謎とき百人一首
和歌から見える日本文化のふしぎ
ピーター・ J ・マクミラン
新潮選書
2024年10月25日 発行
図書館の特設コーナーで目に入った本。新潮選書にハズレはない。気になった。
ちょうど、『源氏物語』を読んでいて、紫式部が書いた和歌の他にも、勅撰和歌集からの引用もたびたび出てきて、日本語なのに私には意味もよくわからないなぁ、と思っていた。 百人一首は子供の時、実家にあったけれど、坊主めくりくらいしかせず、ちゃんと、全部覚えたことはないし、ただしい?かるた遊びをしたこともない。でも、百人一首をちゃんと覚えられたら楽しいだろうなぁ、とも思っていたので、覚えるつもりはないけど、理解してみたくて借りて読んでみた。
著者のピーター・ J ・マクミランは、アイルランド生まれ。翻訳家、日本文学研究者、詩人。英文学博士。アイルランド国立大学を卒業後、米国で英文学の博士号を取得。プリンストン、コロンビア、オックスフォードの各大学の客員研究員を経て来日、2024年10月現在、武蔵野大学客員教授、相模女子大学客員教授、東京大学非常勤講師。2008年に英訳『百人一首』で、日米の翻訳賞を受賞。2016年には英訳『The Tales of Ise』(伊勢物語)、2018年には英訳『One Hundred Poets, One Poem Each』(百人一首)の2冊がPenguin Booksより出版される。『日本の古典を英語で読む』『英語で味わう万葉集』など著書多数。(新潮社HPより)
裏の説明には、
”日本人はなぜ「儚さ」に美の本質を見出したのか。なぜ「主語」を明記せずに歌を詠んだのか。なぜ「本歌取り」で新しさを表現しようとしたのか。なぜ「擬音語」や「言葉遊び」を多用したのか。『百人一首』全訳で日米の翻訳賞を受賞した英文学者が、百首の謎を一つ一つ解き明かす。日本文化に出会い直せる「最良の入門書」。”
とある。
目次
はじめに
1 袖を濡らしたのは「露」か「涙」か? 天智天皇♦秋の田の
2「干したり」と「干すてふ」は何が違うのか? 持統天皇♦春過ぎて
3「ひとり寝」の夜はどれだけ長いのか? 柿本人麻呂♦あしびきの
4・・・・・・
と、1~100まで、それぞれに謎解きのお題があって、歌の作者、初句が書いてある。覚えている人なら、初句からすらすらと全部が出てくるのだろう。
作者も書いてあるので、気になる作者の作品を探して読むこともできる。
感想。
面白かった。
日本に30年以上住む著者が、和歌を通じてみた日本文化の発見は、私にも新鮮にうつるものがたくさんある。
そうか、こんな人の歌も入っていたのか、というのも。
57 紫式部 まぐりあひて見しやそれともわかぬまに雲がくれにし夜半の月かげ
62 清少納言 夜をこめてとり空音ははかるともよに逢阪の関はゆるさじ
86 西行法師 嘆けとて月やはものを思はするかこち顔なるわが涙かな
そして、全ての歌に、現代語訳と英訳がついている。英語は意味を訳しているので、全てにおいて韻を踏んでいるわけではないけれど、和歌で「見立て」をするように、英語でも同じ音で二つの意味がある言葉を使っていたり、へぇ!と膝を打つ訳があって、それも楽しい。
和歌をよんで、さて?意味がさっぱりわからん?と思って英訳をみて、英語もわからんぞ?というものは「現代語訳」もみて、あぁ、なるほど、と三段階のたのしみがあり、かつ、「謎解き」の解析も楽しい。高校の時、もう少しマジメに古文やっておけばよかったなぁ、と思う。古文は嫌いじゃなかったんだけれど、、、、。
和歌から、落語のネタになっているものもある。昔、父が一人で大笑いしながら教えてくれたのが、
17 ちはやぶる神代も聞かず龍田川から紅に水くくるとは 在原業平朝臣(825~880)
現代語では、(ちはやふる)神代にも聞いたことがない。龍田川の水面に真っ赤な色に紅葉が散り敷き、その下を水がくぐって流れるとは。
この和歌は、屏風に描かれた絵を題材に詠んだもの。 在原業平朝臣は、『伊勢物語』の主人公のモデルとされる。出典は『古今集』で、『伊勢物語』106段では、古今集とは異なり、男が親王と龍田川を散策している場面で読んだ、とされている。
で、落語は、、、というと、とその話も本書にでてきた。「千早振る」
