『ダメ女たちの人生をかえた奇蹟の料理教室』 by キャスリーン・フリン

ダメ女たちの人生をかえた奇蹟の料理教室
キャスリーン・フリン
村井理子 訳
きこ書房
2017年2月7日 第1刷発行
2017年7月24日 第4刷発行
The Kitchen Counter Cooking School
How a Few Simple Lessons Transformed Nine Culinary Novices into Fearless Home Cooks
(2011)


新聞の広告で、あのベストセラーがついに文庫化!みたいな文字がおどっていた。ってことは、単行本はもう古い本のはず。とおもって、図書館で探したらすぐに借りられた。

表紙の裏には、
”食べることは、生きること。
料理ができない、そのせいで、自信を持てなくなっていた。
年齢も職業もさまざまな女たちが、励まし合い、泣き、笑い、野菜を刻む。
10任の人生をかけた、リベンジがはじまる。”
と。

著者のキャスリーン・フリンさんは、37歳でフランスのル・コルドン・ブルーを卒業後、米国に帰国。2007年、ル・コルドン・ブルーでの体験をつづった、『36歳、名門料理学校に飛び来む! リストラされた彼女の決断』(野沢佳織訳、柏書房)がニューヨークタイムズ紙のベストセラーに選ばれた。ライターであり、ジャーナリスト。

本格的料理を学んでいながら、シェフとしての道ではなく、ライター、ジャーナリストとしてのキャリアを伸ばしていく。『36歳、名門料理学校に飛び来む! リストラされた彼女の決断』で、どんな決断が語られているのか、ちょっと興味津々。

 

目次
PROLOGUE スーパーのカートには人生がつまっている
PART1 泣き笑い、料理する、その心にはいつもパリ
PART2 加工食品はもういらない、なんだってイチからカンタン
PART3 ほんの少し買い、たくさん作り、捨てない幸せ
レシピ

 

感想。
うん、なるほどね。なかなか面白かった。お料理は、素材が大事。そして、こう作らなきゃいけないとか、レシピに忠実にならなきゃいけないとか、料理の奴隷になる必要はない。自分流でいいのだ。自分の好みにつくればいい。

でも、大事なのは、身体が知る、本当のおいしさを知っていること。加工食品、ファストフードの味ではない、本当の素材のおいしさ。家庭でつくれば添加する必要のないものが添加されているのが加工食品。パンだって、室温に置いておいてカビないパンは、必ず防腐剤が入っている。自分でパンを作ってみればわかる。すぐ乾燥するし、かびる。

 

本書は、スーパーで加工食品を山のように買い込む客をみた著者が、
「もっと料理をしたい、って気持ちにさせられるレッスンをしてみよう」と思いついたことをきっかけとする料理教室の話。


断捨離トレーナーが、お宅訪問をしてクローゼットを見せてもらって指南するように、キッチンを見せてもらって、料理を指南する、っていうアイディア。

 

そして、何人かのキッチンを訪問し、そのうち10人の料理初心者が、著者の企画した料理教室に通うこととなる。最初は、男性の候補者もいたそうだが、辞退されたので、結果的に女性が10人で教室は始まる。場所は、ケータリング業者が所有しているキッチン。


まずは、包丁のレッスン。どうして安物の包丁より、それなりの重さのある包丁の方が良いのか、鋼の包丁がいかに優れているか、どう握るのか、、。何より、自分の包丁をもってきてもらったところ、普通の万能包丁をもっていたのは1人だけ。普段料理をしていない生徒たちは、包丁が怖いとか、あんまり使わないから安いものでいいとか、そもそも、料理に適した包丁を持っていなかった。

 

包丁は、柄の近くにボルスター(つば)と呼ばれる金属の厚みの部分があり、それが柄のどこまで伸びているかによって、包丁のバランスを取るようにできている。だから、柄に数センチしか中子(柄に入っている部分)が入っていないとバランスの悪い、使いにくい包丁となってしまう。

 

なるほど、そうだったか。。。。
私は、20代の頃に知り合いの方から頂いた本格的な鋼の包丁セットを、今でも愛用している。見てみると、柄の中に半分以上の長さで中子が入っていた。なるほど、使いやすいはずだ。

包丁は、本人が使いやすいと思えることが大事なので、何本も購入するより、本当に使い勝手のいいものを1本そろえてほしい、とのこと。

 

料理の基本は、包丁から。なるほど、なるほど。

そして、野菜の切り方の練習。お肉とは、もともと生きている動物であるということを再認識するために、丸鳥の解体。最初は、ズッキーニを角切りにすることすらままならなかった生徒たちは、最後は鮮やかな包丁さばきで、あれよあれよと料理をするようになる。

 

面白いと思ったのは、塩、チキンスープ、トマト缶など、素材のテイスティング比べ。購入した様々なブランドのこれらをなめ比べてみて、みんなはじめて色々な味の違いに気が付く。そして、それを言葉で表現することで、人と感想を共有し、互いに、意見交換ができるようになっていく。塩をなべくらべることなんてなかなかないだろう。いや、チキンスープだって、トマト缶だって、その時に使うのは1種類で、多数を比べてテースティングというのは、結構貴重な経験だ。ワインだって、スクールなら一度に色々テースティングして比べられるけれど、普通、自宅で開けるのは1本ずつだろう。。

 

