禅の言葉:晴れて良し曇りても良し富士の山、元の姿は変らざりけり

先日、教えていただいた、禅の言葉。

日本の世語の紹介だった。

 

晴れて良し曇りても良し富士の山、元の姿は変らざりけり (山岡鉄舟
 (外部)環境ではなく、(内面)本体が大事。

  そして、今が大事ということ=即今、而今

 

世語なので、わかりやすい。

 

これは、山岡鉄舟が、悟りをひらいた後に、発した言葉だそうだ。

 

どんな天気になっていようと、富士山そのものの姿形が変わらない。外は、雨でも、曇りでも、嵐でも、富士山は美しく、雄大にそこにそびえている。あるいは、その中の活動も脈々と続くものであって、昨日今日、今日明日にできるものではない。

外部ではなく、内面が大事、ということ。

そして、今、ここにある内面が大事、ということ。

今が大事。

今と向き合うことの大切さ。

 

 

実に、わかりやすい言葉だ。

 

山岡鉄舟の言葉だと言われると、う~~む、なるほど、と唸ってしまう。

山岡鉄舟は、私が時々坐禅に通う、全生庵の開基だ。平井住職の言葉と重なる。

 

 

人間でいえば、姿形の外見でなく、内面、心が大事ということであり、その心は、常に今と向き合うことが大事、ってことかな。

マインドフルネス、ってこと。

 

また、親鸞の言葉も紹介いただいた。

明日ありと思う心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは (親鸞

これは、親鸞がまだ9歳で、比叡山を訪れたその日の夜遅くになって得度することが許された時、僧正慈円から「夜も遅く疲れているだろうから得度式は明日にしてはどうか」といわれ、即座に答えた言葉。

親鸞は命に「明日がある」と思い込むことを、いつなんどき散ってしまうかもわからない桜に譬え、夜に嵐が吹けば満開の桜でも散ってしまうと歌にした。育ての父が、歌の名手だったので、9歳にして自分の想いを歌にするという、、、なんという神童。

 

これもまた、今を大切に、今のタイミングを逃すな、今行動せよ、と言う教えかな。

 

最近、つくづく日本の和歌はすごいな、と思う。

たったこれだけの文字で、大切なことを表現する日本語。

 

今ここに集中する、というのは坐禅の基本。

マインドフルネス、と言われることもある。

最近、あれこれ、ながら○○しても、効率が上がらないということをつくづく自覚する。

 

英語の勉強も、読書も、はたまた食事も、、、何かしながらやると、結局中途半端になる。

 

筋トレするときも、あれこれ考え事をしながらやると、どこの筋肉を鍛えているのだかわからなくなって、効果が半減する気がする。

 

今ここに集中するのが、結局は一番効率がいい

 

やりたいことがたくさんあって、あれこれ、ついつい複数のことを一度にやりがちなのだけれど、私の集中力は、聖徳太子の様にはいかない。やっぱり、ひとつずつ、丁寧にやるのがいいんだな、と思う。

 

ながら、、、でできるのは、お風呂と考え事くらいかな。

そして、ついつい、長風呂になりがち・・・。

 

まぁ、だいぶ涼しくなってきたし、長風呂しながら本を読んだり、英語の勉強をするのには、いい季節だ。

 

とはいえ、お風呂以外は、やっぱり、一つのことに丁寧に集中したほうがいいように思う。

 

晴れて良し曇りても良し富士の山、元の姿は変らざりけり (山岡鉄舟

 

あれもこれもと欲張りたくなったら、富士山を思い出そう。

そして、今ここに集中しよう。

 

今日は、9月30日。

明日から、10月、神無月。

新年度も折り返し。

また、新しいスタートのために、今日は半年の振り返りをしよう。

 

親鸞の言葉をかりれば、夜半に嵐が吹いても後悔しないように、今日できることは今日やっておこう。

 

 

『二十歳の原点』 by  高野悦子

二十歳の原点
高野悦子
新潮文庫
昭和54年5月25日 発行
平成15年5月15日 46刷改版
平成24年5月30日 52刷


 2022年9月4日 日経新聞朝刊だったと思う。
二十歳の原点」孤独な闘い 読み継がれる全共闘の青春
と言うタイトルの記事がでていた。
”「最初の1ページ目から激しく引き込まれました」。社会派ブロガーとして知られる文筆家のちきりんは、40年あまり昔の、その本との出合いが忘れられない。”

という、一文が気になり、図書館で借りてみた。

 

全共闘の時代、二十歳で自殺してしまった高野悦子さんの日記を、遺族が出版したもの。
死んでしまった人の日記を出版するなんて、、、と思うけれど、思わず、引き込まれる。
あっという間に、読んでしまった。

ちきりんは、私が好きな著者の一人だけれど、社会派ブロガーと言われる彼女が、この本にそんなに引き込まれたのか、、、40年前。10代ならそうかもしれない。10代あるいは20代でよんだら、結構衝撃かもしれない。

50代で読んでみると、セツナイ。

だって、二十歳で死んじゃったんだから、、、。

 

表紙をめくると、高野さんが微笑んでいる写真がでてくる。綺麗な整った顔の人だ。二十歳で亡くなってしまったのだから、写真は十代か。
こんな美しい人が、全共闘の時代に大学生として生き、生きることをやめてしまった。。。
やっぱり、むなしい。

彼女の魂の叫びが詰まった一冊、って感じだ。
日記だから、誰かに読ませるために書いたのではなく、自分の心の叫びを文字にしたのだろう。ストレートな言葉は、時に胸をうつ。

 

最初のページ、確かに、響く。

ちきりんが引き込まれたという最初のページに書かれている言葉は、二十歳の読者が読んだら、ずしん、とくるだろう。

「独りであること、未熟であること、
これが私の二十歳の原点である。」

二十歳で、未熟であることを自認し、独りでいきることを求めた。二十歳の彼女は、実家を離れて立命館大学文学部史学科に通うために、京都で一人暮らしをしていた。

「家族と共に生活していると、何も考えずにいても楽しく過ごせるのだ。けれども、母は、父は、昌之は、ヒロ子ちゃんは、どれだけ私を知っているのであろうか。どのようなことで悩んでいるのか、何をやりたがっているのかしっているのであろうか」

と、家族といると平和であり安心できるものの、これでいいのだろうか?という気持ちを抱えている。これでいいのか?という不安。二十歳くらいだと、ありがちかな、、と思う。

 

