『共感の論理 日本から始まる教育改革』 by  渡邉雅子

共感の論理
日本から始まる教育改革
渡邉雅子
岩波新書 
2025年9月19日第1刷発行

 

2025年10月18日 日経新聞朝刊の書評 で紹介されていた本。 気になったので図書館で借りて読んでみた。予約してから、1か月くらい順番を待った。
記事には、
”副題は「日本から始まる教育革命」。世界各地で戦争や紛争が起き、経済格差が広がり、気候変動や生態系の破壊が進むなど近代資本主義や科学の枠組みそのものが転換を迫られている時代。著者は個人主義・利己主義的な価値観から利他主義への転換を主張する。その思想を育てる要となるのが、日本の「感想文」にあるという。他者の苦しみや悲しみに共感し、手を差し伸べることができる教育を説く。”
とあった。

 

タイトルだけみると、ただの「共感」に関する心理学の本かと思ってしまうが、教育改革につながる話だという。岩波新書だし、と思って読んでみた。

表紙の裏には、
”五感を働かせた体験に基づいて感情を伝え合い、共感を育む日本の国語教育は、世界から遅れた弱みではなく、AI時代にこそ強みとなる。人間と自然の関係を結び直し、共感的利他主義をベースに政治・経済・法・社会の多元的思考を使い分け、他者と協働する力を養う。価値観の転換を迫られる世界で求められる教育がここに。”
とある。

 

著者の渡邉さんは、コロンビア大学大学院博士課程修了。Ph.D.(博士・社会学)。東京大学社会科学研究所国際日本文化研究センターを経て、現在―名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授。日本学術会議連携会員、日本教育学会理事、日本教社会学会代議員を務める。専攻─知識社会学、比較教育、比較文化。『論理的思考とは何か』(岩波新書,2024年)などの著書あり。

 

目次
はじめに――社会と教育の大転換

序 章  近代の矛盾とポスト近代の価値観
 1 近代の特徴――四領域の機能の分離
 2 近代社会の問題――肥大化した経済領域と資本主義
 3 近代の矛盾の核心――自然と切り離された人間
 4 新パラダイムの社会像――近代の矛盾を超えて
 5 ポスト近代の価値観とは――利他に基づく「少ないほうが豊かな社会」
 6 ポスト近代へのスイッチ――西洋近代資本主義と日本型資本主義

第一章  四つの教育原理――教育文化のモデル
 1 教育の世界的潮流――その隠れた課題
 2 教育の四つのタイプ――教育の目的と手段

第二章  共感の論理――社会原理の日本の教育
 1 作文教育の隠れたカリキュラム
 2 伝統的価値はいかに守られたか
 3 なぜ日本の社会と教育が新パラダイムのモデルになるのか
 4 多元的思考の必要性

第三章  教育のグランドデザイン――利他と多元的思考を育む
 1 新パラダイムリテラシー(読み、書き、思考する力)
 2 リテラシーと社会化
 3 文章様式による段階的作文教育
 4 段階的読解教育
 5 日本の来歴を知る――文化資源としての知識
 コラム 文章の目的と様式を意識させる訓練

終 章  日本から始まる新しい秩序――利他と多元的思考が拓く未来
 日本の教育への三つの提言

 おわりに
 参考・引用文献リスト

 

感想。
すご~~く、面白かった。
これは、すごい本だ。
日本のこころの源流」について勉強会を続けている私にとって、一つの答えの提案でもあった。小学校での「感想文」に始まる日本の作文指導は、他国にない「社会原理」を学ぶための基本になっているというのだ。

はじめに~序章で、近代の社会の歴史とその価値観の変遷、新自由主にはじまる個人主義能力主義、そして人々の孤立と対立、ポスト近代はどうなっていくべきなのか、という本書に必要な考え方の背景が十分に語られている。

最初の方は、社会学の様相もある。読みながら、著者は相当賢い人だ、と思った。知識の量ということではなく、時系列という縦軸と、グローバルに広がる横軸の展開と、双方を俯瞰し抽象を捉え、読み手にわかりやすく説明している。時々、四象限、あるいは表にて全体像を更にわかりやすくまとめてくれている。

 

社会の見方の切り口が、教育原理についても展開されるのだが、先に近代社会の特徴を4つの特徴に切り分け、それが教育にも反映されているという話につながる。
言われてみれば、そもそも教育というのは、その国がつくりたい国民をつくるのが役割なわけで、社会の原理(価値観など)が教育に反映されるのは当たり前のことである。戦前なら、国に尽くす人だったわけだし、戦後には「経済復興」に役立つ人が求められた。ただ、「経済」に価値を置いたとしても、「経済発展」に何を求めるかによって考え方は異なる。
儲けなのか、社会貢献なのか、利他か私利か‥‥。

