望遠鏡と天文学者
「すばる」との1826日
有本信雄
dZERO
2026年 2月3日 第1刷発行
日経新聞2026年4月4日の書評で紹介されていた本。
記事には、
”2016年、すばる望遠鏡を運用する国立天文台ハワイ観測所を取材した際のこと。所長室のドアを開けて驚いた。壁が全面オレンジ色なのだ。12年に観測所長に就任した有本信雄氏は「グレーだった壁紙を張り替えました」と楽しそう。固定観念にとらわれず変化を求める姿勢の表れだが、有本氏がすばる望遠鏡と過ごした5年間を綴った本書は、天文学者の実像を描くに留まらず、人間と宇宙、社会との関係について思考する。
天文学者の実態は必読だ。すばる望遠鏡で観測するには、まず観測提案書を通す必要がある。「すばる」は人気が高く世界中から提案が集まるため審査側も真剣勝負。晴れて提案が通ると、次に天文学者を待ち受けるのは高山病との闘いである。「すばる」はマウナケア山山頂4208メートルにあり、酸素濃度は地表の6割ほど(著者は高山病になったことも)。そこで富士山の7合目の高さにある施設で一泊、高地順応してから山頂へ向かう(近年は遠隔観測も可能)。
観測現場は分刻みという忙しさだが、天文学者は望遠鏡を操作させてもらえない。操作を担うのは専門オペレーターだ。観測が計画通り進むことは滅多にない。天文学者に求められるのは、曇りなどで観測できない場合に、撮り直すか否か即座に判断することだ。辛いのは準備を重ね観測当日を迎えたにもかかわらず、天候条件で観測できなかった時。振り出しに戻って提案からやり直し。運がよくても観測は約1年後になる。その間にライバルが同様の観測をする可能性は高い。「競争相手が出す論文を臍(ほぞ)を噛(か)んで読まされる破目になる」。過酷な現実だ。
そして天文学者は社会と無縁ではいられない。「マウナケアはハワイの先住民にとっては神聖なる土地」「そこに国立天文台はすばる望遠鏡を置かせてもらっている」。だからハワイの文化や歴史などを深く理解することが欠かせない。更に日本の文化を知ってもらおうと、著者は現地で七夕行事を実施。流しそうめんまで準備し、自ら七夕の和歌を詠みあげるという力の入れようである。
本書の魅力は文学や詩歌、絵画に話題が及ぶこと。なぜ日本人にとって星と言えば「すばる」なのか。葛飾北斎の浮世絵版画に描かれた「有明の月」の違和感…その探究心は宇宙のように広く、深い。”
とあった。
なんだか、面白そう。しかも、「ハワイ先住民にとっての神聖なる土地」という言葉が、3月にホノルルのビショップミュージアムでハワイについて勉強してきたばかりの私のアンテナにひっかかった。図書館で借りて読んでみた。
表紙は星空に浮かぶお月様と、二人の男女。著者と奥様なんだろう。楽し気にワインのグラスを傾けている。そして、よく見ると星に混ざってパイナップルや魚や音符が。なんて楽し気な装丁でしょう。
著者の有本さんは、1951年、新潟県加茂市生まれ。天文学者、理学博士(天文学)。専門は銀河進化論、銀河考古学。国立天文台名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授、国立ソウル大学校客員教授。東北大学卒業、同大学大学院博士課程修了後、パリ天文台(仏)、ハイデルベルク大学(独)、ダーラム大学(英)の研究員となる。帰国後は、東京大学助教授を経て国立天文台・総合研究大学院大学教授に。2012年から2017年まで国立天文台ハワイ観測所(すばる望遠鏡)の所長をつとめた。
目次
プロローグ
星
すばる
ハワイ島
天文台
気象
月
エピローグ
感想。
おもしろかったぁぁ!!