日記の中には、
「私は慣らされる人間ではなく、創造する人間になりたい」という、ありたい姿を語っていたり、「私は勉強をしていない、遊びすぎの大学生であったのだ」と、反省のような言葉を語っていたり。

たしかに、むき出しの高野悦子の言葉、という感じで、おもわず引き込まれる。

そうね、だけどね、死んじゃったんだね、、、。

と、読みながら色々なことを思う、一冊だった。

あぁ、こんな風に、社会や大人に憤って、私は、私は!!と、叫びたかった時代もあったな、、と言う気がする。

これを20代で読んだら、やっぱり、インパクトあるだろうな、と思う。
今の、若者はどうなのだろう。
全共闘とか、ばかじゃないか、とおもうだけなのだろうか。
なんで、そんなことで死ななきゃいけないんだ、って思うのだろうか。


日記のなかで、彼女はカミソリをもって自分の手を切って流れる血に驚いている。自殺のためにカミソリを用意したようにもおもえるのだけれど、死ななかった。睡眠薬も何度も飲んでいる。
なんだ、これだけ飲んでも死ねるどころか、眠りもできないじゃないか、、と言っている。

そして、結局は、鉄道自殺してしまったのだ。

いったい、何が彼女を死なせたのか。日記を読んでもよくわからない。片思いに苦しんでいた風な時期もある。でも、男なんて、とあっさりしている風でもある。

彼女は、本当に死にたかったのだろうか?
思わず、魔が差したのだろうか?

死んでしまってはわからない。

 

けど、ずっと、生き生きとつづられている日記をみると、ただ、ふと魔が差してしまったのではないか、、と言う気がする。

 

時々、そんな風になること、ないだろうか。

別に、死にたいわけではないのに、あ~もう、面倒だな、ここで死んだら楽かもな、とおもって、線路にふと吸い込まれそうになる感じ。あるいは、電車と対峙してみたくなるような、、、。狂っている自分。

ボケっとしていると、ふと線路に吸い込まれそうで、自分でぞっとする。

やだやだ、わたしゃ、死にたかないよ!!って。

 

日記の中につづったのは、生きていくために必要な心の叫びだったのであって、死んだ後に誰かに公開するためのものではなかったはずだ。

頭の整理に、文字ににする。日記にするというのは、自分の為だ。

その、生の言葉だから、時々、ハッとさせられる。

 

”現実とをみつめること、そして、それに対決すること”

 

”醜さをみつめて、美しさを愛すること”

 

ランボーはいった。「私の中に一人の他人がいる」と。私としては私の中に他人がいるというよりも私というものが統一体でなく、いろいろ分裂した私が無数に存在しているように思う。これが私だと思っている私は私ではないかもしれない。人間はとかく都合のいいように合理化して解釈する。とにかく真の自分なんて相手はこうなんだなんて思いこんでいるものは、合理化によってつくられた虚像に過ぎぬものかもしれない。”

 

”なぐられたら、殴り返すほどの自己愛をもつこと”

 

”さようなら

まずこの言葉をあなたに言います。

私がこの言葉をいうのに大きな勇気を必要とするのに対し、あなたがこの言葉をきいて何の驚きも感じないということ、それどころか重荷を下ろした気持ちを抱くことを、私とあなたの関係がそれだけの事であるというくらいは、私はわかっているつもりです。” (1968.6.18)

 

6月22日の日記が最後。

あなたと一緒に休日を過ごしたい、と書いている。

そして、睡眠薬を飲んでいる。

”20錠のんでも幻覚症状も何もおこらぬ。何もない。何も起こらないのだ。”と。

そして、”旅に出よう”という書き出しの詩が書かれて終わっている。

 

やっぱり、失恋して、死んじゃったのかな。

本書の最後の高野悦子経歴によれば、昭和44年6月24日未明、鉄道自殺、と。

 

独り言のつぶやき。

詩。

確かに、胸をうつ。

 

今も読みつがれているのがわからなくはない。

この生き生きとした表現型をもったまま亡くなってしまったのだから、色褪せない、、ともいえる。

 

たしかに、ドキッとする独白。

考えずにはいられない人だったのだろう。

ちょっと、わかる。

 

若く、美しいままに死んでしまった、高野悦子さん。

家族は、何を思ってこの日記を出版したのだろうか。

彼女が生きていた証、ということなのか。

昭和44年だから、日記帳に自筆でかかれたものを活字に起こしたのだろう。

ふと、どんな自筆だったのかな、、、なんて思う。

 

読んで、生きることに執着してもよいのではないか、と思う一冊。

もっと、生きよう。


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『推しのエコノミー 仮想一等地が変えるエンタメの未来』by  中山淳雄

推しのエコノミー
仮想一等地が変えるエンタメの未来
中山淳雄
日経BP
2021年10月18日 第一版第1刷発行

 

新聞の書評か、広告か?忘れてしまったのだけれど、面白そうだったので図書館で借りてみた。

 

なんて、派手な装丁、、、、。

 

著者の中山さんは、1980年栃木県生まれ。東京大学大学院修了、社会学専攻。カナダの MC Gill大学 MBA 修了。リクルートスタッフィングDeNA、 デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ・マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を設立。
エンタメ業界の方らしい。


はじめにで、「私は『エンタメ経済圏』に関する研究者であり、コンサルタントである。」と書いている。自分で言うのだから、そうなんだろう。 そして、いきなり、「グレート・コンジャンクション」(偉大なる接合)と言う言葉が飛び出す。木星土星が重なる20年ごとの時代の節目のことで、これまでの「土の時代」=金銭・物質・権威が重視される時代から、「風の時代」=知性・コミュニケーション・個人が重視される時代に変わる、っていうこと。2020年12月22日が、その境目だったそうだ。
はぁ???なに?スピリチュアル??
と、なんだかよくわからないけれど、読んでみることにした。

 

目次
はじめに エンタメ経済圏のグレート・ミューテーション
第1章 メガヒットの裏側で進む地殻変動
第2章 「萌か」から「推し」へ、ファンの変化から見る「風の時代」
第3章 エンタメの地政学
第4章 推しエコノミーの確立へ

 

「推し」と言う言葉に興味を持ったのは、年下の友人が韓国の俳優に夢中になっていて「推し活楽しいよ」と言っていたのを聞いて、なんじゃそりゃ?とおもったのがきっかけだった。 エンタメの世界で、楽しみ方、お金の使い方が「推し活」によって変化してきている、ということらしい。

 

