『海辺のカフカ(下)』  by 村上春樹

海辺のカフカ(下)
村上春樹
新潮文庫
平成17年3月1日 発行 
平成21年6月15日 27刷

 

(上)の続き。

megureca.hatenablog.com


僕のお父さんは、何者かに刺殺された。ジョニー・ウォーカーを刺殺したナカタは、西へ向かう。二人は、交わり合うのか?!佐伯さんの幽霊に再び会うことを願っている田村カフカ君。

 

以下、ネタバレあり。

 

(下)は、ナカタとホシノ青年の旅から始まる。ホシノは、大きな橋を渡ってとにかく西へ行くんだというナカタの話を聞いて、それなら四国だ、といい、トラックの荷物を目的地に届けると、会社に休みを届けて、ナカタに同行する。

 

ナカタは、徳島につくと眠りたいと言って、死んだように眠った。丸一日たってもすやすや寝ているナカタを起こすことをあきらめたホシノは、1人で街を散歩する。そして、カーネル・サンダースにであう。 カーネル・サンダースは、売春婦を斡旋してくれるという。ナカタのいう「入り口の石」を探していたホシノは、女より、「入り口の石」を知らないか?とカーネル・サンダースに尋ねる。上田秋成の『雨月物語から勿体ぶった一文を引用をしつつ、石のことも教えてやるから、いいからいい女と寝ておけ、、という、サンダースおじさん。

 

すすめられるままにいい女と寝て、ふたたびカーネル・サンダースにあったナカタは、「入り口の石」のありかを教えてもらう。神社にある石を持ち去るのは気が引けたけれど、カーネル・サンダースは、全てのものは流動的であり、過渡的なものなので問題ないという。宇宙そのものが巨大なクロネコ宅急便なんだ、と。石の場所がかわっても、石は変わらない、、、と。

 

ホシノは、石をナカタが寝ている旅館に運ぶ。ナカタはまだ寝ていた。34時間以上寝続けたナカタは、起きるとその石をみて、「入口の石だ」という。入り口の石なら、動かさなきゃ、ということで、二人で石を動かそうとすると、さっきと違ってものすごく重くて、なかなか動かない。やっとこさっとこ石を動かすと、どうやら、入り口が開かれたようだった。ナカタには、それがわかった。

 

そして再び、長い眠りに入るナカタ。

 

ホシノは、また1人で街を散歩する。そして、商店街にある喫茶店で、美しいクラッシック音楽に魅せられる。コーヒーが美味しくて、素敵なクラシックが流れる喫茶店。ホシノは、ナカタと一緒にいることで、確実に自分のなかで何かが変わっていくのを感じていた。そして、それを楽しんでいた。

 

ホシノは、カーネル・サンダースから電話を受ける。そこにいるとヤバいから、高松パークハイツ308号室へいけ、と言われる。どこまでも謎のカーネル・サンダースの言動。。。。

 

ナカタが起きると、二人は石と一緒にパークハイツ308号室へ移動する。ナカタは、入り口の石は見つかったけれど、これから何をすればいいのかわからない。だから、入り口を探してみることにする。レンタカーで街をぐるぐる回った二人は、「甲村図書館」にたどり着く。

図書館で、猫の本をみたり、本をよんだりしていた二人だった。ホシノは、ベートーヴェンの伝記を読んでいた。それを見つけた大島さんがホシノに話しかける。しばし、ベートーヴェン談議。そして、ホシノは「 音楽には人を変えてしまう 力 ってのがあると思う?」と大島さんに聞く。「もちろん」が大島さんの答えだった。

 

ナカタはふと立ち上がると、この先立ち入り禁止の札を無視して、佐伯さんの部屋にすたすたと行ってしまう。

ナカタさんを見た佐伯さんは、追い返すことなく、ナカタを迎え入れた。

 

ナカタも、佐伯さんも、入り口の石を超えてきた人だった。

 

二人とも影が人の半分しかない。互いに、それを認め合った。死に損なった二人ということなのか。この世とあの世の狭間が入り口の石なのか、、、、。

 

佐伯さんは、自分の人生をつづったノートをナカタに焼き捨ててくれるようにお願いする。そして、ナカタは、ホシノに手伝ってもらってそれを実行する。


一方で、僕は、再び佐伯さんの幽霊と出会うようになる。僕は、15歳の佐伯さんは、この部屋の「入口の石」を見つけたんだ、と思う。僕と佐伯さんの共通点は、「もうこの世から失われてしまった人」に恋をしていることだった。

 

僕は、ある日、佐伯さんに訊いてみる。「子どもはいますか?」「イエスともノーともいえない」と答える佐伯さんだった。佐伯さんは、僕のお母さんなのだろうか。。そのことを直接尋ねてみる。

佐伯さんは、「私は、 自分を傷つけることで他人を傷つけてきた。 だから私は今その報いを受けているの。」といって、自分にこの先にまっているのは、「死しかない」ようなことをいう。佐伯さんは、ギリギリのところで生きていた。

 

と、図書館に僕を尋ねて警察がやってくる。父親殺しの容疑がかかっているわけではないけれど、このままでは、東京に連れ戻されてしまう。大島さんは再び僕を森の小屋へかくまってくれることになる。小屋に行けば、しばらくは高松にもどってこれないだろう。そう思って、僕はさくらに黙って帰ったことを詫びつつ助けてくれたことにお礼の電話をする。その晩、まだ図書館で寝ていた僕のところに佐伯さんがやってくる。お化けではない。生身の佐伯さんだった。佐伯さんは、一言も喋らずに、僕の部屋に来ると裸になって僕のベッドに入ってきた。当たり前のことかのように、僕と佐伯さんは寝た。佐伯さんは最後まで口をきかず、服をきると何時ものようにフォルクスワーゲンで図書館から去っていった。

 

翌朝、大島さんはすぐに小屋へ行くように僕を促す。しばらく、佐伯さんとは会えなくなるだろう、、と言って。はやく森へ行かないと、、、佐伯さんが死にかけている、、と。
君は これからひとりで山の中に入って、君自身のことをするんだ。 君にとっても、ちょうどそういう時期が来ているんだ。耳を澄ませればいいんだ、田村カフカくん。耳を澄ませるんだ。はまぐりのように注意深く

 

そして、僕は、再び高知の森の小屋へ籠る。今度は、森で迷子にならないように、森の中に入ってみた。すると、二人の兵士にであう。僕は、まよわず兵士たちにつれられて森の奥へ入り込む。戦時中、森に迷い込んで二度と姿を見せなかった兵士たちが、僕を森の奥へ導いた。

兵士たちは、僕を森の奥の小屋に案内した。世話係がくるから、徐々にここの生活に慣れていけばいいと。やってきた世話係は、15歳の佐伯さんだった。夜になると僕は、大島さんにいわれたように、耳を澄ませた。

 

「どうして彼女は僕を愛してくれなかったのだろう。
 僕には母に愛されるだけの資格がなかったのだろうか?」


長い年月にわたって僕の心を激しく焼き、僕の魂をむしばみ続けてきた その問いかけ。母は、最後に僕を抱きしめることすらしなかった。ただ、僕の前から消えてしまった。。。東京の、野方の家での思い出を反芻する僕。母の顔の記憶はおぼろげだが、代わりに佐伯さんの姿が頭に浮かんできた。

 

夜には、大人の佐伯さんがやってきた。
「私は記憶をすべて燃やしてしまった。あなたは戻りなさい。」という。

そのころ、佐伯さんは、図書館の机に突っ伏したまま亡くなっていた。

 

佐伯さんは、自分が僕の母親だとは最後まで明確には口にしなかった。でも、母だったのだ。
僕は、東京に帰ることを、、、この世にとどまることを決心し、森の奥の小屋を後にする。自分がつけた印のおかげで、森の小屋から、大島さんの小屋まで戻ることができた。

 

そのころ、佐伯さんのノートを燃やして安心して眠るナカタが、永遠の眠りについていた。

いつものように深い眠りに入っているように見えたナカタだったが、ホシノが気が付いたときには息を引き取っていた。ホシノは、このまま逃げてしまおうかと思ったけれど、不思議とナカタの死体と一緒にいても嫌じゃなかった

 

