「氷点」 by  三浦綾子

氷点
三浦綾子
角川文庫
昭和57年1月30日初版発行 

 

佐藤優さんの『未来を生きるための読解力の強化書」で中学3年生への講義の題材として、三浦綾子さんの『塩狩峠』が用いられていた。

なんとなく、三浦綾子さんの本が読みたくなったが、『塩狩峠』は、あまりにも悲しい話なので、『氷点』を図書館で借りてきた。
文庫本で(上)(下)。

読み始めたら止まらなくなってしまった。珍しく、夜ふかしまでして読んでしまった。
しかし、なんなんだこの本は。
最後は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになって、ひどい顔になった。 
ひどい。
ひどすぎる。
なんで、こんな話を書いたのだ???
と思うくらい、ひどく意地悪な人と、ひどくまっすぐな人。

どうやら、私は『氷点』を初めて読んだらしい。こんな強烈な話なら、きっと読んだら忘れられない。「三浦綾子の氷点」として、あまりにも有名で、なんとなく読んだ気になっていたのかもしれない。。。

 

以下、ネタバレあり。

 

まずは、本の裏表紙の説明から。
(上):辻口病院長夫人・夏枝が青年医師・村井と逢引きしている間に、3歳の娘ルリ子は殺された。「汝の敵を愛せよ」という聖書の教えと妻への復讐心から、辻口は極秘に犯人の娘・陽子を養子に迎える。何も知らない夏枝と長男・徹に愛され、すくすくと育つ陽子。やがて辻口の行いに気づくことになった夏枝は、激しい憎しみと苦しさから陽子の喉に手をかけた—。愛と罪と赦しをテーマにした著者の代表作であるロングセラー。

(下):海難事故で出会った宣教師の行為に心うたれた辻口は、キリスト教に惹かれていく。しかし夏枝を許せず、陽子への愛情も生まれない。夏枝は陽子に気づかれないように冷たい仕打ちを続けている。兄・徹は、陽子に愛情を注ぐが、思いを自制するために友人・北原を陽子に紹介した。北原と陽子は心を通わせるが、夏枝は複雑な嫉妬心から、2人に洋子の出生の極秘をぶちまけてしまう。人間の愛と罪と赦しに真正面から向き合う不朽の名作。 

というはなし。

 

愛と罪と赦しというが、いったい、この話のどこが?だれが?、愛・罪・赦しなのだ?!?!と思いたくなる。
人は、こんなにも醜く、、、自分の欲求のために他人を犠牲にできるものなのか?!

 

角川文庫での初版は、昭和57年(1982年)だが、もともとは、1963年に朝日新聞の懸賞小説に入選した作品だ。

現在では差別用語として禁止用語になっている言葉も、作品の時代背景と作者が故人であることからそのままにしている、との編集部の注記がある。

その分、生々しい。

 

主な登場人物

辻口啓造:辻口医院長。学生時代にキリスト教の教会に通っていたことがある。妻・夏枝と病院の部下である村井との不貞を疑っている。

 

辻口夏枝:辻口の妻。自分の美しさには、だれでも惹かれると思っている。ルリ子を生んだ後、避妊手術をしたために、もう子供は産めない。ルリ子を亡くした後、女児を養子にもらう事を望む。

 

辻口徹:辻口家の長男。妹おもいの兄。

 

辻口ルリ子:徹の妹。3歳で佐口土雄に殺害される。

 

佐口土雄:タコ部屋労働者。妻は女児出産と同時に死亡。失意の中で偶然出会ったルリ子を殺害。留置所で自殺。

 

高木雄二郎:啓造の大学時代の友人。学生時代、夏枝に惹かれていた。産婦人科医。乳児院の嘱託。辻口に「敵の子を愛してみたい」と頼まれて、渋々、佐口の女児をあっせんする。ただし、絶対に生涯、出生の秘密は誰にも明かさないという約束で。

 

村井靖夫:辻口医院の眼科医。夏枝を口説く。

 

辰子:夏枝の学生時代からの友人。独身。辻口家へ頻繁に来訪。辻口も信頼をおく、頼りがいのある女性。陽子は幼い時から自立している辰子を慕う。日本舞踊の名手。

 

辻口陽子:辻口家の養子。高木が辻口の「佐口の娘を育てたい」との言葉に答えてあっせん。夏枝が自分が産んだ子として育てたため、出生の秘密はしらずに育つ。


小説の中での陽子のまっすぐな成長ぶりが、美しい。
このいじわるが満載なお話の中で、陽子や辰子のまっすぐな生きざまは、すがすがしく、美しい。

 

陽子が小学生になったころ、夏枝は偶然辻口のメモを見つけ、陽子が「佐口」の娘だとしってしまう。しかも、その独り言のようなメモには、夏枝と村井の不貞が許せないから、夏枝への復讐のために「佐口」の娘・陽子を養子にしたと。その日、夏枝は陽子の首に手をかける。夏枝は、辻口への復讐のために、メモには気が付かなかったふりを続ける。
とたん、信じがたいほどに意地が悪くなる夏枝。

 