本書の表紙裏に抜粋された文章によれば、
”「推す」は貴重な時間資源の投下によって行われる。基本的には未来永劫それが続く前提で有限な時間資源を投じて行きたい。
『推しが武道館にいってくれたら死ぬ』というアニメがあるが、実は推しが武道館に行くことを避けたいと思うファン真理も同時に存在する。
安パイなコンテンツを求める人が増えると、新奇なものが展開されづらくなる。ある程度ブランドがあり、約束されたコンテンツに人々は群がるようになる。
大ヒットがさらに大 ヒット するという現象は、今後さらに強くなるだろう。
浮動ユーザーを味方につけるためにファンが必要であり、インフルエンサーが必要になる。「このコンテンツは安パイだよ。時間を費やしてもその体験は無駄にならないよ」と言う信号をブランドとして送る必要がある。」

はぁ、、、なるほど?
『推しが武道館にいってくれたら死ぬ』なんて、アニメ知らないけど、、、。そういう、世界があるのね、


感想。
う~~~ん。いわゆるエンタメにあまり興味のない私には、なんだかエンタメ業界の解説本のようでいて、ふ~~~~ん、って感じだった。ま、ちょっと勉強になった。
さら~~っと読み。

 

「推し」と言う言葉は、「萌え」から変化してきたらしいが、「萌え」が廃れて、「推し」が勃興してきたのだという。

「萌え」は、対象への内的な感情のありよう、姿勢であるけれど、「推し」はキャラ・タレントに活動として何かを与える一緒に何かをしていく事を重視しているのだそうだ。

へぇ、、、、、。

もともと、宝塚ジャニーズファンの女性ファンがやっていたようなことを、乃木坂46やNiziUに男性ファンがやるようになってきた、それが「推し」なのだそうだ。

へぇ、、。

内的「萌え」から外的な「推し」への、変化。それがここ数年で起きているという。


著者によれば、この変化には、「家族」との関係が大いに関係しているのだ、と。

50年前の日本社会には恋愛→結婚→出産という大きな物語が共通認識として存在していた。サラリーマンの夫・専業主婦の妻と子供という典型的な近代家族像が、幸せの形だった。ところが、1980~90年代の緩やかな自由化の中で、必ずしも結婚をゴールとしない恋愛も当たり前になってきた。恋人と、結婚相手は、違うの、、、ってやつだ。そして、独身で恋愛にはあまり興味がなく、でも自分のことは愛している趣味や好きなことにはお金も時間も使うという人々がこの2020年代の「推し」のブームの一番ボリュームゾーンとして育っているのだそうだ。

なるほどねぇ。。。

確かに、恋人でも友達でもない人に、時間もお金も費やすのが「推し」だとすれば、その余裕が或るゾーンがそれなりのボリュームで存在しないと、市場としてなりたたない。いやぁ、日本経済は停滞しているといわれるけれど、そこに費やすお金があるのなら、まだまだ娯楽に費やせる余裕があるということじゃないか。はたして、それが持続可能な成長なのかは疑問だけれど、、、。

 

しかし、なぜ、キャラ・ブランド、にそこまでお金や時間を費やせるのだろう。。
私には、ちょっと、理解できない。。。

好きなミュージシャンのコンサートに行くっていうのはわかるけれど。推し活というのは、そんなレベルじゃないらしい。まぁ、握手券のためにCDを何枚も買う、って一昔前の行動も、いってみれば「推し」の始まりだったのだろう。

 

まぁ、夢中になれる対象があるというのは幸せなことだけど。

 

第3章のエンタメの地政学、というのは、タイトルが面白い。エンタメにも地政学があるのだそうだ。いきなり、クラウゼヴィッツの『戦争論から「戦争をどういう状態で終結指せるかという結末構想がなく、戦争を開始するものはいない」という言葉が引用されている。飛躍しているなぁ、とおもうけれど、「成長・拡大思考には、ゴールが必要」ということだ。ビジネスの競争を、戦争と重ねるか、、、。

エンタメの世界も、グローバル化の流れがあり、それによってエンタメの地政学が重要になってきたのだ、と。なるほど。
そして、著者によれば、日本による世界戦の終着駅は「オタク経済圏」だそうだ。ニッチで高品質な商品・サービス・プラットフォームを作って運営すること、それが日本エンタメの目指す道なのだ、と。

日本発で世界に広がったエンタメは、沢山ある。鬼滅の刃ポケモン、古くはキティーちゃんやドラえもんも。それらもグローバル化の波の中でサバイバルしていくには、ニッチで高品質が求められるのだと。

エンタメも、製造業も、おんなじ何だね。

いつの時代もどこの業界も、ニッチ対応ができること、高品質であることというのは、競争力強化につながるということだ。

いつの時代も、品質はいいほうが良いに決まっている。
日本のエンタメは、品質高いんだろうな、と思うけれど、私はそこに「推し活」をしたいという欲望は沸いてこない。

なんだか、違う世界のことのように、第三者的視線で読んでしまった。
ふぅぅぅん、こういうことを研究している人もいるんだね。

 

ま、面白いと言えば面白かった。
でも、やっぱり、エンタメにはそんなに興味ないかなぁ。。。

ま、頑張れ!日本のエンタメ! 

 

ちなみ、私もキティちゃんは嫌いじゃない・・・。

ポケモンGoは、3日で飽きた。

鬼滅の刃は、映画も漫画も面白かったけど、、、それどまり。

アイドルは全く興味なし。

 

お金の使い道は、人それぞれ。

経済活性化のためにも、お金は正しく使おう!!

推し活する人は、頑張って!