で、大事なのは、使用する前に、味見するということ。塩だって、それぞれ味があるのだ。普段、塩を直接なめることはなかなかないだろうけれど、とがった塩味、丸い塩味、雑味を感じる塩味、などなど、、、、色々あるのだ。

 

私の場合、勤めていた会社が食品会社で、社員として官能評価に駆り出されることがあったので、素材の味比較をしていた経験があり、なんとなく、塩のテースティングというのもわかる。もしも、やったことがなければ一度やってみると面白いと思う。

 

チキンスープに関して言えば、自分でつくったスープストックと比較してみると、いかに市販されていチキンスープ缶やレトルトは、塩分過多かがわかる。そんな実験もしている。

生徒たちは、さまざまな素材をテースティングすることで、いかに、加工食品には添加物が多かったのかということに気が付き、自分で料理することの大切さ、そして、健康的な食事がもたらす身体の快適さに気づき、料理に目覚めていく。

 

生徒それぞれのプライベートでの課題なども時にコラム的におりこまれていて、普通の身近な人々が料理に目覚めていく進化?!が楽しく、あっという間に読み進めることができる。

 

いやぁ、やっぱり、料理でしょ。
私たちの体は、私たちが食べたものでしかつくられない。


あぁしなきゃいけないって囚われる必要はなく、試行錯誤で料理してみればいいのだ。

「失敗したとしたって、人生無数にある食事のうちの、1回じゃない!」って。

 

食べ残しも良くないけど、冷蔵庫で腐らせてしまう食材も、お金も資源も無駄遣いになってしまう。少なく買うことも大事、ということ。

料理をしない人ほど、大量に買った方が割安だから、、、と、大量に買い込み、結局つかわずに廃棄。、、、ってことがあるらしい。

 

私は、比較的料理は良くするほうだけれど、それでも冷蔵庫の中で、ミイラになった野菜がでてきたりすることがある。たくさん買って、たくさん冷蔵庫に突っ込むから、野菜が重なって、奥のものが忘れられていく、、、、。

風通しの良いクローゼットのように、見通しの良い冷蔵庫って大事だね。
なかなか、面白い一冊だった。

 

でもね、、、実は、なんか、読み終わって、違和感があったのだ。。。。なんだか、素直に料理の話だけではない違和感が、、、、。

 

表紙の写真を撮っていて気が付いた。
いったい、なんで「ダメ女」なんていうタイトルにしたんだ????
原作には、「ダメ女」なんて一言も出てこない。料理初心者というだけだ。でもって、表紙のイラストも日本人が書いたもの。原作は、エプロンが並んでいるだけなんですけど???

どう考えてもジェンダー意識なさすぎでしょ。料理ができない女=ダメ女、みたいな。料理ができないくらいで、ダメ女とか言われたくないでしょ。なんか、、、日本の出版元に対して、ちょっと、いやぁな印象を持ってしまった。

かくいう私も、「ダメ女たちの人生をかえた」というタイトルに惹かれて本書を手にしたような気もするんだけどね。

ただ、原作には、「ダメ女」とは出てきません。映画のタイトルも、本のタイトルも、日本語にしたとたんに、なんか、センスない、、、っておもっちゃうことって結構あるのよね。人の眼を惹こうというマーケティング根性丸出し、、、みたいな。。。どっかのコンサルティングに言われて、AIDMA徹底して頑張りました!みたいな・・・。

 

AIDMA(アイドマ):1920年代にアメリカのサミュエル・ローランド・ホール氏が、販売・広告の実務書で提示した広告宣伝に対する消費者の心理プロセスを、体系化したフレームワーク

 

人の眼をひくタイトルにすることだけを考えているような恣意的なものを感じてしまった。

 

私が、著者のフリンさんだったら、こんなタイトル、許可しないなぁ。。。

邦訳のタイトル以外は、良い本だった。 

 

やっぱり、料理は楽しいし、体にいいし、コスパもいい。

私が料理好きな理由は、やっぱり、自分で作ったもののほうが材料の正体がわかっていて、かつ、美味しいし、安いからかな。

 

料理の奴隷にならずに、料理を楽しもう!!

 

 

 

『アプリイ・ダプリイのわらべうた』 by ビアトリクス・ポター

アプリイ・ダプリイのわらべうた
ビアトリクス・ポター さく・え
なかがわりえこ やく
福音館書店
1993年5月20日発行
2002年10月1日 新装版発行
2019年11月5日 新装版改版発行
ピーターラビットの絵本-22

 

ピーターラビットシリーズ、22。

おっと!前回間違えて23を先に読んでしまったらしい。と、こっちを手にして気が付いた。

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まぁ、シリーズ22も、わらべうた。

似たようなもんだった・・・。

 

”アプリイ・ダプリイは、ちっぽけな ちゃいろいねずみ。
だれかさんの おうちの とだなへ おでかけ”

って、ようするに不法侵入だ!

