ブッダ【第12巻】旅の終わり
手塚治虫
潮ビジュアル文庫
1993年3月10日 第1刷
2014年1月1日 第55刷
第11巻の続き。シリーズ最終巻。
表紙は、動物たちに囲まれて樹の下で瞑想するブッダ。手の形が、鎌倉の大仏と一緒。つまりは、瞑想中…。奈良の大仏とは、手の形が違うのだ。
目次
第六部
第11章 陥穽
第12章 シャカ族の滅亡
第七部
第1章 悲報
第2章 ダイバダッタ
第3章 アジャセ王の微笑
第4章 旅の終わり
主な登場人物
・ブッダ:釈迦
・アナンダ:シャカ族。ブッダの弟子。ブッダと共に説法の旅に出る。
・ルリ王子:コーサラ国バセナーディ王の息子。ブッダの話を聞き、奴隷としていたシャカ族を解放したが、父にそれでは王にはなれないと言われ、再びシャカ族討伐へ向かう。
・ジェータ:ルリ王の子。
・ダイバダッタ:ブッダの弟子だったが、アジャセ王子の権威を頼ってブッダを裏切る。
・アジャセ王子:マガタ王国の王子。
コーサラ国のルリ王子は、シャカ族を解放したことを父に責められ、王家の権威のために再びカピラヴァストゥへシャカ族征伐へ向かう。途中、ブッダたちの一行と出会う。そして、ブッダにシャカ族を滅ぼしに行くことを見破られ、「父王の命令であっても、本心で正しいと信じていないならば、従う必要はない」と言われる。心打たれたルリ王子は、再びブッダの言葉に従って兵をつれてコーサラへ帰っていった。
ところが、城へもどるとシャカ族を殲滅してこなかったことに父は怒り、ルリ王子以外の者に王位を継承するといいだす。ルリ王子は、父を幽閉するという手段にでる。そして、ブッダを丁寧に迎い入れ、帰依をちかうのだった。
父(ルリ王子)のその様子を見て、スダッタからブッダの話を聞いていたジェータは、ブッダにスダッタと一緒に大僧院をつくります、とブッダに告げた。「ジェータよくぞ申した!」と喜ぶルリ王子だった。
かくして、つくった大僧院が祇園精舎。祇園精舎の「祇」というのは、ジェータ王子のことだという。
ブッダの登場を面白く思わないバラモンは、ブッダに悪い噂をたてて陥れようとする。町の人は、ブッダの悪口をいい、意思を投げるしまつ。「悔しくないんですか?」ときくアナンダに、「7日待っていなさい。7日待てばきっとおさまる」と静かに話すブッダだった。
そのころ、カピラヴァストゥの城についたタッタは、コーサラ国へ仕返しをしたいと考えるシャカ族たちと一緒に、復讐の計画を実行する。だが、それは結局、コーサラ軍との大戦争となり、シャカ族の全滅という結果をもたらすのだった。
タッタが再び戦に加わったことが信じられないブッダは、戦地へと足を運ぶ。そこはおびただしい死体が横たわり、中にタッタの遺体をみつける。
ブッダは、自分の教えがタッタを救えなかった、シャカ族を救えなかったことに悲しむ。
アナンダは、竹林精舎にいるはずのタッタがカピラヴァストゥにいたことに疑問を持ち、竹林精舎でなにか異変が起きたのではないかと気がつく。まさに、ダイバダッタの裏切りが起きていたのだが…。
そして、ブッダとアナンダは、マガタ王国へ戻っていく。城は以前とは様子が違っていた。ダイバダッタとグルになって父を幽閉したアジャセ王子が王座につき、父は気が狂ったから北の塔にいるという。ブッダは城をでて竹林精舎に向かう。すると「竹林精舎にブッダの居場所はない。今はダイバダッタがリーダーだ」とアジャセ王子に言われる。「そんなはずがない!」とアナンダが怒ったところに、ダイバダッタが登場。ブッダは、アナンダに怒りで自分を失うなと言い、ダイバダッタになぜ自分にそむいた?ときいた。
ダイバダッタは、かつて師だったブッダに、「そんなことを言われる筋合いはない。私はアジャセ王子に認められたリーダーだ」といった。ブッダは、静かにいった。
「おまえは王に選ばれたかもしれないが、神に、、、大自然に、選ばれる資格のある人間ではない」と。
そして、ダイバダッタは、ブッダの暗殺を計画する。毒を持ったり、落石で押しつぶそうとしたりするが、家来たちもブッダを尊くおもっているのでブッダは死なない。最期は、自分でブッダに毒を盛るつもりだったが、その毒で自分が死んでしまう。あわれなダイバダッタ。
そして、竹林精舎にたどり着いたブッダとアナンダは、弟子たちに大歓迎で迎えられる。
