『成長の臨界』by 河野龍太郎

成長の臨界
「飽和資本主義」はどこへ向かうのか
河野龍太郎
慶應義塾大学出版会
2022年7月15日 初版 第1刷発行 

 

『日本経済の死角』『世界経済の死角』の著者である河野さんの著書。

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気になったので、図書館で借りて読んでみた。借りてみたら、 慶應義塾大学出版会の本で、分厚くて驚いた。ほぼ500ページの単行本。『日本経済の死角』『世界経済の死角』の、元ネタって感じだろうか。学術書っぽい。

 

慶應義塾大学出版会のHPでは、
”ローマクラブの『成長の限界』から50年、世界経済は新たな局面に突入している。地球風船は永遠の繁栄が続くという幻想を極限まで膨らませ、いつ破裂してもおかしくない緊張の中を漂っている。現状はもはや維持できないのか? 新しい秩序はどう形成されるのか? 著名エコノミストが経済・金融の視点からのみならず、政治学歴史学・心理学などの知見も交えて現況を怜悧に分析し、迫り来る次の世界を展望する、読み応え十分の一書!”
とある。

 

目次
はじめに
第1章 第三次グローバリゼーションの光と影
 1 ホワイトカラーのオフショアリングが始まったのか
 2 権威主義的資本主義 vs リベラル能力資本主義
 3 ICT革命と際限のない人類の欲望の行方

第2章 分配の歪みがもたらす低成長と低金利
 1 債務頼みの景気回復が招く自然利子率の低下
 2 常態化する「資本収益率>成長率>市場金利」の帰結
 3 経済成長と社会包摂の両立
 4 テクノロジー封建主義の打破

第3章 日本の長期停滞の真因
 1 「失われたX年」はいつまで続くのか
 2 過度な海外経済依存が招く内需停滞
 3 日本型雇用システムの隘路
 4 日本人は2010年代に豊かになったのか

第4章 イノベーションと生産性のジレンマ
 1 景気回復の長期化と生産性上昇の相剋
 2 日本企業のイノベーションが乏しいのはなぜか
 3 消費者余剰と生産性の相剋
 4 グリーンイノベーションの桎梏
 補論 外国人労働と経済安全保障

第5章 超低金利政策・再考
 1 「デフレ均衡」崩壊までの距離
 2 漂流する日銀の金融政策
 3 公的債務管理に組み込まれる中央銀行
 4 円高回避の光と影

第6章 公的債務の政治経済学
 1 財政政策の復活と進行するMMTの二つの実験
 2 超長期財政健全化プランの構想
 3 人類の進化と共感

第7章 「一強基軸通貨」ドル体制のゆらぎ――国際通貨覇権の攻防
 1 金融イノベーションの帰結
 2 ドル一強とその臨界
 3 「トゥキディデスの罠」を避けられるのか

終 章 よりよき社会をめざして
 1 豊かだが貧しい社会
 2 成長の臨界
 3 コミュニティ再生のためのヒント
 4 多面的にアプローチする視点を持つ

おわりに
参考文献
人名索引

 

感想。

なるほど~~~~!
とても、読み応えがある。

経済学オンチの私には、難しくてよくわからないところもあったけれど、それなりに楽しく読める。楽しくというか、興味深く読める。歴史を振り返りつつ、特に第6章以降では未来を見据える話への比重が増え、終章は未来への提言。


 経済の話は、後から振り返ってみるとこう解釈できるとか、こうしておけばよかった、というものが多いし、それが、未来への教訓になると私は思っている。未来予測のような本より、過去を正しく分析している本のほうが、私は好きだ。本書は、過去のレビューが多くの視点からなされているので、読んでいて「自説」を唱えているだけではない深さと広がりを感じる。なかなか、、、そこが、面白い。

 

