『世界秩序 グローバル化の夢と挫折』 by 田所昌幸

世界秩序
グローバル化の夢と挫折
田所昌幸
中公新書
2025年9月25日 発行

 

日経新聞 2025年11月1日 で紹介されていた本。記事には、

”「国際秩序」ではなく「世界秩序」というタイトルには意味がある。「主権国家が支配的な政治共同体であるという前提」すら崩れるかもしれないとの危機感を込めている。視野の先には国家すら当てにならない混沌とした世界像がある。
 前半の3章では古代ローマ帝国からトランプ大統領の米国までの覇権の興亡を大づかみにできる。いわば世界を見るための基礎知識で、歴史を学ぶ学生にも一読を薦めたいし、社会人であれば学び直しにも役立つ。
 過去に教訓を学んだ上で、後半の2章では今後の世界の行く末と日本の選択を展望する。
4章では4つのシナリオを示している。(1)米国が主導し中国と共存する「一つの世界の回復」(2)欧米陣営、中ロ陣営、グローバルサウス(新興・途上国)による「三つの世界」(3)諸国家が角逐する「多数の世界」(4)国家が秩序を制御できない「無数の世界」――である。今日の姿は「三つの世界」に近い。

忙しい人は日本の進むべき道を示す5章だけでも目を通すとよい。米国が日本との同盟を破棄して中国と結ぶ展開に備え「最終的には自分の身は自分で守る」覚悟を著者は促す。日米同盟という「重要な手札を自ら進んで捨てるのは愚策」だが、中国、ロシア、北朝鮮とも「無用な対立」を避けるよう説いている。”
とあった。

 

図書館で予約していた。順番が回ってきたので借りて読んでみた。

 

表紙裏の説明には、
”第二次世界大戦以降、アメリカが主導してきたグローバル化が挫折しつつある。自由民主主義と市場経済の社会モデルが綻びを見せ、権威主義の中国やロシアが秩序変更を狙う。世界はこれからどうなるのか――。本書は古代ローマ帝国から現代のアメリカ一極優位までを俯瞰し、「一つの世界」への統合と、分解のダイナミクスを捉える。さらにグローバル化後の「四つの世界秩序」の可能性と、日本の未来を考察する。”
とある。

 

著者の田所さんは、 1956年、大阪府生まれ。 1979年 京都大学法学部卒業。 1981年 同大学大学院法学研究科修了。 1997年 防衛大学校教授。 2002年 慶應義塾大学法学部教授などを経て、 2022年より国際大学特任教授、慶應義塾大学名誉教授。
つまりは、ず~~~っとアカデミアの人のようだ。

 

目次
はじめに
第1章 統合の条件

1 グローバル化の波動 
2 構造 
3 権力 
4 制度 
5 文化と規範

 
第2章 広域的秩序の興亡
1 前近代のグローバル化 
2 ローマ帝国と中世ヨーロッパ 
3 ユーラシア大陸の統合と分解 
4 西洋の興隆と自滅 


第3章 アメリカ主導のグローバル化
1 戦勝国としてのアメリカ 
2 戦後経済の制度化 
3 勝利の逆説 
4 露呈した「リベラリズム」の限界 


第4章 四つの世界秩序
1 一つの世界再グローバル化 
2 三つの世界新しい冷戦 
3 多数の世界再近代化する世界 
4 無数の世界中世は再来するのか 


第5章 ポスト・グローバル化と日本
1 大国でも小国でもない日本 
2 仲間を増やし、敵を減らす 
3 「自立」を迫られる日本 
4 「日本」の生き残りとは何なのか
おわりに
主要参考文献

 

感想。
ふ~ん、という感じ。う~ん、まぁ、新書だからこのくらいの内容かなぁ、、、、というか、物足りないという気がしなくもない。著者のことを知る前に読み始め、「これは、そうとうな若者が表面的知識で書いた本か?」「あるいは、すごい重鎮がわかりやすくするために表面的にかいたのか?」と、、、頭の中にハテナが飛んだ。そして、著者紹介をみてみたら、アカデミアの年配の方だった。他にも書籍は結構ある様子。

 

新書だし、さ~~っと読んでみるのによい本かもしれない。時々、ファクトを書いているのか、著者の理想や評価が書いてあるのか、わからなくなった。たぶん、それがちょっと頭の中でハテナが飛ぶ要因の一つだったのだと思う。私が素人だからだけど。中公新書だから、内容的にはそれなりのはずなんだけれど、ちょっと頭に残りにくかった。

 

書評にあるように、前半は世界の成り立ちの歴史の勉強になる。 ウエストファリア条約から始まる主権国家とは?一言でまとまっている。

” 主権国家とは、それぞれの国家によって正しい 信仰が異なるため、教化による統合は諦め、お互いの領域主権を認め合って、それぞれの領域ごとに正当な信仰を決めるという最小限の共存のルールに合意することで、果てしない 宗教戦争に終止符を打った苦肉の策だったのである。”

佐藤優さん監修の『いっきに学び直す世界史 西洋史 近世・近代 第2巻』を読んだ後だからこそ、なるほどと膝をうった。

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「宗教の対立 → 主権国家」の概念が、数年がかりでようやく私の頭に入った気がする。
全体に、私にはちょっと読みにくかったのだけれど、この気づきだけでも本書を読んでよかったと思う。

 

他、ちょっと覚書。
・ 大航海時代の西洋諸国の膨張について:
”アメリカ大陸で独自の文化を築いていたインカ帝国をわずかな手勢で克服したコルテス や ピサロらを駆り立てたのも、キリスト教の愛の教えでも西洋文明の普及でもなく、あくなき金銀への欲望だった。”

 

・モンゴルによるグローバル化:モンゴル帝国は、チンギス・ハーンというカリスマ的なリーダーの下で 急速に巨大帝国へと成長した。
” モンゴルは農業生産も工業生産 もせず、 豊かな広大な地域を軍事的に征服し、その過程で 富の大規模な略奪を行った。 しかし 暴力的な略奪はその場限りの利益しか生まないから、 それだけで帝国として持続的な支配ができたはずはない。 実はモンゴル帝国はユーラシア大陸を広域的に支配して陸上通商路を保護し、活発化した交易に課税することで持続した商業帝国であった。”

 

・アメリカには、孤立主義の伝統がある。モンロー・ドクトリン(1823年に米第5代大統領ジェイムズ・モンローが発表した外交方針)によって、 ヨーロッパ諸国のアメリカ大陸への介入は断固拒否するという姿勢は揺るぎがなかった。第一次世界大戦後、アメリカは世界経済秩序の再建に積極的には関与していない。 1945年終戦後にあっても、アメリカ国民の大半が、面倒な国際政治に関わりたくなかった。戦後、協力関係が維持できると思っていたソ連との軋轢が生じ、冷戦という権力政治上の条件が変わったために、自由主義陣営の強化のためにヨーロッパと協力するようになった。

 

・”18世紀末に貿易を拡大しようと清朝に派遣されたイギリスの使節は、時の乾隆帝(けんりゅうてい)と謁見の際に、交渉の末に何とか三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)はしないで済んだが、格下の国から来た朝貢施設として待遇された。”

三跪九叩頭?なんのこと?調べてみた。GoogleのAIによると、
「清朝の皇帝に対し、臣下が最高級の敬意と絶対服従を示す礼。跪く(片膝または両膝)動作を3回、そのたびに額を地面に打ち付けて音を鳴らす叩頭(こうとう)を3回行うセットを3回繰り返し、計9回叩頭する儀礼です。」だそうだ。

 

・冷戦後のロシア:
” 冷戦後のロシアは、 導入した民主化と市場化でむしろ大きな混乱を招いたが、 2000年に大統領に就任した プーチンは、 エネルギー価格の高騰に助けられ、 国内秩序の安定化に成功した。 1997年からは G 8のメンバーとして受け入れられ、2006年にはロシアのサンクトペテルブルク で G 8 を主催したほどだ。 ところが2014年にウクライナのクリミアを軍事侵攻したことで G 8から追放され、 ロシアは仲間ではなく陣営の外部にいる他者となった。 そして2022年のウクライナの正規軍による大規模な侵攻によって、ロシアはヨーロッパ諸国にとっては、自国の安全保障上の脅威であり抑止の対象という位置づけが決定的になった。”

 

・アメリカのこれから:
”・・・・・ 一度破壊された陣営の結束を回復するのは容易ではないし、 ドナルド・ トランプ 個人はいずれいなくなるにせよ、 彼を2度までも大統領に選んだアメリカの社会は急に変わることはない。”

 

・中国の他国への姿勢:
” 中国は グローバル・サウスの国々への援助攻勢によって成果を上げているが、被援助国の一般の人々の心をつかむことに成功しているとは言えそうもない。 当然のことながら 中国が援助外交につぎ込める資源にも限界があるし、 共存共栄の市場 秩序を作らなければ持続的な影響力にはなりそうもない。”

 