「ナカタが開けた入り口をしめなきゃ」、という使命感に駆られて、ホシノは頑張る。
入り口を閉めるタイミングは、なんだか、今ではない気がする。その時をまつホシノ。

ホシノが、その石をゴロンと転がしたのは、僕が大島さんの小屋へ帰ったあとだった。


大島さんが高知の小屋までやってくる。佐伯さんは亡くなったとつげる。でも、僕は、大島さんに告げられる前から、きっと知っていた。佐伯さんが亡くなったことを。。。。

 

東京に戻ろうと思うと伝える僕に大島さんは、いつでもここにもどってくればいい、と言ってくれる。

 

僕には帰る場所がある。
図書館という、帰る場所がある。
だから、その前に東京に帰るのだ。
学校を卒業しよう。

 

さくらに電話して、無事であること、そして東京に帰ることを伝えた。
「もし私と話したくなったら、いつでもここに電話をしていいよ」
「さようなら、お姉さん」


最後は、岡山駅から新幹線で東京へ向かう僕の姿。僕の中の「カラスと呼ばれる少年」に、「きみはほんものの世界で一番タフな15歳の少年だ」という声が聞こえる。

「でも 僕にはまだ生きるということの意味が分からないんだ」と僕は言う。
「 絵を眺めるんだ」と彼は言う。
「 風の音を聞くんだ」
僕はうなずく。
「 君にはそれができる」
僕はうなずく。
「 眠った方がいい」とカラスと呼ばれる少年は言う。
「目覚めた時、 君は新しい世界の一部になっている」

やがて君は眠る。
 そして目覚めた時、 君は新しい世界の一部になっている。

 

THE END.

 

僕は、救われたのだろう。佐伯さんが燃やしてしまった記憶のノートは、誰にも知られるべきではない真実がかかれていたのかもしれない。

それを知らなくても、僕は、この世に戻ってきた。そして、世界で一番タフな15歳になった。

それでいい。

入り口の石を通じて、あっちとこっちを行き来したのは、ナカタと佐伯さんだけじゃない。僕も、父親も、きっとそうだったんだ。半分死んで、半分生きていた。

僕だけが生き残った。
そして、おまけのように、ホシノは新しい人生を見つけた。じいちゃんへの恩返しの代わりにナカタの代役を立派にやってのけた。

 

ホシノ本人は、その入り口の石で、4人が出入りしていたことは知らない。
でも、大事な、大事な役割を果たしたのだ。
きっかけは、ヒッチハイクでのせたじいちゃん似の老人。

音楽、小説、地方、図書館、森、小屋、運動、食事、老化、障害、夜、、、。

生と死であり、性と死。

 

読み返してみると、登場人物をつなぐヒントのようなものがある。「入口の石」の場所を出入りした4人は、みんな人生において死にそこなっている。ナカタは少年の時先生にぶたれて。佐伯さんは、恋人が死んだときに自殺未遂をしたのかもしれない。父は、ゴルフのキャディーをしていた時に雷に打たれて死にかけたというエピソードが出てくる。僕が、家出をするときに父の書斎から持ち出したレヴォのサングラスは、スポーツサングラスだ。に打たれた時にかけていたのかもしれない。そして、雷の話は、佐伯さんとつながる。佐伯さんはかつて、「雷に打たれて生還した人」についての本を出版していた。そこで、父にインタビューしたのかもしれない、と僕は父と佐伯さんの接点を思う。僕は、母に捨てられたことで死んだように生きてきたから「入り口の石」を超えたのか、あるいは、父のサングラスをかけたことで「入口の石」を超えたのか??

 

そして、なぜ、ホシノを「入口の石」に導いたのは、なぞのカーネル・サンダースおじぃさんだったのか?は、やっぱり、よくわからない。もしかして、1985年に阪神タイガースのファンによって道頓堀川に投げ込まれた「カーネル・サンダース人形」からきている?本書が発売された当時は、まだ川の中に沈んでいたはず、、、。

 

生き残った僕、ホシノ青年、大島さん、さくら、、きっとみんなこの流動的な世界で生き続ける。タフに、生き続ける。死もあるけれど、そんな生きる希望を感じる物語。生と死は「入口の石」をへだてて隣り合うもの。生まれたからには、人は死ぬ。。。。

 

今回も、たくさんの本がでてきて、読みたい本が増えてしまった。このところ小林秀雄の『本居宣長』を読み続けているので、源氏物語上田秋成も気になる。上田秋成本居宣長は、ケンカしたんだけどね。カフカの『変身』以外の作品も、T.S.エリオットの『空ろな人間』も、、、、いつか、読んでみよう。

 

あぁ、これが、村上春樹ワールド。
読めば読むほど、味わい深い。
スルメだね。 

 

思考が深まる感じがする。

そこも、好き。

 

それにしても、読書って一度したところで、描かれていることの1割も記憶にとどめていないかもしれない、と、つくづく思う。何事も、繰り返しインプットすることで初めて自分の記憶に固定されていく。何度も上書き保存しないと、消えて行っちゃうんだな、、、って思う。若い頃に読んだ時には、上田秋成フランツ・カフカとか言われても素通りだったのが、歳をとることで既知のものに変化していて、点と点がつながる。今年になって、何度上田秋成という名前を口にし、文字で目にしてきただろうか。。小林秀雄橋本治、、、そして、ここで大島さんが、カーネル・サンダースが口にするとは!

 

マツダロードスターだって、今読むから余計に懐かしぃ!!となる。プリンスの「リトル・レッド・コルベッド」だって、高校生の時バンドでコピーするほど大好きだったのに、今ではただ懐かしい。

 

懐かしいことを楽しめるは、人生長くやってきた特権だなって思う。

いやぁ、、、読書はやめられない。



『海辺のカフカ(上)』 by 村上春樹

海辺のカフカ(上)
村上春樹
新潮文庫
平成17年3月1日 発行 
平成21年6月20日 30刷

 

先日、英国人の知人が古本屋で買ったというこの文庫本を読んでいた。「子どもたちが森にきのこをとりにいって、米軍がでてきて・・・」といわれて、私の頭の中に????がとんだ。

 

海辺のカフカが、 単行本で初版発行されたのが2002年。当時、発売と同時に買って読んだ記憶がある。村上春樹作品の中では、結構好きだった記憶があったのだけれど、内容を覚えていない・・・。少年が、独り立ちしていくはなしだったよな?!というおぼろげな記憶だけ。

 

彼は、本人にとっての第二言語である日本語で、日本の小説を読んでいる。時々、この言葉の使い方、意味がわからないといって、私に日本語を聞いてくることがある。だいたい、村上春樹の日本語は、私としても解釈に悩むことがあるんだから、彼にとってやさしいはずはない。でも、好きらしい。

 

私も、お気に入りの作品だったはずだよなぁ、、、とおもって、読み直してみることにした。とはいっても、自宅にはない。実家にあるのかもしれないけれど、とりあえず、図書館で借りて読んでみた。

 

本の裏の説明には、
”「君はこれから世界で一番タフな 15歳の少年になる」—――15歳の誕生日がやってきた時、 僕は家を出て遠くの知らない街に行き、小さな図書館の片隅で暮らすようになった。 家を出る時に父の書斎から持ち出したのは、現金だけじゃない。 古いライター、 折りたたみ式のナイフ、 ポケットライト、濃いスカイブルーのレヴォのサングラス。 小さい頃の姉と僕が2人並んでうった写真・・・・。”

 

そうそう、、、家出するんだ。

 

感想。
あぁ、、、そうそう、そうだった、そうだった。
読み始めたら思い出した。でも、やっぱり、細かくは覚えていないから、新鮮な一冊として楽しく読めた。


とりあえず、上巻だけ借りたのだけれど、あっという間にその日のうちに読んでしまった。読みだしたら止まらない・・・。


そう、少年が、、、まだ学生の少年が家出するのだ。15歳。そして、知らない街へ・・・・。ちょっと古い言葉かもしれないけれど、「自分探し」の旅であり、自分を捨てて出ていった母を探す旅ともいえる。。。セツナク、悲しく、やさしく、あたたかいような、、、村上ワールド全開。やっぱり、好きだ。話がパラレルワールドで進むのだけれど、章ごとに切り替わるし、登場人物が全く変わるので、比較的わかりやすい。

 

以下、ネタバレあり。

 

