2025年10月25日、日経新聞の書評で紹介されていた本。
記事には
”本を手に取った時、最初に出た言葉は、こうであった。「えぇっ、エンシンケイなんやぁ」。あまりにも、マイナーだからだ。
袁晋卿(えんしんけい)は、唐から日本にやって来た渡来人で、漢字音や、当時最新の唐楽を日本に伝えた人物である。
基本的に、日本という国は、外来文化を受け入れる側である。だから、渡来して、技術、学問、宗教を伝えてくれた外国人を大切にする。鑑真和上などが、その典型例である。が、しかし。その師たちが、日本をどう見、どう考えたかということについては、まったく関心がない。著者は、文化を伝えた師であっても、ひとりの人間ではないかというところに、焦点を合わせているのである。その不安、孤独、戸惑いが、如何(いかん)なく描かれている。
万葉学徒の私としては、それぞれの人物造形が、じつに興味深かった。玄昉(げんぼう)については、そうきたかぁ、と唸(うな)った。まるで、奈良時代にタイムスリップした感がある。
本書には、等身大の渡来知識人の袁晋卿がいる。その閉じた心を開いてゆく、浮浪児たちとの会話。外国人も、浮浪児も、日本社会の外部者ということでは、変わりがないのだ。その視点が、この小説にある。少しずつ心を開く会話は、まさしく心理小説である。
一方、渡来した知識人の格差についても、余すところなく描かれている。後半は、藤原広嗣の話が、この物語に陰影を与えている。九州で大乱を起こし、捕らえられ、刑死した心情がよく描かれている。なるほど、こういう人物だから、大乱を起こしたのかぁ、と私は唸った。
私は、安部龍太郎の『ふりさけ見れば』の続編のように読んだ。安部にも、澤田にも共通することだが、歴史小説も、今を映す鏡であり、歴史のなかで生きている人間の苦悩を描いている。まるで、隣に住む異邦人を描くように。
読後、私は、明治を生きたお雇い外国人医師ベルツの『ベルツの日記』を思い出した。文化を受け入れて学ぶ側の日本人は、受け入れたものは大切に記述するが、その本人の心情を思いやることはない。その観点を、私は本書から学んだ。”
とあった。
『ふりさけ見れば』は、日経新聞の朝刊の連載小説で、私も結構読んでいた。気になったので図書館で借りて読んでみた。
作者の澤田瞳子(さわだとうこ)さんは、1977年東京生まれ。作家。 同志社大学大学院 博士前期課程修了。2010年『孤鷹の天』でデビュー。『満つる月の如し』(新田次郎文学賞)、『星落ちて、なお』(直木賞)など。
私は、初めて読んだと思う。
タイトルにある「梧桐」って、何だろう?と思って、調べてみた。
あおぎり【青桐、梧桐】
アオイ科(旧アオギリ科)の落葉高木。中国南部原産。樹皮は緑色。葉は大きく、3~5裂、長い柄がある。庭木・街路樹にし、材を建具・家具・楽器などとする。
装丁に描かれているのが、梧桐なのかもしれない。
目次
第一章 異郷
第二章 邂逅(かいこう)
第三章 火宅
第四章 夜鳥
第五章 夏雨(かう)
第六章 潮騒
感想。
ほほぉぉ。面白かった。
読み始めたら一気読み。
私は、袁晋卿(えんしんけい)なんて、初めて聞いた。一応、本書の主人公。吉備真備(きびのまきび)、阿倍仲麻呂、聖武天皇、藤原光明子、藤原家などなど、歴史の人物たちも出てくる。記事にあった「玄昉」も、実在の僧らしい。
*玄昉は、奈良時代の法相宗の僧。717年法相宗の教学を学ぶために唐に入り、735年に帰国した。藤原武智麻呂らが悪疫に倒れたために、橘諸兄・吉備真備と共に政界での権力を握った。
物語には現代にもつながる社会課題がふんだんに盛り込まれている。半分くらい読んでから、時代小説ではなく、社会課題を書きたくて、「時代」を借りたのかな?と思うくらい。