日本の「失われた30年」について、語る本は多い。本書もその一つともいえる。でも、他と異なるのは、多くの視点を持って語っているからのように思う。最後の最後に、「六人の目の不自由な人と象」(それぞれが、自分が触った象の話だけをして言い争う)の話になぞって、六人の「経済学の専門分野の研究者」が唱えてきた「日本経済の長期停滞の原因」に置き換えたストーリーを展開している。うまい!と思わず膝を打った。

 

貿易論の専門家: 日本経済の長期停滞の原因を生産工程のオフショアリングとそれに代わる新産業の不在に求めた。
労働経済論の専門家: 企業が正規雇用を守るために非正規雇用を増やした結果、 雇用の二極化構造が定着したことに原因を求めた。
社会保障論の専門家社会保障制度があまりに硬直的で、そこで包摂できない被用者の割合が高まっていることに原因を求めた。
金融論の専門家: 超低金利政策の固定化 が資源配分や 所得配分をゆがめていることに原因を求めた。
財政論の専門家: 膨張する 公的債務が社会保障制度の持続性に対する人々の疑念を強めていることに原因を求めた。
企業論の専門家正規雇用の維持の責任を課された企業経営者が内心ではイノベーションに積極的ではないことに原因を求めた。

 

このすべてについて、本書では取り上げられている。ただ一つの原因ではない。社会は複雑系、ってことだ。

 

これらを踏まえて、日本政府がとってきた財政政策を一言でいうと、
重商主義的で、輸出企業に向けた政策によって、家計を犠牲にしてきた
ということ。

 

それは、社会保障費用負担を企業中心にしてきた故に、その時には適当と思われていたのだろうが、非正規雇用といわれる個人が増え、社会保障費用を会社と折半してもらえない人が増えたことで、家計がいつまでたっても潤わず、消費が伸びない。ゆえに、景気が回復しない。

 

また、「世代をまたぐ問題」を経済学は苦手としている、という話も興味深かった。アダム・スミスは、国富論のまえに道徳感情論』を発表している。『国富論』ばかりに目を奪われた経済学、ということか。

 

そして、終章では、コミュニティーの復活の重要性を説いている。うん、なるほど、わかりやすい。通読するのに時間はかかったけれど、なかなかの良書だと思う。

 

大過ぎて要約はできないので、気になったところを覚書。

 

新自由主義な政策の弊害として、世界各国で最も早くから指摘されていたのが公教育の問題。教育格差は、世代を重ねて広がる。

 

・” そもそもアテナイで成人男性に対し平等に 政治参加の資格が付与されたのは、 戦時においては、 彼らは兵士として国防を担うことが義務付けられていたからである。”

 

・”人によって生産性にばらつきが生じるのは、生まれつきの才能や教育、努力、それらに大きく影響を与える環境、そして運・不運が人によって大きく異なるからである。 生産性の高い人に追いつく施策を社会が工夫することは大切だが、生産性の低い人に合わせる施策を取れば社会全体が貧しくなってしまう。 必要とされるのは所得配分の見直しや、就業能力の向上などにより社会包摂を広げることであろう。 ただ、社会包摂を広げる対象はあくまで個人、家計であって、 企業ではないということも付け加えておこう。”

 

・ 日本は無形資産( 卓越したアイデアを生み出す高いスキルの労働者などの人的資本など)への投資が少ない。 銀行も 無形資産へは融資しない。担保に取りにくいからである。

 

・ ”アイデアは物的資本と異なり、 ある人が利用しても消費されず、同時に複数の人が利用可能である。”

 

・”日本企業は OJT が中心だったから、もともとOFF JT は少なかったが、それがさらに低下し、おまけに現場のゆとりが失われたことで、 OJT も乏しくなってきた。”
コストダウンは、人件費削減から着手されがち。 人的投資を怠るから、顧客が欲する新たな財・サービスが生まれない。

 

大企業の経営者が正規雇用維持の責任を負わされていることは、日本のイノベーションが乏しい理由の一つである。

 