お話は、「カラスと呼ばれる少年」というところから始まる。それは、主人公の心の中の会話だということが、作品を読んでいる最中にわかってくる。僕は、今から家出をしようと決心している。そして、それから起きた出来事を、これから語ろう、、ということ。
 
”15歳の誕生日がやってきた時、僕は家を出て 遠くの知らない街に行き、小さな図書館の片隅で暮らすようになった。
 なんだかおとぎ話みたいに聞こえるかもしれない。でもそれは おとぎ話じゃない。 どんな意味合いにおいても。”

 

この倒置法が、村上ワールド。

 

そして、第一章が始まる。

 

確かに、子どもたちが山にキノコを採りに行く。それは、まだ戦争中のことで、都会から疎開してきた子どもたちも一緒だ。そこで子どもたちが突然全員意識を失い、、そして数時間後に何事もなかったかのように意識を取り戻す、、という奇怪な事件が起こる。でも、その事件自体は、本作の中ではメインストーリーではない。子どもたち失神事件の関連で、アメリ国防省や日本軍医療機関で聴き取り調査が行われた様子が「極秘資料」として描かれているが、それもメインではない。

物語の中のもう一つの物語としての構造。それは、ナカタの生い立ちの説明。

 

失神事件では、引率していた女性教師だけが、失神せずに村に助けを求めに戻る。そして、、、第12章で、事件から28年後、彼女が調査当時には口にしなかった彼女の中の秘密が、告白される。「あの日、私は、大陸に出征している夫の夢をみて性的に昂奮していた。そして、思いがけず山の中で生理が始まってしまい、慌てて手ぬぐいで経血の処置をし、血だらけの手ぬぐいを森の奥に捨てた。ところが、ナカタという少年がその手ぬぐいを手に自分のところにやってきた。驚いたのと、恥ずかしいのとやらで、ナカタ少年に手をあげてしまった。激しく叩いてしまった。見ていた子供たちは、茫然としていた。そして、キノコ採りに戻るように子どもたちに言った。それから、、、しばらくして子どもたちが全員失神。。ナカタ少年も失神。村に助けを求めにいって、他の先生らと森に戻ってみると、既に数人の子どもたちは意識を回復し、結局、全員、何事もなかったかのように意識を回復した。ナカタ少年を除いて。。。そして、ナカタ少年は東京の病院に運ばれてしばらくした後に意識を回復するのだが、子どもたちは全員、失神していた時間、その前後の記憶を無くしていた。くわえて、ナカタ少年は、それまでの聡明だった知能も無くしていた・・・。」

 

この12章の先生の告白まで、2つの別のシーンが交互にでてくる。戦時中に起きたきのことり失神事件と、主人公の「僕」が家出をする現在とナカタの現在。

 

僕とナカタの人生は、同じ時代で進む。ただし、僕は15歳の誕生日を迎えたところで、ナカタは既に初老の男で知的障害を抱えた人物としてでてくる。

失神事件で、先生にぶたれて意識をずっと回復しなかったナカタ少年が、現在の知的障害ナカタであるということが、読んでいるうちにわかる。

 

ナカタは、猫さんとお話をすることができる。なので、近所で失踪した飼い猫を探す手伝いをしてお小遣いをもらっているのだが、基本は「知事さん」から補助を戴いてる。

 

一方で、僕の家出の話がパラレルに進む。僕の父親は著名な彫刻家で、家にはお手伝いさんがいる。でも母はいない。僕が4歳の時に、姉をつれて、僕と父を置いて家を出ていった。姉は養子で、僕が血のつながった息子だったにも関わらず、母は自分を置いていった。そして、僕は家の中でできるだけ父に合わないように暮らしていた。それができるほど、大きな家だった。

 

15歳の誕生日に家出をした僕は、長距離バスにのって四国をめざす。四国に知り合いがいるわけでもない。ただ、四国が選ばれた。そして、長距離バスの中で「さくら」とであう。一寸年上のさくらは、もしかすると僕のお姉さんかもしれない、なんて思ったりもする。さくらは、きっと僕が家出少年だってわかっている。でもそれを咎めるようなことはせず、バスが目的地高松について別れるときに、「なにか困ったことがあったらここに電話して」と、電話番号を教えてくれた。

 

僕は、最初はホテルに泊まる。特に具体的にやるべきことがあるわけではない。公営のジムに行って体を鍛え、散歩でみつけた「甲村記念図書館」で本を読んで過ごした。甲村記念図書館は、小さな私営図書館で、たくさんの本を好きなだけ読むことができた。受付の大島さんは優しいお兄さん。構内を案内してくれた佐伯さんは美しいおばさんだった。

 

僕は、毎日図書館に行って、本を読んだ。大島さんは、高校生に見えるだろう僕に、何をしているのかなどとは聞かず、好きなだけいればいい、と言ってくれた。僕にとっては千夜一夜物語のようなずっと昔の本を読んでいるほうが、現実の世の中よりも多くのことが生き生きとしているように感じられた

 

ある日、大島さんから「君に電話がかかってる」と言われる。図書館にいる僕に電話?
それは、滞在しているホテルにもう少しYMCAの割引料金で滞在させてくれないか、と相談したことへの返事の電話だった。僕がホテル受付の人に、図書館で調べ物をしているので、もう少し長くここにいたい、と伝えたことから、本当に僕が図書館にいるのかの確認もあって電話をよこしたものと思われた。

 

大島さんは、「朝から晩まで熱心に本を読んでいる少年ならここにいる」とつたえてくれたらしい。そして、ホテルにはもう少しサービス料金で泊めてもらえることになった。

 

田村カフカ」と大島さんは僕に聞いた。ホテルで名乗った名前が、「田村カフカ」だった。

そして、大島さんは、
「もちろんきみは、フランツ・カフカの作品をいくつか読んだことあるんだろうね?」と。

『城』と『審判』と『変身』と、それから不思議な処刑機械のでてくる話」
流刑地にて』、僕の好きな話だ。」と、大島さん。

 

本作品の中でも、たくさんの音楽、本、の固有名詞がでてくる。私は、普段Spotifyを使っているのだけれど、「海辺のカフカ」というオムニバスがあったので、思わず、ビートルズ、プリンス、、、聞きながら本を読む。

 

そして、僕は大島さんと親しくなっていく。

 

第9章。ホテルに泊まり始めて8日目の朝、僕は森の中で血まみれになって起きた。なぜ、森の中なのか、ココがどこなのか、なぜ血だらけなのか、、、全然わからない。それは、5月28日のことだった。とりあえず、公園のトイレで血を洗い流す。
僕は、さくらにSOSの電話をする。さくらは、僕を優しく受け止めてくれる。いっしょのベッドで寝ながら、「別に変な気はないからね。きみのお姉さんみたいなものとおもってね」と。

さくらは、しばらくここにいていい、と言ってくれたけれど、何もかもを優しくしてくれるさくらに甘えるわけにもいかない、と、僕は翌朝にさくらの家をでて、とりあえず行き場所としては一つしか思い当たらない、図書館にいく。

 

僕は、夏目漱石全集を手にする。大島さんと、漱石の作品の話をする。三四郎』『坑夫』、、、。

三四郎は物語の中で成長していく。壁にぶつかり それについて真面目に考え、 。なんとか乗り越えようとする。 そうですよね?でも、 でも『坑夫』の主人公はぜんぜんちがう。彼は目の前に出てくるものをただだらだらと眺め、そのまま受け入れているだけです。”

大島さんは、「それで 君は自分をある程度その『坑夫』の主人公に重ねているわけかな?」と。。

 

僕は、今夜泊まる場所が無いことを大島さんにうちあける。

「なら、ここに泊ればいい」と、大島さんは、図書館で大島さんの助手として働きながら寝泊まりすることを提案してくれる。少年課の警察なんかにみつからないように、、、。ただ、佐伯さんに話して準備をするのに2,3日かかるから、その間、大島さんの持っている森の中の小屋で過ごすことになる。

 

大島さんの車で、高知にある小屋まで送ってもらう。大島さんは、マツダロードスターを140キロを超えるスピードで走らせた。運転が好きなのかと聞くと、実は血友病で運動を医者から止められているので、代わりに運転を楽しむのだ、と。車の中では、シューベルトピアノニ長調ソナタが流れていた。不完全であるからこそ、演奏が難しいこの曲に人は魅了されるのだ、と大島さんは熱く語った。