イジメられても健気で、まっすぐな陽子。
小学生の時に、母に首を絞められ、、、なぜ、お母さんはそんなことをしたのか??と思いつつも、誰にも言わない。黙って、辰子のところへ行って、今日はお家に帰りたくない、というだけで訳を話さない。
辰子も、深くは聞かない。

 

小学校のお遊戯で着るはずだった皆とおそろいの白い服を、わざと忘れたふりで用意しない母・夏枝。

 

給食費をお願いしても、陽子にはしれっと忘れたふりをして渡さない夏枝。小学4年生の陽子は、何度お願いしてもお金をくれない夏枝になぜくれないのかと問うのではなく、一人で歩いて辰子の家に行く。「おばちゃん、どのくらい働いたら380円貰えるの?」
陽子は、お金を頂戴ではなく、どうしたら稼げるのか?と辰子に聞く。

辰子は、なぜ夏枝にお金をもらわないのかと思いつつ、日本舞踊のお稽古場の掃除をしてちょうだい、と陽子に言い、きれいに掃除した陽子に380円を渡す。
バスにも乗らず、歩いてきて、「380円」。一体何があったのかと不信におもいつつ、500円でも1000円でもやりたい気持ちはあったけれど、きっちり「380円」を陽子に渡す。
陽子を辻口家へおくりつつ、夏枝に陽子が来たことの顛末をはなし、「あまりつまらない心配を子供にさせるな」とだけ言う。


夏枝の陽子へのしうちっぷりは、信じられないほどひどい。
よくも、こんなこと、作者もおもいつくものだ、、、と思う。

 

自分はもらいっ子なのだろうと気が付きつつも、口に出さない陽子。

陽子は、学業も優秀。中学校の卒業式、答辞に抜擢される。
卒業式当日、壇上に上がり来賓席、教師席に一礼し、原稿の奉仕書をひらくと、そこは白紙だった。陽子が一生懸命かいた答辞の原稿を、夏枝が白紙にすり替えた。

それでも、自分の不注意で白紙の原稿をもって壇上に上がってしまった、と詫びつつ、自分の言葉でしっかりと答辞を伝えきる。
嵐のような拍手。
悔しがる夏枝。

 

本当に、これでもか、というくら、夏枝の意地の悪さが、読んでいて不愉快になるくらいだった。だれでも陽子頑張れ!といいたくなるだろう。

 

一方、辻口は、京都への出張で青函連絡船・洞爺丸に乗船し、台風による転覆事故に遭遇する。九死に一生を得て、その時にであった宣教師の言葉から、よりキリスト教に惹かれるようになっていく。

佐口の娘であるという事は、許しがたいことでありつつも、陽子に対しての憎しみのようなものは薄れていく。汝の敵を愛せよ。対照的に、どんどん意地悪くなる夏枝。

 

美しく育っていく陽子。自分の美しさが自慢だった夏枝は、自分より美しい女性になっていく陽子に嫉妬心まで持ち始める。白雪姫のお母さんの様だ。

そして、ある時、とうとう、夏枝は出生の秘密をぶちまける。恋仲になった坂口と陽子の目の前で。
陽子を傷つけるために。。。

 

そして、陽子の自殺。。。

あまりにも衝撃の展開で、陽子の自殺のくだりは、もう、ぼうだの涙、鼻水、、、、。
自宅でしか読めない。

「精一杯生きてきた陽子の心にも氷点があったのだと、、、、」告白する遺書。

 

そして、最後の最後の、どんでんがえし。
陽子は、佐口の娘ではなかった。
高木が、夏枝をだましたくない、という思いで、知り合いの不義の子を辻口に渡していた。

服毒自殺をはかった陽子は、すぐに異変に気が付いた徹が部屋に残された遺書を見つけたことで、発見され、即座に胃洗浄をうけることができた。だが、数日間意識不明に陥る。

 

 

駆けつける坂口と高木。
そこで明かされる、陽子の出生の本当の秘密。
愚かな自分の行いに打ちひしがれる辻口と夏枝。

最後、陽子の生命へのかすかな兆しがみられ、一命をとりとめたことを認め合い、静かにうなづきあう辻口と高木。

小説は、陽子の命がつながりそうな兆しで終わる。

 

ほんとに、なんて物語だ。

辻口も、辻口だ。
妻への復讐のために、子供を利用するなんて、信じられん。
夏枝も夏枝で、夫の復習に気づいて、さらなる復習のために気づいたことをさとれまいとしつつ陽子をいじめる。

愛と罪と赦しのものがたり、、、というが、
ほとんど罪の話。
というか、人と言うのは原罪を背負って生まれてきたものだ、という事を言いたかったのだろうか。

読んでいるほうは、陽子と辰子に救われる。
まっすぐな二人。
自分のために、しっかりと自分の脚で立って生きていこうという姿勢。
本当に、人と言うのは、様々だ。
そして、辻口のように、宗教によって考えが変わることもある。
人は様々であり、そして、変わることもできる。
それが、救いなのかもしれない。

 

まぁ、なんて本を読んでしまったんだ。
どーーん、と重かったけれど、読了感がある。

 

やっぱり、読書は楽しい。

 

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氷点