そして、とだなからケーキ、チーズ、ジャム、、、ねずみの好きなものばかりを盗み出す・・・。

 

”アプリイ・ダプリイは めざとい ねずみ”って。
わらべ歌に、「めざとい」ってば・・・

ちなみに、「めざとい」って、原文では何だったんだろう・・・。
和英辞典だと、sharp-eyed とでてくるけど、なんかしっくりこない。
quickly-notice とかだったのかなぁ、、、、。

あ、、、そうか、「めざとい」だ。そんなに悪い言葉ではないか。

一瞬、頭の中で、「あざとい」とコンタミした・・・。でもって、「あざとい」って直訳できる英単語はないみたい。

 

そして、次に登場するのは、カトンテール。ピーターの妹!結構よく登場する。くろうさぎのところにお嫁にいったのよね。

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そして、くろうさぎさんに、はりねずみ、はつかねずみ。
くろいビロードのふくきた ちいさい じいさん、、、、

イラストによれば、モグラとおもわれる。。


じゃがいもをむいているブタ、ヘアースタイルをきにするてんじくねずみ。

 

てんじくねずみ?なんじゃそりゃ?
ググったら、天竺鼠、いわゆるモルモットのことらしい。

 

おめかししたてんじくねずみは、青いネクタイをして
おひげと おおきなボタンも、すごうく りっぱでしたよ。

ってさ。

 

ちゃんちゃん。

おしまい。

 

やはり、意味不明なわらべうた。

まぁ、わらべうたってそういうものなのか。

原稿のネタ切れで、こういう本になったのか?

 

けど、むりやり教訓じみたものをおしつけてこないのが、ピーターラビットシリーズのよいところ。やっぱり、好きだなぁ。

 

絵本も、好き。

 

 

 

 

 

『セシリ・パセリのわらべうた』 by ビアトリクス・ポター

セシリ・パセリのわらべうた
ビアトリクス・ポター さく・え
なかがわりえこ やく
福音館書店
1993年5月20日発行
 2002年10月1日 新装版発行
 2019年11月5日 新装版改版発行

ピーターラビットの絵本ー23

 

石井桃子さん翻訳の絵本をもとめて、読み始めたピーターラビット。気が付けば、訳者は石井桃子さんではなくなっていたけれど、シリーズ23。どうやら、現在、シリーズ25まで発行されているっぽい。そこまでは、読んでみよう、、、。

シリーズ23は、わらべうた。

 

なんじゃこりゃ?!?!?!
の、わらべうた。


なんというか、 脈絡なく、うたがつづられている。
絵が可愛い。

でてくる動物もたくさん。

 

表紙は、ブタがエプロンしてほっかむりして、鼻眼鏡しながらフライパンを抱えている。
タイトルとなっている、セシリ・パセリは、やどやのおかみ、うさぎだ。

”おいしい ビールをつくって のーませた。”

絵本で、いきなり、ビールつくって飲ませるだからね、やっぱり、大人な絵本。

 

不法侵入してくるガチョウ、市場に行くブタ、肉を焼くブタ、おイモばかり料理するブタ。


炉端でおめかししているねこは、犬のお客さんを迎えている。これは、リビーというねことダッチェスにちがいない。
『パイがふたつあったおはなし』(シリーズ19)

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おひゃくしょうのおくさんに追いまわされるねずみ。

 

おばさん ほうちょうを ふりあげて、三匹のねずみの しっぽを ちょん!

チョンって!!!おいおい!!

動物虐待!

 

そして、はたけをたがやす小さなねずみ。意味不明。

 

最後は、

”ニニイ ナニイ ネティコート、はいてる しろい ペティコート
おはなは あかい
ながく たっているほど
せが ひくくなるもの なあに?”

で、おしまい。

 

およよよ。。。
なんという、なげやりな、、、、でも、動物たちが可愛い。

 

さて、さいごのなぞなぞの答えはなんでしょう?

イラストにあったのは、ロウソクを囲んでいるねずみたち。
なるほどね。

 

あぁ、この、意味不明さが愛おしい・・・・。 

無になれる。

ちょっと、坐禅とにているかも?!

 

絵本も、好きだ。

 

 

『桃太郎のユーウツ』  by 玄侑宗久

桃太郎のユーウツ
玄侑宗久
朝日新聞出版
2023年12月30日 第1刷発行

 

日経新聞、2024年2月10日の朝刊に書評がでていた。


記事によれば、
”それぞれの話は喜劇あるいは悲劇へ。その結末には一点の純粋なるものが必ず置かれているように感じられる。玄侑さんの筆の魅力であるのだろう。現在が抱える生きにくさや困難の対岸へ少しでも通じていこうとする丹念な書きぶりに、言葉に出来ないぬくもりが宿り、静けさと美しさが残る。”と。

 

玄侑さんの本、私は読んだことが無い。
 
著者の玄侑宗久さんは、 1956年福島県三春町生まれ。慶應義塾大学 中国文学科卒業。 様々な職業を体験後、京都天龍寺専門道場に入門。現在は、臨済宗妙心寺派福聚寺住職。著書多数。

 

臨済宗、禅寺の住職。一時はTVにも欲出られていたのではないかと思う。震災後は、福島のために活動されているという印象を受ける。詳しくはしらない。
その、玄侑さんの本を初めて手にしてみた。6篇の短編集だった。

 

目次
セロファン
聖夜
火男おどり
うんたらかんまん
繭の家
桃太郎のユーウツ
あとがき

 

感想。
へぇぇ、、、、なんというか、しんみりしちゃうというか、不思議な気持ちに包まれる感じ。優しいのか?いや、なんか違う。最初の4篇は、今の日本を舞台にした話。お葬式が場面だったり、お寺が場面だったりで、なるほどお寺の住職をしている人が紡ぎ出す文章らしい。繭の家は今から100年後くらいの、震災や富士山噴火で東京が消滅してしまった後の世界の話で、SFみたい。ちょっと、不気味。桃太郎のユーウツは、桃太郎、、、そんなせちがない世界でいきていたか、、、みたいな、やるせなさ。。。