森の小屋は、電気はないけれど、快適だった。大島さんは、森の奥は迷子になって出れなくなるから入らないようにといって、僕を残して帰っていった。夕食の前には毎日運動をした。夜空は満天の星空。星は、ただ美しいだけでなく、森の樹木と同じように、生きて呼吸をしているようだった

 

3日目、大島さんが迎えに来る。そして、僕は図書館で暮らし始めた。

 

ある時、二人の女性が図書館にやってきて、この図書館は「女性的見地からみて問題がある」と、難癖をつけてくる。僕では相手にならないと思った女性たちは、もっと偉い人をだせといってきた。僕は、大島さんをよびにいく。大島さんは、様々な言葉で図書館の問題点をあげつらい男女平等の観点で問題があるといいはる女性らに、毅然として理路整然と反論する。大島さんの話は、様々なメタファーを用いて説明しつつ、ブレることが無い。大島さんの発言に対して女たちは、
「男性的視点だ」といって引かない。議論は、交わらない。
そして、大島さんは言った。

「まずだいいちに、僕は男性じゃありません

大島さんは、戸籍上の性別は女性だった。。。女性たちは、文句を言う相手を間違えたと思ったのか、帰っていく。

 

大島さんのカミングアウト。

 

大島さんは僕に言った。
「 僕はご覧の通りの人間だから、これまでいろんなところで、いろんな意味で差別を受けてきた
  差別されるのがどういうことなのか、どれくらい深く 人を傷つけるのか、それは差別された人間にしか分からない。痛みというのは個別的なもので、 その後には個別的な傷口が残る。 だから 公平さや公正さを求めるという点で、僕だって誰にも引きを取らないと思う。 ただね、僕が それよりもさらにうんざりさせられるのは、想像力を欠いた人々だ。T.S.エリオットの言葉〈うつろな人間たち〉だ。その想像力の欠如した部分を、 うつろな部分を、 無感覚な 藁屑で埋めて ふさいでいるくせに、自分ではそのことに気づかないで表を歩き回っている人間だ。 そしてその無感覚さを、 空疎な言葉を並べて、 他人に無理に押し付けようとする人間だ。 つまり 早い 話、 さっきの二人組のような人間のことだよ」

 

そして、佐伯さんの恋人が殺されたのも、そういう空虚な人間のせいなのだ、と話をつづけた。

 

佐伯さんは、図書館を最初に案内してくれた女性で、この図書館の管理者だ。僕は、初めて会ったときから、佐伯さんが僕のお母さんであったらいいのに、と感じていた。その佐伯さんは、今はひとり身だが、この図書館の持ち主であった家の青年と幼なじみであり、恋人同士だった。だが、恋人は東京の大学に行ってしまう。佐伯さんは、ピアノと歌が上手で、恋人を追うように東京にいき、歌手としてデビューする。レコードは100万枚売れ、売れっ子の歌手になったのだが、レコードを一枚だした後、佐伯さんは業界から姿を消してしまう。レコードのタイトルは、「海辺のカフカだった。佐伯さんが19歳の時、恋人が、大学闘争に巻き込まれて、リンチで殺されてしまったのだった。単なる人違いで、1人の青年が殴られ殺された。佐伯さんはそれから何十年も行方不明になっていて、親族の葬式でこの地に戻ってきてから、図書館を引き継ぐことになったのだった。

 

大島さんは、佐伯さんの恋人は、想像力を欠いた狭量な人間たちに殺されたのだといい、本当に怖いのは、そういう、想像力の無さなのだといった。

 

そして、
「何が正しいか正しくないか、もちろん それも とても重要な問題だ。しかしそのような 個別的な判断の過ちは、 多くの場合、 後になって訂正できなくはない。過ちを進んで認める勇気さえあれば、だいたいの場合取り返しはつく。しかし 想像力を書いた狭量さや非寛容さは寄生虫と同じなんだ。かたちを変えてどこまでも続く。 そこには救いはない。 僕としてはその手のものにここには入ってきてもらいたくない。」


そんな風に、大島さんと色々な話をしながら、僕は、図書館での生活になじんでいく。だが、事件が起きる。お父さんが、何者かに殺された。大島さんがニュースを教えてくれた。
ニュースでは、彫刻家の田村浩一氏が殺されたと報道しているが、犯人の手がかりはなく、警察は、しばらく前から行方不明の息子を探していると。

 

僕がここにいることは、誰も知らない。僕は、父の死を悼まない。父は、「おまえはいつか自分の母親と姉を犯す」と幼い僕にいった。父の死に対して、僕がやるべきことはない。秘書やお手伝いさんがきちんと葬儀をしてくれるだろう。

僕は、そのまま大島さんと佐伯さんがいる図書館で暮らし続ける。

 

そして、ある晩、寝ているとき、少女の幽霊をみる。それは、間違いなく、15~16歳くらいの佐伯さんだった。佐伯さんは生きている。でも、少女の佐伯さんが幽霊となって僕の前に現れた。

 

この図書館に、幽霊はいるだろうか?と大島さんに話すと、源氏物語の時代は、生霊というのは怪奇現象であると同時に、普通に自然なことだった、という話を始める。あるいは、上田秋成雨月物語、義兄弟の契りを結んだ侍が、友と交わした約束のために幽霊となって千里の道を走って友に会いに行く、という話。そこには、人々の生きざまがあった。生きていても、生霊になることはある。。と。


そんなある日、僕は、佐伯さんが歌う「海辺のカフカ」のレコードを大島さんから貰う。佐伯さんが図書館から帰った後、僕はそのレコードをかけて、歌詞カードを読む。僕は、3度繰り返し「海辺のカフカ」を聞いた。それは、不思議なコードを含む、美しいメロディーで、佐伯さんの歌声も素晴らしかった。でも、歌詞はシュールなものだった。

 

 ”あなたが世界の縁にいる時
 私は死んだ火口にいて
 ドアの影に立っているのは
  文字をなくした言葉

  眠るとかげを月が照らし
 空から小さな魚が降り
 窓の外には心をかためた
 兵士たちがいる

  海辺の椅子にカフカは座り
  世界を動かす振り子を思う
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

僕は、もう一度佐伯さんの幽霊が出てきてくれることを待っている・・・。

で、(下)に続く。

 

だが、これだけではない、僕の家出と図書館暮らしと並行して、ナカタの話が進む。

 

ナカタは、猫を探して歩いているうちに、猫狩りをしている男、ジョニー・ウォーカーに出会う。男は、猫を殺して猫の魂を集め、猫笛をつくるのだという。男の家の冷蔵庫には、猫の生首がならんでいた・・・・。ナカタが探していたゴマちゃんも男の手にかかって、いまにも殺されるところだった。ゴマちゃんを助けてくれるように懇願するナカタだったが、助けたければ俺を殺せ、というジョニー・ウォーカー。ナカタは、勢いあまって、ジョニー・ウォーカーを刺し殺す。

 

そして、ナカタはゴマちゃんを救いだし、家族の元に届けてから、旅に出る。ヒッチハイクで西に向かう。目的は何だかわからないけれど、西に向かう。SAでトラックを乗り換えながら、西に向かったナカタは、途中で暴走族のケンカに巻き込まれるのだが、なぜか、大事にかかえた傘をさすと、空からヒルが降ってきたり、魚がふってきたり。。雷がやってくることを予言したり。

ジョニー・ウォーカーが殺された日が、僕のお父さんが殺された日。

 

ナカタは、SAでホシノ青年に出会い、彼のトラックに乗せてもらう。ホシノ青年は、長距離トラックの運転手だが、ナカタの姿に自分を可愛がってくれた祖父の姿を重ねて、ナカタにやさしくしてくれる。
そして、ナカタがとにかく西にいくんだというので、いっしょに四国についてきてくれることに。。。


話が、パラレルに進むので、説明が難しい。

 

要するに、

僕は、家出をして、高松の図書館へ住みつく。
長距離バスで、姉のようなさくらに出会い、図書館で母のような佐伯さんにであう。家出を咎めずに僕をサポートしてくれる大島さんに救われる。佐伯さんの幽霊にであう。

 

ナカタは、猫を救うために、謎の猫笛男を殺してしまい、西に向かわなきゃという使命感で、西に向かう。知的障害のある初老の男を助けてくれたのは、ホシノ。 

 

血まみれになって起きたり、気が付いたら血はなくなっていたり、、、。

 

とにかく、僕の父は死んだ。刺したのは、森で血だらけで倒れていた僕なのか?猫笛男が父だったのか。ナカタが僕の代わりに父を殺してくれたのか。。

 

やっぱり、面白い!!

