『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の旅』 by 村上春樹

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の旅
村上春樹
文春文庫
2015年12月10日 第一刷
2015年12月15日 第二刷
*単行本 2013年4月 文藝春秋
Colorless Tsukuru Tazaki and His Year of Pilgrimage

 

知り合いが、次に読んでみたい本、といって挙げた本。はて?私は読んだことがあるのかどうかすらわからなくなっている。大学生の頃は大好きだった村上春樹だけれど、いつ頃からか、あまり飛びつかなくなった。面白い?と聞かれたので、正直に「読んだかどうかも忘れた・・・」と答えた。
で、気になったので、文庫本を買って読んでみた。

 

読み終わってからも、読んだことがあったような気もするし、なかったような気もする。。。でも、登場人物の名前には覚えがあった。そして、ところどころ、人物の描写にも覚えがあった。ただ、筋書きは、、、ストーリーは、、、、やっぱり、読んだことが無いような気がする。。。人間の記憶なんて、怪しいもんだ。いやいや、怪しいのは、「私の記憶」である。

 

裏の説明には、
” 多崎つくるは鉄道の駅をつくっている。 名古屋での高校時代、四人の男女の親友と完璧な調和をなす関係を結んでいたが、大学時代のある日突然、四人から絶縁を申し渡された。理由も告げられずに。死の淵を一時さ迷い、漂うように生きてきた つくるは、新しい年上の恋人・沙羅に促され、あの時何が起きたのか探り始めるのだった。”

 

感想。
一気読み。
やっぱり、村上春樹、面白い。
やっぱり、嫌いじゃない。。。
でも、自分が読まなくなった理由もわかるような気がする。読んでいて、結構、グサってくるんだよね。。。主人公のキャラとか、セリフとか、ちょっと風変わりな女の子とか。。。。
けど、やっぱり、読みだしたら止まらない。

 

楽しい一冊ではない。でも、興味深い一冊である。主人公の経験は、きつすぎる。ある日突然、仲良しグループから追放されるって、、、、理由も告げられずに。。。そして、死の淵をさまよい、人生という暗闇の海を1人で泳ぎ、、、沙羅にであう。沙羅にであったことで、つくるは巡礼の旅を始める。でも、最後、沙羅との運命は、読者の想像にゆだねられる。


英語タイトルにあるように、つくるの巡礼の旅は、何年にもわたる。大学生のあの日から封印し続けた自分の過去へ、つくるが巡礼をはじめたのは、36歳。その時沙羅は、2つ年上の38歳。恋人未満。

過去に起きたことの悲しい出来事の真実を探りにいく、多崎つくるの巡礼の旅。ちょっと、不思議な経験の物語も挿入されていて、やはり、春樹ワールド。だけれど、比較的、リアルな春樹ワールド

 

以下、ネタバレあり。

 

つくるは、高校時代、男女5人のメンバーとの仲良しグループのひとりだった。彼らの名前は、アカ(赤松、男)、アオ(青海、男)、シロ(白根、女)、クロ(黒埜、女)。それぞれ、苗字に色が入っていた。つくる1人が、色彩を持たない多崎、だった。彼らは、名古屋の高校生で、つくるを除く4人は、そのまま名古屋で進学する。ずっと、いっしょだと思っていた5人だったが、つくるは1人、「駅をつくる」夢を叶えるために、東京の大学へ進学する。

 

そして、大学の休みになると両親と二人の姉のいる名古屋に戻り、彼らともいっしょに過ごすのだった。ところが、大学二年生の夏、名古屋にもどったつくるが彼らの家に電話をすると、だれもが留守。電話にでた家族は、そっけなく、ただ留守を告げるだけだった。次の日も、同じだった。だれも電話がつながらない。何度も何度も、かけつづけた。でも、だれにもつながらない・・・。
そして、アオから電話がかかってくる。

悪いけど、もうこれ以上誰のところにも電話をかけてもらいたくないんだ

 

そして、つくるの人生は、その日を境に別のものになってしまう。自分には、なぜ、そんなことをいわれるのか、まったく見当もつかなかった。でも、聞きもしなかった。ただ、みんなが嫌だと思うことは自分はしたくない、といっただけだった。


自分の家族には何も告げずに東京に戻ったつくるは、その後半年で、7キロも体重を落とす。死神のような自分の姿に、これではいけない、と食事をとるようになり、運動もするようになり、なんとか死の淵から這い上がる。。

そして、今は、高校時代の夢をかなえて、駅をつくる会社の会社員として生きている。。。

 

そんなつくるが、沙羅に過去を語るという形で、つくるの過去が明らかになっていく。沙羅とは、つくるの上司の新築祝いパーティで紹介されて出会い、一度は一夜を共にしたけれど、恋人同士のような、恋人ではないような、微妙な関係。

 

つくるは、死の淵の大学時代をおくったけれど、1人だけ、友人と呼べるような2学年下の友人がいた。彼の名は、灰田。かれも、名前に色彩をもっていた。灰田とは、大学のプールで知り合い、色々と話をするようになる。そして、灰田が度々つくるの部屋に泊まりに来ることもあった。リストの『巡礼の旅』を聞きながら、二人は夜遅くまで話した。リストの『巡礼の旅』は、シロが高校時代によく弾いてた曲でもあった。そして、灰田は、灰田の父が彷徨ったという死の淵の話をする。

