『真珠夫人』 by 菊池寛

真珠夫人
菊池寛
文春文庫
2002年8月10日 第1刷 
2002年9月20日 第5刷
 *本文庫に収録した菊池寛真珠夫人』は、大正9年6月9日より12月28日まで、「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」に連載され、前編が大正9年、後編が大正10年に新潮社から刊行されたものです。

 

いつか読んでみようかと思っていた『真珠婦人』。2002年、横山めぐみ主演で、昼ドラになっている。ドラマに興味のない私は観ていないけれど、菊池寛といえば『真珠婦人』というくらい有名なので、美魔女の話であるということくらいは知っていた。でも、初めて読んでみた。

 

文庫本の後ろの説明には、
真珠のように美しく気高い、男爵の娘・瑠璃子は、子爵の息子・直也と潔い 交際をしていた。が、 家の借金と名誉のため、成金である 勝平の妻に。体を許さぬうちに勝平も死に、 未亡人となった 瑠璃子。サロンに集う男たちを弄び、孔雀のように嫣然と微笑む妖婦と化した彼女の心の内とは。話題騒然のTVドラマの原作。解説・川端康成。”
とある。

 

川端康成の解説は、昭和35年12月『菊池寛文学全集』からの引用。時代を感じる。菊池寛とはお友達だったからね・・・。

 

感想。
ははぁぁ!!なるほど!こりゃ、夢中になって読んじゃうわ。それに、TVドラマだったら、見ちゃうわ。2002年当時、ばりばりサラリーマンの私は昼ドラには興味なかったけれど、横山めぐみが主人公の瑠璃子役で、美しき魔女を演じていたのは知っていた。あぁ、この瑠璃子横山めぐみが演じたら、美しかったんだろうなぁ、、、と、思わずにいられない。

ストーリーは、わかりやすい。美しき乙女が、男の傲慢に憤り、人生をかけて復讐する、、、って感じ。復讐の刃は、男たちに向かう。でも、復讐の応酬は、最後に自分にも刃が・・・。恨みつらみで死にゆくものたちも、最期の際には愛する者への愛がこぼれる・・・。

あぁ、、、ザ・昼ドラ!!!

 

菊池寛が、「読者が何を読んだら喜ぶか知っている」といって小説を書いていた意味が分かる気がする。


男爵や、子爵が出てくる時代の物語。貴族の子女の恋愛が、大人たちの権力、金力といった強欲の中で、踏みにじられ、、、それに復讐しようとするけなげな瑠璃子の物語。けなげだったはずの瑠璃子が、いつの間にか男たちの間の女王のように君臨し・・・。

主人公の瑠璃子の父は、男爵。恋人だった直也の父は、子爵。爵位は上位から順に①公爵、②侯爵、③伯爵、④子爵、⑤男爵だったので、瑠璃子の父は、社会的地位は貴族の中でも底辺だったのだ。そんな父が経済的困窮に陥り、、、、。

 

ネタバレと登場人物は、以下の通り。

 

唐沢男爵: 瑠璃子の父。頑固一徹、清貧をつらぬいてきたが、経済的に困窮し、軽蔑していた成金男の罠に嵌って、かつての後輩から預かった「夏珪の『山水図』」(骨董芸術品)を売り飛ばしてしまう。。。犯罪に手を染めてしまった自らの嘆き、自殺を図ろうとするが、娘の涙で思いとどまる。

 

唐沢光一: 瑠璃子の兄。芸術の道をめざすことを父に反対され、絶縁、家出してしまう。ゆえに、母を早くに亡くしていた瑠璃子は、父と二人の家族となってしまう。

 

唐沢瑠璃子: 主人公。恋人の杉田直也と二人で、父親たちの社交に付き合って、荘田勝平の園遊会に参加していたが、成金趣味だと二人で酷評しているところを主催者の荘田勝平に聞かれ、深い恨みをかう。父の破産もあって、父を救うために25歳も年の離れた成金おっさん・荘田の妻となる運命に。「毒を報いるには、毒で!」と父に宣言。勝平の金に物をいうやり方、またそれを是とする社会の仕組みに、女としての勝平と社会への復讐を誓う。妻となっても、勝平には心も体も決して許さないと誓った瑠璃子。そのたぐいまれなる美貌で、勝平を意のままにあやつる。勝平に指一本触れさせずにいるあいだに、勝平は、息子との取っ組み合いの末、心臓発作で亡くなってしまう。勝平が、「息子と娘を頼む」と言い残したことから、憎むべき男ではあったけれど、家族愛があったことに心打たれる。そして、姉妹としてくらいしか歳の差のない娘、美奈子を幸せにすることを誓う。
しかし、男や社会への復讐は、勝平が亡くなった後も瑠璃子の生きがいになっていた。恋人の直也は、遠い国へいってしまったし、瑠璃子は、その美貌で男たちをとりこにし、自宅をサロンのようにして暮らす。瑠璃子に嵌った若い男は、瑠璃子の愛を勝ち得ないことを苦に、自ら命を絶ってしまう。

 