・領域国家の限界に関する項の中で、” イギリスのジャーナリストである デイヴィッド・グッドハートは世界の人々は「どこでも(anywhere)派」と「どこかに(somewhere)派」 に分断されつつある 論じた。”とでてきた。
どこかで読んだことのあることばだぞ?と思ったら、宇野常寛さんの『庭の話』だった。

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一定の領域に住む人々の「国民」としてのまとまりが無くなった先にあるのは??
個人的には、中世のような宗教やイデオロギーによる支配には戻らないだろうと思うけど。。。

 

・日本のこれからについて:
”・・・また、 日本の社会としてのまとまりが比較的高く、それによって政治的合意の不在を補い、人々が意見の相違に折り合いをつけることができたことも指摘されるべきだろう。 そういった日本社会のまとまりを生んできたのは「 市民としての責任感」とか「 愛国心」といった肩に力の入ったものではなく、これまで、またこれからもここに一緒に住んでいく 以上、 共存していくしかないという意識が共有されてきたことに由来していた。”

島国であるがゆえに、「共存していくしかない」という無意識の常識。なるほど、確かにあるかもしれない。アメリカのように国土が巨大すぎないから、そっちの州はそっちでかってにしてくれ、という風にもならない。日本という国の規模は、意外と程よい規模なのかもしれない。

アメリカは、いまその姿を変えつつある。ドナルド・トランプによって、世界のリーダーではなく世界の中の暴れん坊になっている。日本もこれまで通りにはいかない。やっぱり、いかないのだろう。今、各国が、ホルムズ海峡閉鎖の影響で自国の対応に躍起になっているのは、そもそもトランプのイラン攻撃のせいだ。無辜の市民の上に原爆を落としたことを正当化するアメリカの性質は、変わっていないともいえる、、、か。

 

厄介な時代になったなぁ、、、とちょっと思う。

それでも、私たちには明日がある。

だから、今日も元気にご飯を食べよう。。。。

 

 

『自由 (下)』 by アンゲラ・メルケル

自由 (下)
アンゲラ・メルケル
長谷川圭、‌柴田さとみ 訳
‌‌株式会社KADOKAWA
2025年5月28日  初版発行 

 

(上)の続き。

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改めて、裏表紙のそでにある、アンゲラさんの経歴

 

アンゲラ・メルケル ANGELA MERKEL
ドイツ連邦共和国の最高権力の座についた最初の女性として 2005年から2021年まで 連邦首相を務める。 1954年にハンブルクで生まれ、ドイツ民主共和国で育った彼女は物理学を専攻し、博士号を取得したのち、 1990年にドイツ連邦議会入りをはたした。 1991年から1994年までは女性および青少年問題担当大臣、1994年から1998年までは 環境・自然保護・原子力安全担当大臣、2000年から2018年までは ドイツ・キリスト教民主同盟の党首を務める。 2021年に政治活動から引退した。

 

目次
第4部 ドイツへの奉仕(1) 2005年11月22日から2015年9月4日 上巻より承前
◆世界金融危機
◆ユーロ危機
◆ウクライナとジョージアのNATO加盟をめぐって 
◆ウクライナの和平と自決  
◆「私たちならできる」   

第5部 ドイツへの奉仕(2) 2015年9月5日から2021年12月8日
◆友好的な表情   
◆つながり合う世界ーーリーフノット  
◆環境問題とエネルギー  
◆ドイツ連邦軍の派遣   
◆イスラエル  
◆カイロス    
◆パンデミック   
◆エピローグ  
◆謝辞 編集後記 
人名一覧 
Photo Credits  
略語一覧 

 

感想。
うん、読み応えたっぷり。下巻は、政治家としてのアンゲラさん。2005年以降の話なので、様々な出来事が私自身の社会人としての時間軸と重なって想起することができる。金融危機、今につながるウクライナ問題、ユーロ危機。2007年夏には、すでにドイツ国内で銀行への公金支援が行われていて、アメリカでも公金で銀行を救済していた。大きすぎてつぶせない、、ってやつだ。でも、アメリカはリーマンブラザーズは救わなかった。故に、リーマンブラザーズ破産による世界的混乱。そんな中、2008年、オバマ大統領が大統領選に勝ったのだ。アンゲラは、その前からオバマ大統領との面識があり、好意的にみていたようす。

 

下巻では、NATOの成り立ちやウクライナとロシアの関係性についての理解が深まる出来事がたくさん描かれている。ウクライナ国内での分裂もあるなか、ポロシェンコ大統領の奮闘と挫折、、、。2014年の アムステルダム発クアラルンプール行き マレーシア航空17便が ロシアの分離独立派によって墜落させられる事件。

つづく、イスラム原理主義の活動活発化とテロ多発。難民大量発生。

「苦境の中にあってこそ、ひとりひとりの人間を公正に扱う」を目指したアンゲラさん。

でも、国内ではISISに影響をうけた難民による暴力事件、テロ事件が発生。

 

貿易関係では、winwinを目指すドイツに対して、自国第一主義に走るアメリカとの交渉、ロシアからのエネルギー供給の問題、中国の台頭。本当に、様々な問題を抱えながらの首相としての政治活動だったのだとわかる。

 

下巻は、政治・外交の話が次々とでてくる。いやぁ、首相って忙しいなぁ、、、、と。自国のことだけでなく、EUのことも考え、EUと外国との交易も考え、、、そんななか、イギリスのEU離脱という超ショッキングな出来事があり、、、。日本の首相は、こんなに色々とこなせないだろう、、、、なんて思ってしまう。やっぱり、日本は島国だ。知らない間に難民が押し寄せるということはないし、通貨だって他国の経済の影響で円そのものがどうの、、、ということはあまりない。

 

ドイツの人口は、約8400万人。EUでは最大だけれど、日本より少ない。国土は日本とほぼ同じだけど、ちょっと小さい。GDPは、世界第三位。2023年に日本はドイツに抜かれた。

でも、ドイツの首相の方が、日本の総理大臣よりずっと大変そうだ。そう見えるだけなのか?よくわからない。


まぁ、いずれにしても、一国のトップというのはすごいわ。とても、私には出来ない。って、比べる者じゃないか・・・。

 

下巻も、気になったところ覚書。
・ウクライナについて
1991年12月1日 国民投票で90%を越える得票率のもと独立を選んだ国
1994年12月5日 CSCE(全欧安全保障協力会議)の場でブタペスト覚書に署名し、 領土内に残されたソ連時代の核兵器を全て引き渡すことを約束した。それと引き換えに、ウクライナは、 アメリカ、 イギリス、 そしてロシアから 領土保全を保証された。
1997年5月31日  第2代大統領 レオニード・クチマがロシアの初代大統領ボリス・エリツェンとキーユで友好条約を結んだ。
にもかかわらず、2014年ロシアのクリミア侵略、2022年2月24日ウクライナ特別軍事作戦と称する侵攻。

 

プーチンのやっていることは、明確な国際法違反であり、かけらの正義もないのに、なぜ止められないのか???

 

・プーチンの人物評:
” そんざいに扱われたくないと言うただそれだけの理由で、常に警戒の目を光らせ、いつでも相手をやり込めようと狙っている人物。 そのためならば、 犬を散らつかせたり(メルケルさんが大の犬嫌いとしっていて、会見会場にラブラドールをうろうろさせた)、 相手を待たせたりといったパワーゲームも辞さない(待たせることで自分が上位と思いたい。故に、しばしば、約束の時間に現れない)。 そんな彼の姿を人は子供じみていて不快だと感じるかもしれない。 呆れて かぶりを振る人もいるだろう。 だがそれでロシアという国が地図から消えてなくなるわけではないのだ。”

同じようなことをトランプにも言っている。プーチンが死んでも、ロシアは無くならない。トランプが死んでも、アメリカは無くならない。

 

・青少年の市民対話集会へ参加した際、レバノンからドイツにやってきたけれど、滞在許可証が得られずにいて家族みんなが困っているという14歳の少女に対して、ただ、その場限りの言葉は慎んだ。涙を浮かべる彼女に、アンゲラは彼女を落ち着かせたくて歩み寄り「ああ、どうしたの。あなたはとてもよくやったわ」と語りかけた。
 のちに、アンゲラはその行動に対して、多くの批判の声をあびた。こんな小さな少女をなかせているという事実と、その場限りの口先の望を口にすることはできないという強い意志。SNSでは、メルケル首相は思いやりがなく、冷酷で冷たい、と人々はいった。後にに、この件について意見を求められたとき、「ときに非常に厳しいことがあるというのも、私の職務の一部です」と答えた。

 

・「難民の波」という記者の発言に対して、「彼らは波ではなく人間だ」と憤るアンゲラ。

 

・”私が政治活動を行う意義と目的は、個々の人間が成功した人生を送れるようにすることだ”。 ”

 

・” 成果を手にするためには妥協が必要だ。妥協を辞書で引くと「相互の歩み寄りによる合意」とある。 私にとって妥協とはメリットがデメリットを上回る合意のことだ。 妥協することは決して楽な作業ではなく、神経のすり減るような 、そしてしばしば 痛みを伴う プロセスだった。”

 