そして、読み終わってから「本書が面白かった」という話を知人としていたら、潮出版社は創価学会系の出版社だと教えてもらった。あはん、、、なるほど、、、、と、イデオロギー的なものを感じなくもない。でも、お話として、面白かった。
描かれているのは、
・差別:異国民が移民として暮らすこと:唐から外国人としてやってきた袁晋卿の日本での人生。唐の商人と日本人との間に生まれた人の人生。
・格差社会:親をなくした浮浪児たちの生きざま。
・権威主義:天皇家とのつながりへの執着
といったところだろうか。
以下ネタバレあり。
時代は、聖武天皇が即位して10年ほどしたころ。遣唐使として唐に渡っていた下道(しもつみち)吉備(吉備真備)と玄昉が帰国する。そこに玄昉に口説かれるように一緒に日本に渡ってきたのが若き袁晋卿。しかし、日本についたとたんに玄昉からは置き去りにされ、日本に来たことを後悔しはじめる晋卿。異国人の管理事務所のようなところへ行き、これからの生活の準備を整えた帰り、浮浪児の子供に受け取った準備物資を奪われてしまう。
浮浪児たちが物語に重要な役割を担う。飢饉で親を亡くし路頭に迷ってた子供たちは、寺で世話になっていたが、そこの僧侶が死ぬとだれも面倒をみてくれなくなり、浮浪児となり街をさまよい、盗みで食べるものを得ることしかできなかった。そして寝床は、草の葉。寒さと飢えに苦しむ浮浪児たちは、生きるために晋卿を襲った。
浮浪児たち
狭虫(さむし・女の子):心根の優しい女の子。寺にいたころには勉強にも励んでいた。
狗尾(いぬお・男の子):3人の浮浪児のリーダー格。唯一の男の子。
駒売(こまめ・女の子):勝ち気で、晋卿を襲うことを提案した張本人。美人なので、物乞いをすると狭虫より、ずっとたくさんの物をもらえる。
晋卿は、駒売に荷物を奪われ、その中には官位をうけるために必要な書類も入っていた。住まいは用意されていたが、お手伝いの母息子がその書類がなければ、晋卿はお金もうけとれないという。途方にくれた晋卿だった。が、翌日、狭虫が晋卿の住まいに書類をもって「大事なものだと思うのでお返しします。」とやってくる。
そうして、晋卿と狭虫と知り合いになる。が、お手伝いの志邑(しむら)は、晋卿に対して愛想もなく、浮浪児と関わることも良しとしない。日本語のわからない晋卿には唐語の通訳の志邑が必要だったが、晋卿は、あてがわれた家を飛び出し、唐語を話す人のいる藤原広嗣の屋敷で働くようになる。
ある日、駒売は、藤原宇合(藤原不比等の三男)の息子に石を投げたことで囚われ、藤原広嗣の屋敷に連れてこられる。晋卿は、駒売が自分から荷物を奪った浮浪児であることに気づく。広嗣は、駒売の美しさに気が付き、女として育て上げて皇室に献上しようと画策する。
駒売が広嗣の屋敷にいることは知らずに、狭虫は晋卿のところへお手伝いとして自分と狗尾を雇ってくれと言って訪ねてくる。そして、狭虫と狗尾は邸の手伝いとして働くようになり、そこに自分たちを置いて姿を消した駒売がお姫様のように扱われていることを知る。
狭虫は、駒売のことを責めることはなかった。駒売が美しい女の子だったから物乞いをしてたくさん物をもらい、それを分けてもらって自分たちは生きのびてきたのだ、と。
晋卿が広嗣の出世欲に振り回されているころ、藤原家では次々と代々の人が流行り病でなくなってしまう。当時流行った天然痘。藤原邸は喪に沈む。そんな中、玄昉は、聖武天皇の母・宮子の体調回復の祈祷に成功し、僧としての出世の道を突き進み、とうとう僧正に上り詰める。
僧正とは、 百人一首にもでてきた。百人一首にある 僧正遍昭の「僧正」は、寺の統率の順位で1番。僧正(そうじょう)、僧都(そうず)、 律師(りつし)。本来なら、藤原家の氏寺である興福寺の僧・道慈が次期僧正と思われていたが、それを玄昉があっさり奪っていく。