 

そして、近代社会の特徴を
規範:世俗化=脱宗教
経済:資本主義=脱自給自足経済・脱ギルド
政治:自由主義・平等原理=脱封建制・脱絶対王政
社会:機能的分業=脱身分制秩序
の4領域でみて、どこに重点を置くかが国によって異なっているという。

そして、教育は、
横軸:体系的知識 ~ 経験的知識
縦軸:技術目標 ~価値目標
四象限にきりわけ、どこに重点をおくかによって、教育を

経済原理:経験的知識+技術目的
政治原理: 体系的知識+価値目的
法技術原理: 体系的知識+ 技術目的
社会原理: 経験的知識+価値目的
としている。

それぞれ、代表的な国をあげて、
経済原理:アメリ
政治原理:フランス
法技術原理:イラン
社会原理:日本
と、具体例と共にまとめている。ディベート教育を初等教育から始めるアメリカ、フランス革命の歴史を重んじ哲学的問答を学ぶフランス、神の真理を通じて世界を理解しようとするイラン、そして共感力と他者の視点を理解することで縁起的自己を目指す日本。さもありなん。

本の内容もとても興味深いけれど、私は、著者がどんなことを経験してきた人なのか、ということの方が気になってしまった。相当な研究と経験との積み重ねがないと、このような俯瞰にはたどり着けないと思う。

 

そして、近代の社会問題の多くは、「人間」を「自然の一部」と考えなくなった西洋的思考によるところがあり、、産業革命のような物質的な革命ではなく、「人間は自然の一部」と考えるアミニズム的思考によって「認知革命」を起こすことが求められているのではないか、と。

これまでは、大量生産・大量消費のための技術的、物理的革命が求められてきたけれど、これからは、身近な言葉で言えば「ウェルビーイング」「幸せ指標」を何にもとめるかという考え方、認知を代えていく必要があるのではないかということ。

 

これまで、脱成長とか、コモンが大事といわれれば、そりゃそうだけど、、、と、なにかしっくりこないものがあったのだけれど、著者の主張はとてもわかりやすいし、なるほど、と納得してしまう。経済学者ではなく、社会学者だからなのか?

なんにしても、読んでよかった。
世界の見方に、目からウロコのことがたくさんあった。

 

ちょっと、覚書。

石田梅岩渋沢栄一などの社会の見方、心学について。
”… しかしながら、 西洋資本主義と異なるのは、西洋の近代社会が「個人主義」と「合理的経済人」としての利己主義を認めるのに対して、心学においてそれらは人間の存在根拠となる宇宙の摂理に反し、人々の幸福のもととなる和合を妨げて社会秩序を乱すものとして厳しく排除されなければならないとされた点である。「正直」を貫くということは、必然的に 利他主義となることである。「正直」に基づく利他の表れは、利潤よりも安全や使いやすさを重視した日本のものづくりや客への奉仕を第一にするサービス業、企業利益よりも社会的な利益をまず優先させる 多くの会社の理念となって現代にも引き継がれている”

「正直」とは、「本当のことをいう」という意味ではなく、「私欲」の無さを意味する。

 

・” 私たちが 現在進行形で経験しているパラダイムシフトは、モノ/物質ではなく、認識/情報の世界でおこることなのである。”

 

・ 国際機関 が提唱する社会と教育の変化
「経済発展」 → 「人間中心」

 

・ ”教育は 環境か影響を受けるが、 何を「対応すべき環境」と定めるかによって、自らの選択に沿った教育を作り上げることができる。”

 

・ 教育を一貫性のある一つのシステムと考えるならば、 教育の本質は「手段」ではなく、教育の「目的」にあることがわかる。

 

学校教育における、作文の意味。
 1  個人の認知の方を形成する(情報の編集と構成法の規範を示す)
 2  社会規範を教える( 適切な感情と自己表現の方法)
 3  能力発揮の方法となる( 知識を能力に変換する装置となる)

 

・ ”社会原理を体現する日本の感想文は、序論で書く対象の背景と書き手が対象に対して持っていた 感想を書き、本論で対象を通した書き手の体験を述べ、結論で体験後の感想を述べる。体験の前後での書き手の気持ちや考えの「変化」を感想という形で述べさせるのは、体験を通じた通した自己の成長の軌跡を描かせ、その体験を今後どう自己の行為や生き方に生かすのかを考えさせる目的があるからである。”