 

1960年代、灰田の父が若い時、大学紛争で大学に通ってもしかたがないと放浪していた時に起きた話。大分県山中の小さな温泉でバイトをしていた時、不思議な客
が滞在し、彼から「僕は、死ぬことになっている。よかったら、死ぬ権利を君にわたそう」みたいなことを言われる。客は、ピアニストだと名乗り、ある日「ピアノを弾ける場所はないか」と灰田の父に訊いてきた。ちかくの中学校へ案内し、アップライトのピアノをひいて聞かせる。彼はピアノを弾く前に、カバンの中から小さな巾着袋をだし、そっとピアノの上に置いた。たしかに、上手なピアノだった。でも、そのなぞの客がピアノを弾いたのは、その時一回きりで、死のトークンの話をすると、いつの間にか宿を去っていた。

 

灰田は、そんな話をつくるに聴かせる。そんな灰田も、ある日突然、つくるのもとから姿を消す。

 

つくるは、高校の友人からは追放され、大学の友人からは置いてきぼりにされる、、。

 

そんなつくるの過去をきいた沙羅は、つくるにあることを打ち明ける。「あなたは私を抱いている間も、どこかべつのところにいた。」「あなたはたぶん心の問題のようなものを抱えている。」沙羅は、つくるのことは好きだけれど、その問題が解決しないと、もう、つくると抱き合うことはできない、、、という。

 

沙羅は、なぜ、アカ、アオ、シロ、クロから追放されたのか、自分でその原因をつきとめに行くことを薦める。そして、四人の名前から、沙羅がそれぞれの現在をつきとめ、つくるに、彼らに会いに行くようにすすめる。沙羅の話によれば、アカはレクサスの販売員として、アカは脱サラして自己啓発セミナーを提供する企業家に、クロはフィンランドにいるという。そして、シロの現住所はないという。シロは、6年前に亡くなった。どのようにして彼女が亡くなったかは、自分で確認してみろ、と。

 

つくるの巡礼の旅が始まる。

 

つくるは、事前に連絡せずに、まずは、アカ、アオに会いに行く。アカもアオも、つくるとの再会を喜んでくれた。そして、シロは、6年前に浜松で絞殺体で発見され、いまもその犯人はつかまっていないことを知る。また、彼らがつくるを追放した理由は、シロが「つくるにレイプされた」と、告げたからだった。。。

しかし、さらなる衝撃は、アカ、アオの男性陣も、女性であるクロですらそんな話は信じてはいなかったという。でも、すでに病んでいたシロを救うには、つくるを突き放すしかなかったのだ、、、と。

 

三人とも、つくるがシロをレイプすることなどありえない、とわかっていた。でも、シロのために、つくるを追放した、、、、。

アカ、アオと話をしたつくるは、一旦、東京に戻り、駅改修工事の仕事にもどる。そして、ある駅長さんから、めずらしい忘れ物の話として「6本目の指」がホルマリン漬けでトイレに残されていた話を聞く。唐突に、6本目の指の話なのだが、灰田の父が出会ったピアニストが、そっとピアノの上に置いたのは、6本目の指だったのではないかと思うのだった。

「6本目の指は、いささか荷が重い」

人には、それぞれ、いささか荷が重い物がある。。。

 

そして、翌日、沙羅にあったつくるは、アカ、アオから聞いた話をする。シロの「つくるにレイプされた」の告白が原因だったことを聞いた沙羅は、自分の高校クラスメートの話をする。高校時代は、美しかった友人が、だんだん色あせていき、薄っぺらになってしまい、友人たちはその美しかった友人から離れていった、、という。人には、それぞれピークがあるのではないか、、、と。

 

シロは、日本人形のように美しい高校生だった。それが、、、、ピークだったのか、、、そして、病んでいったのか、、、。

 

そして、つくるは、クロに会いにフィンランドまで行く。大手旅行会社で働く沙羅に旅の手配をしてもらい、クロにも予め連絡を入れずにフィンランドまでいく。しかし、聞いていた住所に電話をしても、フィンランド語で留守番電話になっていて、どうすることもできない。つくるは、沙羅に教えてもらった沙羅の同僚のフィンランド人に連絡し、なんとか、クロの居場所を突き止める。そして会いに行く。

クロがいるはずのサマーハウスにつくと、そこには、1人の男性がいた。「ヘロー」とつくるが言うと、「こんにちは」と男性が日本語でいった。クロの夫だった。つくるは、多崎つくるだと名乗ると、「つくる」はものを「つくる」か?と聞かれた。そうだと答えると、「僕もものをつくります」と。

クロの高校の同級生だと告げると、家の中に案内してくれた。妻は、娘たちとでかけているけれど、もうすぐ戻ってくるから、と。彼は陶芸家で、家の中には彼の作品、そして、クロの作品がたくさん飾ってあった。

そして、クロと娘たちが帰ってくる。家の中に、夫ではない誰かがいる。つくるの顔をみたクロは、表情を一瞬失い、空白になった。日本人?男性?誰?