・オバマ大統領と結論付けた「 ドイツとアメリカは私たちの価値観と考えに沿った形でグローバル化を形作っていく機会を捉えるべきです」という方向性は、ドナルド・トランプが新たなアメリカ大統領に就任したことで、ゼロになった。

 

・中国のアフリカへの影響力の拡大:
” アフリカ諸国は自ら中国への依存に身を投じ、その影響はずっと後になって初めて明るみに出てくるのだ。 これもまたアフリカとともにある関係ではなかった。 それは現地の自主的な経済発展に寄与することのない中国だけが得をする協定だ。”

 

・ ”社会の中でひとつの集団が、他のすべての人々にとって最善の道を知っていて、それを決定するというのはありえないことだった。 それは個人の自由の欠如につながる。この確信が私と習近平との間に横たわる大きな隔たりの源だった。”

 

・ ”実際に起こっているのは、特にアジアやアフリカの国々が投資に関わるコストゆえにしばしば 中国への財政的依存に陥り、 自らの主権による行動を制限されているという事実。”


・ ”トランプはアメリカファーストやメイクアメリカグレートアゲイン(MAGA)を選挙戦の合言葉に、国粋主義的な姿勢を打ち出すだけでなく、選挙戦中 ドイツや私個人を繰り返し 批判した。”
アンゲラにとって、トランプがドイツにこだわるのは驚きだった。

 

・ ”トランプに 繋がり合う世界に向けた協力は、望めない。”

 

・ ホワイトハウスでのに者会談の前、トランプはアンゲラが東ドイツ出身であることやプーチンとの関係について多くの質問をしてきた。” 彼は明らかに、 ロシアの大統領に強く 魅了されていた。 この後 数年で 私が抱いた印象として、 彼は専制的で独裁的な性質を持つ政治家に惹かれているようだった。”

 

・”2021年7月に 首相として最後に ワシントンを訪れた際の朝食会で、カマラ・ハリスと初めて話をした。 彼女がこの大統領選で対立候補に打ち勝ち アメリカ合衆国初の女性大統領になることを私は心から願っている。”

 

下巻の中では、「妥協も必要」という言葉が繰り返し見られる。 それは、苦しい選択の連続だったということだろう。

 

いやぁ、読み応えのある回顧録だった。

 

2026年3月28日の日経新聞朝刊 「世界の話題書」でベルリン発として『Es War einmal ein Land(かつて1つの国だった)』が紹介されていた。2月にベルリンの書店に並ぶと、瞬く間にベストセラーになった、と。まだ、邦訳はないみたい。極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が最大の国政野党になっていく様子、今のドイツの中の分断を描いた作品とのこと。

 

政治と経済はだれにも予測できない。メルケルさんの回顧録、今だからこそ読むときのように思う。後付けの言い訳ならいくらでもできる。でも、それができないのが現職ということ。メルケルさんは、その時の最善の決断を探り続けた政治家、だと思う。16年間、一度も気を抜かず、、、、。

 

本書を読んでいた2026年3月、ちょうど、日経新聞の「私の履歴書」は、村木厚子さんだった。彼女もまた、自分の信念を貫いている。柔和な表情と、実際にあってお話しても優しさや親しみにあふれる村木さん。アンゲラ・メルケルとは違うタイプだけれど、時代をつくってきた女性という意味で、大いに共通点があると思う。

 

自分を信じる」勇気のある女性。二人とも、「大いなる人格者」だと私は思う。そういう先輩がいるというのは、素敵なことだ。

 

日本は直接的に戦争に巻き込まれていないけれど、プーチン、トランプ、、、、、独裁タイプの首脳が力で世界をねじ伏せようとする時代に生きている私たちは、「戦前を生きている」のかもしれないと思う今日この頃。それでも、いつの時代にも尊敬すべき先人はいる。その人たちの言葉を読んだり聞いたり、目にできるのは、先人たちが勝ち取った「自由」のおかげなのだ。

 

「自分自身の責任において、自らの道を切り拓く可能性」

それが、自由ということ。今の日本の私たちにはそれがある。大事にしよう。

 

 

『自由 (上)』  by アンゲラ・メルケル (その2)

自由 (上)
アンゲラ・メルケル
長谷川圭、‌柴田さとみ 訳
‌‌株式会社KADOKAWA
2025年5月28日  初版発行 
2025年7月25日 3版発行

 

その1の続き。

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時代を振り返ってみよう。

「ベルリンの壁崩壊」という大事件は、1989年11月9日に起きた。私は、大学生だった。なんだか、ニュースでも大騒ぎをしていたのは知っている。でも、それがどういうことなのか、よくわかっていなかった。東ドイツが貧しくて、西ドイツは豊かだった、、、といういい加減な知識と、もともとは一つの国だったのがベルリンの壁で分断され、家族も離れ離れになった、、、という程度の理解だった。いい年して、、、と言われそうだけれど、歴史を学び直しているつもりでも、全然わかっていない。。。でも、本書を読んで、なんとなく、自分が生きてきた時代にヨーロッパでは何が起きていたのか、ようやく時計のはりが一緒になったというか、、、時代感覚がついてきた気がする。

 

1945年 第二次世界大戦終結
1954年 アンゲラ誕生
1961年 ベルリンの壁建設 ある日突然、東西に分断された。
1986年 アンゲラ31歳で博士号取得
 「単結合切断を伴う崩壊反応メカニズムの調査および量子化学的統計学的手法を用いた速度定数の計算」
1989年 ベルリンの壁崩壊
1990年 ドイツ統一式典
1990年 アンゲラ36歳、CDU代表の政治家となる
1993年 EU条約発効、欧州単一通貨
2001年9月11日 アメリカ同時多発テロ
2005年 アンゲラ ドイツ連邦共和国初の女性首相となる
2008年 リーマンブラザーズ破産
2011年3月11日 東日本大震災 福島第一原発事故、ドイツは脱原発を決断
2014年 ロシアによるクリミア併合
2015年1月7日 フランス「シャルリー・エブド」テロ事件
2015年 欧州への難民大量流入、受け入れ決断
2020年 コロナパンデミック
2022年 ロシアのウクライナ侵攻

 

本書の第一部は、子供の頃の思い出や、物理化学をめざしたいきさつについて。東ドイツという独裁国家で生きのびるために身に着けた知恵は、今の民主主義の社会では想像しにくい。メルケルさん、、、、というかアンゲラが名前で、メルケルは一人目の夫の姓なのだが、メルケルさんが生まれ育った東ドイツは、いわゆる監視社会で、家の外では「口にしてはいけないこと」がたくさんあった。どこにシュタージ(東ドイツ国庫保安省の諜報員)がいるかわらないから、学校ですら安全な場所ではなかったのだ。そんな場所で生活するって、想像できる??しかも、私が生まれた時にはまだまだそういう世界だったのだ。。。私はなんて平和にのんきに育ってきたのか、と思う。日本がバブル経済にうかれ、私が大学生でのほほんとしていた時期、ドイツ統一、ソ連崩壊と、世界は大きく動いていたのだ。もちろんニュースではしっていた。でも、実感を伴って自分事に感じることはなかった。

この年になって、ようやく、そういう時代だったんだなぁ、、、って思う。

 

(上)は、ドイツ初の女性首相となって、フランスやイギリスと共にヨーロッパをけん引し始めたところ、2006年のサッカーワールドカップの盛り上がりまで。ドイツの右肩上がりの成長期という感じ。

 

もりもりの内容で、読み応え十分。読み物として楽しめる。ちょっと覚書。

・ ”2つのドイツは1949年からすでに存在していたが、 1961年の壁の建設によって初めて、 私の家族の、そして他の何百万もの 人々の生活が根本的に変化した。 東ドイツにいた私たちは無力になった。 家族つながりが単純に引き裂かれた。”

 

・”  牧師の子である私は、 基本的に反体制的な両親の子とみなされ、 反体制派が普通の大学教育を受けることは不可能だった。”

 

・アンゲラは、5年生の時からロシア語の授業を受け、8年生で参加したロシア語オリンピアードでかなり上位に入り込んだ。1969年、金メダルを手に入れた。

 

・1968年 プラハの春が暴力で鎮圧される。” 私は14歳にして人生には希望が踏みにじられることほど辛い出来事はほとんどないことを知った。” 夏休み明け、ショックだったとクラスで話し始めると止まらなくなった。先生は突然「私があなただったら、発言にもう少し気をつけます」と遮った。それは、先生なりのアンゲラの守り方だったのだろう、と回想している。

 

・大学の授業は、スポーツ試験もあった。最大の難関は100メートル走だった。一度は、100メートル走の追試をうけた。
” 追試の時も最初の時よりも早く走れた感覚はなかったので、おそらく試験官が情けをかけてくれたのだと思う。 試験官とて、100m 走が遅いという理由だけで私を留年させる気にはなれなかったのだろう。”
物理の学生、、、、おもわず、笑ってしまった。

 

