『コード・ブレイカー(上) 生命科学革命と人類の未来』 by  ウォルター・アイザックソン

コード・ブレイカー(上)
生命科学革命と人類の未来
ウォルター・アイザックソン
西村美佐子、野中香方子 訳
文藝春秋
2022年11月10日 第1刷発行
The Code Breaker: Jennifer Doudna, Gene Editing, and the future of the Human Race(2021)

 

2023年1月21日 日経新聞の書評にでていて、気になったので図書館で借りてみた。新聞の記事は、
”本書は2020年に異例の速さ、かつ初の女性2人でノーベル化学賞を受賞した「ゲノム編集」に関するノンフィクションである。著者はスティーブ・ジョブスにも伝記を頼まれた当代一の書き手、元「TIME」誌編集長。本書ではカルフォニア大学バークレー校ジェニファー・ダウドナ教授と周囲の活動を追った。ダウドナ教授をメインに据えてはいるが、ライバル側を不利に貶(おとし)めることなく、著者独自の分析を入れながら物語を進めていく。”とはじまる。

そう、分子生物学の実生活への応用を大きく変えるゲノム編集技術につながる技術開発の話。私は、農学博士だが、じつはドクター論文は「分子生物学手法を用いた大腸菌による物質生産の試みについて」である。本当のタイトルは、もっとちょっとアカデミックだけれどわかりやすくいうと、そういうこと。遺伝子組換え技術を用いて、代謝改変の研究をしていた。だから、本書にでて来る時代と、ちょっと被る時代に、実験室で遺伝子操作をしていたのだ。DNA配列解析、タンパク質精製、構造解析、遺伝子改変などなど、、、、。RNAやDNAに関する文献は、毎日、山のように読んでいた。実験と文献サーチと、、、。本書にでてくる研究者たちのように、寝る間も、ご飯の時間も惜しんで、実験していた時代がある。同じテーマの研究者同士の交流、時には論文発表の速さを競ったり、そんな世界で過ごした時代もあった。だから、もう、読んでいるとワクワクすると同時に、ずっと鳥肌がたった。もちろん、研究のレベル感はまったくちがうけれど、それでも、研究者が研究に没頭する理由、人それぞれに異なるのもわかるし、サイエンスは世の中に役に立ってこそ意味があるという思い、、、。正直で、抜け駆けしようなんて思いではなく、ひたすら役に立つ技術とするために研究に没頭する主人公、ダウドナ女史。かっこいいと思う。

 

表紙の裏には、
”IT 革命を超える 衝撃、「遺伝子の革命」とは何か。
 人類の未来を左右するイノベーション、 ゲノム編集技術 クリスパー は、いかにして誕生したか。 ノーベル賞科学者 ジェニファー・ ダウドナの「自然に対する純粋な好奇心」がその原動力となった。世界的ベストセラー 『スティーブ・ジョブズ』 評伝作家の最新作。
生命科学の最前線を知る 絶好の書」 大隅良典 ノーベル賞 生物学者推薦! ”とある。

 

原作のタイトルは、「コード・ブレーカー、ジェニファー・ダウドナ、遺伝子編集、人類の未来」だ。まさに、「ジェニファー・ダウドナ」の本なのだ。日本語のタイトルだとそのところがわかりにくい。確かに、ワトソン&クリックのDNA二重らせん構造の解明の話から始まり、生命科学のお話ではあるけれど、何といっても、主人公はダウドナだ。なんで、こういう日本語タイトルにしたのかなぁ、、、、と思う。

まぁ、とにかく、私には、ドキュメンタリーを読んでいるようで面白かった。早く、(下)が読みたい!!! 

 

著者のウォルター・アイザックソンは、1952年生まれ。 ハーバード大学で歴史と文学の学位を取得 。オックスフォード大学にて 哲学 ・政治学 ・経済学の修士号を取得。 アメリカ 『TIME』編集長を経て 2001年に CNN の CEO に就任する。 アスペン研究所 CEO へと転じる 一方、 作家としてベンジャミン・ フランクリンの評伝を出版。 2004年にスティーブ・ジョブズから「僕の伝記を書いてくれ」と直々に依頼される。 2011年に刊行された『 スティージョブズ ⅠⅡ』は世界的なベストセラーとなる。イノベーティブな天才を描くことに定評があり 『レオナルド・ダヴィンチ 上下』( 文芸春秋) ほか、『 アルベルト・アインシュタインの評伝』(文春文庫より刊行予定)も手掛けている。各界の天才たちから 理解者として 慕われ 、二重らせん 著書でノーベル賞科学者 ジェームズ・ ワトソン、 ハーバード大学 マイケル・サンデル教授なども 本作に登場している。現在 トゥレーン大学の歴史学 教授。

本書のどこかに、主人公、「ジェニファー・ダウドナ」の略歴も入れてくれればいいのに、、、なんて思うけど、それはない。いいから、全部読んでおけ、ってことか。

 