どのお話も、無表情でよんでしまう、、、って感じ。

 

これが、玄侑さんらしい作品なのかもしれないけれど、「ユーウツ」がシトシトと振り続けているような、、、、。

 

チョットだけネタバレ。

 

セロファン」は、たった4ページの物語。お葬式の棺の蓋のセロファンが、火葬したら棺の中の母の顔に溶けて貼り付けてしまうのが嫌だといって叫ぶ10歳の私。でも、シングルマザーであった母の死に泣けなかった私。そんな自分の姿を思い出している大人になった私は、祖母の葬式で同じようにセロファンが棺の蓋にあるのをみても、セロファンを取ってと叫ぶことはなく、、合掌し、涙を流した。

 

私は、このお話を少年のお話だと思って読んでいたのだけれど、あとがきをよんでいたら、「主人公の女の子」とでてきた。私は、10歳で、たった一人の親をなくす女の子の姿を想像したくなかったのかもしれない。私のかってな思い込み。玄侑さん自身が、棺のセロファンをなくしてほしいとおもっているそうだ。

 

「聖夜」は、お葬式の後の住職夫婦の話。それは、クリスマスイブのこと。人が人に届けたい愛は、イエスなのか、神なのか、仏様なのか、、、。いつもの日帰り温泉に車でよってみたものの、客がだれもいない。みんな、クリスマスでどこかに行ってしまった。震災のあとの福島を彷彿させる、ちょっと悲しく、寂しく。でも、明るく生きる妻と妻を大切にしている住職の姿に、ほっこりしたものを感じる。

 

「火男おどり」は、なぞの100万円のお賽銭をどうつかうか?と相談された住職の話。そのお賽銭をいれた人こそ、、、、、。震災、コロナ、孤独、、、それでも人は誰かのために何かをしたいと思うのだ。。。

 

「うんたらかんまん」は、本書の中で一番重い。実際にあった、一家惨殺事件をテーマにしているそうだ。孤児院で育った主人公は、自分の祖父がその犯人であり、死刑になったということをずっと知らずに生きてきた。そして、その真相をきいてしまう、、、という衝撃。。。

 

「繭の家」は、異様な近未来。富士山噴火、震災で壊滅的になった日本。人は人と接触することを禁止され、結婚してもいっしょに住むには国の許可がいる。出会いのチャンスもないので、AIによるマッチングで結婚相手をさがす。でも、結婚前に、徹底的な健康診断が行われ、感染症の疑いがあると結婚の許可はおりない・・・。ディストピア

「オーウェリアン」 (Orwellian)的。

 

話は飛ぶが、ジョージ・オーウェルの描く、ディストピア的なものをオーウェリアンというのだそうだ。先日、英語の先生と自宅にあるネット接続可能デバイスのはなしをしていて、彼は、「google home」、オーウェリアンだと言っていた。もちろん、『1984』も『動物農場』も、考えたくないディストピア

 

「桃太郎のユーウツ」は、桃太郎が生まれ変わっては〇〇桃太郎として世の中の憂鬱に対峙するはなし。そして、なんと、総理大臣テロ爆破計画に加担する桃太郎・・・・。


いやぁ、どれも、よくこんなこと考えるなぁ、、、って感じ。

 

読後に、なんともいえない、空しいような、無になってしまうような、色即是空。。。

そうか、こういうの、「ユーウツ」っていうのかな。。。っていう感じ。

 

心が元気な時に読む方が良い一冊かな。

 

住職という仕事は、人々の悲しみ、憎しみ、恨み、、、そんなものが渦巻く世界と隣り合わせなのかもしれない。そうでないと、こうもユーウツな物語は出てこない気がする。そして、その世界と、自分とを切り離して考える訓練ができている人かもしれない。共感しすぎれば、自分まで苦しくておかしくなってしまう。震災の報道をみていて、被災者ではないのに自分まで気分が落ち込んだり、体調不良になるというのは、一般の人にはよくあること。でも、住職のような立場の人は、おそらく、自分を切り離して考えられるのだろう。。。。訓練だよな、、、って思う。切り離すというか、世界の無を受け入れるというか。。。

 

スタンフォード大学の共感の授業』ででてきた、「共感づかれ」という言葉を思い出した。

megureca.hatenablog.com

 

自分のことと、他人のことと、切り離して考えるって、やっぱり大事かもしれない。。。

 

その訓練の一つも、坐禅かもしれない。。。

そういう強さみたいなものは、同じ、臨済宗全生庵の平井住職に感じることがある。

無を知るということ。

 

心身の鍛錬って、そういう境地にいたるっていうのもあるのかなぁ。。。。って思った。

改めて、悟るってどういうことなのかと考えさせられた一冊。

 

やっぱり、、、ちょっと、ユーウツながら、読書は楽しい。

 

 

『裏切り者は誰だったのか CIA 対 KGB 情報戦の闇』 by ハワード・ブラム 

裏切り者は誰だったのか CIA 対 KGB 情報戦の闇 
ハワード・ブラム 
芝瑞紀、高岡正人 訳
原書房
2023年9月5日第一刷
THE SPY WHO KNEW TOO MUCH  (2022)


