『まぐだら屋のマリア』 by  原田マハ

まぐだら屋のマリア
原田マハ
幻冬舎文庫
平成26年2月10日 初版発行
令和3年11月25日 16版発行

図書館で目にしたので借りてみた。 平成26年ということは2014年の作品。 タイトルと表紙の絵画から、キリスト教にまつわるお話か、絵画にまつわるお話かとおもいきや、全然ちがった!!面白くて、いっき読み。解説込みで、385ページの単行本。半日で読める。電車で1時間半の出張の際、行きの電車でほぼ半分以上読み終わり、つい、その日のうちにホテルで夜更かしして読んでしまった。面白かった。

 

裏の説明には
”東京・神楽坂の老舗料亭「吟遊」で修行をしていた紫紋(しもん)は、料亭で起こった偽装事件を機にすべてを失った。料理人としての夢、大切な仲間。そして、後輩勇太の自殺。逃げ出した紫紋は、人生の終わりの地を求めて彷徨い、尽果(つきはて)というバス停に降り立った…。過去に傷がある優しい人々、心が喜ぶ料理に癒され、紫紋はどん底から生き直す勇気を得る。”
とある。

 

お話はの主人公は、及川紫紋(おいかわしもん)。男性だった。原田さんのお話にしては、めずらしく男性が主人公で、絵画とも関係ない。自殺する場所を求めてたどり着いた地で、その地の人たちのやさしさに触れて、人生でやりたかったことを思い出し、かつ、ずっと帰れなかった故郷にもかえることができた、そういうハッピーエンドのお話。紫紋がかかえている傷も、まぐだら屋のマリアが抱えている傷も、現実にあってもおかしくない話で、胸が痛くなる。でも、優しい人々に癒される感じがする、優しいお話。

 

ちょっとだけ、ネタバレ。

 

ストーリーは、紫紋が大きな傷を抱えて財産も尽き果て、見知らぬ土地の海岸沿いを走るバスに乗っているところから始まる。紫紋は、老舗料亭の見習い料理人だった。いつか、立派な料理人になって、女手一人で自分を育ててくれたお母さんに料理をふるまうのが夢だった。それが、つとめていた料亭の食品偽装事件で全てを失った。密かに恋していた仲居の女の子・晴香、たった一人の後輩の勇太。、、そして、料亭での仕事も失った。

料亭では、客の食べ残しであっても、手が付けられていないものは別の客に出すということをしていたのだ。晴香は、そのことを内部告発した。なぜなら、不倫相手の料理長がいつまでたっても奥さんと別れてくれないから、腹いせだったと紫紋に打ち明けた。そして、こんなとんでもないことをしてしまったので、私はこれから死ぬから、最後に紫紋君に本当のことを聞いてほしかったのだと打ち明けた。晴香を死なせるわけにはいかない。その日一晩、紫紋と晴香は初めて渋谷のラブホテルで一夜を共にした。その晩、紫紋の携帯電話はずっと鳴っていた。勇太からだった。そして、翌日、晴香を故郷に帰る電車にのせた後、警察からの電話。勇太が電車に飛び込み自殺した、、と。遺書には、晴香とつきあっていた、晴香が内部告発したので、二人で逃げるつもりだった。でも一晩中待っても晴香は来なかった。だから僕は一人で死ぬのだ、、、と。

職場がこんなことになり、故郷の母親を喜ばせてやるどころか、偽装集団の1人になってしまった。。紫紋は、絶望した。そして、死に場所をもとめて彷徨っていたのだった。

 

と、ここまで読んで、2008年の高級料亭「船場吉兆」、偽装事件を思い出さずにはいられない。船場吉兆は、結局倒産することとなったけれど、その裏で泣いた多くの料理人がいたんだろうな、、、、と、現実の事件と重ねて胸が痛くなった。


紫紋は、「尽果」というバス停でバスをおりる。そこにあったのは、「まぐだら屋」という小屋のような料理屋さんだった。出汁をとるいい香りがしている。懐かしい香り。そして、持ち金を使い果たしていた紫紋は、あまりの空腹に、まぐだら屋にはいると、「すみません、すっげぇ腹減って・・・」といってしまう。お金もないのに。