・東ドイツの生活は、大学の中ですら、常に誰かに見られている、という感覚だった。国は卑劣な手段をつかって、国民を管理した。それでも、アンゲラは「のんきさ」を無くさなかった。ドイツ民主共和国が自分から「のんきさ」を奪えなかったという事実を、”私は体制に対する個人の大勝利とみなす。”

のんきさ、鈍感力みたいなものかな。それも大事。

 

・東ドイツでは、学業の成績とは別の問題で、進路についてアンゲラの思うようにならなかった。そして、悟った。
” ある時 私は見方を変えた。 国なんかどうでもいい。 わがままかもしれないけれど、 本当に大切なのは自分の人生では? 敵対的な条件下でも、全力を尽くして自分のしたいことを示すことこそ、本当にしたいことではないだろうか? 西ドイツ に比べれば、東ドイツには実際に多くの制限があった。 それでも、自分が 置かれた状況下で、ふてくされたり、 絶望したり、 若くして諦めたりするのではなく、 自分自身のためにできる限りを尽くそうと思うようになった。”

 

・政治に関わるようになったのは、まだ、アカデミアで活動していた最中。1989年に設立されたDA(民主主義の出発)に参加するようになった。あるとき、DA代表のシュヌル氏が、約束をダブルブッキングしたことで、ジャーナリストへの政治声明発表の場へいけなくなった。アンゲラは「ジャーナリストに会うべきです」といった。「じゃあ君が行ってくれ」といわれ、突然「DAの報道官」に任命された。こんな機会はめったにないとおもって、その申し入れを受け入れた。そして、DAとしての活動を広げていく。

チャンスの神様の前髪をつかむアンゲラ。

 

・外交の場で、外相から学んだこと。
目標を示し、 大きな つながりを明らかにしながら、 詳細を述べることが大切なのだ。”

 

・ベアーテ・バウマンとの出会い。1992年1月、アンゲラは買い物帰りに脚を骨折し、全治6か月と言われる。なんとしても政治家としての空白をつくりたくない。誰かの手助けが必要だった。その時、お見舞いに来た人から紹介されたのがベアーテ・バウマンだった。その後、ずっと、彼女はアンゲラを支え続けることになった。

 

・東ドイツの崩壊は、多くの若者に虚しさを生んだ。彼らは民主主義の社会で生きるのに必要な価値観を学んでも体験してもいなかった。教師は、歴史、国家、社会に関して、 昨日までとは全く違う見方と新しい価値観を教えなければならなくなった。 多くの教師はそれがうまくできず生徒に対する権威が失われていった。
 戦後の日本の混乱と同じなのだろう。。。。

 

・アンゲラが興味を持って読んだ偉大な女性の伝記:
「 ポーランド系フランス人の物理学者兼化学者でノーベル賞を2度受賞したマリー・キュリーの伝記
「 シモー・ド・ボーヴォワールの回顧録の1巻目 『娘時代 ある女の回想』」

 

・核廃棄物処理問題にあたって、
結局のところ、 公益、つまり 全ての人の幸せに対して責任を負うのは、大企業や成功企業などといった経済組織ではなく、国家なのである。

 

・海外で、国内の問題にコメントすることの危うさについて:
” 政府と野党間の隔たりは昔も今も変わらず、 国外ではなく国内で埋めるべきなのだ。”

 

・2005年11月22日、ドイツ初の女性首相が誕生し、 連邦首相オフィスの扉のプレートは、「Bundeskanzler(連邦首相)」から「Bundeskanzlerin」にかけ替えられた。ドイツ語には男性形と女性形がある。 

 

東ドイツで牧師の家庭に育ったということ、ほぼハンディにしかならなかった経歴を、アンゲラは自分を信じることで切り開いていった。やっぱり、すごい。

 

下巻に続く。

 

 

『自由 (上)』  by アンゲラ・メルケル (その1)

自由 (上)
アンゲラ・メルケル
長谷川圭、‌柴田さとみ 訳
‌‌株式会社KADOKAWA
2025年5月28日  初版発行 
2025年7月25日 3版発行

 

2025年7月19日 日経新聞の書評で紹介されていた本。本屋さんでも見かけた。ぜひ、読んでみたいと思った。でも、分厚い上下の単行本。買ったら最後、積読になる、、、、と思って、図書館で予約した。半年近く待ったけど、待った。待った、待った、待った。そしてとうとう、順番が回ってきた。上下巻の順番貸し出しで予約していたので、上下2冊同時に借りた。しまった、貸出期間の間に出張が入っている、、、、ということで、ダッシュで読んだ。

 

書評の記事には、
”16年間ドイツ首相の座にあったメルケルの自伝である。上下2巻は一見長いが、東ドイツでの子供時代に始まる70年近くを扱うため、政治的な問題についてじっくり掘り下げるほどの頁(ページ)数はない。ほとんどSNSのハイライト動画を見るようだ。

なぜ彼女が首相ポストまで上り詰めることができたのか。なぜその地位に16年も留まることができたのか。そこで一体何をしたかったのか、ずっと疑問だった。CDU(キリスト教民主同盟)という政党の中で、彼女は明らかにマイノリティだった。しかし本書を読むと、牧師の子として育った彼女は、東独でも常にマイノリティとして生き抜いて来たことが分かる。その中で彼女は、「まるでスラロームするスキー選手のように、国家が仕掛けたいくつもの障害を避(よ)けてきた」と自ら言う。ピオニール団に入るような決断もし、社会主義国家の詰問を巧妙に言い逃れ、高等教育を受けてベルリンの科学アカデミーで職を得た。

ベルリンの壁が崩壊する以前には政治経験はゼロだが、その月の内には「政治にかかわる」決断をした。多くの運と、障害を感知する能力、慎重に失敗を避け、失敗をしてもさりげなく修正する能力によって、彼女は生き延びてきた。多くの男性ライバルを蹴落としてきたが、現首相フリードリッヒ・メルツ氏以外の描写はない。

全般に安全保障や国際秩序には関心が薄い。党首になる時点で、首相の座に狙いを定めていたようだが、自らの功績に「国家財政の再建」、基本法に「債務ブレーキ」を追加したことを筆頭に挙げるあたり、彼女の世界観が、倹約で知られる「シュヴァーベン地方の主婦」と言われるのも納得だ。ドイツ人のこだわる財政均衡を重視したからこそ、在任中の人気は続いた。ユーロ危機においても、当初ギリシャ救済にとても否定的であった。実際にユーロを救済したのはドラギECB(欧州中央銀行)総裁だったが、本書では彼女の手柄になっている。
彼女の政権が8年程度なら、極めて有能な首相として記憶されただろう。多くの危機において妥協を成立させる手腕を示した。しかし、16年にわたり将来への投資を怠り、ロシアのガスと中国市場に頼り続けた負債は重かった。ドイツも3選禁止を考えるべきではないだろうか。”
とある。

 

本書を読んでからこの書評を読みなおすと、随分とメルケルさんに対して批判的に書いているな、と思う。行間に「私はメルケルを認めていない」とにじみ出ている。書評を書いているのは、政策研究大学院大学教授 岩間陽子。どんな人だか知らないけれど、私は、この書評とは違う印象をもってこの回顧録を読んだ。私の中では、もともと物理学者だった、というのがメルケルさんに惹かれるポイントになっている。メルケルさんの中の原理原則が明確なところに惹かれる。まぁ、視点が違うと、評価もちがうということだろう。

 

表紙裏には、ながながと内容説明がある。
”アンゲラ・メルケルは16年にわたりドイツ政府の首長としての責任を担い、その行動と態度で、ドイツ、ヨーロッパ、そして世界の政治をリードしてきた。メルケルは本書を通じて、1990年までの旧東ドイツ、そして1990年からの再統一されたドイツというふたつの国家における自身の半生を振り返っている。東ドイツ出身の彼女が、どうやってCDUトップの座に躍り出て、統一ドイツ初の女性首相になれたのか? なぜ西側諸国で最も影響力の強い政府首脳のひとりに数えられるようになったのだろうか? 彼女はいったい何をしたのか?

本書のなかで、アンゲラ・メルケルは首相府での日常に加え、ベルリンやブリュッセルやほかの場所で過ごした、極めて重要かつドラマチックな昼や夜について言及している。国際関係における長い変化の流れを描写し、グローバル化された世界で複雑な問題を解こうとする現代の政治家がどれほどの重圧にさらされているのかを明らかにする。読者を国際政治の舞台裏に招待し、個人間の会話がどれほどの影響力をもち、どこに限度があるのかを示す。

アンゲラ・メルケルは対立が激化する時代における政治活動の条件を振り返る。彼女の回顧録を通じて、読者はほかにない形で権力の内側を垣間見ることができるだろう。本書は「自由」への重要な意志表明だ。”

 

表紙は、メルケルさん本人の写真。ブルーがよく似合う。そして、表紙をめくると、最初の数ページは写真集になっている。白黒の祖父母の写真に始まり、両親、小さい頃のアンゲラ、学生時代のアンゲラ、博士号をとるあたりまでは白黒写真で、政治家として活動し始めたころからカラー写真になる。1990年代。中表紙には、「共著ベアーテ・バウマン」と入っている。なぜ、表紙には彼女の名前をのせなかったのだろう?ベアーテ・バウマンは、政治家になりたてのころからメルケルさんを支え続けた秘書といったらいいのか?本書の中でもしばしば名前が登場する。

 

目次
プロローグ
第1部 「首相として生まれてきたのではない」 1954年7月17日から1989年11月9日
◆幸せな子ども時代 
◆遠くへ  
◆DDR科学アカデミーにて  

第2部 民主主義の始まり 1989年11月10日から1990年12月2日
◆統一と正義と自由  
◆自立  

第3部 自由と責任 1990年12月3日から2005年11月21日
◆東の復興  
◆男女平等   
◆持続可能性   
◆なぜCDUなのか?  