これは、理学博士のエッセイだ。「すばる」との1826日とあって、たしかにハワイ観測所での話が主ではあるけれど、それだけではない。そこに行くに至った若き日の話、ハワイに行く前のフランス、ドイツへの留学、そして、最近の話も盛り込まれていて、ほんと、エッセイだ。科学者が未知の世界へ挑む姿は、高井さんの『微生物ハンター、深海を行く』を思い出した。宇宙ではなく深海だけどね。
そして、奥様との掛け合いが、本当に愉快で楽しい。斎藤茂吉とか、藤原正彦さんとか、、、、科学者の楽しい随筆、って感じ。でも、奥様は病気で先立たれてしまったそうだ。そのくだりは、読んでいてポロポロと泣けてくる。著者がどれほど奥様を愛していらしたか、、、、。お別れ会に駆け付けた教え子が、友人たちに発信してくれた文章が、「本人の許しを得て載せておきたい」として、紹介されている。日本語と、英語と。もう、その2ページは、泣いて笑って、、、。
こうしたエッセイ集を出されるくらいなので、文章が御上手。ときどき混じる小ネタも、おやじギャグにならず、とても楽しい。そして、小説、詩などの引用の幅も広くて、やはり、科学者って詩人だなぁ、、、と思う。やっぱり、茂吉先生に近いかな。でてくる本も、どれもこれも面白そう。
なんだか、気になったのが「 耳に小さな魚を入れると宇宙人の言葉がわかる」という話が、『 銀河ヒッチハイク・ガイド』( ダグラス・アダムス、河出書房新社、2005)に出ているのだそうだ。ほんとかな???読んでみたい。
もちろん、星や宇宙にまつわるサイエンスの話もてんこ盛り。写真入りで星の説明が延々と続くところは、ちょっと頭のなかにハテナが飛びまくったけれど、なぜか、読んでいて飽きない。加えて、地球の歴史も。 5億5000万年前のカンブリア大爆発、 4億年前のシルル紀になると植物が海から陸へ上がり それを追いかけるように動物が陸へ上がったということ。恐竜は2億年前。そしてその後の小惑星衝突、恐竜の絶滅。 ホモ・サピエンスの出現は20万年前。
ポール・ゴーギャンの「 私たちはどこから来たのか?」という疑問ももっともだ、って。
不思議は尽きない。
有本さんは、子供の時から星が好きで、宮沢賢治の世界も大好きとのこと。賢治の作品もいくつも引用されている。なかでも気になったのは
「賢治には温暖化の知識もあった。『 グスコーブドリの伝記』にみる。」
と。(『童話集 風の又三郎』1951年、岩波文庫)
火山を爆発させるために、自分を犠牲にしたブドル(少年?)の話らしい。
日本ではなかなかみることができない「カノープス」(アルゴ座の一等星)をハワイ島でみたという話では、カノープスは日本では「布良(めら)星」と呼ばれていて、暴風雨の前兆といわれていたということが紹介されている。だからこそ、なかなかみられない。布良星の布良とは、千葉県館山市の地名で、画家・青木繁の『海の幸』は、青木が布良に滞在中にかかれたのだそうだ。あの謎の、、、人々の絵。へぇ、そうだったんだ。
有本さん、雑学?!の宝庫で面白過ぎる。
他にも、気になったところ覚書。
・「すばる」の語源は、「統(す)まる」。統一する。統一されている。集まっているという意味。そして、なぜかデパートに並んで売られているピカチューの写真が「統まる」事例として掲載されている。
ハワイ天文台の「すばる」は、自動車会社のスバルとはまったく関係ないそうだ(笑)。
・有圧呼吸法:高山病になって血中酸素飽和度がやばいほど下がったときに有効。
大きく息を吸い込み、2秒ほど 呼吸を止めるとともに、胸に圧力をかけるように力を入れた後、ゆっくり口から吸い込んだ空気を出す。 これを5、6回 繰り返すと血中の酸素濃度が上がり楽になる。 とりあえず死なずにすむ。
・日本の天文台を始め、多くの天文台がマウナケア山にある。が、マウナケア山はハワイの宗教的聖地であって、そこに天文台を建てるというのは、日本の伊勢神宮に、 原子力発電所を建てるようなこと、、、だと。有本さんは、いつか移転させてハワイの人々に土地を返すべき、と。
・ハワイ天文台で初めて「たなばた祭り」を実施。みんなの短冊の中に、最高にシュールな作品があった、写真付きで紹介されている。
「おじいちゃんがカエルになりますように」
だれにも、意味が分からない、、、、と。笑った。
・ハワイ島は、東は湿潤、西は乾燥している。故に、山頂付近ではよく虹がある。なかには白い虹もある。霧が白いのと同じ原理で、雲粒があると虹が白くみえる。
・気象庁の警報一覧には台風警報が含まれていない。 気象庁では重大な災害が発生する恐れがある時 七種類の警報を発表している。 大雨、洪水、大雪、暴風、暴風雪、波浪、高潮警報。 重大な災害が 発生する恐れが著しく高まっている場合には特別警報、 災害が発生する恐れのある時に注意を呼びかけるのは注意報。アメリカの気象アラートには、警報(warning)、監視(watches)、注意報(advisories)があり、ハリケーン警報がある。
先日のホノルル旅行で発表されていたのは、warningだった。

・台風とハリケーンの違い:
台風は、 東経180度より西の北西太平洋および南シナ海に存在する熱帯低域圧のうち最大風速が毎秒17メートル以上となったもの。
ハリケーンは、北大西洋、 カリブ海、メキシコ湾及び西経180度より東の北東太平洋に存在する熱帯性低気圧のうち、最大風速が毎秒33メートル以上になったもの。
なんと、風速はハリケーンが台風のほぼ2倍。
天体観測は、気象との戦い?!でもある。星の話、月の話、虹の話、暴風雨の話、そして地球の話。楽しい。表紙のイラストで、夫婦がワイングラスを持っているのだが、有本さんは白ワインが大好きだったようで、何かあれば1.5Lの白ワインが登場する。
1951年生まれというのだから、70歳を超えていられるわけだけど、文章が若い。大所長を務められた方の文章とは思えないぐらい、若くて生き生きしている。文学、芸術にも造詣が深いというのが、人生を豊かにされているのだろう。「有明の月」から葛飾北斎の『仮名手本忠臣蔵』の月、ゴッホの『糸杉と星の見える道』、、、数々の月が描かれた名画の話につながっていく。
思考の中で点と点がむすばれた時、何かがスパークする。それは、サイエンスに限らない。そこが、楽しいんだよね。
いやぁ、楽しい一冊でした。
宇宙、地球、もっともっと楽しく学びたくなる。国立科学博物館の常設展に行きたくなった。
