『掏摸スリ』  by 中村文則

掏摸スリ
中村文則
河出文庫
2013年4月20日 初版発行
2013年5月22日 7刷発行
*本書は、2009年10月、小社より単行本として刊行されました。

 

先日、新たに通い始めた英語スクールのEnglish先生が本書を読んでいた。スコットランド人の彼は、日本に住んでまだ数年だというけれど、日本語をかなり巧みに使いこなす。そして、その彼が授業のときに辞書と一緒に机に積み上げていたのが本書だった。

”Do you read it?”

まさか、日本の本を普通に読みこなすとまでは思わなかったので、思わず聞いてしまった。そう、彼は、読書家でもあるのだった。そして、授業の後に、しばし読書談義になった。彼曰く、太宰治の『No Longer Human』は日本語でも英語でも難しかった、と。そりゃそうだ。『人間失格』は、日本人が日本語で読んでも難しい。他にも村上龍村上春樹夏目漱石、と幅広く読んでいるとのこと。すごい。『こころ』は、深かった、とか。。。まさか、スコティッシュの彼とそんな会話ができるなんて、ちょっとうれしかった。そして、『吾輩は猫である』をすすめちゃったのよね。。。

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で、彼が今読んでいる最中だけれど、面白いと言っていたので、図書館で借りて読んでみた。

本の裏の説明には、
”東京を仕事場にする天才スリ師。ある日、彼は「最悪」の男と再会する。男の名は木崎—― かつて仕事を共にした闇会社に生きる男。木崎は彼にこう囁いた。
「これから3つの仕事をこなせ。失敗すれば、お前を殺す。逃げれば、あの女と子供を殺す。」
 運命とは何か、他人の人生を支配するとはどういうことなのか。そして社会から外れた人々の切なる祈りとは・・・・。大江健三郎賞を受賞し、各国で翻訳されたベストセラーが文庫化!”
と。

作品の名前は記憶にあった。そうか、大江健三郎賞を取って各国で翻訳されたのか。それは、話題になったわけだ。単行本は2009年。リーマンショック後という暗い経済情勢のなか、こういう闇社会を描いたストーリーが受けたのかもしれない。

 

感想。
なるほど。ハードボイルドといえばハードボイルド。でも、主人公はスリであって、殺しはしない。けど、闇社会の暗殺?殺人はでてくる。ちょっと、おどろおどろしくもある。そして、一匹狼のような主人公にもかつては愛する女がいたということ。他人の子供であっても、ほっておけない優しさがあること。。。そんな、ごく普通の人間であるとも言えるスリのプロが、闇世界のドンに使われるとこうなってしまう・・・。
面白かった。結構、一気読み。最後は、え?!このまま?!続きが読みたい!って感じ。
そして、最後についている「文庫解説にかえて」と言う著者の文章によれば、『王国』と言う作品が、この『掏摸』の兄妹編となっているらしい。
この最後についている「解説にかえて」を読むと、本作品が出来上がった背景がわかって、本書をより楽しく読めると思う。先に読んでも楽しめるかも。

 

そこに書いてあって、なるほどと思ったのは、
「この小説を書く前、旧約聖書を読んでいた。偶然ではなく、もちろん意図的に。この小説には、そのような古来の神話に見られる絶対的な存在 /運命の下で働く個人と言う構図がある。」ということ。本作品の中では、その絶対的存在が闇の王、ということ。

 

以下、ネタバレあり。

主人公は、西村という名前のスリ。冒頭は、”まだ僕が小さかった頃、行為の途中よく失敗をした。”と始まる。つまり、子供の時からスリをしていたと言う主人公。そして、スリを働くときの細かな描写が続く。

ターゲットの選び方、どうやって近づくか、どうやって気づかれないように盗み取るか。まるで著者は、スリの達人なのではないかと思うくらい、なるほど、と、納得してしまう手口。狙うのはお財布。しかも、いかにも裕福そうな人。現金をかすめ取ったら財布は敵の懐に戻す。すると、大抵の人はお金をすられたことに気が付かない、、、。

 そんなスリの達人の主人公西村が、かつて一緒に盗みの仕事をしていた石川と言う男に再会し、そこから最悪の男、木崎と出会ってしまう。石川は、チンピラの1人のような男だが、木崎は違っていた。金さえもらえば、人を殺すことさえ厭わない。とは言え、木崎は直接手をくださない。周りの手下どもが、盗みもすれば殺人もする。そんな闇の帝王木崎から西村は、3つの注文を受ける。1つ、ある男の携帯電話を盗み、連絡先の情報を得ること。1つ、ある男の髪の毛と指紋を入手すること。1つ、ある男から書類を盗み、その中身を偽物と入れ替えて、元の書類を木崎に手渡すこと。
 西村は、この難題を頼まれる前に、もっと簡単な盗みの仕事を石川と一緒に頼まれ、結局その事件の関係者が殺されたことを知る。石川も消された。それは、何かあれば、俺は殺しでも厭わないと言う宣言だった。

 西村が、この難題を引き受けざるをえなかったのは、自分の命が惜しいからというわけではなかった。たまたま知り合った親子のためでもあった。その子供は母親に指示されてスーパーで万引きを繰り返していた。西村は、母親と少年にそんなことをしていたら捕まるぞ、と警告する。母親は、よけいなことだと怒る。しかし、万引きすることでしか生きていけない親子は万引きを繰り返す。時には、少年が1人で万引きをしにスーパーにきていた。みかねた西村は少年に捕まらない盗みの仕方を教える。そして、育児放棄の母から逃げるように西村の元へ通ってくる少年だった。

 木崎は.西村のその行動も把握していた。そして、俺の依頼に答えなければ、あの親子を片付けるまでだと言われる。

 西村は、3つの盗みをやり遂げる。その手口の色々も、はらはら、ドキドキ。髪の毛や指紋を盗むっていうのも難題だけれど、携帯電話も書類も、そう簡単に盗めるものではない。それでも、西村はやり遂げる。しかし、やり遂げたにも拘わらず、西村は口封じのために襲われてしまう。人気のないビルの谷間で倒れる西村。血だらけで、意識朦朧とした西村は、ポケットの中にいつ盗んだか記憶にもない500円玉が入っていることに気がつく。血だらけの手でその500円玉を掴むと、自分の存在がここにあると叫ぶかのように近づいてくる足音に向けてコインを転がす。

「人影が見えた時、僕は痛みを感じながら、コインを投げた。血に染まったコインは日の光りを隠し、あらゆる誤差を望むように、空中で黒く光った。」

と、血だらけの西村が誰かがコインに気が付いてくれる幸運にかけて倒れる姿で
THE END.

えぇぇ!!死んじゃうの?!?!死なないの?!?!
って感じで終わってしまう。

 

なるほど、こういう闇の世界がホントにあったら、こわいよぉぉ。。。って感じ。

各国で翻訳されたというのがすごい。スリも闇世界も、どこの国にでもあるということか。ひさしぶりに、こういうハードボイルド系を読んだ。やっぱり、これはこれで楽しい。続き、『王国』も、そのうち読んじゃうかもしれない。

 

むかし北方謙三を読みまくったことがあったけれど、そこまでハードボイルドでもなく、なかなか楽しめる。主人公の強さに憧れるのだ。闇世界のこととはいえ、これも一つの生きる勇気・・・。

 

やっぱり、読書は楽しい。