第4部 ドイツへの奉仕 (1) 2005年11月22日から2015年9月4日
◆最初の女性   
◆夏のメルヘン   
◆ビーチでおもてなし  

 

感想。
う~ん、面白い!
私には、とても面白かった。政治のことはよくわからないけれど、歴史の勉強をしているような気になった。

 

まずもって、先に紹介した日経の書評に反論すれば、本書の中で、メルケルさんは自分ひとりの手柄だとはまったく言っていない。たくさんの人々の名前が、これでもかというほど出てくる。ドイツ人の名前なので、私には〇×▽□・・・記号のように読んだけれど、共著者であるベアーテ・バウマンは、重要な場面でメルケルさんが意思決定をするのに陰で支えた姿が何度も出てくる。対立した人、協調した人、、、、たくさんの人への感謝の気持ちもあって、本書をまとめたのではないかと思う。ストレートに批判しているのは、プーチンとトランプ。明確に否定している。首相として16年間、どれだけの事を成し遂げたか。どれだけ忙しかったか。読んでいるだけで目の回る忙しさ。タフだ。心もからだもタフだ。そのタフさは、東ドイツという国でたくましく育ったという背景が影響していないはずがない。独裁に対して、間違っていると思っても口にできない、秘密警察に協力しろと言われたらどう断るか?両親も賢かった。断れば反体制として逮捕されるかもしれない。「自分はおしゃべりだから、秘密を守れない」というのだ、と。その教えは、メルケルさんのピンチを救った。そういうドイツで育ったメルケルさんだからこそ、


「人間の尊厳は不可侵」

 

その原理原則をいかなる時もまげなかった。ただし、
「成果を手にするには妥協も必要だ」
と言っている。妥協するのは、方法論であって、原理原則ではない。

 

私がメルケルさんに惹かれるのは、そういうところだ。過去の自分の判断についても、後に間違っていたと認めたり、今でも間違っていないと確信していると言ったり、冷静に理論的に説明してくれている。

 

小さい頃に「キュリー夫人」に触発された、という一文も、私にはおぉ!とこぶしをあげたくなる一文だった。私も、キュリー夫人に触発されて科学者に憧れ、バイオテクノロジーの世界にどっぷりつかって生きてきた。そんなところに共通点を見出して、ちょっと嬉しかった。

 

つまらない女だとか、堅物だとか、いろいろ評価する人もいるけれど、やっぱり、実際に16年間首相をつとめたメルケルさんに、あっぱれ!お疲れさまでした!と、私は言いたい。こんなに働いた人をつまらない女呼ばわりする人の器の小ささに「残念な人ね」と言いたい…。ま、本人と話をしたことがないのだから、所詮私は外野だけどね。

メルケルさんと会って、お話してみたいな、と思った。

 

本書の中にでてくる一つ一つが歴史の振り返りになる。ちょっと、復習。

 

と、、、長くなってしまったので、続きは(その2)で。

 

 

『痛いところから見えるもの』 by 頭木弘樹

『痛いところから見えるもの』
頭木弘樹
文藝春秋 
2025年9月15日 第1刷発行

 

新聞の広告で見かけたのだと思う。 頭木さんの本だから、読みたいと思った。図書館で予約してだいぶ待った。 順番が回ってきたので借りて 読んでみた。

 

著者の頭木さんは、20歳のときに難病「 潰瘍性大腸炎」を患い、闘病生活を続けられている。そのなかで、カフカの言葉に救われた経験から『絶望名人カフカの人生論』などの本を出版されている。他、『食べることと出すこと』など、著書多数。私は、頭木さんの著書に、普段いかに自分が健康であることを意識せずに生きているかということに気づかされるとともに、体が健康であっても心が「痛い」という目に見えない苦しみは、誰にも共通なのだと感じさせられる。陰ながら、頭木さんを応援している。(応援しているなら、著書は買うべきだよね、、、、ちょっと、読むべき本が積読になっていたので、、、、と言い訳)

 

表紙裏には、「はじめに」よりの抜粋の言葉がある。
” 痛みを抱えて生きている人は多い。
火事が起きたら火災報知器が散らせてくれるように、
体に異変が起きたら痛みが知らせてくれる。
それはとても助かることなのだが、火災報知器のサイレンを止めることができないまま生活し続けるのはこれもまた筆舌に尽くしがたい。
せめて愚痴くらい 言いたいものだが、そこにも 圧がかかる。
「 痛い、痛い」とずっと言っていると、人が離れて行きがちだ。
痛みをわかってもらえなくて精神的に孤独になり、さらに人が離れていって実際に孤独になる。
 痛い上に、孤独がもれなくついてくるのだ。”


目次
はじめに
序章 痛い人と痛くない人のあいだにあることを目指して
第1章 個人的な痛み―私の場合
第2章 痛みには孤独がもれなくついてくる
第3章 人と人の心は痛みによって結びつく
第4章 「おまえなんかにはわからない」と言わない/言われないために
第5章 痛みを言葉で表す
第6章 体のトラウマ、フラッシュバックとしての痛み
第7章 痛みと慣れとコントロール感とマッチョイズム
第8章 痛みと生まれかわり
第9章 痛みを感じない人たち、あえて痛みを求める人たち
第10章 支配としての痛み、解放としての痛み
第11章 痛みの文学的分類
第12章 それぞれの痛み
あとがき

 

感想。
う~ん、やっぱり、しみる。心にしみいる。
あとがきに、なぜこの本を書くことになったのかが説明されている。最初「痛みについての本」について書いてくれと言われても、「痛いのは困る」の一言しかないといって、断っていた頭木さん。誰に向けて、何を書けばいいのか、わからない、と。が、ある時本人が痛みに苦しんでいるのではなく、「 痛い人のそばにいて、その痛みを分かってあげたいと思っている人」とであったことで、「 痛い人と痛くない人の間にある本」があっても良いと思い立った。そして、本書が出来上がった。

本書の中には、たくさんの文学からの引用がある。それは「なかなか言葉にできない気持ちを伝えあう上で、文学がとても役立つということは、病人としての長い経験から実感していたから」だと。

 

” 文学的表現というのは、ただの気取りではなく、「言語化」できないことを「言語化」するためにひねり出された苦肉の策なのだ、血の滲む果実 なのだ。”

 

痛みは、言語化するのが難しい。医者も理解するのが難しい。「どのように痛いのか言ってくれないと、治療ができないじゃないか!」と怒り出す医者の話には、苦笑い・・・。
だよなぁ。でも、難しい。日本語ならオノマトペに頼る。それでも、やっぱり難しい・・・。

 

「痛みは人に伝えにくい」という一文は、「言語化」するのが難しいという技術的な面と、「痛い痛い」といっていると人から避けられてしまうという心理的面と、両方の意味があるように思った。

 

幕末の越中長岡の風雲児、河井継之助が、鉄砲に左脚を打たれて20日後に亡くなるのだが、死を恐れない 勇者であった彼がが、死ぬ前に「 死ぬのは覚悟していたが、 こう痛いとは思いの他であった」というエピソードが紹介されている(『 世界人物逸話大事典』朝倉治彦、三浦一郎編、角川書店)。

頭木さんは、 聞いてよく知らなかった河井継之助という人に急に親しみが湧いてきた、と。

私も、最近まで知らなかった河井継之助。山田方谷を師と仰いだ人。彼のこういう逸話にアンテナが立つのが頭木さんの個性だな、、、。

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そして、自分が経験したことのない痛みは、かんたんに「わかる」なんて言ってはいけないのだな、という気になる。

頭木さんは、相手の痛みを理解しようとするより、「わからないことがある」という前提に立つ方が大事ではないか、と。また、自分が難病であることを口にしたことで、「不幸克服物語」を強要される空気も苦手である、と。

 

相手を理解しようと想像力を働かせるのは人間の素晴らしい能力だけれど、それで「経験したことがないことをわかった気」になるのも良くない、と。あるいは、お年寄りや障碍者か感じている不自由さをバーチャルに経験させる機会などがあるけれど、それもまた、「その時間だけ」目が見えにくい、耳が聞こえにくい、という経験をするということと、それがず~~~っと一生続いているということとは全く別のことであり、ちょっとの間経験したからといって、わかった気になるのもよくない、とも。

 