荘田勝平: 成金男。最悪の男として描かれる。瑠璃子と直也の恋仲を裂くにとどまらず、唐沢家を破滅させようとする。そして、娘程年の離れた瑠璃子を自分の妻にすることに成功。いっしょに暮らすと、瑠璃子の美の魔力に嵌っていく。強欲で自己中心な勝平が、瑠璃子の美貌の前ではタジタジに、、、。そして、知的障害を抱える息子の勝彦が、瑠璃子に心を寄せ、瑠璃子が勝彦にやさしくすることに嫉妬心を燃やす。勝彦と瑠璃子を引き離すために、瑠璃子と二人で葉山の別宅に住むようになる。そして、ある嵐の晩、勝彦が瑠璃子を守るんだといって、葉山の家に押し入って、勝平ともみ合いに。。。勝平は、心臓発作を起こす。死に際に、娘の美奈子と、勝彦のことを瑠璃子に頼む、、、といって亡くなる。

 

荘田美奈子: 荘田勝平の娘。瑠璃子より2歳くらい年下。つつましく、美しい娘。瑠璃子のサロンに通う青木稔に恋心をもつが、稔の心には瑠璃子しかないことに絶望する。

 

荘田勝彦: 荘田勝平の息子。知的障害がある。瑠璃子のことが大好き。

 

青木淳: 青木稔の兄。物語の最初に、事故死。それは、自殺でもあった。瑠璃子に惚れて身を滅ぼした犠牲者の一人目。

 

青木稔: 淳の弟。兄が瑠璃子に弄ばれたことを苦にして死んだとも知らずに、自分も瑠璃子に嵌っていく。

 

渥美信一郎: 青木淳の事故死の際、たまたま同じ車に乗り合わせる。信一郎は、新妻のまつ湯河原に行くところで、電車よりはやい自動車(白タクシー)にのるのだが、安くなるからということで熱海に行くという淳と同乗する。そして、そのタクシーがスピード出し過ぎの挙句に事故。信一郎は、ケガですんだが、淳は亡くなる。淳が亡くなる直前に、「腕時計を返してくれ、、、」「ノートを捨ててくれ、、、、」「瑠璃子・・・・」と口にしたのを遺言として聴き取る。東京に戻ってから、淳の葬式に出席し、腕時計を返すべき瑠璃子を探す。そして、瑠璃子と出会い、瑠璃子の美の毒牙にかかりそうになるが、本ストーリーの中では、唯一、瑠璃子に対して毅然と、「男を弄ぶな」と言い続ける。

 

物語は、信一郎を中心とした、すでに妖婦となっている勝平を亡くした後の瑠璃子が出てくる時代と、瑠璃子がいかにして勝平の妻となり、社会や男への復讐を誓うようになったか、、、という時代が交差する。

 

信一郎がであった瑠璃子は、すでに勝平を亡くし、美の頂点で男たちを翻弄する妖婦のような女に。そして、自分自身も一時は瑠璃子の美しさに翻弄されるのだが、淳の残したノートを読むことによって、瑠璃子がどれほど男たちを弄んでいるかを知り、決して、自分だけは瑠璃子の毒に飲まれない、、、と誓う。また、瑠璃子に、そんなことをするな、と忠告する。

璃子は、自分の美になびかなかった信一郎に対して、「男性は女性を弄んでも非難されないのに、女性が男性を弄ぶのは悪いもの、という男性本位の道徳に、私は一身を賭しても、反抗したいと思っていますの。」と言い切る。

璃子の聡明さもわかっていた信一郎は、そういわれると、それはそうかもしれないと、瑠璃子の潔さに理解を示す。それでも、「淳君の弟の稔さんだけは、手を出してくれるな」とうったえるが、瑠璃子は、「古い道徳の立場からの忠告を受けるつもりはない」と言い切る。

 

そして、その信一郎の言葉に挑戦するかのように、わざわざ青木稔を自分に溺れさせていく。ところが、稔が瑠璃子に溺れるというのは、稔を一目見て恋してしまった美奈子には、胸がはちきれんばかりの悲しい初恋の破滅をもたらすこととなってしまう。

 

そして、もともと、美奈子の初恋を壊すつもりなどなかった瑠璃子は、稔の求婚の言葉に対して、美奈子がいる前で、「それには答えられない」と伝える。激昂した稔・・・。

最後、稔は、瑠璃子を刺し殺して自殺・・・。

 

男への復讐のつもりが、愛する美奈子を苦しめることになってしまったことを嘆く瑠璃子。最後に、「直也に会いたい・・・」といい、美奈子は直也を見つけて連絡をとる。駆けつけた直也に「美奈さんを・・・」といって息を引き取る瑠璃子

 

美奈子は、直也を死の際に呼んでくれといったのが、自分を託すためだったとわかり、その瑠璃子の強い愛に、よよ、、、と泣き伏す。

 

そして、その後の新聞報道や、瑠璃子の兄の活躍がつづられて物語はおしまい。

 

なんとも、まぁ、、、瑠璃子のような美しく、聡明な女性がいたら、、、、自分が瑠璃子だったら、、、(なんてありえないけど)、つい、瑠璃子目線で読んでしまう。男性読者なら、信一郎目線、という感じだろうか。

 

時代を感じる話ではあるけれど、今の時代にも男と女のどろどろ劇は、似たようなものが繰り返されているのかもなぁ、、、なんて思う。

まぁ、失恋したから自殺するなんて、、、もう流行らないと思うけど。

 

菊池寛っぽいな、と思うのは、サロンでの会話や、瑠璃子が稔を諭す言葉に文学からの引用がたくさんでてくること。明治時代の最高の小説家はだれか、とか、オスカーワイルドの言葉が引用されたり。新聞小説としては、教養があってもなくても楽しめる類の小説だったのだと思う。秀逸。

 

菊池寛、やっぱり、面白いわ。

さすが。