リーダーの言葉力
文藝春秋編
文春新書
2024年12月20日 第一刷発行
図書館で、佐藤優さんの著書を検索していたら出てきた本。2024年と新しそうなので予約して借りてみた。借りてみたら、佐藤さんの著書ではなく、様々な人がリーダーについてかたるオムニバスだった。
表紙の袖には、
”リーダーの言葉は研ぎ澄まされている。それは時に、快刀乱麻を断つような趣がある。松下幸之助の言葉には深さがあり、後藤田正晴や大平正芳の発言には決断する人の苛烈さがある。中村哲の寸句は極限状況を経験した人だけが言えるものだ。やなせたかしのように柔らかい中にも芯がある言葉もある。人物と言葉に出会えるのが本書である。”
とある。
目次
第一部 私の師が遺した言葉
松下幸之助 「鳴かぬならそれもまたよしホトトギス」 野田佳彦
丸山眞男 「歴史をつくるのは少数者だ」 三谷太一郎
石原裕次郎 「ようやくオレたちの仲間に入れたな」 峰竜太
井上ひさし 「僕は選考委員を降りないといけない」 野田秀樹
田部井淳子 「エベレストも登りたくて登っただけよ」 市毛良枝
後藤田正晴 「けしからん! これじゃ、政治にならん」 的場順三
やなせたかし 「天才であるより、いい人であるほうがずっといい」 梯久美子
吉本隆明 いつでも僕の家に遊びにきてください」 糸井重里
蜷川幸雄 「あとは君たちの演技だけだ」 鈴木杏
司馬遼太郎 「昆布の味しかしないねえ」 村木嵐
小山内美江子 「そのまま、ふわりと演じているからかな」 名取裕子
黒田清 「魔法の筆だ。自分でよく言うよ」 大谷昭宏
大平正芳 「君はヒンクを経験しているじゃないか」 古賀誠
第二部 肉親と先達が遺した言葉
水木しげる 「妖怪」と「家族」を愛した漫画家の幸せな晩年
武良布枝(夫人)×尚子(長女)×悦子
美空ひばり――僕は「不死鳥コンサート」には反対だった 加藤和也
石原慎太郎――父は最期まで「我」を貫いた 石原延啓
わが師・阿川弘之先生のこと 倉本聰
立花隆――私とは波長が合わなかった「形而上学論」 佐藤優
半藤一利さんが私たちに残した「宿題」 保阪正康
中村哲さんがアフガンに遺した「道」 澤地久枝
感想。
ふ~ん、なるほど。なかなか面白い新書だった。あっという間に読める。気になる人のところだけを読んでもいいと思う。
借りたきっかけとなった佐藤優さんは、立花隆さんについて語られているのだが、二人は対談もしているけれど、佐藤さんは「もう、対談はしないだろうと思った」と言っている。プロテスタントの佐藤さんと、神を信じず、晩年は臨死体験について力を注いだ立花さんとは、立場が違い過ぎた、と。立花さんは形而上学を受け入れなかった。とことん現実に目に見える科学視点で物事を追求した。かといって、佐藤さんは立花さんを否定しているわけではなく、立花さんを冷静に観察している。通り一辺倒に、誉め言葉を並べているのではなく、立花さんとはどういう人だったかを綴っていて、興味深い。私は、佐藤さんのいうことも立花さんのいうことも、なるほど、と思う。
良し悪し、好き嫌い、善悪、共感と不寛容。世の中は単純に二分割できるものではない。
正しく観察する。それは、コミュケーションの第一歩ってやつだね。
ここに取り上げられているリーダーたち、私世代つまり昭和世代ならほとんどわかる人たちだろう。今の若い人には、名前だけでわかるのかどうかわからないけど。
私がわからなかったリーダーは、小山内美江子と黒田清だった。語り手には、知らないひとも多い。
目次をみるだけでも、なんとなく、やっぱりリーダーっていいこと言うよなぁ、、って思う。大平正芳さんの「君はヒンクを経験しているじゃないか」という言葉は、読んでいてちょっと涙がでる。周りは代々政治家の立派な家の出身者にかこまれるなか、早くに父を亡くし、母が行商で育ててくれたという古賀誠(元自民党幹事長)さんは、大平さんに挨拶に行った際に、「太田さんや麻生さんと違って私にはなんの閨閥、門閥もありませんが、頑張ってまいりますので、ご指導よろしくお願いします」と言った。経歴書をじっとみて、大平さんは、古賀さんの生い立ちをきき、
「太田や麻生と比べる必要はないでしょう。きみはヒンクを経験しているじゃないか。貧しさと苦しさ、これを経験していることは、政治をやっていく上でとても大きな財産だ。君はそのことを誇りに思いなさい」
