『坂の上の雲 1』 by 司馬遼太郎

坂の上の雲 1
司馬遼太郎
文藝春秋
2004年4月10日 新装版第1刷発行
2010年12月25日 新装版第6刷発行
*本書は 昭和44年(1969年)4月に刊行された『坂の上の雲1』の新装版です。

 

とうとう、、、手を出してしまった。『坂の上の雲』。おととし、解説本を読んで、いつか読み直そう、、、と思ってはいたのだが。。。

megureca.hatenablog.com

 

かつて読んだ気がするのだが、TVでみてそう思っているのか、イマイチ定かではない。いずれにしても、今はぼんやりの記憶。NHKのTVは、阿部寛本木雅弘が秋山兄弟を演じて、 香川照之正岡子規を演じた。NHKのHPで調べてみると、2009~2011年度だったらしい。もっと昔だったような気がするけれど、、。松たか子石原さとみと、、他にもそうそうたるメンバーで、豪華だったようだ。司馬遼太郎が10年の歳月をかけて書いたと言われる作品。史実としては、秋山兄弟を美化しすぎているとかいろいろあるようだけれど、やはり、当時の日本を知るのには、司馬史観だったとしても勉強になる作品だと思う。

 

そして、いつか、のんびりできるようになったら読もうとおもったのだけれど、、、図書館で、つい、、、手が出てしまった。そして、1を借りてみた。

 

あとがきに、司馬さんの言葉がある。
”小説という表現形式の 頼もしさは、 マヨネーズを作るほどの 緻密さもないことである。 小説というものは一般に、 当人 もしくは 読み手にとって気に入らない作品があり得ても、出来損ないというものはありえない。
 そういう、つまり小説が持っている形式や形態の無定義、 非定型ということに安心を置いて、 この長い作品を書き始めた。
  たえずあたまに置いている漠然とした主題は、 日本人とは何かということであり、それも、この作品の登場人物たちが置かれている条件下で考えてみたかったのである。”と。

 

この登場人物たちが置かれている条件というのは、明治維新から日露戦争、そしてその後の時代である。島崎藤村『夜明け前』から後の時代。新政府、廃藩置県西南戦争、、、目まぐるしく世の中が変わっていった時代。薩長のエリートではない一般の人からすれば、変わろうとする社会と、その流れに自分の生活をどうなじませていくのかをもがいていた時代ともいえる。と、そんな時代のお話。

 

ちょうど、今、日経新聞朝刊の連載小説が、陸奥宗光大久保利通が暗殺され、宗光が政府転覆計画で逮捕されたのが、1878年。本書の主人公、秋山好古が生まれたのが1859年。時代が重なる。

 

目次
春や昔
真之
騎兵
七変人
海軍兵学校

ほととぎす
軍艦
日清戦争
根岸
威海衛

 

感想。
あぁ、、、そういう時代があったのだ・・・。
” まことに小さな国が、 開化期をむかえようとしている”、の書き出し。そうだ、そういう時代だったのだ。面白かった。読み出すと止まらない。

うん、昔よりも歴史が頭に入っていて、ちょっと理解力が進んだかも!面白い。歴史上の色々な人が出てくる。

高橋是清が、正岡子規秋山真之の英語の先生として出てくる。高橋是清は、明治、大正、昭和の財政家であり、大蔵大臣、総理大臣を経験したすごい人。83歳の時、2・26事件で凶弾に倒れてしまった人。そんな高橋是清が、英語の先生として登場するから、時代感がなんとなくわかる。
日清戦争では、陸奥宗光も出てくる。そこに小村寿太郎をつれていたこと、李鴻章との天津条約で伊藤博文がでてきたこと。
あぁ、歴史を勉強すると、こんなに司馬遼太郎の本がわかりやすくなるんだ、と、或る意味、目からウロコ・・・・。
夏目漱石も、ちらりと出てくる。そりゃそうだ。正岡子規が出て来るんだから。そして、天然居士・米山保三郎も。『吾輩は猫である』で登場する漱石たちの学友。若くして亡くなってしまうのだが・・・。子規は、米山の哲学者としてのすごさにうたれて、哲学の道をあきらめて、歌の世界へと行く。真之は、一度は子規とともに歌の世界をいっしょにめざそう!と語り合ったけれど、海軍兵学校へと進むことを決心する。

真之が兵学校に入った当時の軍艦「大和」の艦長は東郷平八郎東郷平八郎は、薩摩藩士で戊辰戦争にも参加していたらしい。


なるほど、人間関係についての予備知識があると、こんなに読みやすくなるんだ、、、と。

本書の中では、子規は夏目漱石を「畏友」と書き、真之のことを「剛友」と書いていた、と出てくる。

面白かった。

 

