『太陽の塔』 by 森見登美彦

太陽の塔
森見登美彦
新潮社
2003年12月20日 発行
(この作品は、第15階日本ファンタジーノベル大賞(主催 読売新聞東京本社清水建設)の大賞受賞作品「太陽の塔/ピレネーの城」を改題し加筆したものです。)

 

『熱帯』が面白かったので、森見さんの本を図書館で借りてみた。

megureca.hatenablog.com

 

デビュー作となるこの作品は、第15回日本ファンタジーノベル大賞大賞受賞。

ファンタジーノベル賞と言うのだから、ほんわりにしたストーリーの本なのかと思ったら、そうでもなかった。。たしかに、ファンタジーだけれど、かわいらしいとか、ふわふわした感じではない。主人公は、ある程度、ご自身がモデルになっているのかもしれない。

 

ストーリーそのものの印象の前に、全体に文章の修飾が多いという印象が強い。フリル、飾り付けの多い文章。気合の入った文章と言ったらいいだろうか。1979年生まれの森見さんの2003年の本だから、20代前半の時の作品なのだろう。なんというか、そういう若々しさが溢れている。。。頭の中に溢れている言葉を、様々なフィールドからの言葉を、つなぎ合わせて、日常の世界に縦横の広がりを与えている。そんな感じ。若いなぁって言うのが一番の感想かな。そして、若者というか、青春のあれこれが話の主題なので、きっと20代の男性が読んだら、すごく楽しいんだろうという感じがした。50代のおばちゃんとしては、ちょっと第三者視点で、ふんふんなるほど若者がんばれって感じ。そういう時代もあるよね、って年寄りの上から目線。

 

作品の出来栄えとしては、圧倒的に『熱帯』の方が高いと感じた。そりゃもう熟練の作家になってからの作品だから、そりゃそうだろう。でも本書もなかなか凝ったストーリー。若干男臭くて、私の好きなファンタジーとはちょっと違う世界だったけどね。

 

主人公は、京都で農学部の4回生の終え、現在は、休学中の5回生。しかし、彼女にフラれたり、違う女子に付きまとわれたり、、、。何故か元カノに近づくなと見知らぬ男にストーカーされたり、、、。招き猫や太陽の塔が出てくるあたりが、なんか地味に昭和の香りも。。著者にとっては、セピアな格好良さがあるのか?昭和を醸すのが、大人なのか??

日常の口語では無い日本語を多用していたり、海外の著名人を比喩として使っているあたりが、なんというか、主人公が大学生なだけに、チグハグな感じで、笑いをそそる。

なるほど、こういう作品を書く人だったんだ。若いなあ。


『熱帯』と本作品を読んでみて、なんとなく彼の作風がわかったような気になった。もっと読んでみないとわからないけれど、とりあえず、なんというかアナーキー的な感じもあり、世捨て人というか、世の中を斜に構えてみている感じ、なのかな。

 

大学生の主人公がそういうか?!って面白かった難解な言葉や、著者の世捨て人観が出ている言葉を覚書。

 

・「・・・いわゆるデビッド・カッパ―フィールド式のくだんないことから始めねばならないのかもしれないが、、、」
 デビッド・カッパ―フィールド:世界を代表する奇術師。

 

・「それこそ万策を尽くして彼女を籠絡(ろうらく)したのだった。」
籠絡:巧みに言いくるめて人を自由に操ること。

 大学生が、大学生を籠絡っていうか?!この、青臭さがおかしい。

 

・「私は何か気の利いた言いわけを一くさりしたいと願ったが、ガラガラと誇りの崩れる音がして、韜晦(とうかい)するためのなんらの手段も講じることができなかった。
韜晦:自分の才能、地位を包み隠すこと

 

・「探さないとみつからないようなものは大したものではない」。四回生の春、大学を逃げ出して、一か月ロンドンをふらついた主人公に対して、友人が言った言葉。「自分探しの旅」と揶揄され、かつ「大したものではない」と・・・。ふふふ。笑う。

 

・「念のために申し添えておくが、鰻の肝で籠絡されたわけではない。」錦市場で、店先に並んでいる鰻の肝をじっと見ている姿を体育会系の先輩にみつかり、先輩にご馳走になった後にその先輩のことを褒める場面。
籠絡が、また出てきた。著者は、籠絡という言葉が好きらしい。

 

・「彼女という桎梏(しっこく)を逃れ、私はようやく本来の自分自身に戻り、錯乱から立ち直ることができたのだ。これは僥倖といえよう」彼女ときっぱり別れて、、、。
桎梏:手かせ、足かせ、自由を拘束するもの。桎(あしかせ)。
僥倖:おもいがけない幸せ。

 

とまぁ、話の内容よりは、表現がおもしろかったかな。夏目漱石吾輩は猫であるが、猫の語りが大げさで面白い、という感じとにている。でも、それがモテない大学生なので、別の可笑しさ。

 

ファンタジーでもあるけれど、実際起きそうな出来事でもあったりして、なんとも、泥臭いというか、男臭い。若さ溢れる作品、って感じ。やられたらやり返す、っていうのも子供じみた作戦がでてきて、笑える。個人的には、もうちょっと美しい作品のほうが好きかも・・・。

 

でもま、時間つぶしに、面白かった。

『熱帯』にくらべれると、10倍シンプル。さーっと読める単行本。装丁が、ちょっとかわいい。なんにも考えたくないときの時間つぶしにお薦め。ただ、大学生の若さを楽しく読める。この主人公に比べれば、自分の大学生生活はこれほどの絶望には満ちていなかった、なんてね。