といったそうだ。
最近、なぜか、官の知り合いたちが「大平総理」のことを口にすることが多い。直接、一緒に働いた人たちは、かれこそ本当に「人物」だった、という。そして、それに比べて最近のリーダーは、、、、という話題が増えている。
うむ。。。
最近のリーダーは、表に出張らないだけで、日本にもまだまだ真のリーダーたちは要ると思うんだけどな…。
へぇ、とおもったのは、いくつかのリーダーと語り手の関係。司馬遼太郎について語っている村木嵐さんは、作家ということだけれど、多分わたしは読んだことがない。
本書によれば、
” 天正遣欧少年施設の帰国後を書いた『マルガリータ』で2010年に 松本清張賞を受賞した作家の村木嵐さん(57)は、晩年の司馬遼太郎 (1996年没 享年72)の下で、住み込みのお手伝いさんとして働いていた。 村木さんの作家デビューは夫妻の後押しがあったという”
という、関係だったとのこと。
そして、司馬遼太郎にいわれた言葉が紹介されている。
「 作家の席が二百あるとして、ひとり 亡くなったからと言って、 泉ちゃん(村木さんの本名)が代わりに座ることはできない。その席は 永久欠番だから、 201番目の席を自分で作らなくちゃいけないんだよ。」
なんて良い言葉だろう。
だれも、誰かの代わりになれないし、なる必要もない。
我が道をいけ!っていう、応援の言葉だろう。
師匠のようになりたいと思っても、師匠その人にはなれない。
追い越すとか、そいうことでもない。
ちがうんだよね、みんなそれぞれ。
みんなちがって、それでいい、ってね。
村木さんの本、今度、よんでみよう、という気になった。
私の知らなかったリーダーのひとりが黒田清さんで、書いている大谷昭宏さんもしらなかった。
”かつて「黒田軍団」と呼ばれる記者集団がいた。 1980年代に「警官汚職」や「戦争」などの キャンペーン記事を世に放った読売新聞大阪社会部の面々だ。 しかし、反差別・反権力を掲げて「軍団」を率いていた黒田清(2000年没、享年69)は、 渡邊恒雄論説委員長(当時)の保守路線とは相容れず、 87年に退社を余儀なくされた。 黒田とともに大阪読売を去ったジャーナリストの大谷昭宏氏( 79) が語る。”
と、紹介されている。
そんな黒田さんは、すい臓がんで亡くなった。だから、69歳と、お若かったのだろう。彼の絶筆となったのが、戦後の権力犯罪の系譜をまとめた『権力犯罪』(旬報社)だそうだ。
ちょっと、気になる。いつか読んでみよう。
吉本隆明さんと糸井重里さんの関係というのが意外だった。ばななさんも含めて、かなり親しくされていたとのこと。きっかけは、吉本さんが糸井さんのことを著書の中で言及するようになったことだったらしい。「ほぼ日」のウェブサイトでは、吉本さんの183本講演を無料に聞けるようになっているとのこと。検索してみた。
貴重だ。
「わが師・阿川弘之先生のこと」と、阿川佐和子さんのお父さんのことを語っているのは、倉本聰さん。阿川弘之は、志賀直哉の最後の弟子といわれているらしい。私の中では、佐和子さんのエッセイにでてくる頑固者お父さん、という印象が強すぎて、どうすごいひとなのか、よくわからない。これは、本人の作品を一度は読んでみないといけないかな…。半藤一利さんが、
〈阿川さんは敗北した祖国日本の葬式をたったひとりでやってきたのである〉
と、述べたとのこと。阿川弘之さんの作品の多くは、戦争の時代に目をそらすことなくこだわったもの、と。
そうか、そうだったのか。『山本五十六』がちょっと気になる。これも、読みたい本リストかな…。
さらっと読めて、なかなか深い言葉に出会える一冊だった。
こういう本はいいんだけど、さらに読みたい本が増えちゃうんだよね…。
でも、こうして、言葉を文字に残してもらえる人たちというのは、つくづく、後進に愛された人たちだ、と思う。
どんなに素晴らし人でも、誰かが語り継いでくれないと、なかなか後世に伝わらない。
だから、私たちが知らないだけで、素晴らしい市井の人というのはまだまだたくさんいる。そう思うと、日本もまだまだ捨てたもんではないと、思える。
私たちの先人は、日本国憲法を守ってきた人だもの、と思う。