 2023年11月25日 日経新聞の書評 に出ていた本。図書館で予約していたのが、ようやく順番が回ってきたので読んでみた。

書評にあったのは、
「本書は冷戦期米ソ間の熾烈(しれつ)なスパイ戦を描いたノンフィクションだ。大筋は米国中央情報局(CIA)に潜り込んだソ連国家保安委員会(KGB)のスパイが誰なのか、その真実を50年にもわたって追い続けたCIAの敏腕スパイ、ピート・バグレーの物語である。バグレーは2014年に亡くなっているが、膨大な調査記録を残しており、それら資料を基に聞き取り調査を行った、作家ハワード・ブラムの手によって本書が上梓(じょうし)された。」
という記事。

 

スパイ戦なんて、映画の世界だけかといえば、、そんなことはない。そして、デジタル時代の今とは違い、冷戦期の情報といえば、実際のブツかせいぜい電話、テレグラム。そういう時代に体をはったスパイたちの活動の物語。一応、ピート・バグレー(CAIソ連圏部)がのこした調査記録や、聴き取りによる情報をもとにした本で、ノンフィクション。ピートの動きやその時の心の動きなど、物語のように綴られている。

 

著者のハワード・ブラムは、 1948年生まれ。作家。 元ニューヨーク・タイムズ紙記者。 ノンフィクションを中心に多数の著書あり。邦訳出版されているものとして『暗闘』、『 ナチス狩り』、『 アウトゼア』、『オデッサ USA』などがある。

 

表紙をめくると、モノクロの写真資料のページが続く。スパイたちの顔写真、歴史的イベント、どれも、、、時代を感じる。1950年代から1990年代。もう、ずいぶん昔のような気もするし、たかだか数十年程度、ともいえる。

 

目次
登場人物
読者への注記
プロローグ  罪の重圧
第1部 「もう一度あの突破口へ突撃だ」 1977年ー1983年
第2部 スパイの家族 1954年ー1984年 
第3部 「モグラモグラで捕まえる」 1984年ー1987年
第4部 「 狙いを定める」  1987年ー 1990年
第5部 「月の裏側」  1990年ー2014年
エピローグ  秘密の重圧
情報源について

 

感想。
おぉぉ、、、こういう世界。。。。面白い、けど、とても現実のことのような気がしない。。。。あくまでも、ノンフィクションのはずだけれど、裏切りにつぐ、裏切り。 スパイのスパイ。。。どう考えても、ミッションインポッシブルな映画の世界の話の様で、、、フィクションを読んでいるような気になってくる。

 

登場するCIAやKGBの人の名前に馴染みがあるわけもなく、、、私にとっては、唯のフィクションのような気がしてしまう。でも、これがノンフィクションなのだから、、、ちょっと、うんざりというか、げっそりというか、、、わたしは、スパイになんかなりたくない。嘘なんてつきたくない。人をダマしたりしたくない。。。。

 

登場人物として、主人公になっているのが、デネット・ピート・バグレーという、元CIAソ連圏部副部長。CIAに”モグラ”が潜んでいるという確信をもっている。モグラっていうのは、二重スパイの裏切り者ってこと。ピートは、在職中から、CIA内で権力闘争のような腐敗がはびこり、”モグラ”によって仲間たちが死に追いやられている可能性を主張していたのだが、組織内ではパラノイア的だといって、逆に誹謗されてしまう。でも、ピートの勘は正しかった。ピートが、モグラの正体を暴きだすまでの物語、そして死んだことになっている仲間の死の不確かさなどが暴かれていく。

 

本書の中では、さまざまなスパイがでてくるのだが、中にはモグラとなったスパイもいる。かれらが、なぜKGBからCIAへ鞍替えしたのか、あるいは、なぜ東欧からアメリカに派遣されてCIAへもぐりこんだのか、、かれらがスパイの道を選ばざるを得なかった背景などが説明されている。

 

多くは、金銭的困難からというより、社会・政治的背景から、スパイになることでしか生きていく道が残されていなかった、、という残酷な人生の現実にあった。あるいは、スパイになったことで、自己の不安定性から精神崩壊にむかってしまうような逃避行動。

 

また、多くの夫婦スパイがいるというのも、驚きの一つ。隠れ蓑としての夫婦というのと、本当の意味でスパイ同士でしか分かり合えない故の夫婦とがいたようだ。

 

イーサン・ハントの妻じゃあるまい、、、、。スパイの妻なんて、やだな。。。イーサンの妻なら、絶対に守ってもらえそうだからいいか?!

 

って、そんな楽しいミッションインポッシブルではなく、ほんとに、インポッシブルで行方不明になってしまうスパイたち。。。

 

結局、CIAとKBGの闘いもあったけれど、組織内部抗争の被害者になってしまったスパイたちも少なくない。ピート自身も、CIA内の内部分裂に巻き込まれて冷や飯を食わされた時代もあった。

確執は時とともに深まり、 より苛烈で、より個人攻撃的なものになっていく。 幹部たちは事実関係を無視し、 極めて妥当な論理を検討することさえも拒絶する。そしてやり返すかのように オペレーションに関する決定が往々にして 派閥の論理で行われる。 事件に関する 緻密で客観的な分析は二の次になる。”
と。

 

いやぁ、、、組織内の抗争によって、客観的分析ができなくなり、本来あるべきミッションが忘れられていく、、、ってスパイの世界だけではない。世間でよく聞く話だ。。。


というか、最も客観的事実に基づく判断をもとめられるであろうCIAですら、そんなていたらくがあったのか、、とおもうと、、人の愚かさに、笑うしかない・・。いや、笑えない。