私は、違うところにお金を使う・・・。

 

なんとも、日経BPっぽい一冊だった。

この装丁も、もうちょっとなんとかならんのかね、、、なんてね。

図書館で借りて読むなら、いいかも。

 

それにしても、「風の時代」って、コロナになってから、たまに耳にすることがあったけれど、こうして文字で出てきたものを読んだのは初めて。

「風の時代」= 知性・コミュニケーション・個人が重視される。

なるほどね。たしかに、高度成長の時代、バブルから、景気停滞。物の価値観が変わってきていると思う。それが、星のはなしになるのか。地球も、所詮、星の一つってことか。そういう、流れには、抗わない方がいいかもな、なんて思う。

 

時代の流れに乗ろう。

でも、流れに流されるな。

 

 

続き:『閉された言語・日本語の世界』 by  鈴木孝夫 (その2)

閉された言語・日本語の世界 【増補新版】 
鈴木孝夫
新潮選書
2017年2月25日
*本書は1975年『閉された言語・日本語の世界』(新潮新書として刊行されたものに加筆修正をほどこし、増補新版として再刊するものである。

 

megureca.hatenablog.com

昨日の続きを。

 

第四章では、日本文化と日本人の言語観。著者は、日本の特徴として等質性をあげている。島国であり、国民のほとんどが日本語を話す。身体的特徴も、ほぼ似たり寄ったり。肌の色や髪の色、多少の差はあれど、アメリカのような人種のるつぼの国にくらべれば、個人を描写するのに肌の色や髪の色は話題にならない。ニュースで、逃走している犯人について「色黒の白髪の男性が」と言うのは聞いたことがない。言っても、年齢や身長くらいか。
そして、そのような等質性の中で暮らしているがために、「あることを知る」ということに、深さが欠如しているのではないか、と。


著者は、「あることがわかるということには、実は無限の段階があり、絶えず既知のこと、自明と思われてることに立ちかえって、さらに深い意味を新しい材料で考え直すことが意外に忘れているように思う」と言っている。要するに、極論すれば、分かったつもりになって、たいしてわかっていないですましている文化があるのではないか、と。


なかなか、厳しい指摘だ。あるいは、分かったつもりでも、必要な場合にそれが行動に出せなければ意味がない、とも言っている。

 

違いがあるから理解しようとする。似ていると、同じだと思い込んでそれ以上の深ぼりをしなくなる。そんな文化。もしかすると、あるかもしれない。。。

 

日本においては宗教が人付き合いの問題になることも少ない。海外だと当たり前な、宗教的食事制限への配慮は、日本人だけのコミュニティーなら、まず、話題になることがない。いまでこそ、コーシャやハラルといったユダヤ教イスラム教の食の制限も知られるようになってきたけれど。みんな、同じものを食べると思っている。いいとか悪いとかではないけれど、日本に住む日本人の感覚はそうだろう。

 

同じものを食べて、同じように感じる人が隣にいるのが当たり前。そういう日本。日本人ならば日本語が上手で当たり前で、外国人なら日本語が話せなくて当たり前。そう考えてしまう。

日本語の流暢な外国人が、日本語で話しかけているのに、「I can’t speak English!」といって、日本人に逃げられてしまう、、、という話はよく聞く。本書の中でも、思わず苦笑いしてしまうような実例がいくつもあげられていた。


そして、
あぁ、、、この本のことだったんだ!!と言う話がでてきた。
日本の中学生・高校生の自殺が増えて、その原因に「自分の心をすっかり打ち明けてとことんまで話のできる相手が誰もいない悩み」が大きな比率を占めている、ということ。
それを、アメリカの大学生に話したら、おかしくてたまらないという様子で笑い出した、というのだ。学生によれば、「大切なことは友人はもちろん、親にも話したことがない。先生や他人と相当深く議論するが、それは自分の心の中にある大事な問題について自分で決定する手がかりを得るためであって、問題そのものを打ち明けることはしないし、ましてその解決を他人から教わろうとは思わない」ということ。

実は、この話、佐藤優さんの本でもでてきたし、本書を課題本に選んだ方からも聞いたことがあった。

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これは、初めて聞いたとき、結構、衝撃だった。日本の学生の悩みもわかる気がするし、アメリカの学生にも強く共感したから。

聞いてもらいたい民族なのかな。
聞かせてこなかった民族の癖に。

 

最後の方で、日本人は、「日本語は滅びない」と思っている民族だ、と言う話がでてきた。たしかに、日本語のみだれ、、などと言われることはあるし、日本語も変化してきていると思う。でも、誰かに禁止されたり、会社の公用語が英語になろうとも、日本語がなくなるとは思えない。それは、幸せなことなのだ。

 

本書の中で、『最後の授業』が引用されている。フランスとドイツのはざまで、揺れ動くアルザス地方の学校で、ある日突然「今日でフランス語の授業はおしまいです」と先生が生徒たちに告げる物語。何とも言えない、、、寂しいお話。

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でも、日本では、そういうことは無かった。志賀直哉が何と言おうと、日本語は日本語であり続けた。

今、ウクライナ語の教科書が没収されてしまった地域がある。世界では今でもそんなことが起きているのだ、、、、。


そして、最後の章では、日本での外国語教育について。冒頭にも書いたが、著者は英語を誰にでも学ばせるのは時間の無駄だと言っている。英語だって、イギリス英語、アメリカ英語とあるし、あるいは、オーストラリア英語、シンガポール英語、、、と、様々だ。そして、どの言語にもその国の歴史、文化を背負った表現がある。それを、教科書のような英語で学んで、役に立つ人がどれだけいるか、、、と。
たしかに、言われてみればそうだ。
私なんて、英語学習暦で言うと、、、既に20年以上だ。海外で仕事をするために英語は使っていたけれど、別に流暢じゃない。なんちゃって英語だってちゃんと通じていた。別に、文法だって、めちゃくちゃだし、語彙力だってたいしてない。それでも、サバイバルはできていた。中学・高校の英語の授業が役に立ったと思ったことは無い、、、。

と、そんなめちゃくちゃ英語を長年やってきたので、今更通訳になろうというので苦労しているのだけれど、、、。

 

ビジネスで必要な英語、旅行で必要な英語、通訳として必要な英語は、どれも違う。

語学は、目的に応じて学び分ける。
それでいい。
著者は、そう言っている。
その通りだ。本当にそう思う。

 

言い換えれば、目的もなく語学を学習しても使い物にはならない。
深く、共感!