「つくる?」ようやく口にしたクロ。つくるは肯く。かたまったままのクロ。

夫は、コーヒーを入れようかと日本語で妻にたずね、妻はおねがい、と答える。そして、夫は、子どもたちをつれて買い物に行ってくるから、といって二人を残してでかけていった。

 

つくるは、なぜ自分がクロに会いにきたのか、ここに来る前に、アカとアオにあって、シロの話を全部聞いたことを告げる。クロは、、、今は、エリ・ハアタイネンは、なぜあの時、つくるを突き放さなければならなかったのか、、、そして、なぜ、今自分はフィンランドにいるのかを語った。エリも、シロの話は信じていなかった。すでに、シロは壊れかけていた。そして、つくるを突き放すことでシロを守ろうとしたこと、シロが何故そんな嘘をついたのか、それはエリがつくるのことを好きだったからではないか、という仮説を話す。エリは、つくるへの片思いを続けるより、シロを守ることで自分を守ろうとしたのか、、、。

つくるとエリは、率直になにもかもを話し合う。

 

つくるは、あの時、暗く冷たい海に突き落とされた気がしたということ。そして、
自分の存在が出し抜けに否定され、身に覚えもないまま、1人で夜の海の放り出されることに対する怯え」をずっと抱えて生きてきてしまった。だから、、、人と深いところまで、かかわれないようになってしまったのかもしれない、、、と。

エリは、つくるがシロをレイプするなんてあり得ないと、その時からわかっていた。でも、つくるを護れば、シロを護れない。どちらかを取るしかなかったのだと、、、。そして、シロをとったのは、つくるのことを好きだったからだ、、、と。片思いを終わらせたかったエリ。

 

でも、その後もシロはどんどん病んでいった。エリは、なんとかシロを護ろうとした。シロのために自分を犠牲にもした。だんだん、それに疲れてきた、、、そして、陶芸教室で出会った夫とフィンランドに行くことを選んだ。シロから離れることを選んだ。。。シロが殺された時、エリはすでにフィンランドにいて、お腹に赤ちゃんもいて、お葬式にはいけなかった。でも、それはエリにとって、初めて訪れたシロからの解放だったのかもしれない。

 

すべてをつくるに話すと、エリは、両手で顔を覆った。つくるは、言葉を失った。
そして、殆ど無意識にテーブルを立ち上がったつくるは、エリの肩に手を置いた。
「ねえ、つくる、君にひとつおねがいがあるんだけど。もしよかったら、わたしをハグしてくれる?」

つくるは、エリの身体をただ強く抱きしめた。エリの身体は、暖かかった。

 

つくるは、エリに、沙羅の話をしてきかせる。沙羅にいわれて、こうして今ここにいることを。そして、沙羅とは、恋人未満の中途半端な状態であることも。つくるは、フィンランドに飛ぶ前、中年男と手をつないで楽しそうに歩いている沙羅を目撃してしまっていた。


エリはつくるに、
「君は色彩をかいてなんかいない。君はどこまでも立派な多崎つくるくんだよ。そして素敵な駅を作り続けている。今では健康な36歳の市民で、選挙権をもち、納税もし、私に合うために一人で飛行機に乗ってフィンランドまで来ることもできる。自信と勇気を持ちなさい。君に必要なのはそれだけだよ。怯えやつまらないプライドのために、大事な人を失ったりしちゃいけない」と。

 

帰国したつくるは、日常に戻る。沙羅に逢いたい気持ちがつのる。つくるは、沙羅に電話し、クロと会えたことの報告よりもなにより、沙羅に逢いたい気持ちを伝える。でも、沙羅は3日待ってくれ、というのだった。

 

つくるは、これまでに起きた様々なことを思い返す。父のこと。家族のこと。高校時代のこと、アカ、アオ、シロ、クロのこと。。。そして、「何かを強く信じること」を。

 

物語は、つくるが明日には沙羅にあえるという前の晩で終わる。沙羅が自分を選ぶのか、あの中年男を選ぶのかはわからない。でも、それはどうしようもない、つくるが自分で何とか出来る問題ではないと納得して、静かな眠りにつく。

 

あぁ、、、、

もう!!!

沙羅とのハッピーエンドにしてよ!!!って言いたくなるけれど、これも、春樹ワールド。

 

結局のところ、アカもアオもクロも、みんなつくるの味方だったのだ。きっと、沙羅もそうだよ。。。きっと、沙羅は、つくるのもとにやってくる。そう信じたい。

 

あぁ、、、やっぱり、村上春樹ワールド、嫌いじゃない。でてくる音楽、料理、お酒、場所、、、全部、好きだ。

もう一度、春樹ワールドに嵌ってみるのも悪くないな、って思った。

 

本作では、6本目の指の話が出てきたけど、指が4本しかない女の話もあった気がする。『風の歌を聴け』かな。やっぱり、あのころの作品の方が好きだけど、また読み返したら違う感想なのかもしれない。

 

やっぱり、読書は楽しい。

春樹ワールドは、悪くない。