「わかろう」とすることは大事だけれど、所詮、人間は自分が経験した範囲でしか想像することができない。「わかったつもり」になるほうが、「わからない」よりも危ういのかもしれない。

 

痛みには、まだわかっていないことがたくさんある。
モンティ・ライマン著『痛み、人間のすべてにつながる 新しい 疼痛の科学を知る12章』からの知見が、いくつか紹介されている。”世界のほとんどの国では、およそ5人に一人が長期的な痛みを抱えて生活している”とか。私も腰痛もちだから、そのうちの一人だ。。。

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解明されていない人体の不思議は、まだまだある。でも、事実は、「痛いと感じている人がいる」ということ。痛いもんは痛いんだよ、ね。

 

気になったところを覚書。
・ヴァージニア・ウルフ『病むことについて』からの引用:「 インフルエンザにかかって寝ています。・・・この言葉があの大きな経験のどれだけを伝えるだろう。(中略) 病人自身の苦しみは、友人たちの心に、彼らがかかったインフルエンザ、彼らが味わった 痛みや苦しみを思い出させるだけなのだ。」

「ヴァージニア・ウルフ」って、誰だっけ?とおもったら、ちょうど読んだばかりの

『レディ・ムラサキのティーパーティの中でもでてきたイギリスの女性作家。こういうことが言える人の作品、いつか読んでみよう。。。。

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・痛みには孤独がもれなくついてくる。

 

・村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』からの引用:
「 人の心と人の心は 調和 だけで結びついているのではない。 それはむしろ 傷と傷によって 深く結びついているのだ。 痛みと痛みによって、 脆さと脆さによって 繋がっているのだ。」

 村上春樹の本書は、文庫本になったときに読んで、現在は趣味と英語の勉強を兼ねてせっせと翻訳中。。。つくると沙羅の会話だろうか。とても痛いストーリーなので、よくわかる気がする。

 

・哲学者 ヴィトゲンシュタインの問い:
「 痛みを一度も感じたことのないものに、痛みという言葉は理解できるだろうか?」
ヴィトゲンシュタイン自身は答えをだしていないが、頭木さんは「やはり理解できないのではないだろうか」と言っている。

 

・中島義道『対話の無い社会』からの引用:
「 『他人の痛みのわかる人になろう』というスローガンに依存はない。 だがこの国では この標語が『自己の痛みの拡大形態として、他人の痛みをわかる』という図式になりやすいのだ。 これは危険な思想である。なぜなら 自己の痛みの延長としてしか他人の痛みを理解できないことになるから。 私がつらい時、 他人もつらいであろうとまでは言えるが、 私がつらくない時でも、他人はつらいかもしれないという発想にはなりにくい。

 

村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』にでてくる加納クレタという女性は、さまざまな痛みを経験してきたことを語る。彼女は、いろんな問題を痛みのせいにしていると恋人に言われて、爆発する。そして、
「本当の痛みというものは、それを経験したことのない人には絶対に理解できないのです。そのようにして私たちは別れました」と、痛みから孤独への道が描かれる。

 

・”「 どう痛いのか、言葉で説明しろ」という要求は、実は病人に「詩人になれ」といっているようなもので、難題なのだ。”
自分の症状をうまく表現できないもどかしさ。それが、著者にとっても命取りになるということ。

 

・苦痛に耐えられる方が偉いというのは、どうか?痛くて泣き叫ぶ子供と、じっと我慢する子供と、耐えたほうが偉いなんてことはないのではないか?
”耐えられるように鍛えたほうがいいというのは、確かにそうだろう。しかし、耐えられないものをあざわらい、排除するのでは、むしろ強さとは言えないだろう”

 

遠藤周作『 人生には何一つ無駄なものはない』からの引用:
「 どんなに 精神の立派な人も生理に負ける時がある。 かつて、毎日、痔で出血している人の人生観は どうしても暗くなりがちだと本で読み、 人間の生理が精神をそこまで支配するのか と怒りさえ感じたことがある。」

”病気で苦しめられて性格が変わったのに、「そんな性格だから病気になった」と責められたのはたまったものではない。こういう誤解は是非 無くしてほしいものだ。”と著者の声。

 

アリストテレス「ニコマコス倫理学」:「苦痛はひとの度を失わせる、すなわち、ひとの自然な在り方を狂わせる」
肉体的痛みだけでなく、心の痛みもそうかもしれない。 

 

わかった気になるというのが、一番危うい。

頭木さんの本を読むと、いつもハッとさせられる。

そういう経験は、大事だと思う。

だから、本を読もう。


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『レディ・ムラサキのティーパーティー らせん訳「源氏物語」』 by  毬矢まりえ・森山恵

レディ・ムラサキのティーパーティー らせん訳「源氏物語」
毬矢まりえ・森山恵
講談社
2024年2月20日 第1刷発行
*初出「群像」2022年12月号~2023年11月号

 

「源氏物語」についても、もっと深堀したいよねという会話の中で、本書が面白いと推薦してくださった方がいた。らせん訳についての本だというので、その前に『100分de名著  ウェイリー版 源氏物語』を読んで、やっぱり面白そうだと思って、図書館で借りて読んでみた。

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講談社のHPには、
”高橋源一郎氏、推薦!
文学史に残る偉業、らせん訳「源氏物語」には、翻訳者姉妹による、もう一つの輝く「らせん」が埋めこまれていたのだ。
 
レディ・ムラサキとは、一体だれなのか?1925年、アーサー・ウェイリーによる初の英語版が刊行されて以来、世界各国に翻訳された「源氏物語」は、時代を超え国境を越え、中国古典からギリシャ・ローマ神話、聖書、シェイクスピア、プルーストやウルフらモダニズム文学、そして現代まで――。数多の異言語・異文化の波を潜り、「世界文学」として新たに生まれ変わった。千年前の古典原文、百年前の英語、現代日本語を往還しながら、『源氏物語』の〈らせん訳〉=トランスクリエーションを成し遂げた著者による、発見の喜びにみちた評論エッセイ!”
とある。

 

著者のお二人は姉妹。

毬矢まりえ(まりやまりえ)さんは、俳人、評論家。アメリカのサン・ドメニコ・スクール卒業。慶應義塾大学文学部フランス文学科卒業、同博士課程前期中退。妹の森山恵とともにアーサー・ウェイリー訳The Tale of Genjiを現代日本語に訳し戻した『源氏物語 A・ウェイリー版』全4巻(左右社)で「ドナルド・キーン特別賞」受賞。著書に『ドナルド・キーンと俳句』(白水社)、『ひとつぶの宇宙 俳句と西洋美術』(本阿弥書店)がある。

 

森山恵(もりやまめぐみ)さんは、毬矢さんの妹。詩人、翻訳家。聖心女子大学英語英文学科卒業、同大学院文学研究科英文学専攻修了。詩集に『夢のてざわり』『エフェメール』(ともにふらんす堂)、『みどりの領分』『岬ミサ曲』(ともに思潮社)、訳書にヴァージニア・ウルフ『波〔新訳版〕』(早川書房)がある。

 

お二人とも子供の時から体が弱く、文学少女だったという。そして、大人になって姉妹で翻訳をいっしょにやり、それにまつわるエッセイがまとめられたのが本書。

 

目次
第1章 アーサー・ウェイリーとはだれか、 『ザ・テイル・オブ・ゲンジ』とはなにか
第2章 時空を超え〈戻し訳〉から〈らせん訳〉へ
第3章 シャイニング・プリンス・ゲンジ現る
第4章  青の部屋でのめぐり合い
第5章 木霊するシェイクスピア
第6章 末摘花の「まぼろしの王国」
第7章 深い森で待つサフラン姫
第8章 「あはれ」からメランコリーへ
第9章 失われた「鈴虫」を求めて
第10章  源氏物語再創造─二次創作、補作、アダプテーション
第11章  ウェイリー源氏、神秘の扉を開く
第12章  歓待するレディ・ムラサキの〈らせん訳〉
あとがき

 

感想。
いやぁ、面白かった!
源氏物語についてというよりは、「文学」と「翻訳」を語っているという印象。やはり、現代語訳の日本語でよいから『源氏物語』を読んだことがある方が本書は楽しめる。加えて、アーサー・ウェイリーの英語翻訳を論ずるにあたっては、イギリス文学も知っていた方がさらに楽しめる。シェイクスピア、エミリー・ブロンテ、ジェイン・オースティンなどの文学を参考にウェイリーが英訳したのではないかという解析は、彼らの英語の原文が度々引用されている。オフィーリアの入水自殺は、浮舟の自殺願望と重ねられたり、荒々しい景色は『嵐が丘』のヒースの丘だったり、婿選びは『高慢と偏見』だったり。あるいは、日本人で『源氏物語』に触発されて文章を書いた、人々の話も、これは読んでみなくては、、、と思わされる。本居宣長の『手枕』三島由紀夫の『 源氏供養』 橋本治の『窯変 源氏物語』などなど。これらは、第10章  源氏物語再創造─二次創作、補作、アダプテーション
で紹介されている。