そして、
「希望的観測がはびこって」 誰も彼も楽観的なものの見方しかできなくなり、 厳しい判断を避ける。不都合な解釈 や恐ろしい解釈があれば 目をそらす。。。自己欺瞞・・・。

 

ピートが自分に、そして部下たちにも言い聞かせていたのは
「見てみぬふりだけはするな」
「嫌なにおい、不快なにおいがしたときに鼻をつまむな。」
ということ。

大事だねぇ・・・。
ほんと、大事だよ。

違和感を放置しない。
スパイに限らず、生きていくうえで「不快感」「違和感」に蓋をしてしまうのは、心身ともによろしくない。

読み終わって、なんだか、ふえぇぇぇ、、、、しんどい人生の人たちだなぁ、って、ちょっと疲れちゃった。
けど、途中で読むのを辞めよう、、、とも思えず、結局、通読。

重いなぁ。
フィクションです、っていってもらったら楽しめたかなぁ。

ケネディ大統領の暗殺についても、出てくる。

 

陰謀論とは 何か権力者共同謀議のすべて』によれば、ケネディ暗殺に関する調査書は2039年に公開される予定。

megureca.hatenablog.com


なにが、明らかにされるか、、、。
少なくとも本書の中では、犯人とされるオズワルドは、ロシアとの接触があった人物だったことが、記されている。

 

世の中、知らないですんだ方がいいこともある・・・・なんて思ったりした一冊だった。知らぬが仏が大事なことも、あるよね・・・・。

 

陰謀論的なものやスパイものがお好きなら、お薦めの一冊。

 

読書は、楽しい。

 

 

『大地の5億年 せめぎあう土と生物たち』 by 藤井一至(ふじいかずみち)

大地の5億年
せめぎあう土と生物たち
藤井一至(ふじいかずみち)
山と渓谷社
2022年7月5日 初版第一刷発行
2022年7月30日 初版第二刷発行

 

知人が、昨年読んで面白かった本として選んでいたので、図書館で借りて読んでみた。

 

表紙をめくると、
” 地球には 最初 土がなかった。
やがて地球上に誕生した生き物から土が生まれ、
現在に続く土と生命の物語が始まる。
土の中に残された多くの謎を掘り起こす
5億年の壮大なドキュメンタリー。”、と。

 

裏の説明には、
”今から5億年前、 地球上に「土」 が誕生した。 ひたすら土を食べて土壌を耕すミミズ、 岩を溶かすように進化したキノコ、 土で塩分を補給するオラウータン・・・・。 土は 動植物の躍進を支えるとともに自らも変化し、 恐竜の消長や人類の繁栄に大きな影響を及ぼしてきた。土の中に隠された多くの謎を スコップ 片手に掘り起こし、土と生き物たちの歩みを追った壮大なドキュメンタリー。文庫化にあたり、書き下ろしのあとがきを収録。”
とある。

 

著者の藤井さんは、1981年富山県生まれ。 2009年 京都大学農学研究科博士課程修了。 京都大学 博士研究員、日本学術振興会特別研究員を経て、国立研究開発法人森林研究整備機構森林総合研究所主任研究員。

かなりマニアックな、土研究者、、、って感じだろうか。かくいう私も、大学は農学部農芸化学科土壌学研究所に所属していたこともあるので、土について普通の人よりちょっと詳しいかも。。。

 

装丁がゴッホの絵っていうのもいい。『種まく人』。このころのゴッホの絵は、まだ明るい。。。。


目次
まえがき
プロローグ 足元に広がる世界
第1章 土の来た道:逆境を乗り越えた植物たち
第2章 土が育む動物たち: 微生物から恐竜まで
第3章  人と土の1万年
第4章 土のこれから
あとがき

 

感想。
なるほど、壮大なドキュメンタリーだ。ただ、あまりにも時間軸が長すぎて、ドキュメンタリーというよりは、やっぱり、科学のお話。かなりマニアックな土のあれこれを、一般人にも楽しくわかりやすく解説してくれている。だれも、しらなかったよそんなこと、、、ということもあれば、へぇ、、、知って、、それで、、、ええぇ、、と。。ということも。

 

でも、結論から言ってしまうと、大事なのは、第4章の土のこれから、というところだと思う。山と渓谷社が出版ということもあるけれど、いかに、環境をまもっていくのか、という話によっていく。大事なことだ。そして、環境、環境というけれど、熱帯雨林を守れとか、砂漠化をとめろとか、そういうことのすべての基本は、「土を健康に」ということなのだ。

なるほど、土愛があふれている。

 

 

ミミズが地球の土を作ったという話は、ダーウィンの『ミミズと土』に詳しい。 

megureca.hatenablog.com

 

本書でも、ダーウィンの研究が引用されている。

 

月にも火星にもなく、地球にしかないもの、それこそ土なのだ。そして、土は、地球誕生からあったのではなく、生命が発生し、生命が作り出したのだ。最初は、岩しかなかった。そこに、コケや地衣類が酸性物質をつくって岩をとかしながら栄養をとることで繁殖していった。そして、コケや地衣類の遺骸(有機物)が、最初の土になっていく。

そして、シダ植物の発生。かれたシダ植物は泥炭度となり、数千万年から数億年をかけて地中深くに埋まり、地下の高熱・高圧条件で変質をとげ石炭となる・・・。

シダ植物によって、光合成が増え、地球規模の気候変動を起こす。樹木、裸子植物、キノコの進化。植物がやがて、土壌を酸性化していく。

 