そして、紫紋は、マリアの料理を一気に食べる。食べてしまってから、お金がないから洗い物をすると言い出す。マリアは何も細かなことは聞かずに、しばらくここで働けばいいという。丁寧に料理をし、お茶をいれるマリアの左手は、薬指が欠けていた。
そして、その晩はマリアの家に泊めてもらう。小屋のように質素なマリアの家は、蒲団は一組しかなく、卓袱台と、小さな位牌が2つ、並んでいた。自分より10くらいは年上にみえたマリアだけれど、旦那さんがいるわけではなさそう。紫紋は、恐縮しながらもこたつをかりて一晩マリアの家にとめてもらった。

マリアが営む「まぐだら屋」は、その土地の伝説、「まぐだら」というお魚がお姫様の病気をすくったということに由来していた。そして、まぐだら屋には本当の女将がいて、それは長いこと床に臥せっている謎の老婆だった。老婆の世話をするマリアだったが、老婆はマリアのことを極端に嫌い、憎んでいた。それでもマリアは、せっせと老婆のもとへ料理をとどけた。マリアは、老婆の家に紫紋を連れて行き、紫紋を雇う事の許可をとった。老婆と二人になったとき、紫紋が老婆から約束させられたのは、「あの女に惚れないこと」だった。

紫紋は、まぐだら屋に魚を卸してくれている克夫の紹介で、近くに家を借りて住むこととなる。克夫は、マリアの父親かのように単身のマリアをあれこれと世話してくれていた。克夫は、マリアの過去を知っていて、色々と世話をしているようだった。紫紋は、マリアに代わって、女将のもとに料理をとどけたり、時には女将に家で食事の用意をした。紫紋の料理、所作の美しさに、心を開く女将だった。


まぐだら屋には、毎日多くのお客さんがきた。みんな、仲間だった。そして、ある日、紫紋と同じように、一人の若者が行倒れかのようにまぐだら屋にやってくる。まるで生きる気力のない若者の姿に、紫紋は勇太の姿を重ねた。懸命に若者を励ます紫紋だった。そして、その若者・丸弧(まるこ)は、紫紋の家に転がり込んで、一緒に暮らすようになる。働くわけでもなく、一日、まるで犬だか猫だかのように、紫紋の帰りをまっているのだった。そんなある日、丸弧は、お母さんを殺してしまった、と話し出す。聞けば、いたずらのつもりでネットの掲示板に「母を殺して」と書いたら、本当にある日、母が倒れてしまったのだ、と。怖くなって逃げ出してここに来た。だから、お母さんを殺してしまったのだ、と。後に、丸弧が逃げ出す前に119番で救急をよんでいたことから、お母さんは助かっていたことがわかり、丸弧は故郷に帰っていく。

故郷へ帰る丸弧をみて、紫紋は、自分にはそんな日はこない、、、と思うのだった。

そして、突然の一人の男の登場。男を見た瞬間、紫紋は、気が付いてしまった。マリアと同様に、左手の薬指が欠けていることを。。。マリアの元恋人なのか、、、。マリアは、男と共に、どこかへ行ってしまった・・・・。

 

残された紫紋は、一人でまぐだら屋を切り盛りする。女将の面倒もみ続けた。

 

そして、紫紋は、克夫からマリアの過去をきかされる。マリアは、老婆の息子・与羽(よはね)の不倫相手だった。しかも、女子高生と教師という禁断の恋の不倫だった。真面目な教師だった息子が、悪魔のようなマリアにダマされ、挙句の果てに嫁が孫を道連れに飛び降り自殺したことを許せない老婆。息子は、故郷から逃げ出した。恋人の不在にもかかわらず、老婆の面倒をみつづけるマリアだったのだ。不倫にいたった理由も、胸が痛むことだった。与羽は、不登校になったマリアを教師として支えていたのだった。マリアの不登校の理由は、母の恋人から性的虐待を受けていることだった。それに気づいてしまった与羽は、マリアを救いたかったのだ。