 

日本語の深堀。
なかなか、面白い一冊だった。

 

私は、年を取るほど、日本語の面白さを知るようになった気がする。読めもしない古文や、旧仮名遣いの文学も、声に出して読んでみると、なんとなくわかるような気がする。
だって、日本語だもの。

漢字は、たとえ読み方がわからなくても、なんとなく意味が分かるような気がする。

概念としてはわかるような気がするからだろう。

ローマ字やキリル文字ならそうはいかない。音もわからなければ意味も分からない、、となってしまう。

 

言語って、面白い。

 

日本語を使うことで、知らず知らずに概念を類推するクセが付いているのかもしれない。新聞を読みながら、わからない文字があっても辞書を引く人はいないだろう。日本語なら、前後の文脈からなんとなく類推して読み進める。

だから、はっきりとわからなくても、前に進める。進めてしまうのだ。

それが、わかったつもりになってしまう、、、という、危うい思考につながっているのかもしれない、、なんて思った。

 

全てのことには、両面がある。良い点。悪い点。

エジソンは、失敗をしたのではなく、上手くいかない方法を見つけた、と言った。

 

物事は、解釈次第。

日本語の良い点をもっといかせたらいいな、と思う。

 

主語が無くても、文章になる日本語。

相手によって、主語が変わる日本文化。

柔軟性があっていいじゃないか。

曖昧性があっていいじゃないか。

 

言葉は面白い。

俳句や和歌の世界も、わかるようでわからない。

わからないようで、わかる。

日本語は、深い・・・。

だから、面白い。

 

面白い一冊だった。

日本語、文学、語学に興味のある人にお薦め。

 

読書は楽しい。

 



 

『閉された言語・日本語の世界 【増補新版】』 by  鈴木孝夫

閉された言語・日本語の世界 【増補新版】 
鈴木孝夫
新潮選書
2017年2月25日
*本書は1975年『閉された言語・日本語の世界』(新潮新書として刊行されたものに加筆修正をほどこし、増補新版として再刊するものである。

 

とある勉強会の課題本だったので、読んでみた。
もともとは1975年の本ということだけれど、せっかくなので情報が更新されている増補新版の方を読んでみた。

 

著者の鈴木さんは、1926年東京生まれ。言語学者慶応義塾大学名誉教授。カナダ・マギル大学イスラム研究所員、イリノイ大学イエール大学訪問教授、ケンブリッジ大学訪問フェローを歴任。本書を読んでいても、日本語を愛してやまない、、、という感じがするのだけれど、『日本語と外国語』『武器としてのことば』『日本人はなぜ日本を愛せないのか』『日本語教のすすめ』など、著書も沢山。面白そう。

 

感想。
なかなか、深く、面白い。
ソフトカバーの単行本で、253ページ。なかなかの読み応え。あぁ、なるほど、この本をテーマにみんなで語り合ったら面白そうな本だ。課題本に選ばれた理由がわかる気がした。今参加している有志の勉強会は、「日本のこころの源流を探り未来を共創する懇話会」というタイトルで、ざっくばらんに色々なことを語り合う。日本語はテーマとして面白いし、語り出したらみんな止まらない。

 

本書からは、著者の、日本人は日本語への愛がたりないのではないだろうか、という主張を感じる。そして、なぜ義務教育でも大学でも、誰でも彼でも英語を学ぶ必要があるのかわから~~ん!という主張。英語を使う将来を考えていない生徒が英語なんか一生懸命学ぶわけがない。だれかれ見境なく英語の学習を強制することは、総合ビタミン剤を健康人、病人の区別なく、絶えず飲ませるようなもので、無駄も甚だしい。時間の無駄だと。ちょっと、笑っちゃうけど、確かにね。

 

目次

第一章 日本人は日本語をどう考えているか
第二章 文字と言語の関係
第三章 世界の中の日本語の位置
第四章 日本文化と日本人の言語観
第五章 日本の外国語教育について

 


第一章では、海外で暮らす日本人が、子どもに日本語教育をしないのは何故なのか?日本語より英語を学ばせようとするのはなぜなんだ?という疑問提起から始まる。それが、良いとか悪いとかいっているのではない。何故?と言う問い。
そして、志賀直哉が、終戦直後に「日本語なんて捨ててしまって、世界で一番いい言語、一番美しい言語をとって、そのまま国語にすればいい」という発言をした話。これは、日本語に関して討議していると、必ず出てくる話。文学者であった志賀直哉が、日本語を捨ててしまえと言ったことは、当時でもそれなりのショックをもって受け取られたのだろう。志賀直哉にとって一番の言葉、それはフランス語であったのだけれど、鈴木さんは何が一番よくて一番美しい言葉かなんて、個人の勝手だ、と。そりゃそうだ。

ただ、文学という点で言うと、確かにフランス文学の美しさはあるのかも、、、と思う。私は、理系で育ってきたけれど、昨今の「人気がないので仏文科が無くなる」、というニュースはちょっと残念に思う。仏文科は仏文科として、フランス語とその文学を、学問として深めてほしいなぁ、と言う気がする。そして、日本語で語ってほしい。


次に、日本語の曖昧さについて。私たち、日本人自身が「明晰なものは日本語ではない」と思っている節があるのではないか、と。鈴木さんは、曖昧さも容認派のようだ。
たしかに、日本語と言うのは主語が無くても成立してしまうし、喋りながら最後に否定してしまうこともできる。あるいは、「・・・だと思う」と言うのかと思えば、「・・・だと思う、と言うような風に言う人もある」などと他人の発言のことにしてしまったり。
これ、通訳をしているととても困る、、、。


曖昧さ、、、あってもいいと思うけど。曖昧な表現があるから、空気を読むという技が磨かれる。空気を読むのって、時と場合によっては必要なこともある。空気に流されてはいけないけれど。

 

第二章の文字と言語については、漢字について。漢字は、訓読みと音読みがあるからややこしい。でも、だからこそ、漢字の意味があるのだ、と。社会人類学者の梅棹忠夫は、漢字の訓読み廃止提唱者だった。でも、訓読みがあるから概念とも結びつく。ただの音でないから、意味がある、というのが鈴木さんの考え。漢字があるから、同じ音の言葉も文字で書くと区別する事ができる。ひらがななら区別つかない。
・スイセイ: 彗星、水星
・ハシ: 橋、端
例を挙げればきりがない。
西洋では、同じ音であるがために、言葉として使われなくなってしまうものもある、という。

 

言葉が無くなってしまった例があげられている。

中世には、
queenとquean
と言う言葉があった。前者は「王女」、後者は「あばずれ、悪い女」と言う意味だった。それぞれ、クゥイーンとクィエーンと発音されていたのが、だんだんと後者もクゥイーンと発音されるように変化してきて、紛らわしくなって、言葉として使われなくなったのだそうだ。

 

日本であれば、解説を付けなくても、漢字で書けば区別できる。だから、日本は同音語が残っているのだと。面白い。

 

第三章、世界の中の日本語の位置。面白いのが、日本では日本固有の文学を、日本文学と言わずに、国文学といい、日本語を研究する人は、国語学者と呼ばれることが多いという。たしかにそうかもしれない。国語といえば日本語であるのが当たり前の国だからだろう。
一方で、外国人が日本語を習っているときに、「国語を習っています」と言われると、違和感を感じてしまうという。外国人が習うのは「日本語」で、日本人が学ぶのは「国語」。言われてみると、ちょっとわかる気がする。