”この噺は、 和歌の本文を 独創的に解釈して滑稽な物語 を展開していく。 その流れを追っていくと、 まず「龍田川」という相撲取りを、力士が嫌いな遊女 「千早」が「振る」。 別の遊女「神代」も受け入れてくれない。( 「神代も聞かず」) その後、千早が龍田川に「から」(豆腐の殻、 おから)を求めるも、振られた龍田川は与えなかった。(「殻くれない」)。そして千早は井戸に身を投げて「水くぐる」ことで死んだ。さて残る「とは」 というと、 実は遊女千早の本名が「とわ」であったというオチである”
あれ?私の記憶とちょっと違う。水くぐったのは、フラれた龍田川だと思っていた。でもそれだと、「とわ」の落ちにならないから、私の記憶違いだろう。なんせ、父が話してくれながら自分でわらっちゃって、話にならないくらい、一人でウケていた。50年位昔のことかもしれない。
まんがの『ちはやふる』もこの歌から来ている。和歌から落語、まんがと展開していくさまを著書は、
” 古典を敬いつつ、大胆に書き換えていく日本文化の特質の一つである。 やはり日本文化は リメイク 文化と思う。”と。
なるほど、なるほど。
源氏物語の中でも、昔の歌を引用して、自分の歌に歌いあげる妙を光君がやってみせたり、女たちがやってみせたり。つまりは紫式部がやっているわけだけれど、とっさに昔の歌の句を引用できる聡明さ。それもリメイク文化か? 日本の伝統・リメイク文化は源氏物語の中にもみることができるってことかな。
他にも、気になったところ覚書。
・ 『百人一首』は『古今集』から『続後撰集』までの10の勅撰和歌集を出典とする。その中でも平安時代初期から鎌倉時代初期にかけて作られた八つの勅撰集はそれぞれ
『古今集』『後撰集』『拾遺集』『後拾遺集』『金葉集』『詞花集』『千載集』『新古今集』であり、これらを総称して「八代集」という。
・5 踏み分けたのは「人間」か「鹿」か?
山奥に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき
猿丸大夫(伝承の歌人、三十六歌仙の一人)
和歌に限らず、日本語にある主語の曖昧さ。この歌で紅葉を踏み分けているのは、人間なのか?鹿なのか?読み手に委ねられている。作者は、どちらかを特定していたとしても、日本語の自由さ。そして、西洋と日本における人間に対するとらえ方の違いは、自然とのかかわり方にも直結している、と。
”西洋の詩において、人というのは 自然と対立し眺めている主体である。それに対し、和歌において、 人も自然と一体化している。”と。
渡邉さんの『共感の論理』と重なる。
・12 「乙女」が舞う舞台はどこか?
天つ風雲の通ひ路吹きとぢよをとめの姿しばしとどめむ
僧正遍昭(816~890、桓武天皇の孫)
英訳で、「Heaven」とせずに、「the heavens」としている。 単数形の「Heaven」は、 キリスト教などでの天国という意味になる一方、複数形の「heavens」は天空、天の国といった、ギリシャ神話にでてくるような、より幻想的な天の世界を示す。
・16 立ち別れいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かばいま帰り来ん
中納言行平(在原行平 818~893)
現代語訳:あなたとお別れして、私は 因幡の国へと去っていくが、その因幡の国の稲羽山の峰に生えている松の名のように、あなたが私を待っていると聞いたならば、 私はすぐにあなたの元へ帰りましょう。
「まつ」が、「松」と「待つ」の掛詞。英語でも「pine」は「松」と「待つ」の二つの意味を持つ。
pineを英英でひいてみると、いくつかの意味が出てくる。そのうちの一つが、
”If you pine for a place or for something, you miss it a lot and wish you could be there or have it again.”
知らなかった、こんなpineの意味。セツナイ待つ。
思いがけず、英語の勉強にも。
でも、こんな風に日本語でも英語でも掛詞となりえるのは、pine以外に今のところ見つけられていないそうだ。
・29「白菊」を 際立たせる「見立て」の技法とは?