とまぁ、長い長い、地球の土のお話。縄文時代も、栗の栽培などをしていた跡があり、すでに、土壌を人為的

 

に変化させていた。チグリス・ユーフラテスのみならず、歴史の人々は、灌漑を覚えた。そして、時には灌漑の失敗で、塩類集積がおきてしまい、アラル海の消失」のような悲劇につながっている。

アラル海ウズベキスタンに行くことが無かったら、一生私のアンテナがたつことのなかった自然。あの、荒涼とした景色は、わすれられない・・・。

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日本においては、水田が土に大きな変化をもたらした。水田は、水によって酸素が遮断されれるので、酸性土壌の問題を緩和することができる。水田稲作こそが、日本の農業を発展させ、人口も増やしてきた。人口が増えるところには、十分な食料アリ、ってこと。

 

水田への適正が低い地域では、歴史舞台から姿を消しやすいのだそうだ。奥州藤原の衰退はその象徴である、と。日本史の中では、なんだか、あっというまに盛り上がって消えていった奥州藤原氏だけれど、それは稲作生産性の低さからきていたとは、、、なるほど。

日本の稲作は、どんどん甘いご飯がこのまれるようになり、低たんぱく、高糖質をめざすようになった。その代表がコシヒカリで、低タンパク質のために、窒素肥料をあまり必要としないのだそうだ。ちなみに、コシヒカリは、窒素肥料をやりすぎると大きくなりすぎて倒伏してしまうことから、「コケヒカリ」というあだ名もあるそうだ。初めて聞いた・・・。

世界各地で、窒素肥料の大量使用で、大量穀物が生産されるようになり、人口は増加。あわせて、、、環境破壊もすすんできた。
過剰窒素による環境破壊は、『肥料争奪戦の時代』にも詳しい。

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ハーバーボッシュによって、空気からアンモニアを作り出すことが可能となり、大量の窒素肥料が生産されるようになった。そして、環境破壊が・・・。アインシュタインが、原爆を作るつもりで亡かったように、ハーバーもボッシュも、環境破壊のためにアンモニア合成法を発明したわけではなかろうに、、、と、コメントされている。

 

また、日本のフン尿を肥料とする農業も、特殊なのだときいたことがあるが、なんでも江戸時代のフン尿取扱業者の間では、フン尿の格付けがあったそうだ。一番高価なのは大名屋敷のもの、一番安価なのが牢獄のもの、、、まぁ、美味しいものを食べている人は、高価なオシッコをできたのだ、、、とか。。。笑える。

 

最後の章では、日本の水田と豆栽培をまもることが、土壌を健康に保つことになるという話に。農家でもない私たちに何ができるのか。。その答えこそ、「納豆ご飯をたべる」ことだ!って。

消費するというのは、生産者を応援するっていうこと。
これも、金は天下の回りもののひとつ。
日本の豆農家を応援したければ、国産大豆使用納豆を食べよう!

 

輸入品でもかまわない、、と思っているけれど、国内のお金の循環を良くするためにも、国産を買う、っていう行動もありなんだな、と思った。そして、それが、土を守り、環境をまもることになるなら、一石二鳥だやね。 

 

月に行ってみたい、火星に行ってみたいと思うけれど、住んでみたいとおもわないのは、水や空気の問題もあるけれど、母なる大地、土が無いからなのかもしれない・・・。

 

土と生きる。土を喰らう。土にまなぶ。

いやぁ、、土って深い。

 

意外と面白い本だった。

読書は楽しい。

 

 

『新版 科学がつきとめた「運のいい人」』 by 中野信子

新版 科学がつきとめた「運のいい人」
中野信子
サンマーク出版
2023年9月10日 初版発行
2023年10月30日 第7刷発行
*本書は小社で単行本(2013年2月)、および文庫本(2019年5月)で刊行された『科学がつきとめた「運のいい人」』を加筆、再編集したものです。

 

中野さんの2013年の本の新版。本屋さんでみかけたけれど、手にしなかった。興味はあるけど、私、すでに「運のいい人」だし、、、って。。。。最近、姉が購入したというので、借りて読んでみた。

帯には、中野さんの顔写真と、「運は100%自分次第」との文字が並ぶ。

 

”運がずっといい人」には科学的根拠があります!
日本・最注目の脳科学者がつきとめた
運のいい人だけがやっている思考と行動

運がいいと思っている人も悪いと思っている人も、遭遇している事象は似ている場合が多いです。その事象に対するとらえ方、考え方が違う。対処の方法も違う。長い年月を積み重ねれば、おのずと結果は大きく変わってくるでしょう。”

 

表紙の裏には、
”どうしたら運はよくなるのでしょうか?
どういう人が運を味方にできるのでしょうか?
これに、できるだけ科学的にアプローチしたのがこの本です”
とある。

 

目次
新版に寄せて
プロローグ  運のいい人ってどんな人?
第1章 運のいい人は世界の中心に自分をすえる
第2章 運のいい人は「自分は運がいい」と決め込む
第3章 運のいい人は「他人と共に生きること」を目指す
第4章 運のいい人は目標や夢を「自分なりのしあわせのものさし」で決める
第5章 運のいい人は祈る
エピローグ

 

感想。
そうそう、そうなんだよね。これを科学的アプローチっていうのかね?と思わなくもないけれど、セロトニンドーパミンノルアドレナリンなど、脳に存在する神経伝達物質の影響で説明されているので、科学的、、、ってことなんだろう。でも、あくまでも、それが運につながっているというのは仮説にすぎない。だって、「運」そのものを数値的に定義する事なんてできないもの。。。。

 

私は、自分は「運がいい」と思っている。でも、私をみて「運が悪い人」と思っている人もいるかもしれない。そもそも、「運がいい」かどうかというのも、結構主観的だと思う。

 

道で1000円拾うことを、運がいいというか?
難関大学に合格したのを、運がいいというか?
美味しいレストランにであったことを、運がいいというか?
究極、宝くじで3億円あたったら、運がいいというか?