 

そしてこうなっている背景には、 私たち日本人が外国の人に自分の国の言葉を使ってもらったり、研究してもらったりした経験が極めて乏しく、そのくせ太古より異民族の言葉を、それもほとんど文献だけを通して学び続けた長い歴史を持つという、国際的な言語的一方交通を行ってきた珍しい民族だということと関連があるのではないか、という。
相手を理解しようとするけれど、自分たちを理解してもらおうと、積極的にはしてこなかった民族。一方通行で異国文化を取り入れてきた民族。たしかに、そうかもしれない。イギリス、スペインといった植民地へ自分達の文化を植え付けていった国に比べると、日本は受け身の方が多かったかもしれない。

 

著者は、「自己を国際的な場面において客観視する経験と能力の欠如、これこそ今後の日本の解決しなければならない最大の問題なのである」と、言っている。自己を客観視することは、相手に理解してもらうには、重要な視点。個人でも、組織でも、国でもそうだ。たしかに、、、自分たちの客観的観察が足りない、、、というのは、個人でも問題になりえるかもしれない。

 

でも、日本語と言うのは、実は世界的に見れば、1億2000万人の日本人がつかっているのだから、使用者数という点では、世界第6位なのだそうだ。なんと。ドイツ語ですら9500万。フランス語は6000万程度。
人口がおおいというのは、そういうことなのだ。
ちなみに、使用者数1位は、中国語。2位:英語、3位:スペイン語、ロシア語、5位:ヒンディ語(インド)。
なるほど。

だけど、日本語を学ぶ外国人は多くはないし、多くの日本人は海外で流暢な日本語が聞こえてくると、当たり前のように「日本人がいる」と思う。日本語を話す現地の人ではなく、日本人だと思うのだ。そう指摘されると、はい、たしかに、、、。

そんなことからも、日本人は相手に自分をわからせるよう努力することをしてこなかったのではないのか、と。

 

日本語の話は、日本の文化の考察へとつながっていく。

長くなってしまったので、続きはまた。。

 



京都~兵庫への旅 2日目の続き~最終日: 城崎温泉 

2022年9月、京都~兵庫への旅。

丹後半島伊根から豊岡を経由して、城崎温泉へ到着した2日目の続き。

megureca.hatenablog.com

 

城崎温泉は、外湯めぐりが有名で、温泉街を浴衣姿の人がたくさん歩いている。みんな、宿の内湯ではなく、外湯を楽しむのだ。

外湯のMAPは、Webでも確認できる。

https://www.kinosaki-web.com/pdf/map.pdf

 

宿で、外湯めぐり券がもらえて、小さな紙切れにQRコードが付いている。外湯ではそのQRコードを入り口のリーダーにかざせば、何度でも入れる。

なんでも、宿泊をチェックアウトした日も、15:00 頃までは使えるのだそうだ。まさに、お風呂三昧のためにあるような城崎温泉

 

15:00にはKKR城崎玄武にチェックインして、釣竿を水洗いしたり、おやつを食べたりして、まったりと過ごしていたらあっという間に17:00前。18:00から夕食なので、その前に散歩に出かけた。ぐるっと温泉街を散歩し、外湯の混雑状況を観察。温泉街おきまりの射的やピンボール場は、お店はあるのだけれど、まだやっていない。どうやら、夜半に営業開始のようだ。そんなにシャビーな見た目ではなく、わりと小ぎれいそうな店が3つくらいならんでいた。昼間に営業しないなんて、、、酔っぱらった客から、ぼったくろうって魂胆だな?!なんて。。。

 

若人、老夫婦、色々な人たちが浴衣姿で歩いていた。皆さん、外湯を楽しんでいる。温泉街には川が流れていて、その両側には柳の木。なかなか風情のある散歩道になっていた。


写真には、電線が移っているけれど、川の両サイドには電信柱がなく、歩いているときには電線が視界に入りずらい。おかげで、古い街並みを歩いているような気分になる。

 

片道20分くらいか、散歩して、夕食のためにいったん宿に戻ることに。帰りがてら、地酒屋さんを覗く。なんだか、ちょっとチャラい、綺麗なお店もあるのだけど、なんだかそそらない。。。私たちの共通の知人、明石の料理人(御年73歳)に、お土産にする日本酒を選びたいので、ちゃらいお土産はいらない。。。おじさんが一人でやっている「岡本酒店」と言うところに入ってみた。

 

「どれがいいかなぁ、、、」

純米かなぁ、、、」

という、私たちの会話に、ご主人が

「試飲できますよ」と。

ぜひ、ぜひ!と、お願いしていくつかの日本酒を試飲させていただいた。

ちょい甘め、大吟醸、などなど、、、数種類を出していただいた。

 

「う~~ん、美味しいね。でも、ちょっと甘いかなぁ」

という我々に、

「もっと辛口がいいですか?」とご主人。

「はい、辛口で!!」

といって、出していただいた但馬のお酒。ここでしか販売していないという。

「おいしい!!」

と、思わず、二人で声を合わせる。

「お酒、お好きですねぇ!女性でこれが好きって、、、お好きですねぇぇ!!」

と、ご主人、嬉しそう。

 

「はい、好きです!」

元気に答える私たち。

 

結局、お土産用含めて、4合瓶2本、300mlを4本、しめて6140円。140円おまけしてくれて、6000円。

「今晩飲むなら、紙コップつけようか?」という優しいお申し出に、

「はい、お願いします」と。

 

日本酒は、やはり安い。

こんなにおいしいのにこの値段。ワインと比べちゃいけないけれど、日本酒ってやっぱりすごい。

 

兵庫の「香住鶴」は、そのお店にも置いてあったのだけれど、あまり、薦めてこないご主人。試飲させてもらった「但馬」は、どれも美味しくて、ご主人曰く、「香住鶴は、杜氏も変わったり、流行りにのって、万人受けする味になっちゃって、ちょっとねぇ、、、」と。一方、「但馬」は、少量生産を維持していて、城崎でないと手に入りにくいそうだ。

なるほど。

 

「飲んだら、外湯めぐりしちゃだめだよ」と、ご主人に言われつつ、店を後にする。

よほど、酒豪と思われたか、、、、。

 

