世界秩序
グローバル化の夢と挫折
田所昌幸
中公新書
2025年9月25日 発行
日経新聞 2025年11月1日 で紹介されていた本。記事には、
”「国際秩序」ではなく「世界秩序」というタイトルには意味がある。「主権国家が支配的な政治共同体であるという前提」すら崩れるかもしれないとの危機感を込めている。視野の先には国家すら当てにならない混沌とした世界像がある。
前半の3章では古代ローマ帝国からトランプ大統領の米国までの覇権の興亡を大づかみにできる。いわば世界を見るための基礎知識で、歴史を学ぶ学生にも一読を薦めたいし、社会人であれば学び直しにも役立つ。
過去に教訓を学んだ上で、後半の2章では今後の世界の行く末と日本の選択を展望する。
4章では4つのシナリオを示している。(1)米国が主導し中国と共存する「一つの世界の回復」(2)欧米陣営、中ロ陣営、グローバルサウス(新興・途上国)による「三つの世界」(3)諸国家が角逐する「多数の世界」(4)国家が秩序を制御できない「無数の世界」――である。今日の姿は「三つの世界」に近い。
忙しい人は日本の進むべき道を示す5章だけでも目を通すとよい。米国が日本との同盟を破棄して中国と結ぶ展開に備え「最終的には自分の身は自分で守る」覚悟を著者は促す。日米同盟という「重要な手札を自ら進んで捨てるのは愚策」だが、中国、ロシア、北朝鮮とも「無用な対立」を避けるよう説いている。”
とあった。
図書館で予約していた。順番が回ってきたので借りて読んでみた。
表紙裏の説明には、
”第二次世界大戦以降、アメリカが主導してきたグローバル化が挫折しつつある。自由民主主義と市場経済の社会モデルが綻びを見せ、権威主義の中国やロシアが秩序変更を狙う。世界はこれからどうなるのか――。本書は古代ローマ帝国から現代のアメリカ一極優位までを俯瞰し、「一つの世界」への統合と、分解のダイナミクスを捉える。さらにグローバル化後の「四つの世界秩序」の可能性と、日本の未来を考察する。”
とある。
著者の田所さんは、 1956年、大阪府生まれ。 1979年 京都大学法学部卒業。 1981年 同大学大学院法学研究科修了。 1997年 防衛大学校教授。 2002年 慶應義塾大学法学部教授などを経て、 2022年より国際大学特任教授、慶應義塾大学名誉教授。
つまりは、ず~~~っとアカデミアの人のようだ。
目次
はじめに
第1章 統合の条件
1 グローバル化の波動
2 構造
3 権力
4 制度
5 文化と規範
第2章 広域的秩序の興亡
1 前近代のグローバル化
2 ローマ帝国と中世ヨーロッパ
3 ユーラシア大陸の統合と分解
4 西洋の興隆と自滅
第3章 アメリカ主導のグローバル化
1 戦勝国としてのアメリカ
2 戦後経済の制度化
3 勝利の逆説
4 露呈した「リベラリズム」の限界
第4章 四つの世界秩序
1 一つの世界再グローバル化
2 三つの世界新しい冷戦
3 多数の世界再近代化する世界
4 無数の世界中世は再来するのか
第5章 ポスト・グローバル化と日本
1 大国でも小国でもない日本
2 仲間を増やし、敵を減らす
3 「自立」を迫られる日本
4 「日本」の生き残りとは何なのか
おわりに
主要参考文献
感想。
ふ~ん、という感じ。う~ん、まぁ、新書だからこのくらいの内容かなぁ、、、、というか、物足りないという気がしなくもない。著者のことを知る前に読み始め、「これは、そうとうな若者が表面的知識で書いた本か?」「あるいは、すごい重鎮がわかりやすくするために表面的にかいたのか?」と、、、頭の中にハテナが飛んだ。そして、著者紹介をみてみたら、アカデミアの年配の方だった。他にも書籍は結構ある様子。
新書だし、さ~~っと読んでみるのによい本かもしれない。時々、ファクトを書いているのか、著者の理想や評価が書いてあるのか、わからなくなった。たぶん、それがちょっと頭の中でハテナが飛ぶ要因の一つだったのだと思う。私が素人だからだけど。中公新書だから、内容的にはそれなりのはずなんだけれど、ちょっと頭に残りにくかった。
書評にあるように、前半は世界の成り立ちの歴史の勉強になる。 ウエストファリア条約から始まる主権国家とは?一言でまとまっている。
” 主権国家とは、それぞれの国家によって正しい 信仰が異なるため、教化による統合は諦め、お互いの領域主権を認め合って、それぞれの領域ごとに正当な信仰を決めるという最小限の共存のルールに合意することで、果てしない 宗教戦争に終止符を打った苦肉の策だったのである。”
佐藤優さん監修の『いっきに学び直す世界史 西洋史 近世・近代 第2巻』を読んだ後だからこそ、なるほどと膝をうった。
「宗教の対立 → 主権国家」の概念が、数年がかりでようやく私の頭に入った気がする。
全体に、私にはちょっと読みにくかったのだけれど、この気づきだけでも本書を読んでよかったと思う。
他、ちょっと覚書。
・ 大航海時代の西洋諸国の膨張について:
”アメリカ大陸で独自の文化を築いていたインカ帝国をわずかな手勢で克服したコルテス や ピサロらを駆り立てたのも、キリスト教の愛の教えでも西洋文明の普及でもなく、あくなき金銀への欲望だった。”