そして、マリアが与羽と姿を消して3か月。紫紋は、マリアが幸せになればそれでいいと思うようになる。高齢の女将は、日に日に弱っていった。それでも、紫紋にはわかった。本当は、女将はマリアが帰ってくるのを待っているのだと、、、。かすかな希望をもって、生きているのだと。ちょっと悲しく辛い日々が過ぎていた。でも、そんな時、丸弧が元気にまぐだら屋に帰ってくる。元気な姿、母と一緒に暮らしているという丸弧は、かつてとは別人のように元気な青年になっていた。

そして、丸弧は、「シモンさんが、なぜここに来たのかは知らない。でも、一つだけわかることがある。シモンさんにもふるさとがあって、シモンさんの母ちゃんが生きているんなら、シモンさんを、待っているはずです」という。そして、携帯電話用の充電器を紫紋にわたすと、丸弧はまた故郷へ帰っていった。

まぐだら屋にきてからもうすぐ一年。一度も電源をONにしていない携帯電話。いまONにしたら、、、きっと母親からの過去のメールがあるのだろう。。。。そんなことを思いながら、丸弧を送ったバス停からまぐだら屋に戻ると、人の影。マリアだった。
マリアは、帰ってきた。ここに死に場所をもとめて帰ってきた与羽を、3か月かけて生きることを説き伏せてきたのだと。

そして、日に日によわっていた女将のもとへ、紫紋は、マリアを急がせる。そして、最後、女将は、マリアを胸に抱いた。マリアは泣いた。マリアは、「お母さん」といって泣いた。女将は、何も言わずにマリアを抱いたのだった。そして、マリアを待っていたかのように女将の命の火は消えた。

マリアが戻り、女将の告別式も終わり、まぐだら屋は日常をとりもどす。そして、そのまま続くかに思えた紫紋のまぐだら屋の日々だったが、マリアに言われる。


「帰りなさい、紫紋君。あなたも、あなたの故郷に」

 

自宅に戻ると、勇気を振り絞って携帯電話の充電を始める紫紋だった。電源のキーをいれると、新着メール50件。留守番電話50件。ほとんどが、母からだった。

「待っているから。いつまでも」

丸弧のいった通り、母はずっと待っていてくれていた。

迷うことなく、紫紋は母に電話した。そして詫びた。
いままでごめん、心配かけて。ありがとう。待っていてくれて。

 

紫紋は、かつて死に場所をもとめて乗ったバスを降りたバス停で、バスを待っていた。町に向かうバスに乗る。ふるさとへ帰るために。一人だけの乗客。窓の向こうでマリアが手を振っている。紫紋も手をふった。涙があふれる。どうしようもなく。

”ずっと遠くの前方に町が見える。建物が白い集積になって輝くのを、紫紋は、目を細めて見つめた。どんなにまぶしくても、ただ前だけをみつめていたかった。”


おしまい。


最後の方は、涙と鼻水なしには読めない・・・。ホテルのベッドで、これ以上泣いたら、あしたの朝、目がはれるわ、、、と心配しながら、控え目に泣きつつ読んだ。

紫紋がする料理の描写も美しい。柿と大根おろしの和え物とか、本当に美味しそうにでてくる。小料理屋さんの定食。美味しそうだなぁ。。。そして、季節が変わるにしたがって、様々な料理の工夫。原田さんは、絵画だけでなく、お料理も詳しいのかしら?なんて思いながら読んだ。

ちなみに、でてくる人物の名前のわざとらしさが半端ない。マリアはもちろんのこと、マルコ、ヨハネ、、、。わらっちゃう。
ちなみに、マグダラのマリアは、聖母マリアとは違う。聖母マリアは純潔の象徴であり、マグダラのマリアは罪の象徴であるとも言われる。


罪を犯した人であっても、愛に救われる物語なのかな。あるいは、自分で勝手に罪をおかしたと信じこんでいる人にも、救いはあるって。 

 

やっぱり、小説は小説でいいなぁ。軽いけど、いい。

こういう読書もやっぱりいい。