晩御飯は、越前ガニの半身焼きつきスペシャルディナー。前日に引き続き、お魚三昧。

カニを食べながら、

「やっぱり、無言になるよね、、、」

「焼きカニは、焼きたてじゃないと、、、、」

と、黙々とカニを食す。

お酒は、あえて「香住鶴」をたのんでみた。う~~ん、確かに、普通かなぁ。。。

まぁまぁ、美味しいけどね。

アナゴ、ホタテ、浅利の入った釜めしで晩御飯を締めくくった。釜めし、多いなぁ、と思ったのに全部たべちゃった。美味しかった。

 

お腹いっぱいで部屋に戻り、でもまだ20:00前。

さて、いざ、外湯へいくか!お酒も、そんなに飲んでいないし。

 

ということで、一休みしてから、外湯めぐりへ。

 

一番有名だという、「一の湯」はお休みだったので、お隣の「御所の湯」へ。ざぶんとつかるだけかな、と思ったら、意外と洗い場もちゃんとあって、露天風呂でなかなか良かった。

やや、熱めのお湯。でも、大きな露天風呂で、人工の滝を見つめつつ、ゆっくりできた。普通に日帰り入浴だと、大人700円、みたい。洗い場以外はすべて露天風呂。内湯はないので、熱めのお湯にしているのかもしれない。

脱衣所のロッカーは、そんなに広くないけれど、大混雑ということもなく、それなりに快適。洗面台が3つしかないので、宿が近い人はササッと帰っちゃうのかもしれない。

 

あぁ、いい湯だった。

満足して、帰途に就く。

夜は夜で綺麗だった。

 

 

宿に戻ってから、但馬の日本酒をちょっとだけ楽しみ、大満足で就寝。

楽しかったぁ。

城崎温泉で購入した「但馬強力」と、伊根で購入した「ええにょぼ

翌日、夕方には都内で用事があったので、友人を城崎温泉に残し、9:33 城崎温泉発の特急こうのとりで帰途についた。特急こうのとりは、新大阪行きなので、福知山特急はしだて・京都行きに乗り換え。特急はしだては、内装が木目調でなかなかクラシックでよかった。

帰りは、特急がちゃんと動いていたので、12:07には京都駅着。ずっとお魚三昧でお肉を食べてなかったので、京都駅で駅弁をみていたら、お肉が食べたくなった。だけど、まだそんなにお腹はすいていないのでガッツリの気分でもない。。。カツサンドを購入して新幹線で東京に向かった。

 

いやぁ、、大満足の旅だった。

電車移動も多かったので、3冊の文庫本も読了。

ま、、初日、運転停止で待ちぼうけをくった園部駅での2時間も、ゆっくり本を読めてよかった、、、ということで。

 

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一人旅は好きだけど、友人との旅もいいなぁ、、、と。

ちなみに、友人は最終日もイカを求めて釣りで一日を過ごしたらしい。

友よ、ありがとう!

 

こうしてエネルギーを充填できると、また、がんばるかぁ!と言う気分になる。場所を移動するって、結構大事。

 

旅は、いいね。

やっぱり、旅。

本と旅があれば、生きていける。

あ、それと美味しい料理とお酒とね。

 

そろそろインバウンドも回復してきそうで、日本の観光業にとっては嬉しいことではあるけれど、混雑していないのも、またいいものだ。

 

旅は、タイミングも大事だ。

思い立ったら吉日、旅に出よう。

 

京都~兵庫への旅 2日目: 伊根から城崎温泉へ 

京都~兵庫への旅。

続きを。

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翌日、9月21日、伊根の舟屋で朝を迎えた。

 

釣りのために、5:00に目覚ましをかけて起きてみると、まだ、外は真っ暗。前日の夜に仕掛けは作っておいたので、すぐにも出かけられる。とはいえ、、、さすがに真っ暗で、街灯もほとんどない舟屋の町なので、釣り用のヘッドライトだけではちょっと不安。ということで、少し明るくなるまでまって、堤防へ。

 

陽がのぼり始めれば、あっという間に明るくなる。

前日、宿のおねぇちゃんが「うちのすぐ横でも、あのブイとブイの間位に投げてもらったら、イカがつれることありますよ」と教えてくれたので、まさに、宿の真横で釣りを開始。友人は疑似餌を使ったイカ釣り。イカ釣りは高度な技を要するので、私は前日に仕入れておいたゴカイを餌に、ハリ一本の仕掛けで餌を使った魚釣り。友人が私のために、用意してくれた。仕掛け作りも、お任せ。

 

久しぶりの釣り。足元の水を覗くと、澄んだ水に小さなお魚がいっぱい。おぉ、これはきっとつれるぞぉ!!と、ワクワク。

 

1投目、しょぼい投げながら、、、おもりが着底するのを確認し、リールを巻きあげ始める。そろりそろり、、、。お!かかった!!!、、のは、、、、ロープの切れ端、、、、だった。

そうそう、宿のおねぇちゃんが、手前は敷石やらがあるので根がかりには気を付けて、、、と言っていたのに、まさに、引っ掛かった。。。

 

気を取り直して、2投目からはやや遠くを狙って投げる。

釣れる、釣れる。ちっこいのが、たくさんかかった。

小さいので全部、キャッチ&リリース。

カワハギ

ボラ??

タイ

??

 

餌釣りは、調子よくばんばん連れた。一方、疑似餌でイカ釣りの友人は、なかなかあがらない。

宿の横から、堤防の先まで移動して(と言っても歩いて2分)、更に釣りを続ける。

結局、イカはかかったものの、あげるタイミングが合わなかったか、釣れたのはゲソ、、、だけだった・・・。あぁ、、、上身もついてきて、、、。

 

8:00の朝ごはんのために、今朝の釣りは一旦終了。

あぁ、2時間、楽しかった。

 

朝ごはんを食べて終わったころ、宿のおねえちゃんが

「今、イカ、あがり始めたみたいですよ。今なら釣れるかも。」

と言うので、友人は再び海へ。

どうやら、この宿のおねえちゃんもイカ釣りが大好きらしい。ぱっと見には、10代か?!と思うくらい幼くみえたけれど、20代後半くらいなのかもしれない、かわいらしいおねえちゃんだった。

 

結局、11:00近くまで友人は釣りを続けたけれど、イカの全身を目にすることは、できなかった。やっぱり、疑似餌・投げ釣りのイカ釣りは難しい。

 

特に、旅の旅程は決めていなかったのだけれど、2日目の宿は城崎温泉を予約していたので、一路、城崎温泉へ。志賀直哉の『城崎にて』の城崎温泉兵庫県奥座敷、とも言われている城崎温泉だ。関東にいるとなかなか行くことのない城崎温泉。ここも気になっていたので、今回の旅は、友人に誘ってもらってホントにラッキー。