・モンゴルによるグローバル化:モンゴル帝国は、チンギス・ハーンというカリスマ的なリーダーの下で 急速に巨大帝国へと成長した。
” モンゴルは農業生産も工業生産 もせず、 豊かな広大な地域を軍事的に征服し、その過程で 富の大規模な略奪を行った。 しかし 暴力的な略奪はその場限りの利益しか生まないから、 それだけで帝国として持続的な支配ができたはずはない。 実はモンゴル帝国はユーラシア大陸を広域的に支配して陸上通商路を保護し、活発化した交易に課税することで持続した商業帝国であった。”
・アメリカには、孤立主義の伝統がある。モンロー・ドクトリン(1823年に米第5代大統領ジェイムズ・モンローが発表した外交方針)によって、 ヨーロッパ諸国のアメリカ大陸への介入は断固拒否するという姿勢は揺るぎがなかった。第一次世界大戦後、アメリカは世界経済秩序の再建に積極的には関与していない。 1945年終戦後にあっても、アメリカ国民の大半が、面倒な国際政治に関わりたくなかった。戦後、協力関係が維持できると思っていたソ連との軋轢が生じ、冷戦という権力政治上の条件が変わったために、自由主義陣営の強化のためにヨーロッパと協力するようになった。
・”18世紀末に貿易を拡大しようと清朝に派遣されたイギリスの使節は、時の乾隆帝(けんりゅうてい)と謁見の際に、交渉の末に何とか三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)はしないで済んだが、格下の国から来た朝貢施設として待遇された。”
三跪九叩頭?なんのこと?調べてみた。GoogleのAIによると、
「清朝の皇帝に対し、臣下が最高級の敬意と絶対服従を示す礼。跪く(片膝または両膝)動作を3回、そのたびに額を地面に打ち付けて音を鳴らす叩頭(こうとう)を3回行うセットを3回繰り返し、計9回叩頭する儀礼です。」だそうだ。
・冷戦後のロシア:
” 冷戦後のロシアは、 導入した民主化と市場化でむしろ大きな混乱を招いたが、 2000年に大統領に就任した プーチンは、 エネルギー価格の高騰に助けられ、 国内秩序の安定化に成功した。 1997年からは G 8のメンバーとして受け入れられ、2006年にはロシアのサンクトペテルブルク で G 8 を主催したほどだ。 ところが2014年にウクライナのクリミアを軍事侵攻したことで G 8から追放され、 ロシアは仲間ではなく陣営の外部にいる他者となった。 そして2022年のウクライナの正規軍による大規模な侵攻によって、ロシアはヨーロッパ諸国にとっては、自国の安全保障上の脅威であり抑止の対象という位置づけが決定的になった。”
・アメリカのこれから:
”・・・・・ 一度破壊された陣営の結束を回復するのは容易ではないし、 ドナルド・ トランプ 個人はいずれいなくなるにせよ、 彼を2度までも大統領に選んだアメリカの社会は急に変わることはない。”
・中国の他国への姿勢:
” 中国は グローバル・サウスの国々への援助攻勢によって成果を上げているが、被援助国の一般の人々の心をつかむことに成功しているとは言えそうもない。 当然のことながら 中国が援助外交につぎ込める資源にも限界があるし、 共存共栄の市場 秩序を作らなければ持続的な影響力にはなりそうもない。”
・領域国家の限界に関する項の中で、” イギリスのジャーナリストである デイヴィッド・グッドハートは世界の人々は「どこでも(anywhere)派」と「どこかに(somewhere)派」 に分断されつつある 論じた。”とでてきた。
どこかで読んだことのあることばだぞ?と思ったら、宇野常寛さんの『庭の話』だった。
一定の領域に住む人々の「国民」としてのまとまりが無くなった先にあるのは??
個人的には、中世のような宗教やイデオロギーによる支配には戻らないだろうと思うけど。。。
・日本のこれからについて:
”・・・また、 日本の社会としてのまとまりが比較的高く、それによって政治的合意の不在を補い、人々が意見の相違に折り合いをつけることができたことも指摘されるべきだろう。 そういった日本社会のまとまりを生んできたのは「 市民としての責任感」とか「 愛国心」といった肩に力の入ったものではなく、これまで、またこれからもここに一緒に住んでいく 以上、 共存していくしかないという意識が共有されてきたことに由来していた。”
島国であるがゆえに、「共存していくしかない」という無意識の常識。なるほど、確かにあるかもしれない。アメリカのように国土が巨大すぎないから、そっちの州はそっちでかってにしてくれ、という風にもならない。日本という国の規模は、意外と程よい規模なのかもしれない。
アメリカは、いまその姿を変えつつある。ドナルド・トランプによって、世界のリーダーではなく世界の中の暴れん坊になっている。日本もこれまで通りにはいかない。やっぱり、いかないのだろう。今、各国が、ホルムズ海峡閉鎖の影響で自国の対応に躍起になっているのは、そもそもトランプのイラン攻撃のせいだ。無辜の市民の上に原爆を落としたことを正当化するアメリカの性質は、変わっていないともいえる、、、か。
厄介な時代になったなぁ、、、とちょっと思う。
それでも、私たちには明日がある。
だから、今日も元気にご飯を食べよう。。。。