一方、ダイバダッタから精力剤をもらっていたアジャセ王子は、ダイバダッタが死んだことで薬の禁断症状からおでこがこぶのように膨らむ奇病にかかる。ブッダは「この男にかけているのは、多分人の手のあたたかさだ」といい、アジャセ王子のために、何日も何日も、ひたすら王子のおでこに手をあててやった。ブッダはそれから毎日12時間、3年もそれを続けた。そして、ついに、回復の兆しが見えた時、アジャセは初めてブッダに笑顔をみせた。
「初めて、笑った! あの微笑みは、まるで神のようだった。」
そして、ブッダはまた一つ悟った。
「そうだ!わかったぞ! 人間の心の中にこそ、神が宿っているんだ!!」
それは、あまりにも大いなる悟りだった。ブッダは、霊鷲山(りょうじゅせん)と呼ばれているラージギル城(マガダ王国の城)の東北の山で、
「この新しい悟りを明日から1000人の弟子たちに、いや、世界中の人たちに教えるぞ!」
と誓った。
それから、霊鷲山でのブッダはときには瞑想し、ときには教えをといた。その教えは、弟子だけでなく、一般の人々も聞きに来た。どんな身分の人にもわかりやすい話をした。
「 いつも私はいっているね。 この世のあらゆる生き物はみんな深い絆で結ばれているのだと・・・。
人間だけではなく 犬も馬も牛も、 トラも魚も鳥も、 そして虫も、 それから 草も木も。
命の源はつながっているのだ。
みんな兄弟で平等だ。 覚えておきなさい。
そしてみんな苦しみや悩みを抱えて生きている。 これを 衆生(しゅじょう)とよぼう。
もし 親や兄弟の中に飢え苦しんでいるいたり、 不幸が怒ったりしたらどうなる?
あなたの家は潰れ あなた自身にも不幸が来るでしょう。
自分の不幸を自分の苦しみをなおすことだけ考えるのは心が狭いのだ。
家のこと みんなのことを考えてみなさい。
誰でもいい人間でも他の生き物でもいい相手を助けなさい。
苦しんでいれば救ってやり、困っていれば 力を貸してやりなさい。
なぜなら 人間も獣も虫も草木も大自然という家の中の親兄弟だからです。」
一般の人に交じって、アジャセ王子もブッダの話を聞き入った。そして、父を閉じ込め、死に追いやったことを悔やんだ。
「 あなたがだれかを助けたら、別の人が今度はあなたをきっと助けてくれましょう。
それは誰も彼も 生きとし生けるものが つながっているからだ。」
アジャセ王子は、涙ながらに、父の盛大な国葬の準備をし、ブッダに生涯帰依することを誓った。
ブッダは、新しい悟りを開いてから、徐々に自分の死の予感を強めていた。そして、最後となる説法の旅にでた。500人の弟子がブッダに続いた。
旅の途中、ブッダは疲労と腹痛で寝込んでしまう。クシナガラで村の人が僅かな食糧で提供した食事にあったキノコにあたったとも言われている。
腹痛に苦しみながらも最後までブッダは弟子に話を続けた。
「仏法僧を信じなさい。
”仏”は、天の教え。”法”は、真理の教え。そして”僧”は正しい人々の集いのこと。
この三つに従い、信じ、犯すことがなければ、いつか悟りを持てる。
みんなおこたることなく精進せよ。わたしはいま涅槃にはいる。」
そして、沙羅双樹の花が咲いたとき、ブッダは、永遠の眠りについた。
紀元前483年、ゴータマ・ブッダが亡くなったと言われている。
”ブッダは、大自然のどこからかこの教えの行く末をいつまでも見守っていることだろう。”
完。
う~ん、長かったけど、読んでみてよかった。私は、ブッダのことも、その教えも、全然知らなかったんだなぁ、と思った。なかなかボリュームのある漫画で、ときどき手塚さん流のギャグがあったり、ブラックジャックがでてきたり、、、クスっと笑っちゃう所もあって、楽しみながら読める。マガタ王国とコーサラ国の関係や、どちらの王子も父を幽閉するというあたりが、頭の中の混乱の原因になりがちだけれど、整理してみると、結局どちらの王子も最後はブッダに帰依する。唯一の悪人は、ダイバダッタ、ということのようだ。
ダイバダッタは、最後にはブッダを裏切る人。他の人はほとんどブッダをあがめる、とわかって読めば、すらすら読めるような気がする。
まぁ、マンガだけれど、通読達成感があるシリーズだった。
ヤマザキマリさんの「息子には、地球に愛される人間に育ってほしい」という言葉は、ブッダの言葉につながっていたのだと思う。
ブッダの教え、難しいことはわからないけれど、「自分が今やろうとしていることは、地球にとって、自然にとって正しいことなのか?」という質問は、なにかの意思決定のよりどころになるような気がする。自然の神様にお伺いを立てるって、もしかすると日本人の精神性になっているかもしれない。
「地球に、自然に取って正しいことなのか?」という問いは、2026年の一つのテーマにしようと思う。