出世欲の強い広嗣は、代々の氏寺を無視して、玄昉に取り入る。日本に帰って以来、玄昉に振り回されっぱなしの晋卿だが、広嗣のために玄昉のもとへ使いにはしるのだった。面白くない道慈派。
おもえば、なぜ、自分のようなものを日本に連れてきたのか?玄昉を問い詰めても答えはもらえない。真備にもたびたび尋ねるのだが、晋卿はずっと自分が日本に連れてこられた理由がわからないままだった。
そして、広嗣の駒売教育、妾とのいざこざ、疫病、、、。
玄昉の出世を面白くない僧たちは、広嗣に仕える晋卿を襲う。突然僧に襲われた晋卿を救ったのは、狭虫と志邑の連携、そしてずっと影で晋卿を気にかけてくれてた真備だった。
危うく命を落としかけたところを真備に救われ、そこにあとから狭虫と志邑が追い付く。いったい、自分は何をしに日本に来たのか…。本当の理由は知らない方がいいという真備だったが、とうとう、本当のことを明かしてくれた。
唐から日本に帰る際、唐の皇帝は仏教と道教の経典類を玄昉らに預けた。が玄昉や真備が日本に持ち帰る荷物には仏教の経典しか含まれていなかった。その荷造りを手伝ったのは晋卿。言われてみれば、道教の書物はどうなったのか?玄昉や真備は、皇帝のすすめを無視したのだ。晋卿は知らない間に日本の大きな秘密を知ってしまった証人となってしまったのだった。だから、もう、二度と唐へは帰れない。日本としては晋卿を唐へ返すわけにはいかないのだった。
真備は、晋卿に真実を話した後、ふと眼差しを虚空に泳がせ、つぶやく。
「仏法は虚言を戒めますし、ほとんどの者は嘘つきをきらいます。ですが正直なところを言えば、もしこの世に嘘がなければ、世間はあちことで悶着ばかり起きる面倒なものとなるのでしょうな。」
ふむ、なるほど。
そして、最後は、真備のすすめでしばらく大宰府に身をおくこととなった晋卿。狭虫や志邑、それに晋卿が広嗣のもとから救ってやった千里(広嗣の妾の一人・愛のなくなった広嗣に、強引に晋卿と結婚させられそうになる)と共に大宰府にいき、しばらくは安心してくらせそうな場面で終わる。
聖武天皇の時代の藤原家お家騒動と仏教界の寺権威騒動。そこに巻き込まれた人々、という感じ。
晋卿とともに大宰府へ行くことを決心した志邑もまた、実は混血児。だから唐語を話すことができたのだ。千里も唐人女に仕えていたことから、晋卿と唐語でコミュニケーションができた。狭虫は、寺にいたころに文字を覚えたために筆談で、日本語を話さない晋卿とコミュニケーションができた。
言葉が人生を切り開く。
記事にあった、広嗣の九州での大乱というところは物語には出てこない。恩人をも自分の出世の為なら裏切る広嗣。そういう成れの果てであっても驚かない。
どこまで史実なのかはわからないけれど、物語としては、凡庸であるけれど真っすぐな晋卿の人柄が味わい深い。そして、真摯に生きようとする狭虫。自らの道を切り開こうとする千里。運命を受け入れつつも、流されない主人公たちが、生きる勇気のようなものを語っている。
登場人物は、他にもたくさんいるのだけれど、どの人物にもそれぞれの役割があって、無駄に人を登場させていない感じがある。355ページの単行本。最後に参考文献・論文の引用があり、架空の人物かと思った「皇甫東朝」に関する論文も参照されていた。物語の中では、訳アリで日本にやってきた唐人という感じで出てきた皇甫東朝も、一つの研究材料になっている人だったらしい。
時代小説は、「今ならそんなことはない」と思える安心感の良なものがありつつも、社会課題はいつの時代も変わらないな、とも感じる。まぁ、だって、人間だもんね。
そして、小説の断片と、史実を突き合わせていく中で、頭の中で点と点がつながる。広嗣って?とおもって、過去のMegurecaブログを振り返ってみたら、マンガ日本の歴史でもでてきていた。ついでにも玄昉も。なんとなく道鏡と印象がかぶって読んでいたのだけれど、別人物だった。
やっぱり、読書は楽しい。