15歳の誕生日を迎えた日というのは、中学生ということか、、、、。本当に、まだまだ少年だ。そして、少年の人生は続く。。。

 

続きは、(下)へ。

 

 

 

『小林秀雄の恵み』  by 橋本治

小林秀雄の恵み
橋本治
新潮社
2007年 12月30日 発行
*初出「新潮」2004年1月~2006年4月。最終章は書き下ろし。

 

とある懇話会で、小林秀雄本居宣長が課題本となり、2004年5月、6月と二か月にわたって読んできた。でも、やはり、、、難解なのだ。小林秀雄が11年近い歳月をかけて晩年に書いたものを、私なんぞがちょっと読んだからと言って理解できるはずがない・・・。たしかに、本の構成としてはゴッホの手紙』のように対象とする人の文章をまるっとそのまま引用しながら、解説していくというスタイルで、そのことを理解したうえでよむと、チョットはわかる気もする。でも、そもそも本居宣長の著書からの引用は古文だし、、、わからなくても仕方がない。。。とあきらめかけていた時、大先輩から「本居宣長』を読まずに一生をおわるのはもったいない」との言葉。そして、いくつかの参考本を紹介してくださった。その一つが、本書、橋本治の『小林秀雄の恵み』だった。

 

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橋本治と言えば、「 止とめてくれるな おっかさん 背中のいちょうが 泣いている 男東大どこへいく」と、 学園闘争最盛期、東大のポスターを作ったひと。そして、私が尊敬する明石の師匠(御年75歳、元小料理屋店長、ズボンのポッケにいつも文庫本を入れている関西のおっちゃん)も、「橋本治っちゅうんは、おもろいなぁ」と言っていた。

 

で、図書館で借りて読んでみた。

 

目次
第一章 『本居宣長』の難解
第二章 『 本居宣長』再々読
第三章 「 語る小林秀雄」と「 語られる本居宣長
第四章  近世という時代 あるいは「ないもの」に関する考察
第五章 じいちゃんと私
第六章 危機の時
第七章 自己回復のプロセス
第八章 日本人の神
第九章 「近世」という現実
第十章 神と仏のいる国
終章 海のみえる墓


感想。
面白い!
これならちょっとわかる。
わからないけども、全然、、、、、わかる気がする。

それは橋本さん自身が、「小林秀雄の言っている事はわからん」と言いながら、彼なりの解釈を語ってくれるから。

読みながら、あぁそうか、そうか、そうかもしれない、と思えることがたくさん出てくる。といっても、まだまだわかっていない。それでも、おぼろげに『本居宣長』で小林秀雄が何を言わんとしていたのかが、、、ちょっとだけ輪郭を現したような気がする。

 

そもそも小林秀雄の『本居宣長』と言う本は、本居宣長自身のことを書いているわけではない。確かに書いているのだが、それを通じて、小林さんは、「日本における学問について語っている」、と橋本さんは言う。

 

明治以降は西洋学問が近代学問であって、それ以前には日本には学問が無かったかのように言う人がいるが、学問した人がいるではないか!本居宣長が!と、そういう本なのだ、と。

 

本居宣長』は、いきなり宣長の遺言書からはじまるのだが、その後は、延々と江戸時代の儒学者の話が続く。宣長が影響を受けた人たちということではあるのだろうけれど、どんどん、さかのぼっていく。私は、『本居宣長』を読みながら、出てくる人の年表を作ってみたくらいだ。小林秀雄が、なんでそんな人々を引用しているのかわからないままに、とりあえず、、、迷子になりながらも読み進む。どうやら、橋本さんも同じ経験をしたようで、おぉ!!そうか、みんなそこでも迷子になるのか!と膝を打つ。


そして、橋本さんは、『本居宣長』という作品は、宣長を語っているのではなく、学問とは?を語っているのだと。

 

そして、宣長の学問に対する姿勢を小林さんのそれに重ねる。

 

宣長の時代、つまり江戸時代は儒教が政治に取り入れられていった時代。それより前、近世以前の日本の思想は、「仏教」だった。それが、戦国時代、下剋上の時代には頼るべき親分もいなければ、仏様もあてにならない。人々は、自分で生きのびるために智恵を考え出さねばならなかった。それこそ、自分で考えるという学問の目覚め。だから、下剋上を「でもくらしぃ」という人もいるとか。それが、江戸時代に入って、儒教という思想が政治の世界でとりいれられるようにある。それに乗じたのが林羅山。僧でも儒教家でもどっちでもよかったのが林羅山。それに対して、中江藤樹は長いものにまかれるのを嫌って、独学での儒教を貫いて陽明学へと進む。その延長に、宣長の思想がある。世間から距離をおいて、「独学」していたのが藤樹であり、本居宣長かつ、宣長の本業は町医者であり、決して学者ではない。学者ではないものとして自由に学問をしたのが宣長なのだ。だから、師匠でもある賀茂真淵とも歌をめぐって対立したし、上田秋成と神話をめぐって対立したのだ。自由に学問したひとが、宣長なのだ、という気がしてきた。

 

橋本さんは、その姿を小林秀雄に重ねる。

 

本居宣長』は、宣長の遺言書ではじまるが、その前に折口信夫宣長の話をしたら、「宣長はね、やはり源氏ですよ、では、さようなら」といって去って行ってというエピソードがでてくる。人の話をきいているんだか、聞いていないんだかわからない態度をとっていたあげく、「では、さようなら」といって去っていったことが書かれている。

 

橋本さんは、ここで小林秀雄折口信夫という「知的権威の嫌な奴」を書いていて、そこと距離を置く小林秀雄の姿を、時の権力とは距離をおいて学問した宣長と重ねている。

なるほどぉぉ!!!さもありなん!!!なのだ。

私は、ここで感動。

 

なんで、折口信夫の言葉がこんな風に引用されるのだろう?と思っていた。だって、そのあと続く小林秀雄の文章は、『源氏物語』ではなく宣長の遺言状であり、『古事記伝』であり、『玉勝間』なのだ。


また、小林秀雄のさまざまな作品を解説しつつも、63歳で書き始めた『本居宣長』の前にベルグソンの『感想』というものを途中でやめている。5年続いたものを突然辞めて、それからわずか2年後に『本居宣長』を書いた。『感想』は、本人の希望で、著作目録から消されている。自分で否定してしまいたいものだったのか・・・。

 

橋本さんは途中で筆を折ったその理由を、「小林秀雄自身がもう若者ではなく、若者である必要も感じられなくなった時、ベルグソンを学ぶと言うことの意味を手放したのではないだろうか。」と言っている。今更、ベルグソンを語り続けるのは、若者で有ろうとし続けているようで、そんな自分を否定したかったのではないか、と。 

 

自分にとっての「学問とは」を問い続けた小林秀雄の晩年の頭の中が『本居宣長』なのだとすれば、「学ぶとはどいうことなのか」という問いをもって『本居宣長』を読めばいいのかもしれない。

 

本書の中では、他にも小林秀雄の単行本『無情といふこと』の中にある『当麻(たえま)』で、世阿弥のこと、能の美についてでてくる。

「美しい花がある。花の美しさというようなものはない」という言葉。

 

深く考えず、そのままその言葉に耳を澄ませばいい、、、って感じ。

 

『感想』をなきものにした小林秀雄だが、平安時代大江匡房は自分の書いたフィクション以外の書物を焼き捨てた、という話も出てくる。ちょうど、『まんが日本の歴史』で後三条天皇に使えた大江匡房の話をよんだところだったので、ちょっと深く考えてしまった。人が文章にして残すのは、実は、真実の吐露ではないものだけかもしれない・・・・なんて。

 

とても中身が濃いし、小林秀雄の作品を読んでいないと何をいっているのかわからないところのほうが多いとおもうけれど、これは、これは、、、私には大いに助けになる一冊だった。まさに、「恵み」である。

