源氏物語 2
角田光代 訳
河出文庫 古典新訳コレクション
2023年11月20日 初版発行
2024年10月31日 5刷発行
*本書は2017年9月に小社から刊行された『源氏物語 上』(池澤夏樹=個人編集、日本文学全集04) より「紅葉賀」から「明石」を収録しました。
1の続き。
裏の説明には、
”疾走感のある息づく訳文で、物語の醍醐味を味わえる、角田源氏。あどけない紫の姫君が成長していく中で、藤壺の宮は光源氏との不義の子を出産。正妻・葵上は六条の御息所の生霊で命を落とす。その後光源氏は朧月夜との情事が発覚し、須磨へと退去することになる……。多くの名場面が続く「紅葉賀」から「明石」までを収録。”
とある。
目次
紅葉賀(もみじのが) うりふたつの皇子誕生
花宴(はなのえん) 宴の後、朧月夜に誘われて
葵(あおい) いのちが生れ、いのちが消える
賢木(さかき) 院死去、藤壺出家
花散里(はなちるさと) 五月雨の晴れ間に、花散る里を訪ねて
須磨(すま) 光君の失墜、須磨への退去
明石(あかし) 明石の女君、身分違いの恋
感想。
ちょっと、覚えているけれど、、、多分、光君が失墜する前くらいまでしか記憶にない。
ぼんやりと記憶にあるのは、藤壺が光君の子供を生んだら、光君にそっくりだったけれど、桐壺帝は気が付かずにかわいがるという話。桐壺帝が亡くなったあと、藤壺が出家しちゃうというのは、もう、記憶にない。しかし、よんでいると、そのあたりから面白くなってくる。
紅葉賀(もみじのが)では、藤壺のお腹が大きくなるが計算通りの月日では子供が生まれてこない。お腹の子が帝の子ではなく光君の子だと知っているのは、当の二人と、二人の逢瀬を手引きした王命婦だけ。生まれてすぐは、光君はなかな若君にあえない。成長するについれて、若君は光君にそっくりに。藤壺は、そのことに苦しむけれど、気づく人はいない。桐壺帝は、おおいに若君をかわいがる。自分の息子である光君にそっくりな若君だとしたって、、、不思議はないってことか。
花宴(はなのえん)は、弘徽殿の女御の妹である朧月夜の君(六の君)と光君の出会い。弘徽殿の女御は、東宮(桐壺帝譲位後の朱雀帝)の生みの母。光君のことは嫌い。ついでに藤壺のことも嫌い。弘徽殿の女御や朧月夜の君は、右大臣の娘。左大臣の娘(葵)を妻としている光君にとっては、政敵の娘との禁じられた恋。そうとも知らずに、惹かれ合う二人の出会いの場面。
葵(あおい)で、光君の妻・葵は光君の子を産む。でも、物の怪につかれて大変苦しむ。無事に出産して、みんな安心したのもつかの間、葵は亡くなってしまう。葵にとりついた物の怪は六条御息所。夕顔のつぎは、葵まで・・・・。最後まで、打ち解けきれなかった夫婦だったことに、光君は悲しみ、葵の死に沈む。
しかし、悲しみつつも、他の女に心ひかれもするのが光君。そんな様子を紫式部は、
”何ごとにつけても、実際に逢うと想像よりすばらしいという人はまずいないのが世の常なのだが、つれなくされるとますます惹かれるのが光君という人の性分なのだ。”と。
賢木(さかき)では、桐壺帝は東宮(弘徽殿女御の子)に譲位し、病にふせるうちに亡くなる。桐壺院はいつも藤壺がそばにいたので、弘徽殿大后は思うように見舞うことができないうちに、亡くなってしまった。父の死を悲しむ光君。藤壺とその悲しみを共有した光君だが、藤壺に合えばおもわず愛を迫ってしまう。罪の意識で、光君を避けたい藤壺。桐壺院の一周忌の法要の際、藤壺は法華八講会の直後に出家するといい髪をきってしまう。比叡山延暦寺の座主が呼ばれ、尼として戒を受ける旨をはなした。
女は、強い・・・・。
そして、喪に服する間にも、光君と六の君との逢瀬は続く。朧月夜は、尚侍となった。
尚侍とは、内侍司の長官であり、天皇の秘書的な役割を担う。女御や更衣とは異なり、より公務員的な身分、だけれど帝に近い。朱雀院の寵愛を受けつつも、光君と通じている。
花散里(はなちるさと)は、ちょっと閑話休題、、、という感じで、思いでの場所で、のどかな愛にはしる光君。相手は、亡き桐壺院の妃のひとり麗景殿(れいけいでん)女御の妹である三の君。
須磨(すま)では、光君は朧月夜の君のもとへ夜這いしていたところを、父である右大臣にみつかってしまう。弘徽殿の女御もそれを知って、怒り心頭。腹違いの兄である朱雀帝は、自分の妃候補を取られたというのに、義弟である光君にたいして心底の嫌悪を抱くこともできない。光君への尊敬の念のほうがつよかったということか。光君は、左遷を言い渡されるより前に、自ら京をはなれ、須磨へと身を引く。そこで、わずかばかりの者たちとさびれた暮らしをすることとなる。
ちょうど、「須磨」のあたりを、大阪に向かう新幹線の中で読んでいた。そのあと会う予定だったメンバーが、大阪と明石の友人たち。かつ、大阪への用事は、住吉大社近くにある友人の美術館訪問だったので、物語の中の登場人物が住吉神社にお参りに行ったり、須磨で寂しい生活をしていた源氏が、明石からの迎えで明石にうつり、明石の女と子までなす、、、という展開に、すごく親近感を感じてしまった。