お二人がウェイリーの英語版から日本語にらせん訳するにあたって、文化の解釈の助けとなったのが、お二人がカトリックであるということ。ゆえに、ウェイリーの英語訳に聖書をおもわせる表現が多いという説明にも納得。

例えば、「明石」の帖では、光源氏は須磨に流れる。そして、大嵐にあって家も壊れたりするのだが、その時桐壺帝の「船に乗って明石にいけ」の声をきく。それが、明石の君との出会いにつながるわけだが、その様子はまるでノアの箱舟のシーンのようだ、と。須磨での大雨のシーンをウェイリーは、delugeと訳している。「The Deluge」と頭文字を大文字にすると、「ノアの洪水」の意味。


あるいは、他の文学との比較では、プルーストの『失われた時を求めて』にみられる時の流れと、時を待つという人類の共通項を見出している。ウェイリーが『源氏物語』を訳していた頃、同じイギリスで、フランスの作家マルセイ・プルーストの『 失われた時を求めて』の英訳がスコット・モンクリーフによって取り組まれていた。二人は同じ学校で少年時代をすごしていた。モンクリーグが『 失われた時を求めて』をフランス語から英訳するのなら、自分はそれ以上の作品として『源氏物語』の日本語から英語の翻訳に取り組んだのだろう、とも。

 

本書の中にでてくる、様々な文学との比較分析も私には新鮮で面白かった。小説とは?文学とは?そんなことを考えることが楽しくなってきたのは、ここ数年間、これまでサイエンスとビジネスにささげてきた時間を取り戻すかのように、手あたり次第に本をむさぼるように読み続けたご褒美かもしれない。

文学の奥深さ、まだまだ未知だけれど、それだけこれから先も色々な文学に出会える楽しみが待っているかと思うと、ワクワクしてしまう。

 

『源氏物語』も『失われた時を求めて』も、やっぱり読んでよかった。読み継がれる古典には、それだけで終わらない世界を広げてくれる何かがある。

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気になったところ、覚書。
・『源氏物語 A・ウェイリー版』の表紙は、クリムトの「接吻/The Kiss」。

 

・小説家・中村真一郎は、『 源氏物語』を「 世界文学史上の奇跡」と賛美し、 この物語が「 世界文学の仲間入りしたことの理由の最大のものは、プルーストとの様々な 類似と偶合とによるもの」と述べている。

 

・『源氏物語』の中で、白居易、紀貫之、催馬楽、史記などが重ねられるようにウェイリーの訳には、シェイクスピア詩のイメージをひいて翻訳していると思われる。和歌にある「初花」を日本語で前後の文脈から解釈すると「百合」と思われるけれど、あえて「rose(薔薇)」と訳すなど。

 

・ぶさいくちゃんの代名詞になっている末摘花だが、ウェイリーの訳の中ではなにか愛嬌が感じられる。あるいは、無作法な「近江の君」も。また、よくよく末摘花の姿の描写をよみとくと、ロシア系、白人の血がまじっていたのでは?とも。

 

・”第8章 「あはれ」からメランコリー”では、小林秀雄の『本居宣長』にでてくる折口信夫の「小林さん、本居さんはね、やはり源氏ですよ」が最初に持ち出されている。やはり、本居宣長といえば、『源氏物語』なのだ。『紫文要領』では、もののあわれこそ究極の語と明言し、『源氏物語』こそ「もののあわれ」と。
 ウェイリーは、「あはれ」を文脈によって様々に訳している。例えば、「sutrangely stirred」「calm and lovely」など。
  イギリスの人は、アメリカ人よりlovelyをそういうニュアンスで使う気がする。

 

・大江健三郎は、「あはれ」という言葉を「一番大切な日本語」として子供達にも外国人たちにも伝えたい、といった。

 

・「鈴虫」の絵巻は、2000円札の絵柄になっている。
 なんと!そうだったか、、、もう一度拝みたい。もう、幻の2000円札、、、。

 

・トランスクリエーション:ウェイリーの造語。トランスレーション(翻訳)とクリエーション(創作)を組み合わせた創作翻訳、といった意味。ウェイリーは自分の翻訳について、「トランスクリエーションだ」と言っている。

 

・『源氏物語』は、後の人々に「余白」を想像する作品をうませた。 本居宣長の『手枕』もその一つ。 源氏と六条御息所の出会いを書いたもの。

 

・「雲隠」が白紙であることについて。「 源氏の死を語る雲隠巻を読んだ人が、皆出家を願うようになったので、時の帝がそれを危険視して雲隠巻を消失せしめた」という、焚書説があるらしい。

 

・なぜ小説を書くのか?という問いについて、ゲンジの言葉をかりると、
「 自分の人生だったり周りの出来事だったりが、とても重要なものと思いが拭えず、忘却の彼方に葬り去られるのが耐え難くなる。そのことを誰も知らない時代が来てはならないと思う。こうして小説という芸術が誕生した、私はそう思っているのです」

 

・二人が翻訳にあたってカトリック教徒であったことを語る中で、遠藤周作の『合わない洋服』を引用。自身が母親からのすすめでカトリック教になったものの、違和感があったという話らしい。読んでみたい。

 

・河合隼雄『 源氏物語と日本人 紫マンダラ』。二人がウェイリーの『The Tale of Genji』を翻訳しようとおもったきっかけの一つ。

 

源氏物語の世界が、また違った視点からぐっと広がる一冊。これは、たしかにともても面白い一冊だった。とはいえ、私は、やっぱりもとの『源氏物語』の古典が好きな気がする。読み継がれる古典は、読んでみる価値があると思う。古文、漢文、理解して原文で読めるようになりたい、、、と思ってしまう。

 

 

『いっきに学び直す世界史 西洋史 近世・近代 第2巻』 佐藤優・監修

いっきに学び直す世界史 西洋史 近世・近代 第2巻
【現代世界の源流がわかる知識編】
企画/監修/解説 佐藤優 
原著 大久間慶四郎
編集 山岸良二
執筆 平山顕、馬場晴美
東洋経済新報社
2025年8月14日 発行

 

第1巻の続きも、図書館で借りて読んでみた。

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本の裏には、

”佐藤優氏が大絶賛するこれだけの理由
①「ストーリー」 だから理解しやすい
②「最新情報」に全面改訂
③「使える知識」が身につく
とあって、確かに、 第1巻を読んだ時にそう思った。とはいうものの、すでに第1巻の内容は、記憶の彼方になりつつあるけど、、、。

 

そして、
” 大人の教養はここで決定的に差がつく
 きちんと説明できますか?
◎「ウエストファリア条約」が作った現在の国際秩序
 なぜ「近代の始まり」か、 理由まで説明できますか?
◎ 「イギリス革命」 「アメリカ独立革命」「フランス革命」 
「始まり方」「経緯」が全然違う!「民主主義」 3つの歴史 
◎ロシアは250年前からウクライナを狙い続けていた
  エカチェリーナ2世は南下政策をなぜ進めた
と、課題のように書かれていて、それぞれに読むべきページが記載されている。読みお泡った今、見返すとおぼろげに説明できるかな??

 

目次
本書を強く推薦する 佐藤優

第1章 近世ヨーロッパ世界の形成
佐藤優 特別対談「キリスト教を知ることで現代世界が見えてくる」
1 ルネサンス
(1)イタリアのルネサンス
(2)他の諸国のルネサンス
(3)科学と技術の発達
2 ヨーロッパ世界の拡大
(1)インド航路の発見
(2)アメリカ大陸「発見」
(3)地理上の発見の影響
3 宗教改革
(1)宗教改革の先駆者たち
(2)ルターの宗教改革
(3)カルヴァンの宗教改革
(4)イギリスの宗教改革
(5)対抗宗教改革

第2章 主権国家体制の形成
佐藤優 特別対談「主権国家体制の歴史から学ぶ平和外交」
1 主権国家体制の成立
(1)主権国家体制
(2)スペインとオランダ ほか
2 17~18世紀のヨーロッパ文化
(1)バロックの美術・音楽・文学
(2)科学と哲学
(3)政治・経済思想

第3章 市民革命と産業革命──ヨーロッパ近代国家の発達①
佐藤優 特別対談「フランス革命も産業革命も「歴史は繰り返す」」
1 イギリス革命
(1)市民革命前のイギリス
(2)国王と議会の対立
(3)ピューリタン革命と共和政 ほか
2 アメリカ独立革命
(1)13植民地
(2)重商主義と独立戦争
(3)アメリカ合衆国の成立
3 フランス革命とナポレオン
(1)革命前のフランス
(2)フランス革命
(3)フランス第一共和政
(4)ナポレオンの登場 
4 産業革命
(1)イギリスの産業革命の要因
(2)イギリス産業革命の展開
(3)諸国の産業革命