 

橋本治の恵み」がここにある。

彼の作品、他にも読んでみよう。

 

そして、『本居宣長』は、何度でも読み返してみようと思う。まだ、ブログにかけるほどの理解に達していない。いつか、、、自分の言葉で語れる日が来たら、、、書いてみようと思う。10年後かもしれないけど。。。

 

 

『経済と道徳』  by 渋沢栄一

経済と道徳
渋沢栄一
徳間書店
2020年2月29日 

 

2024年7月3日に、一万円、五千円、千円、新しい日本銀行が改刷された。渋沢栄一北里柴三郎、津田梅子。ってことで、渋沢栄一について話題になっているので、改めて彼の本を読んでみた。一番有名なのは、論語と算盤』だろう。サラリーマン時代に読んで、「お金を稼ぐのは賤しいことではない」とはっきりと言い切る姿勢に、強く共感した。読み直そうと思って、自宅を探してみたけれど、みあたらず、、、。。とりあえず、図書館で借りてみようと思った。図書館で「渋沢栄一」で検索すると、2020年出版という本書がでてきたので、こちらを借りてみた。

 

渋沢栄一」の人物像についてなら、『渋沢栄一 天命を楽しんで事を成す』がわかりやすい。

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『経済と道徳』は、渋沢栄一本人の言葉。

 

「はじめに」によると、
”本書は、渋沢翁頌徳会が生前の渋沢栄一の口述をまとめ、死後7年にあたる昭和13年(1938年)に出版した『経済と道徳』を再刊したものである。”とのこと。

つづく、刊行趣旨には、明治維新のさなか渋沢栄一井上馨とが、大蔵省と各省との間の財政意見相違の結果、政府に異を唱える建白書を叩きつけて野にくだった事件が紹介されている。その時の渋沢栄一の言葉がある。

 

「予は従来商業において経験に乏しといえども、胸中一部の論語あるあり、論語を以って商業を経営し邦家の降盛に資せむ」

 

そして、それ以来、終始一貫、論語主義を標榜して、日本の実業界発達に貢献した。

目次には、各項のタイトルがずら――――っと並ぶ。
論語と算盤一致論
富者の要務
堅固正当な目的を持て
天は自ら助くる者を助く
・・・・・・・go on and on・・・・・

 

ということで、目次を見るだけでも、渋沢さんの言ったことの概略が掴めるようなものになっている。余りに多いので、ここでは目次の紹介は割愛。236ページの本なので、それぞれの項は、数ページ。とても読みやすい。だいたい、口述したものを聞いたメンバーが文字におこしているのだから、わかりやすいに決まっている。

 

感想。
うん、これはいい。


これは、『論語と算盤』よりも読みやすいし、晩年に渋沢さんが語ったことなので、包括的であるように思う。結構、おすすめ。しかも、要点ごとに上手くまとめてある。

俯瞰してるといえばいいだろうか・・・。時々、個人に対する評価のような言葉も入っていて、なかなか、、、楽しい。物事には、裏も表もあるので、渋沢さんが語っていることだけを見ても、物事の核心はわからないかもしれないけれど、そういう時代だったんだなぁ、、、という感じも楽しめる。西郷隆盛大久保利通木戸孝允、それに対して、勝海舟に関するコメントは、なかなか手厳しい。。。。それもまた、楽しい。

 

50代の私だから、本当に心からうんうん、そうだね、っておもえる。でも、若い時にはわからなかったんだよねぇ、、、ということもたくさん。あるいは、あの時代だから、、、という考え方も中にはある。戦争について完全否定はしていないし、欧米流を利己主義と言い切っているし。

 

本書の中で語る渋沢さんは、自分の過去を振り返って、若い時の過ちを認めている。農家出身の栄一は、武士になる夢をもち、尊王攘夷に染まって、攘夷の実行計画をたてたことがある。でも、仲間の反対で、結局のところ未遂におわるのだが、、、。その時の自分の未熟さを素直に認めている。間違ったり、くじけたり、、、負けも知っている栄一。そして、その後、徳川慶喜に仕えることとなり、1867年、会計係兼書記として(要するに雑用係)、パリに行く。パリに行っている間に、江戸幕府は消滅・・・。でも、驚かなかった、と。

 

各項に、共感できる言葉がたくさん残されている。でも、一番は、最後の「健全なる精神は強壮なる体力に宿る」という中で言っている、長生きして活躍し続ける秘訣について、かな。

”・・・・ゆえに心を平和に持つことが肝要である。こうすれば90までは働けるという説である。
 その他細目にわたっては、運動を継続すること、よく寝ること、便通をよくつけること、水をよく吞むこと等にあるが、これは誰の考えも同様であろうと思う。私もこの考えで働いているのであるから、この分では100歳までも活きられそうである。”

と、終わる。

 

大事なのは、
”運動、寝る、便通、水分”

いやぁ、、令和の時代も同じだよ。と、おもわず笑いながら本を閉じた。

 

本妻以外にも多くの婦人に子どもを産ませた、、、と言われる渋沢栄一だけれど、論語を大事にするという「自分の道理」を持ち続けた人。お孫さんだという人の話によれば、家族だからって全然贅沢なんてなかった、と。岩崎弥太郎とは目指す方向が違ったのだ。本書の中でも、弥太郎との決裂についてでてくる。まぁ、どちらも日本が経済的に豊かになることに貢献したのは間違いない。でも、人を育てたのは、渋沢栄一だったのかもしれない。ま、子どもも多いしね。

 

彼が一点の曇りもない完璧な人だったら、人はこんなに渋沢栄一を愛さなかったのではないだろうか。自分の道理を貫く頑固さがありつつも、それが、世のため、人のためであるべしという絶対的核心をもち、ちょっと女にはだらしがない、、、なんてところも、人間として魅力があったのだろう。そして、そんな栄一を支えた妻もすごい。やはり、家庭という帰る場所があっての明治の男、かもしれない。

 

いいな、と思ったところを覚書。

「堅固正当な目的を持て」より
 仕事をするには、官あるいは会社に務めること、あるいは独立事業することの二種類しかない。人の才能境遇によって、吟味すべきことで、”かくかくにせねばならぬと確定して論ずることはできない。”

 

「天は自ら助くる者を助くる」より
  ”自分の不遇をかこち、他人の出世を羨む人があるが、これは大きな誤りである。 人間の立身出世というものは与えらるるものではなく、 自から築くべきものである。”
” 不平を並べたり憤慨したりする前に、まず自分の磁石力が果たして十分であるかどうかを顧み、なお一層 その磁石力を強大にすることに努力すべきである”

ここでいう磁石力とは、良い磁石が自然にたくさんの鉄を吸収するように、先輩同輩から信頼され、世間から信用されるからこそ良い仕事を惹きよせるような力。

 

・「現代青年の短所と通弊」より
功を焦りすぎるのは、良くない。また、新しい教育を受けた人がすぐに「老人の言う事は古くさい、時代遅れだ」と排斥するのも間違っている。時代によって、思想がかわるのは当然であるが、”人倫の 道徳というものは水の流れのように雑作なく動くものではない。”
” 何事でも新しいことでさえあれば良いというような間違った考えを持って鵜呑みにし、よくかみしめて咀嚼、消化することせずにこれを取り入れることは、最も慎まなければならぬことであると思う”

 

・ 「 堪忍強くなるように修養した体験」より
堪忍は、重要である。
徳川家康論語に親しまれた人だけあって、その感化を受けたと見え「 勝つことを知って敗ることを知らぬは不幸である」といい、「 人の一生は重荷を負うて遠き道を旅するが如くものである」といい、忍耐の必要であることをとき、 そして 堪忍は無事長久の基であると言っている。”

 

・「真の成功とは何か」より
”人は誠実に努力して運命を俟つに如くはない。 もしそれで失敗したら、自身の智力の及ばぬためと断念し、成功したら自分の才智が活用されたとして、その成敗の如何にかかわらず、天命に安ずるが良い。”

 

・「対支政策の根本義」より
” およそ人と人との交わり敬するということと愛するということ、即ちこの敬愛の情なくして交誼を保つということは出来得べきはずがない。”

 