 

伊根の宿から車で3分の「道の駅」によって、高台から伊根湾を展望してから、いざ、城崎温泉へ。

 

伊根湾 中央に見えるのが青島

舟屋がならぶ伊根湾の海岸線

 

Googleマップのナビに任せて、丹後半島の根元を横断。

途中、おい、これは、、、農道か?!というような細い道もあり、山を越え、谷を越え、、、城崎温泉の南、兵庫県豊岡市へ向かう。丹後半島の根元のあたりは、道路を走っていると、京都と兵庫の県境を何度も行き来する。

2日目の車移動

運転は彼女に任せっきりで、2時間弱走ったところで、ようやく平地に近い豊岡市へ。

 

「ええとこあります、コウノトリの郷、いってみます?」

と、友人がいうので、

「いく、いく!」

彼女のお薦めスポットとのこと。

 

コウノトリって、あの赤ちゃんを運んでくるコウノトリ。よく考えてみれば見たことない。コウノトリの郷の資料によれば、1971年、日本の野外コウノトリは最後の一羽が死亡し、絶滅してしまったのだそうだ。で、その以前をより保護活動をしていたコウノトリ保護協賛会が、本格的に飼育繁殖に取り組み、「コウノトリの郷」がその拠点となっているとのこと。

 

ちょうど、伊根からの山を下り切って、平地になったあたり、畑と田んぼの中に忽然と現れたコウノトリの郷。

兵庫県立コウノトリの郷公園

隣には、兵庫県立大学の研究センターがあって、基本的には無料で見学できる施設。でも、コウノトリ保護活動のための寄付金として、「100円」の寄付金箱が。

迷わず、100円を投入。

すると、施設の方が、「寄付いただいたお礼です」といって、一枚の折り紙をくれた。白い折り紙の4隅に黒と赤の模様。鶴のようにおると、コウノトリができるという折り紙だった。かわいい。友人が姪っ子にあげるというので、私の分も彼女に託した。

 

施設では、資料館のようになった建物の横に、観察広場があり、屋根のないケージの中の3組のコウノトリカップルを見ることができる。

係りの方の説明の時間があって、コウノトリのことを色々説明してもらった。

 

コウノトリって、大きいんだ!!

立っている成鳥は、1m以上の高さ。フラミンゴのように細くて赤い足。白い体に、白と黒のつばさ。美しい。立派。へぇぇ!!コウノトリって、こんなに大きかったんだ!!と、感動。

コウノトリは、ひとたびつがいになると、毎年、つがいが同じ巣で産卵、子育てするのだそうだ。雌雄が共同で巣作り、子育てをすることから、赤ちゃんを運ぶ鳥、ってことになったのだ。

コウノトリの郷 ケージのつがい

 

見学施設でケージにいるコウノトリを観察していると、

カッカッカッカッ」と、鳴き声えはなくクラッタリングと言われる音を6羽がそろって出し始めた。くちばしをカタカタと鳴らすことで出す音で、コウノトリには鳴き声がなく、コウノトリ同士のコミュニケーションは、すべて、このクラッタリングによるのだそうだ。

そして、係りの人が、

「クラッタリングしていますね。いま、きっと空にコウノトリが飛んでいるはずです。俺たちの縄張りにくるな!ということで、威嚇しているんです」と。

係りの人、私たち、他にも見学していた4,5人が、空を見上げる。

 

青く晴れ渡った空。ここに、コウノトリが飛んだら、さぞかし美しいだろう、と言う空。しばし、空を見上げている間に、クラッタリングがやんでしまった。

「あぁ、どこかへいっちゃいましたねぇ、、、」

残念。

「飛んでいるところをみられたら、すごくラッキーなんですけどねぇ、、」と。

 

すると、数分のうちに、またみんな揃ってクラッタリング。

「きっと、どこかにいますよ」

の係りの人の声に、みんなで再び空を見上げる。

「いた!!」

「いたいた!!」

 

大空を、たしかに一羽のコウノトリが飛んでいた。

「わぁぁぁぁ!!!!」

ほんと

ホントに、ホントに、野生のコウノトリが飛んでいた。

美しい。

かっこいい。

しばし、わぁぁぁぁっと、口を開けたまま、空を見上げる。

 

写真なんて取っている場合じゃない。しっかり目に焼き付ける。

あ、でも、やっぱり、写真撮りたいかも!と、とりあえず、シャッターを押す。

空とぶコウノトリ

 

いやぁ、かっこよかった。

 

コウノトリは、肉食の鳥。だから、自然の中に魚、カエルなどの小動物がいなくなってしまうと、コウノトリも生きていけなくなるそうだ。都市化が進み、自然が減少する中で一度絶滅してしまった日本のコウノトリ

現在、野生に放たれているコウノトリは、旧・ソビエト連邦から受贈された6羽の幼鳥が飼育され、産卵、孵化して増えたコウノトリだそうだ。

 

コウノトリに感激しつつ、施設の横のお土産屋さんで、無農薬栽培のお米を購入。駐車場へ戻っているとき、

「あ、飛んでる!」

と、友人が再び空を指さす。

 

大きく大きく旋回しながら、ゆうゆうと一羽のコウノトリが飛んでいた。

しばし、見上げていると、私たちの上空すぐそばを、私たちにお腹をみせつつ飛んでいくコウノトリ。二人して、口をあけて、あんぐりと見つめてしまった。

「わぁぁ~~~、すごい!!」

の声しか出ない。

時々羽ばたき、時々滑空、、、、。

ほんとに、美しかった。

 

豊岡がコウノトリで有名だったとも知らなかった私。車でなければわざわざ来ることはなかったであろうコウノトリの郷。

 

一人旅が好きだけど、やっぱり友人との旅もいいもんだ。

 

そして、城崎では、公務員の友人が予約してくれていた、KKR城崎玄武へ。

城崎温泉 KKR城崎玄武(国家公務員共済組合連合会 城崎保養所)

JR城崎温泉駅のほぼ目の前。

「焼きガニ堪能コース」で一泊。

 

そうか、城崎温泉って、こういうところだったんだ!

なかなか、新鮮な驚きだった。

連休の合間の平日だというのに、結構な旅行客。

さすが、兵庫の奥座敷

大学の夏休み最後なのか、若者の旅行客が多かった。そして、友人曰く、ずいぶん今風に変わっている、と。

 

城崎温泉の話は、また続きで。。。