あべのハルカスで、明石からの2人、先に関西いりしていた東京の友人と待ち合わせ、住吉大社まで移動しながら、源氏物語の話題で盛り上がってしまった。「住吉大社は住吉神社の総本社だから、お参りしていたのは須磨の住吉神社だろう」「須磨と明石って距離あるよね」「どうやって女のところにかよったんだ?」なんて話していたのだが、そのあと源氏物語を読み続けたら判明した。須磨から明石までは、明石の入道が迎えに来た船で源氏は移動したのだ。そして、そこに住みはじめて、明石の女とできた、ってこと。すでに高貴な身分ではなくなっていた明石の入道だったけれど、雅な生活を続け、娘と光君をむすばせることに成功。明石の女君は、玉の輿に成功したひととなるのだ。
それにしても、明石の友人たちの文学知識の深さには、恐れ入ってしまう。さすが、明石の仙人(と、私はよんでいる御年76歳?)と仙人に見込まれた若者(40代の女性)。
そう、そして、「明石」あかしでは、入道の娘と出来ちゃったことを光君は二条院にのこしてきた紫の上に申し訳なく思い、自ら素直に浮気を白状してしまう。紫の上は、それを聞き入れられるほどに大人になっている。
そして、およそ2年ほどの月日がたったときに、突然光君は京へ帰還するようにと命じられる。嬉しく思う光君。一方で、明石の女君は光君の子をお腹に宿している。明石の女君も愛しいとおもい、いつかは、京に呼ぶからといいつつ、京へもどった光君。
不倫がばれて、須磨にとんずらして、それでも思いのある女には手紙(歌)を送り続けている光君。
非の打ち所がないナイスガイ光君に、冷や飯を食わせるあたりが、紫式部もうまい!と思ってしまう。
2巻まで読んで、もしかすると、源氏物語というのは光源氏のはなしではなく、女の生き方の物語なのか? と、初めて、源氏物語を面白いと思い始めた。
少し覚書。
・法華八講会(ほっけはっこうえ):『法華経』全八巻を朝座・夕座の二度、四日間連続講説する法会。8回やるから八講会。桐壺帝の供養のために行われた。第三日は法華経の中でも特に重んじられた第五巻が講説される。
・除目(じもく):平安時代の官職任命儀式。昇進があったり、残念な発表があったり。
・法会の宴席で、酒をくみかわす光君と頭の中将は、酔っぱらう。他のひとたちも大いに飲んで、大いに歌をつくった。
”…このような酒宴の時の整ってもいない歌をいちいち書き留めるのは考えなし、などという紀貫之の戒めもあることだから、ここは先人に順って、面倒でもあるし、省くことにしましょう。…” と、紫式部は紀貫之を引用。
紀貫之:『土佐日記』著者。日記文学の創始者。872~945。
・「文王の子、武王の弟」:宴席で、光君が口ずさむ。
中国の聖人周公旦(しゅうこうたん)が、自分は「文王の子、武王の弟、そして皇太子成王の叔父だ」(史記)と言ったのを、文王を桐壺院に、武王を朱雀帝に置き換えていった。と、”では、自分は成王(東宮)の何というつもりだったのでしょう?”とある。
ようするに、藤壺が生んだ若君は、本当は自分の子だけれどそれだけは口にできなかった…と。
周公旦は、中国周王朝の政治家で且つ、周邑の君主。姓は姫、諱は旦。周文公としても知られる。言葉通り文王の子で、武王の弟。魯の初代の公である伯禽の父。伯禽も、名君。孔子が尊敬した人。
・須磨にさがっていく光君の心細さをあらわして、
”昔、国の政につくしたのに讒言を受けて追放され、絶望して入水自殺したその屈原のことを思う。”
屈原:[前340ころ〜前278ころ]中国、戦国時代の楚の政治家・詩人。楚の王族に生まれ、懐王に仕え内政・外交に活躍したが、讒言により次の頃襄王の時に追放され、放浪の果てに、汨羅(べきら)に身を投じた。
・須磨のさびれた様子を、かつて在原行平(ありわらのゆきひら)が歌った
「わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩垂れつつわぶと答へよ」(古今集/たまさかに私の安否を問う人がいたら、須磨の浦で、涙に暮れて詫び住まいをしていると答えてください)を引用。
・「恩賜の御衣は今ここにあり」と、朱雀帝から頂戴した御衣を大事にしつつ、懐かしむ光君。「恩賜の御衣は今ここにあり」とは、”道真公が醍醐天皇から御衣を賜ったことを詠んだ歌である。”
菅原道真は、845~905。醍醐天皇につかえ右大臣にまで上り詰めたが、藤原時平の讒言により大宰府に左遷。道真は、大宰府へ赴く際、明石の駅(うまや)にも立ち寄っている。
こうして、現代語訳で読んでいると、つい、時代背景がわからなくなってくるのだけれど、紫式部の生きた時代に、これだけの知識を物語にちりばめられたというのは、いかに紫式部が賢いひとだったか、ということなのだろう。そして、読むほどに面白くなる本というのは、過去の芸術や文化を多く引用しているということも、万国共通なようだ。『失われた時を求めて』『ラナーク』そして、村上春樹も。小説から小説へのつながりとして、引用が多い古典って、なんだろう?と思う。ダントツが聖書かギリシャ神か…。
うん、このシリーズなら、8巻まで通読できそうだ。帝の血を引いた光君は、この先どうなっていくのか、楽しみ。須磨~明石での底辺のあとは、人気V字回復か?!