「事業経営に必須の条件」より
 1、その事業が、今日の世の中に必要であること
 2、道理上正しく、かつ社会に必要で、時代に適応していること
 3、資本が確実に得られる成算があること
 4、事業を営むにあたって、首脳となり全責任を負い、十分信頼するに足る人物があること。

 

そして、最後は、運動、寝る、便通、水分、と。

今の令和の世でも十分に参考になる言葉が山盛り。
それでいて、そんなに、お説教くさくない。そういうところが、渋沢栄一のよいところだ。あくまでも、1人の人間として、上から目線になりすぎることなく、本当に心からの言葉が綴られている。そんな感じの一冊だった。 論語主義ってことか。

 

わりと、さらっと読めて、お手軽な一冊。

こういうこと、さらっと言える人が今はなかなかいないなぁ、、、なんてことも思った。

 

読書は、楽しい。

 

 

 

『マンガ日本の歴史12  傾く摂関政治地方の社会』  by 石ノ森章太郎

マンガ日本の歴史 12
傾く摂関政治地方の社会
石ノ森章太郎
中央公論社
1990年 10月5日 初版印刷
1990年 10月20日 初版発行

『マンガ日本の歴史 11 王朝国家と跳梁する物怪』の続き。

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藤原道長による藤原家の繁栄に陰りが出始めるところ。

 

目次
序章 かける望月
第一章 平忠常の乱
第二章  自立の動き、寺社勢力
付章 荘園の乱立
第三章 前九年の役から後三条親政へ

 

藤原道長が死んでから半年後の1028年(長元元年)6月、東国から、 前上総介平(さきのかずさのすけ)の平忠常(たいらのただつね・平将門係累)が、叛乱をおこしているとの報告が内裏に届く。

 

時の関白は、 藤原頼道(37歳・道長の長子)。平将門の乱から100年たっても、将門の怨霊が、、、と。このころ、東国だけでなく、全国のあちこちで地方軍事貴族や豪族が現れて、国司を無視して公事(納税)をも無視する風潮がひろがっていた。

道長の時代の望月は、欠け始めていた・・・。

 

忠常の反乱は、上総国全体におよび、筑波山のあたりから、房総半島の先っぽまで。国司たちは、妻子の命をまもるために、忠常の配下に入ることもあり、勢力はどんどん広がった。

この忠常反乱に対して、だれを追討使として派遣するか、、という会議が開かれた。話し合いに参加したのは、

右大臣:藤原実資(さねすけ)72歳
内大臣藤原教通(のりみち)33歳
大納言:藤原斉信(ただのぶ)62歳
と、藤原筋のものたちばかり。

候補は、
満仲(みつなか)と子どもたち。頼光(よりみつ)、頼親(よりちか)、頼信(よりのぶ)。

頼長に頼めばまちがいないが、それでは「源氏」の一族の名がますます高まってしまうのが藤原たちは面白くない

そこで、
平直方(たいらのなおかた・右衛門尉検非違使)と中原成道(なかはらなかみち・右衛門志検非違使)の二人あわせれば一人前ということで、ふたりが200人の軍勢で東へ向かう。

忠常の夜襲によって、追討軍は崩れ、なかなか功をおさめることができなかった。中原成道は、追討軍を解任され、叛乱は長期化。

関白頼道は、こうなれば頼信にたのむしかない、、、と断念。

 

頼信は、満仲の子。満仲は、経基公(清和天皇の孫)の子。このころ、平氏が東国を固めていたのに対して、源氏は藤原氏にとりいることで、都の武者としての繁栄の道をもとめていた。経基公を始祖とするこの一族は、「清和源氏とよばれていた。源氏が活躍し始めるきっかけが、この平忠常の乱。そして、前九年の役後三年の役の平定においてもこの源氏が活躍することとなる。

 

頼信は、籠る忠常に対して長期戦に持ち込み、自滅をまった。3年に及ぶ戦乱は、上総、下総、安房の三国を疲弊させ、住民は他国へ離散。忠常は、出家し、とうとう頼信に降伏した。

 

とうとう、忠常を打ち取った頼信だった。そして忠常のような地方の豪族は、朝廷にはかなわない、源氏はますます力を増すだろう、、、と人々は思うようになった。

 

後に頼信ら清和源氏は、八幡神氏神と仰くようになる。頼信は、武芸をもって朝廷に仕えているものの、真につかえるべきは「神」であり、係累の発展をねがった。武士による統治の野望を最初に抱いたのは、頼信か?!

 

1036年(長元9年)、後一条天皇(68代・一条天皇と彰子(道長の子)の子)が病没。弟の敦良親王後一条天皇と同じ、一条天皇と彰子(道長の子)の子)が即位し、後朱雀天皇(69代)となる。

 

禎子(ていし)内親王(三条帝の皇女)が、中宮となり、すでに尊仁(たかひと)親王をうんでいた。

頼道の妹にあたる藤原嬉子(きし)は、後朱雀天皇の子親仁(ちかひと)親王を生んで、なくなっていた。

 

藤原頼道と頼宗(頼道の弟)は、なんとか藤原家の血を濃くしようと画策するが、なかなか藤原の血の親王が生まれない。女たちは、子どもを授からないことに苦しみ、子どもを産む道具として使われることを嘆いていた。

 

と、そのころ、南都では武士勢力の伸長とあわせて、寺社勢力も跳梁が目立つようになってくる。

東大寺vs興福寺比叡山延暦寺、など宗教を重視する人々の戦い。農民は、横暴な国司を訴えても改善されないことから、郡司や寺社を味方にする。朝廷も、神仏に刃をむけることができなかった。そして私有地である「荘園」が乱立していく。

 

1050年(永承5年)、陸奥国士が安倍頼良(あべよりよし)の反乱によって倒されるという事件が起こる。前九年の役の発端。安倍にしてみれば、強欲な国司が悪者を倒して農民を味方としたのだった。

反乱をしずめるため、朝廷はふたたび源氏の力にたよる。陸奥守鎮守将軍として贈られたのは、頼信の息子、頼義(よりよし)安倍頼良(頼義と同じヨリヨシを頼時と改名)は、頼義と争うことを避け、共存していく道を選ぶ。しかし、頼時の息子が頼義の軍を夜襲するという事件をきっかけに、頼義と頼時は戦いをまじえることとなる。頼義の子・義家も参戦するが、戦死との誤報もまわった。

戦いは、長くつづき、1062年、ようやく〈前九年の役〉は、終焉。

長く続いた戦で、安倍氏は滅び、頼義・頼家には、諸国から多くの兵士が集まることとなった。

 

1068年、後冷泉天皇(嬉子の子)が病没。尊仁親王(35歳・禎子の子)が、後三条天皇(71代)として即位。藤原氏外戚としない天皇は170年ぶり。

 

すでに35歳と壮年である後三条天皇は、摂関政治に頼ることなく、親政をおこない、政治の刷新をうちだす。「延久の荘園整理令」では、公領の回復につとめた。
そして、摂関政治の影響をさらに弱めるために、即位から4年で、貞仁(さだひと)親王に譲位する。白河天皇(72代)の誕生。

 

後三条天皇は、摂関家を抑え、院政(院(上皇)が全権を揮う政治スタイル)を生み出していった。

 

藤原氏は面白くない、、、そして、、、13に続く。

 

 

 

『ライオンのよいいちにち』 by あべ弘士

ライオンのよいいちにち
あべ弘士
佼成出版社
 2001年1月30日 第1刷発行


『世界をひらく60冊の絵本』(中川素子、平凡社新書)の 「第五章  ジェンダーについて考える」からの紹介本。図書館で借りて読んでみた。

 

なんともすっとぼけた様な、居眠り中のライオンの表紙の絵。いわゆる子ども用の絵の具で下書きなしに絵の具だけで描いたような、素朴、だけれど色彩の鮮やかな絵。本のタイトルも同様に絵具で手書きなので、なんとも、アナログ感というか、手作り感漂う感じ。

 

作者のあべさんは、 北海道旭川市に生まれる。 25年間 旭川市旭川動物園に飼育係として勤務。現在は 絵本を中心に創作活動をしている。

そうかぁ、なるほど!!!
で、動物のお話なんだ!