真之の兄、秋山好古が、主人公といっていいだろう。読みながら、どうしても阿部寛の顔が頭に浮かんでしまう。1859年生まれの大男。日本人離れした美形。頑固一徹というか、細かいことにはこだわらない。経済的理由で、期せずして陸軍へ。生活は、今でいうところの超ミニマリスト。上京してきた9歳年下の真之といっしょに居候したときにも、お茶碗は1つ。食事は、粗食。でも、大酒飲み。実のところ、お酒に稼いだお金を使ってしまうから、他にはお金をかけていなかった・・・。

 

1巻では、好古が陸軍で覚悟を決めて、徹底的に騎馬兵について学ぶ姿が描かれる。当時の日本の馬は、西洋の馬に比べると、ちっちゃいし、パワーも無くて、とても騎馬兵になれるようなものではなかったらしい。それから、徐々に、西洋の馬とのかけ合わせなどで、日本の馬も変わっていく。好古は、騎兵のありよう、乗馬のありようは、フランス軍の方がドイツ軍より優れていると考え、陸軍幹部にもそのように上申する。陸軍としては、フランスを仮想敵国としているドイツから陸軍の先生を招いていたにもかかわらず。好古には忖度なんてない。徹底的に、合理的だった。う~~ん、かっこいい!!

ミニマリストで、大酒のみで、大男。細かいことを気にしない大胆さ。かっこいい!!

ちなみに、ドイツから来たメルケル少佐の教えが、「宣戦と同時攻撃」だったがために、日本軍はそれに習った。それは、国際法に照らしてみれば、悪徳弁護士のような法解釈だったと、、、、。そして、「日本人の何時ものあの手」という嘲罵をうけるようになった、、、と書かれている。

 

また、好古は明治20年にフランスに留学している。そして、フランスの老教官に「騎兵は無用の長物で、歴史上に使いこなしたのは4人しかいない」といわれる。

 モンゴルのジンギス汗
 プロシアフレデリック大王
 フランスのナポレオン一世
 プロシア参謀総長 モルトケ
だと。
日本には、そんなすごい人物はいないだろうと言われた好古は、いる、と答える。

鵯越(ひよどりごえ)と八島における、源義経
桶狭間合戦織田信長
と。
その戦法を好古からきいた老教官は驚いて、では、以後6人ということにしよう、といったと。

 

好古の豪傑さに比べると、真之は要領の良いところが描かれる。学校では、試験のヤマ読みが得意で、そんなに勉強をしていなくても、成績優秀。田舎者の自分がこんなに簡単に成績優秀に慣れてしまうなんて、いかがなものか、、、と悩みつつ、これまた経済的理由もあって、海軍兵学校へ転校する。

秋山好古秋山真之正岡子規の青春が綴られつつ、日本が日清戦争日露戦争へとすすんでいった社会背景が描かれる。

立身出世主義ということが、この時代のすべての青年をうごかしている。”とでてくる。子規は、病に倒れながらも、「戦争に行きたい」といい続けるのだ・・・。痛ましい・・・。
子規が体調を崩し始めて松山に帰省していた頃は、まだ中学生の高浜虚子も登場する。

読みながら、そうか、そういうことだったのか、という日本の政治の仕組みについても気づかされることがあった。伊藤博文がつくった憲法は、プロシア憲法をまねたものであり、それによれば、天皇は 陸海軍を統率するという一項があり、いわゆる統帥権は首相に属していない。作戦は、首相の権限外だった。だから、戦争になるような挑発的なことはするなといった陸軍大臣がいる一方で、参謀本部は挑発的な行動をとり、日清戦争は始まる。そして、のちのちまで、日本の政治が迷走してしまうこととなる。


また、当時の韓国は、清国の保護国であり、西洋化していく日本を嫌悪していた、とでてくる。そして、朝鮮は「倭人なものは唾棄すべきことにおのれの風俗をすてた」というだけの理由で日本を嫌悪し、日本の使節を追い返したりもした。明治初年の征韓論は、そういう双方のこどもじみた感情問題が口火となった、とでてきた。ほほう、、そうだったのか。

第一巻では、日清戦争が始まり、終わったところまで。

立身出世というと、仰々しいけれど、若者がなんらかの成功を得たいと思って頑張るっていうのは、今の社会でも変わらないだろう。ただ、その目指す姿やアプローチが変わっているだけで、夢に向かって頑張る若者の姿は、なんだか勇気をもらえる。

目的があるって、人生を美しくする。

 

うん、ゆっくりと少しずつ、読み続けていこうと思う。