第4章 自由主義と国民主義──ヨーロッパ近代国家の発達②
佐藤優 特別対談「近世・近代史からは現代社会の構造が見える」
1 自由主義運動の進展
(1)ウィーン体制の成立
(2)ラテンアメリカの独立
(3)フランス七月革命
(4)イギリスの自由主義改革
(5)社会主義思想の誕生 ほか
2 国民国家の発展
(1)イタリアの統一
(2)ドイツの統一
(3)ビスマルク外交の展開 ほか
3 アメリカ合衆国の統一
(1)領土拡大と民主主義の発展
(2)アメリカの奴隷問題と南北戦争
4 ロシア帝国と東方問題
(1)ロシアと東方問題
(2)ロシアの改革
(3)バルカン諸国の発展
(4)北欧三国の発展
5 ヨーロッパ18~19世紀の文化
(1)文学・美術・音楽
(2)哲学・思想
(3)社会科学・史学
(4)自然科学

 

とまぁ、第2巻も盛りだくさん。
付箋がいっぱいついたけれども、 まずは 本の裏にあったお題について私なりの理解を書き留めておこう。

 

◎「ウエストファリア条約」が作った現在の国際秩序
ウエストファリア条約は、1648年、三十年戦争終結の機会にむすばれた。三十年戦争(1618年〜1648年)は、神聖ローマ帝国(現在のドイツ周辺)を舞台にした、キリスト教の教派争いから始まった大規模な国際紛争。もともとは神聖ローマ帝国内での、カトリック(旧教)とプロテスタント(新教)の対立が原因だった。最終的に、 ウエストファリア条約を結ぶことで 戦争は終わった。

ウエストファリア条約によって
1. 主権国家体制の確率: 領土の確定
2. 主権平等の原則
3. 勢力の均衡: 集団安全保障の原型
がもたらされた。

現在、 私たちが使っているパスポートは、領土を持った主権国家体制ができたことでつくられるようになった。

領土にしても、体制にしても、それ以前は、 ローマ教皇や神聖ローマ皇帝といった権威が支配するものだった。

主権国家体制の一つが「絶対王政」であり、その維持には官僚と常備軍が必須であり、その維持のためには貨幣がたくさん必要だった。そして、重金主義がうまれた。


「イギリス革命」 「アメリカ独立革命」「フランス革命」 
イギリス革命: ピューリタン革命。 1642~1688年。
 「国王」(スチュアート朝)と「議会」の対立。
  王が勝手にルールを変えるのをやめさせたい議会が立ち上がり、王に妥協させた。
 立憲君主制、 議会政治が生れた。

アメリカ独立革命: イギリスの支配からの逃亡。 1775~1783年。
 1776年、独立宣言。
「 イギリスの議会と国王」と「 北米13植民地の住民」の対立。

フランス革命:社会改革、王制廃止。旧体制の根底からの崩壊。 1789~ 1799年
「 絶対王制・聖職者・貴族」と「ブルジョワジーと平民」の対立。
激しすぎてその後の混乱が大きかったのが特徴。

 

◎ロシアは250年前からウクライナを狙い続けていた
  エカチェリーナ2世(在位1762~96年)の時代から、ロシアは不凍港の獲得を求めて南下政策を進めた。南下するにあたって、重要だったのが黒海~ ボスフォラス海峡~ ターダネル海峡~ 地中海の航路。黒海に面したウクライナ、クリミア半島を得ることは、ロシアにとっては黒海をロシアの内海にするという意味で極めて重要だった。


と、これだけのことが頭で整理できたというだけでも、本書を読んでよかった。フランス革命が激しすぎてその後の混乱がひどかったということも、だから絶対王制から恐怖政治、 立憲君主制、共和制(第一共和制)、 総裁政府、帝政、、、と移り変わっていったのだ。その混乱の中で出てきたのがナポレオン。英雄ナポレオンだけれど、ホントのところはただのやんちゃ坊主だったのではないのか?どこの国の歴史も、英雄的登場人物がでてくると、美談にされるのかもしれない。と、坂本龍馬の姿がちらりと頭に浮かぶ。

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他、断片的になるけれど、覚書。
・ 宗教改革といえば マルティン・ルター (1483~1546)をまず思い浮かべる人が多いけれど、実は彼はいい加減な人で、ほとんどが ヤン・フス(1370~1415) のやったことの 2番煎じ。

 

・フス派:ヤン・フスの改革に順った人たち。フス派が団結したので、カトリック側がフス派討伐のために結成したのが十字軍。フスの出身地である チェコの教会では、 十字架ではなくワインの盃がシンボルになっている。

 

・大航海時代の流れで、 1543年に種子島に漂着したポルトガル商人によって、日本に鉄砲が伝来。

 

・アステカ王国の滅亡:征服者コルテスは、 少人数でアステカ王国を滅ぼしたとされているが、アステカでは人間の 生贄が必要とされ、これに苦しんでいたトラスカラ人がコルテスに味方したとも言われている。

 

カルヴァンの予定説では、 救われるべき人間は神により初めから予定されているとするが、誰が救われるかは人間にとっては知り得ないことである。 そのため、各人は自分こそが救われるという自己確信を抱くほかにない。従って、救いの確信を得るためには、神から与えられた天職としての職業労働に不断にかつ禁欲的に関わるべきであり、その結果として得られた利潤は、救いの証拠とみなされて、獲得した富が多ければ多いほど予定された救いは確実視される。
 このプロテスタンティズム、ことにカルヴァン主義が 近代資本主義の発達と密接な関係にあることを指摘したのが、 ドイツの社会学者 マックス=ヴェーバーであり、その著書が『 プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』、通称「プロ倫」。

 

・ イエズス会は多数の教育機関を設けて優れた教育を行った。 厳格な教育・養成を行うことでプロテスタントに対して教義解釈上で優位に立てるような知的エリートを育成するためだった。実際には、プロテスタントの中にも子弟の教育をイエズス会の学校でうけさせるものがいるほどだった。

 

マリ・アントワネット: マリア・テレジア(オーストリア、ハプスブルク家、神聖ローマ皇帝カール6世の娘)の末娘。 フランスの皇太子ルイ(のちのルイ16世)に嫁いだ。フランス革命で処刑。

 

・ サンクト=ペテルブルク は、 聖ペテロ にちなんで名付けられた。レーニンの死後、レニングラードと呼ばれ、ソ連崩壊の流れの中で、再びサンクト=ペテルブルクの旧称にかわった。

 

・バロック文化のバロックとは、もともと「ゆがんだ真珠」という意味。 バロック様式を代表する建築物は、ヴェルサイユ宮殿。

 

・フランス革命の流れ:ジロンド派→ ジャコバン派(ロベスピエール)→ ナポレオン。
1789年、民衆は絶対王政の象徴であるバスティーユ牢獄を襲撃して占領。フランス革命が始まった。ヴェルサイユ行進では、革命前年の小麦の凶作でパンの値段が高騰したことにおこった女性が反乱の中心となった。
 食べ物が絡むと、女は強い?!

 

・17世紀の危機:ヨーロッパ全体が気候の寒冷化によって食糧生産が減少し、 世界的な貿易活動も停滞した。 フランスでは フロントの乱、ドイツでは三十年戦争が国際的紛争に転じていた。 そんな中、イギリスのチャールズ1世は王制批判が高まる中、国王として処刑された。他国も、自分の国のことで忙しくてイギリスに干渉する余裕がなかった。

 

・1783年 パリ条約:アメリカの独立承認。

 

・1894年 ドレフェス事件: ユダヤ人将校 ドレフェス大尉が軍法会議でドイツのスパイとして終身流刑となった。ところが後に別に真犯人が発覚して冤罪が判明し、共和派は裁判のやり直しを主張した。 これに対して、軍部や右翼・教会は反ドルフェスの姿勢を貫き、フランス国民の反ユダヤ感情を刺激した。
『失われた時をもとめて』にでてきたドレフェス事件。つながった。

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【第四章:佐藤優、馬場晴美の対談から】
・馬場:「 学問とは本来、役立つことを考えて学ぶものではないはずですよね。 もっと知的探求をする時間的な余裕が欲しい。 細胞のオートファジーの仕組みを明らかにしてノーベル生理学医学賞を受賞した大隅良典さんも『役立つ』という言葉が社会をダメにしていると語っています。」

・佐藤:「 北海道は 国土交通省北海道開発局、沖縄に関しては内閣府の沖縄担当という役所 が予算づくりを行います。 これは植民地 予算と同じで 北海道と沖縄は自分たちで予算を作る能力がないだろうから国が代行してあげているという発想です。だから北海道と沖縄は今まで自分たちで予算を作ることができていないんですよ。」

 

読み物としても楽しめる教科書。世界史だけれど、時々日本との関係性もでてくるし、最新の国際情勢もでてくるので、本当に楽しく読める。これで、税別2000円。ありがたい。

 

続きの第三巻も、いつか読んでみようと思う。

 

歴史というのは、「半減期が長い(旬で終わらない)」情報の一つだ。だから、今日明日の楽しみだけでなく、人生において長く楽しみにつながる情報なのだ。もちろん、新たな研究によって過去に正しいとされた歴史が覆されることもある、それもまた、楽しいではないか。

 

読書は、楽しい。

学ぶということほど、半減期の長い娯楽はない。