って。
また、もともと絵の勉強をすごくしたということではなく、好きで書いている人なのだろう。その、個性的なというのか、独特のへたうまというのか、、それでいて、動物たちの描き方が生き生きしていて、元気がある。

 

お話は、 ライオンのお父さんが子供たちを連れて、お散歩に行くというシンプルなこと。

 

さんぽしてしばらくすると、イボイノシシにあう。イボイノシシも子どもを連れている。

「あーら ライオンさん、どちらへ?」
「さんぽで ござる」
「おこさんつれて うらやましいわ。
 うちの おとうちゃん、こどもたちなんて ほったらかしよ」

でも、
(わしは、こどもと さんぽするのが すきなだけだ。
 よけいな おせわなのだ。)
と ライオンは思う。

 

同じように、行く先々でであった他の動物たちに、「子守りをするのはえらい!」ってなことを言われる。「かんしんね」なんて褒められたり。

ライオンは、好きだからしているだけなんだけどなぁ、って思う。


サバンナの風景には、七面鳥?、シマウマ、ムー、ヒョウ、ゾウ、と様々な動物に、植物。遠くの方では、スコールと思われる雨雲と雨。青い空と白い雲。

 

ライオンは、おきにいりの岩をめざす。
なんたって、見晴らしはいい。そして、日陰もあるし、風がよく通る最高の場所。

岩につくと、ライオンはうとうとと居眠り。子どもたちも、おやすみ。

 

しばらくすると、いい音が聞こえてくる。
ポンカコ カンポコ コンココ トンカポ カンポパ ポンカコ

 

モンキーがたたく石太鼓の音。

「あっ すみません。 起こしてしまいました。」
「なあに わしは きみの その石太鼓のとがすきで
 ここに きたようなもんじゃ。そのまま つづけてくれんかのう」

 

いつのまにか、夜空に月が浮かんでいる。

 

月明りでできる影の描き方が美しい。なんてことない黒い影なのに、澄み渡ったサバンナの空で輝く月の魔力を感じるページ。すごいな、この作者、、と思う。

 

そして、池には鯉が一匹。

ライオンは、

「おっ うかびました。
  いけの鯉 黒いうろこは 月のかげ
 うん なかなか」

と、一句詠って、自分で感心する。

 

「もう一つ うかびました
 カバあそぶ せまいお池に 月ゆれる」

また、このページも美しい。池に月明かりが反射していて、、、まさに、天使の通り道。

 

月の輝く夜のページで、とつぜんこどもがさけぶ。

「あっ、かあちゃんだ」

みるとシマウマを追っている。

ライオンは、そこでも一句。
「ゆれゆられ しろくろシマウマ 月の下」

月、ますます かがやき、石太鼓の音、草原を わたる。
ライオンは思う。
(きょうも よい いちにちであった)

おしまい。

 

最後のページは、岩の上にいるライオンのお父さん、サバンナの草むらに降りた子どもたち、そして、木陰で仕留めたシマウマの横に座るライオンのおかぁさん。

 

月は空に浮かんでいる。
池にはもうだれもいない。
月明かりの反射だけが美しい。

 

なんて、、、シンプルで、潔い一冊でしょう。

 

あべさんは、きっとサバンナにいったことがあるんだろうなぁ、って思った。
どの景色も、べたな絵具の絵だけれど、うまい!!


昼はサバンナの乾いた風を感じるし、夜のシーンは月と水面にうつる影で吹き渡る風を感じさせる。

でもって、なぜか、サムライ言葉なライオンも楽しい。

「さんぽで ござる」ときたもんだ。

きっと、このライオンは、お礼をいうときには、
頭を垂れて「かたじけない」というに違いない。

 

こういう、言葉の使い方もなんともほのぼの感があって、楽しい。

これ、英語に翻訳したら、どう表現するかなぁ、、、っておもっちゃう。

さんぽでござる。
A walk, that is.

って感じか?
でも、”ござる”感が、、、出ていない・・・。

 

シンプルなだけに、言葉使いの妙もあるな、って思う。
これが、「散歩です」じゃぁ、散歩ののんびり感がでてこない。

でもって、一句うたっちゃうなんて、楽しいじゃないか。

やっぱり、日本人は詩なのか。

 

いやぁ、、、日本語は楽しい。

 

絵本は、楽しい。

 

そして、「子守りして、えらい」と言われる世のお父さん、子守りするのが当たり前と思われる世のお母さん、まだまだいるんだろうなぁ。。。

褒めることはいいことかもしれない。でも、当たり前のことをしているだけなのに、他人に褒められると、あれれ?って思う。
当事者間で、「ありがとう」の言葉があれば、それでいいのかもね。
当たり前だったとしても、「ありがとう」は、出し惜しみなく。 

 

 

『エリックとマチルダ』 by オーマイガー 止めたらすぐに暑くなる

エリックとマチルダ
ミーシャ・リヒター 作
みつじまちこ 訳
新教出版社
2023年2月28日 第1版第1刷発行
Eric anc Matilda (1967)

 

『世界をひらく60冊の絵本』(中川素子、平凡社新書)の 「第三章 恋するとは」からの紹介本。図書館で借りて読んでみた。

 

最後に「訳者あとがき」があり、そこで、作者ミーシャ・リヒターについて紹介されていた。

 

ミーシャ・リヒターは、1910年、ウクライナハルキウ生まれ。7歳の時に、ロシア革命を逃れて、ポーランド、そしてアメリカへと渡った。 ボストンのミュージアム・スクールとイェール大学で美術を学び、公共事業促進局の壁画作成に従事した後、1942年から雑誌 『ニューヨーカー』風刺漫画を寄稿するようになる。2001年に90歳で亡くなる前年まで書き続け、作品の総数は1500以上。

 

雑誌『ニューヨーカー』は、先日読んだ 村上春樹柴田元幸の『 本当の翻訳の話をしよう』の中でも出てきて、掲載されている小説も面白そうだったので、ちょっと気になっている。手にしたことはあるけれど、ちゃんと読んだことはなかったし、風刺漫画なんて気にしたこともなかった。こんど、実物を手に入れてみよう。

 

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リヒターの絵は、どこかで見たことがあるような気もする。と、それくらい、シンプルでいて、躍動的で、印象に残る。

 

物語は、 いたってシンプル。 主人公はユキダチョウのエリック。たくさんの仲間がパレードしているなかに、可愛い女の子、マチルダを見つける。エリックは、マチルダに恋をしている。
 
エリックは、パレードに加わって、マチルダに気が付いてもらおうと、一生懸命目立とうとする。後ろを向いて歩いてみたり、逆立ちしてみたり、歌ってみたり。

でも、マチルダはまるで気が付かないみたい。

色々ためしてみても、気が付いてもらえないエリックはしょんぼり。。。一人、パレードから抜ける。

 

エリックは、森の賢者のフクロウに相談してみた。

「だいすきだよって ことばで つたえればいいのじゃないかね?」

 

エリックが「だいすきだよ」をつたえようとパレードに戻ってみると、みんなは飛び立っていくところだった。

「マチルダ まってよ。 ぼく、きみのことが だいすきなんだ」

 

チルダは振り向いて、
「エリック!」と叫んだ。

 

チルダは最初から、エリックのことをわかっていた。エリックがいろんなことをしているのも知っていた。

でも、わたしのことが だいすきだってことは、さっき ことばでつたえてくれるまで しらなかった。 わたしも あなたが だいすき

 

そして、ふたりは、つばさとつばさをよせあって、南へととんでいきました。

おしまい。

 

大事なことは言葉にして伝えないとね。

 

絵は、黒の筆のような線で描かれ、エリックとマチルダのくちばしにだけ色がさしてある。黄色と赤色と。絵というか、イラスト。迷いなく、心の赴くままに筆を運んだって感じの勢いがいい。描けそうで、なかなか、描けないタイプのイラスト。線だけで、動きを表しきっている。1967年出版というから、50代の時の作品だろうか。きっと、思いついてすぐに作品にした、って感じかな。

 

お話も、シンプルだけど、うんうん、そうねそうね、って。
そして、エリック、よかったね、って。

 

気づいてほしくて、目立とうとする若者にありがちな行動。よくわかる。でも、やっぱり、言葉でないと伝わらないことがある。ガチョウの世界もそうなんだね。

がぁがぁ。

 

大事なことは、言葉でつたえよう。

ありがとう、ってね。

 

絵本は大事なことを伝えてくれる。

絵本は、いいね。