 

わたしは、どれも答えは人によって違うと思う。私は、宝くじで3億あたったらうれしいとはおもうだろうけれど、そもそも宝くじという運だめしはしない。そんな運を求めていない。1000円を拾うことも求めていない。難関大学に入ったからといって幸せになれるわけではないことを知っている。美味しいレストランにであったら、運がいい!とは思う。けど、「美味しい」と感じるかどうかも、主観的だ。予約の取れないレストランだからといって、私にとって「美味しいレストラン」だとは限らない。事実、がっかりレストランも結構ある。


と、その上で、やっぱり、「運がいい」ほうが、人生たのしそうだ。運がよくなりたい、っておもうのは普通のことだろう。そして、目次を見ればわかるように、結局のところ、運のいい人は自分で〇〇しているのである。

 

本書で中野さんがいっていることには、おおむね共感。ただ、「自分を変えるより、今の自分を生かせ」というのは、ちょっと違うかなぁ、と思う。

やっぱり、自分の変化を楽しめるというのが、「運がいい」人になる一つのような気がする。

 

中野さんは、「運のよしあしは、科学的にみればもともとその人がもっているというよりも、その人の行動パターンによって決まると考えるべきでしょう」といっている。そして、運のいい人の側にいると、その行動パターンが似てきて、「運を呼び込む」ことができるのだと。その仕組みとして、ミラーニューロンの働きの説明がある。他の人の動きを見た時に、自分は同じように動いていなくても、動いたときに活性化する脳内の細胞が活性化するということ。鏡のように、相手の動きに自分の脳が反応する。だから、運のよい人のそばにいると、その行動が無意識に自分にもうつる。

 

で、運のいい人はどんな事をしているのか、、、ということが延々と綴られている。一部抜粋すると、
・自分を大切にする
・いい加減に生きる
・自分の好みを大切にする
・プラスの自己イメージをもつ
・早寝早起きをする
・よい妄想をする
・あえてリスクのある道を選ぶ
・他人をおもいやる
・品のある行動をする
・不安と上手につきあう
・具体的な目標をもつ
・ゲームをおりない
etc,

 

まぁ、どれも、そうかもね、って思う。早寝早起きっていうのは、、、そりゃ人によるんじゃないの??ともおもうけど、私も早寝早起きのほうが好きだ。

 

品のある行動をする、っていうのは、粗野な振る舞いよりも、品のある行動の方が人の心を動かすのです、って説明されている。うん、そりゃそうだろうなぁ。科学的に理由を点けろと言われれば、品のある行動の方が、不快感を起こさせないから、ストレスホルモンをださせないから、ってことか。

 

「もし、幸運の神さまがいるとしたら、その神さまが放った幸運の矢をとらえる準備ができていること」が、運がいい人の共通すること。その準備の中でももっとも重要なのが、明確な目的をもち、常に忘れないこと。セレンディピティを発揮した人たちは、自分はこれをやりたい、これを達成したいという思いを強く持っているものです、と。

 

そう、幸運の女神は前髪しかないからね、出合ったら前髪をつかめ!って。通り過ぎて、振り返ってもつるつるでもうつかめないよ、ってやつね。

 

ゲームをおりないっていうのも、うんうん、そうだね。安西先生スラムダンク)の言葉でいえば、「あきらめたらそこで試合終了でしょ」ってやつだ。運のいいひとは、ゲームをおりないことを徹底している。具体例で、ハリーポッターの著者、J.K.ローリング三の話が紹介されている。シングルマザーになって、極貧で、、、それでも、書き続けた。幼いころからの夢だった小説をかく、ということをあきらめなかった。

 

結局、そうすることが自分にとって幸せなみちだったのだろう。自分軸で生きる、ってことかな。

 

本のタイトルのように、科学がつきとめた、っていうのはちょっと誇大広告のようなきがするけれど、実際に推奨されている「自分軸で生きる」っていうのは、共感できる。

 

だいたい、「運がいい」だって、自分軸でいいのだよ。だって、他人から、「あなたは運が悪いね」とか、「あなたは運がいいね」って言われたら、「あなたにいわれたくない」とか、思わないだろうか。

 

運がいい人は、自分が運がいい人だと思っている、これに尽きると思う。

 

起きた出来事を他人のせいにしない。環境のせいにしない。時代のせいにしない。たしかに、そういう背景はあったとしても、自責からにげているうちは、運はまわってこないよ。

 

人は誰でも「運のいい人」になれる。

と、私は思う。

 

コールターの言葉も正しい。

「まあな、でもそのたまたまは、おまえだから可能になったたまたまなんだ。おれじゃだめなんだよ。」

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