人ほど、本物を見抜くということか。同級生は、葉蔵に「惚れられるよ」とか「偉い絵描きになるよ」と、将来を予言するようなことを口にする。そして、実際に、惚れられるというのはあたっていた、と振り返る。
そのように、おとなしげに見える人物が、突然鋭いナイフのような言葉で攻撃を仕掛けてくることを、「不意に虻を叩き殺す牛のしっぽ」と形容している。
葉蔵は、「不意に虻を叩き殺す牛のしっぽ」を持っていると感じる相手には、男であれ、女であれ、媚びる。自覚なく媚びている。相手は、媚びられているとは思わない。「道化」上手な葉蔵なのだ。だが、世渡り上手とは言い難い不器用な生き方。
第三の手記では、大学生になっている。共産主義やマルクス主義に関する活動を通じて、堀木という男と親しくなる。堀木も曲者。葉蔵の金で二人は豪遊する。酒と女。だが、葉蔵の父親が議員を引退すると東京に住む場所がなくなり、仕送りも減額。とたんに葉蔵は貧乏に陥っていく。女の持ち物を質屋に入れて金をつくり、酒を飲む始末。そんな中、ある女と心中をはかり、自分だけ助かる。一家の恥として父親からは見放され、仕送りもとだえる。父を通じて、ヒラメ(と呼ばれていた父の関係者)に東京で世話になるが、問題を起こされてはたまらないと、幽閉状態。葉蔵は、ヒラメのところを逃げ出して、堀木をたよる。そして、また別の女との生活。女と酒。アブサンびたり。飲み残したアブサンのグラス。葉蔵は、アブサンのグラスに「永遠に償い難いような喪失感」をかさねる。
堀木には、「世渡りの才能だけでは、いつかは、ボロがでるからな」と言われる。苦笑するしかない葉蔵。
タバコ屋の生娘と結婚。妻となったヨシ子は、17~18歳。疑うことを知らない正直者。葉蔵の浮気だって、アルコールだって、本人がいうことは嘘だと思っている。が、今度は、ヒロポン漬けになっていく葉蔵。
葉蔵は、最後、精神病院に入れられる。それを、みんなの裏切りと感じている。
そして、父が亡くなり、兄が葉蔵を引き取りに来てくれる。女のいない世界で、心の安堵を感じているのか、その様子が第三の手記で語られる。
そして、あとがき。
葉蔵は、はたして何歳までいきたのだろうか?誰もわからない。
ところどころに、夏目漱石の「吾輩は猫である」を選んであげたとか、当時の具体的日常を感じる文章がある。太宰は、夏目漱石を面白いと思っていたのだろう。夏目漱石は、1867年生まれ、『吾輩は猫である』は1905年の出版。太宰が生まれる前の作品だ。
第二の手記での東京暮らしの様子では、
” 父は議会のない時は、月に1週間か 2週間しかその家に滞在していませんでしたので、 父の留守の時は、 かなり広いその家に、 別荘番の老夫婦と自分と3人だけで、 自分は ちょいちょい 学校を休んで、 さりとて 東京見物などをする気も起こらず( 自分はとうとう、 明治神宮も、 楠木正成の銅像も、 泉岳寺の四十七士の墓も見ずに終わりそうです) 家で1日中、 本を読んだり、 絵を書いたりしていました。”
と出てくる。
昭和だ・・・。だのに、今も変わらない、明治神宮、皇居、泉岳寺、、、。
そして、
”世間というものは、個人ではなかろうかと思いはじめてから、自分は今までより多少、自分の意志で動くことができるようになりました。”。
と。世間を恐れ、偽りの道化を演じ続けたあげくの酒と薬に逃げた葉蔵。女のいない場所で、ようやく平穏をとりもどしたのか。
なんという作品だ。でも、味わい深い。
最後に、太宰治についての解説もついている。なんで、死んじゃったんだろうねぇ。
ちなみに、自殺した作家たち。chatGPTに聞いてみた。
1927(昭和2) 芥川龍之介 35歳 昭和文学の象徴的自殺
1948(昭和23) 太宰治 38歳 入水自殺
1970(昭和45) 三島由紀夫 45歳 割腹自殺
1972(昭和47) 川端康成 72歳 ガス自殺(事故説あり)
みんな、若くして死んでいるので、おもわず川端康成も最後に追いかけたのか?
やはり、日本文学をもっと読んだ方がいいな、と思った。小説というのは、ただもの物語ではなく、その時代の価値観が繁栄されている。だから、昭和史を勉強したかったら、昭和の小説を読むのが良いような気がしてきた。
もっと、昭和の作品を読もう。
う~ん、まだまだ、読みたい本が積まれていく・・・。
読書は楽しい。
ちなみに、とある本のプロの知り合いが、最近、小説について解説してくれた。
小説の構成の描写形式は主に3つ
① 情景描写
② 行動描写
③ 心理描写
だそうだ。
そんなことを意識して読んだことがなかった。小説の構造なんて、いちいち気にしたことなかった。文学部とかって、そういうのを普通に学ぶのかしら?私は、人文学系の教養がなさすぎる…。
いつか、自分で小説を書く時には参考にしてみよう…。って、いつか書くつもりなのか?!自分でも知らない。