・ ”アベ政策の課題は何か。 最大の問題は生産性上昇率が低下傾向を続け、 潜在成長率も低迷し続けたことだろう。
 一般に景気回復が長期化すれば、生産性上昇率や潜在成長率の改善が期待される。 しかし景気回復の持続にあまりにこだわりすぎ、完全雇用に到達した後も過度なマクロ安定化政策を繰り返したことが、資源配分を歪め生産性上昇率と潜在成長率の低下の一因になった。”

 

・ 円安が良いのか? 円高が良いのか?
” 円安になれば、日本が生み出す財・サービスが海外の人々にとって割安になり外需が増えるために、景気刺激という観点からは常にプラスである。”

 

・消費税導入がうまくいく国と困難な国がある。ひとつの分岐点として、 高度経済成長の終焉時(1970年代前半)に導入している国は、福祉国家となってうまくいっている。福祉国家では、負担増に伴う公共サービスの拡大を負担者が実感できる。一方で、すでに生じた財政赤字を消費税で賄おうとしても、サービスの向上が実感できないために、導入は難航する。

 

・” 後知恵で考えれば、 1990年代後半以降の経済格差の時代に私たちが行ってきたのは、資本に有利な法人税減税と労働に不利な事実上の労働課税である社会保険料の引き上げ だったということである。”

 

・” 最終的にはパートやアルバイトなど、労働時間にかかわらず、全ての雇用に対して社会保険料の支払いを企業に課すとともに、請負などの非雇用の形態にへの移行による抜け道を塞がなければならない”

 私自身、サラリーマンから個人事業主になってみて分かった、この社会の不平等。まさに、その通り。

 

・ ”他人がコストを負担するなら、創意工夫は起きない”


・”問題の所在は、国家か、市場か、ではない。 市場の領域の拡大によって 侵食されてきたのは、 コミュニティである。 元々市場経済化とは コミュニティが提供していた 半ば公的な財・サービスを、市場が代替するようになったことだった。 ただそうしてコミュニティが 弱体化すると、社会保障など 元来コミュニティが供給していたものを国が代替せざるを得なくなったのである。”
そして、国がそれを提供できなくなると市民社会そのものが崩壊してしまう。日本については、コミュニティとしての「職場」の占める地位があまりに大きくなってしまった。

著者は、職場に変わるコミュニティをつくらなければ、たとえ所得がふえても、豊かさの実感にはつながらない、と言っている。

 

・” 筆者の仮説は、進化の過程で、人類には利他性が組み込まれているのではないかというものである。 主流派経済学は、ヒトが 利己的であるがゆえに、 将来世代のために、現世世代が犠牲となる財政健全化は難しい、と論じてきた。しかし、人類の進化の過程を見ると、むしろ利他的傾向を持つ 集団が生き残ってきたのではないか。”

私も、利他性がある「性善説」派。そうか、河野さんの著書が私にとって心地よいのは、そこに共通の原理原則の価値観があるからかもしれない。

 

ポール・ボルカー(元FRB議長)の言葉:
「ATMは、過去20年間の銀行業務で唯一有能なイノベーション
深い。ポール・ボルカ―が言うからこそ、深い。

 

・”1990年代末に始まった金融グローバリゼーションによって、金融が成長を生み出す主役という幻想が振り撒かれてしまった。 現実には実体経済を大きく 不安定化させただけである。”

 

・日本にとっては、2つの意味のニクソン・ショック。ひとつは金とドルの交換停止。もう一つは、日本を頭越しにした米中外交。


私たちは、いつから「足るを知る」を知らなくなったのだろうか。足るを知らなければ、いつでも臨界点は突破してしまう。”他人がコストを負担するなら、創意工夫は起きない”が、国境を越えて起きている。そんな気がする。

 

生活を、生き方を、見直そう・・・。

河野さんの話は、経済の話として、私には分かりやすい。

問題は、未来のための施策をどう実行していけるか、というこれからのアクションプランを自分自身で具体的にイメージできるかどうか。私には、まだ、自分がやるべきことは見えていない。今、できることをやっていこう。性善説を信じて。

人生は、ずっと勉強、だね。