作文嫌いだった私は、そんな風に教わった覚えがない・・・・。

” つまり 自分の生活や生き方と どう関わるかという視点を持つことが重要である。 感想文で期待されているのは、個人の体験・感情・生き方を社会の構成員である他者と共有しうる 「共通感覚」として表現すること、つまり「間主観」ー個々の主観が他者との相互の修正を経て、複数の主観の間の一致をみることー の表現として提示することにある。”

 

・日本の社会原理のように「自然の一部としての人間」という自然観をもとにした「利他主義」と、経済原理・ 政治原理・法技術原理にみられる「自然と切り離された人間」という前提をもとにした「利他主義」は、その目的や手段の合理性に大きな違いがある。
社会原理以外の原理がそもそも 個人主義や利己主義を土台にしているという、根本的違いに、多くの人が気が付いていない。

 

・「囚人のジレンマ」から学べるのは、 利他主義が前提となると、全体の利益の最大化が自然に達成できるということ。

 

・”論理的に思考するというと、結論先行のアメリカ式 エッセイが唯一無二の方法のように受け止められている。 それは近現代においては、経済が支配的な価値観だったからである。

 

・ ”昔からしつけは「つ」のつくうちにと言われている。 それは「9つ」以降の数には「つ」がつかないことから、 生涯にわたって常に発動可能な道徳と価値観を身につけるには、9つまでにそれを教え込まないと手遅れになるということである。 道徳/価値観を「内面化」するということは、誰も見ていなくても、罰則などがなくても、価値観に沿った行動が自然に取れるようになることを指す。”

 

・”体験を重視する日本の教育では、 感想文を書いたり詩や俳句を作ったりする時に、 まず 体験してからその実感を綴らせる教育が中心だった。 特に小学校のおける実感重視の書く教育は、「見たまま、聞いたまま、 実感を綴る」 綴り方の伝統を伝え守るべきものとして意識して行うことが推奨される。なぜなら、子供たちが物事を判断する際に、自分の実感や感情を判断のよりどころとする力を養うことにつながるからである。”

感想文を書いたり、作文することに「判断のよりどころとする力」を養うという意味があったとは…。子どもの時、私は、感想文や作文が大嫌いだった。自分の意見を、表現するのが下手だったからかもしれない。

 

・”五感を通じて得られる実感を重んじる姿勢は、 機械化が進んだ 工場の現場でも見られる。 日本の製造業では、 製品を仕上げる際に、 その日の天気や気温、 湿度などを考慮しながら、 人の目や手の感覚によって繊細な機械調整を行う。 こうした 経験値に基づく職人の技は日本のものづくりの伝統となっており、先端技術の粋を集めた分野でも、 他国では真似できない 独自の製品を生み出している。”

 

・ 経験的知識を重視している日本の教育では、本質的な要素のみを取り出して概念化するということは、意識して行われることが少なかったアプローチ。「概念化」については、高等教育の小論文などで、少し学ぶ程度。 しかし 抽象化によって多様な事象やテーマに適用可能となる考え方を学ぶことも大事。

 

・” 高等教育は社会の変革を起こす新しい考えや発見が提案された時に、それを理解し受け入れる 一定の層、少なくともそれに慣習的・因習的な考えから反発しない市民層を創ることが目的の一つである と指摘されている。”

 

・” 小学校の低学年から分析的、論証的な読解を求めることには慎重であるべきだと提言したい。なぜなら、それは子供の利他の社会化を妨げる可能性があるからだ。 小学校ではまず 情緒を介した共感による読解をたっぷりと行い、 他者への思いやりを育むことに重点を置くことを推奨したい。 そして中学校に進む段階で、テクストを証拠に分析的に読む方法へと移行していく。このように、年齢や発達段階に応じて異なる読解の技術を身につけることは、多元的な思考力を育てる第一歩となり、具体から抽象へと思考の発達を導く。”

 

・教師の不足、多忙が社会問題となっている中であっても、各段階での教育の目的やその息を教師が共有する必要がある。
”俗にVUCAの時代と言われる現代は、複雑、不確実、不安定、曖昧といった流動性や予測困難性ばかりが強調されるが、そうした時代をどう生きるのかの指標を教師自身が持たないで教育実践ができるだろうか。”

 

実に内容の濃い「日本の未来」をつくるための提言の本だった。 

私は教育関係者ではないけれど、受験対策ではなく、真の教育を考えるならば、必読書といってもいい。「作文」にその解をもとめなかったとしても、意味ある一冊。

著者の抽象化力は、半端ない。これぞ、抽象化と具体化の実践という一冊。お薦め。

 

最後に、著者から日本教育への三つの提言

提言1:共感的利他主義という価値観の共有が社会の基盤を築く

提言2:利他の価値と多元的思考を段階的に育てる

提言3:日本の教育が新たなパラダイムをつくる