心あてに折らばや折らん初霜の置きまどはせる白菊の花
凡河内躬恒(おうしこうちのみつね:900年頃に活躍。三十六歌仙の一人。)
現代語訳:注意深く、折れるなら折れるかしら。初霜が降りて、霜か菊か、見分けがたくなっている白菊の花を。
見立ての技法:あるものを別のものにわざと見紛えてみせること。あるものの一面を際立たせる表現方法。
ここでは、白菊を真っ白な霜に見立てることによって、花の白さが強調されている。
百人一首では、他にも雪と月光(31)、白波と雲(76)、花吹雪と老い(96)など。
・有明の月:夜明けの月
私は、有明海の月かと思っていた。。。。
・34 誰をかも知る人にせん高砂の松も昔の友ならなくに (藤原興風)
現代語訳:誰を昔から親しく知っている人にしたら良いであろうか。知人はみな亡くなり、 同じように年を経た、 あの高砂の松でさえ、昔からの友ではないのだから。
「高砂」は播磨国(兵庫県)の地名で、松の名所として知られる。ほかにも現在の大阪府である住吉の松が有名で、『古今集』には「高砂・住の江(住吉)の松も相生のやうに覚え」とある。世阿弥は、この歌をもとに「高砂」という謡曲をかいた。
” これまでの伝統、古典的な読み方を下敷きとして展開していく知の豊かさは、歌の世界のみならず、能の世界にも生きている。歌に詠み継がれた多くの型や文句が、またさらに受け継がれていくことによって、作品世界に重層的な広がりと深みが生まれるのだ。その伝統の中核にあった和歌こそ、現代においても人々を惹きつけてやまない、この国の伝統文化の魅力が詰まっているのではないだろうか。”
・ ”日本はもともと母系社会であり、家も財産も母から娘へと受け継がれてきたと言われている。 奈良時代になると 中国から儒教の家父長制が伝来し、 男性が家庭の中心になっていくものの、 平安時代に入ってからも 依然として母系性の要素は残り続け、とりわけ 結婚 の習慣には母系性の名残が色濃く見られるようだ。”
・”三十六歌仙とは、藤原公任が優れた三十六人の和歌を選んで『三十六人撰』という歌集をつくったことに由来する。以降、詩の世界では三十六という数が重視されるようになり、三十六歌仙に影響を受けて、中古三十六歌仙や女房三十六歌仙などもつくられた。和歌の世界だけでなく、連歌でも、三十六句からなる連歌のことを歌仙、十八句からなる連歌のことを半歌仙と呼んでいる。また、絵画の世界に関しても「富嶽三十六景」など影響を与えている。”
・32「しがらみ」の本来の意味とは?
山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり 春道列樹
現代語訳:山中を流れる川に風がかけた柵(しがらみ)というのは、流れきることができない紅葉であったことよ。
この歌のポイントは、流れずに溜まっている紅葉を「しがらみ」に見立てたこと。「しがらみ」の本来の意味は、水の流れを堰き止めるために立てた柵のこと。
・47 八重葎(やへむぐら)茂れる宿のさびしきに人こそ見えぬ秋は木にけり
恵慶法師
現代語訳: 幾重にも葎が生い茂っている寂しい宿に、人は誰も訪れてこないけれども、 秋だけはやってきたことであるよ。
宿の話から、著者が京都に移り住んで初めて庭をつくったときのエピソードが紹介されている。中村清草園の中村廣吉氏に作庭を頼んだ。そして、自分では『万葉集』やその他の和歌や俳諧に詠まれる花々を植えようと計画して、桂や山桜の直売所に足を運んだ。加えて、チューリップなどの西洋の花々も買い、それらを前庭に植えようとしたら、友人に「今は庭をつくっているんだ!ガーデニングをしてるんじゃない。」と言われたそうだ。
京都で庭をつくるということは、日本庭園をつくるということであり、千年の時を経ても、庭の文化の中心はなお京都なのだと悟った、と。
ちょうど、立原正秋の『日本の庭』を読んでいるところだったので、なるほど、と思った。
・掛詞
「かた」:「難しさ」と「片結び」
「あき」:「秋」と「飽き」
・「源氏見ざる歌詠みは遺恨のことなり」:藤原俊成(定家の父)の言葉。
”『源氏物語』を読まない歌人は残念なことであるという意味であり、これ以降の歌人にとって『源氏物語』は必読の物語となった。『源氏物語』が現在に至るまで、 日本を代表する文学作品であり続けたのは、 俊成の影響が大きかったと言えるかもしれない。”
そして、私も歌人をめざすわけではないけど、『源氏物語』に惹かれつつある。
・日本文学には「作り直し(見立て・パロディー)がある。
・95 おほけなく憂き世の民におほふかな我が立つ杣(そま)に黒染め袖
前大僧正慈円(1155~1225)藤原忠道の子。13歳で出家。1192年天台座主となった。『愚管抄』の作者。
現代語訳:身の程知らずに、ついこの俗世の民に覆いかけることであるよ。私が比叡山に住み始めて身に着けているこの黒染めの袖を。
”比叡山は日本の仏教の母山である。慈円のみならず、平安時代から近代にいたるまで、日本文学と比叡山の繋がりは深い。ぜひ何度でも皆様に訪れていただきたい場所である。”
うん、パッと目について、借りた本だけれど、良い一冊だった。
源氏物語の楽しみ方が一歩ふかくなったかも。
それにしても、和歌ってすごいな。
日本語って、すごい。
日本語が母語であるって、ありがたや。