目次
序章 世界を救え 科学者たちとコロナの戦い
第一部 生命の起源
第1章 ハワイ育ちの孤独な女の子
 第2章 遺伝子の発見 
第3章 生命の秘密、 その基本暗号が DNA 
第4章  生物学者になるための教育 
第5章 ヒト ゲノム計画とは何だったのか 
第6章 フロンティアとしての RNA 
第7章 ねじれ と 折りたたみ 
第8章 バークレー   自由でパワフルな環境へ 

 

第二部 クリスパー 
第9章 反復クライスター 
第10章 フリー スピーチ・ ムーブメント・ カフェ 
第11章 才能あふれる同士が集う 
第12章 ヨーグルトメーカー 
第13章 巨大 バイオベンチャー   ジェネティック 
第14章 研究室を育てる 
第15章 カリブー を 起業 
第16章 エマニュエル ・シャルパンティエ
第17章 クリスパー・キャス9 
第18章 2012年、 世紀の発表 
第19章 プレゼンテーション対決 

 

第三部 ゲノム編集 
第20章 ヒューマン・ツール 
第21章 競争が発明を加速させる 
第22章 中国出身の科学者、フェン・チャン 
第23章 常軌を逸した科学者、 ジョージ・チャーチ 
第24章 チャン、クリスパーに取り組む 
第25章 ダウドナ、参戦 
第26章 チャンとチャーチのきわどい 勝負 
第27章 ラウドナのラストスパート 
第28章  会社設立 
第29章 シャルパンティエとの関係 
第30章  クリスパー 開発 英雄は誰か 
第31章  特許をめぐる戦い 

 

ダウドナの評伝なので、あえて、目次を全て覚え書き。

ジェニファー・ダウドナは、ゲノム編集技術の画期的手法(「クリスパー・キャス9」)を開発して2020年のノーベル化学賞を受賞した。共に受賞したのは、エマニュエル・シャルパンティエ。本書の中では、共に研究をするも後に険悪な関係となってしまう二人だ。2020年、受賞のころには、また二人の関係も変わっていたのかもしれない。自然科学部門のノーベル賞を女性2人で分け合うのは初めての快挙だったそうだ。

まだ、(下)を読んでいないので、全体像はつかめないけれど、(上)では、ダウドナがどのように分子生物学の世界に入り、CRISPRキャス9の機能解明、ビジネスへと転身していったのか、またその間に共に研究をすすめたメンバー、あるいは、競争し合った研究者とのお話。

本当に、私にとっては、論文の査読がすすまないことをやきもきしたり、特許成立で競い合ったり、、、研究者が読んだら、だれでも、あるある!!と思う波乱万丈の連続でわくわくする。

(上)を読んでわかるのは、ダウドナは、なにより自然科学が好きで、儲けのためにバイオテクノロジーの会社を作りたいのではなく、自分の開発した技術を人々の生活に役立てたいという心からの欲求に素直に従っている人だ。故に、キャリアの途中でビジネスの世界に足を踏み入れては挫折してアカデミアに戻り、それでも時代の流れで再びビジネスの現場に飛びこむ。そして、競争に巻き込まれる。中には、いわれのない誹謗中傷をする人物がいたり、利己的な人間に振り回されたり。。。

 

共に研究を進めたポスドクや他の教授、友人、家族、様々な支えがあって、ダウドナの実績があるのは言うまでもない。純真にサイエンスを愛し、だからこそ自分の発見を認められたいと願う気持ち。世界各国の研究者と共に研究するものの、場合によっては考え方の違いで対立したり。エマニュエル・シャルパンティエとの対立は、おそらく、性格の不一致、といったところか。アメリカ人的におおらかなダウドナに対して、パリ生まれのちょっとアンニュイな?元バレリーナを目指していたエマニュエル・シャルパンティエ。どうしたって、明るくてOPENなダウドナが注目されてしまうのだろう。そして、それを嫉妬しているかのようなシャルパンティエ。。。女の世界は怖い?!?!なんてね。
そういう意味では、私が研究をしていた時代、誰かほかの女性をライバルと思うような機会はなかったなぁ。。。。競合他社との開発合戦はあったけれど。学会で発表すると、競合他社の研究者がわざと意地悪な質問をしたり、、、、1990年代は、結構あった気がする。どいつもこいつも、ちっちゃいな、、と思ったもんだ。

 

著者のダウドナに対する表現でいいな、とおもったのは、「競争と秘密より協力と開放性を好む」ということ。すごくわかる。

サイエンスだけでなく、ビジネスでも、私は「競争と秘密」よりも「協力と開放性」を目指した方が結果的に大きな貢献が出来ると思う。いや、ビジネスだけでもない、人生そのものがそうかもしれない。

OPENな正確な人を、強いな、と感じたことはないだろうか?本当に全部自分のことをさらけ出しているわけではないだろうが、弱みを見せることのできる人の方が強い。

「私は、○○が弱い。だから○○を助けてほしい」と言える方が強いのだ。

そして、自分の発見を秘密にしていると、自分の視点から広がらない。学会発表もそうだけれど、発表する目的は、その発見に対して第三者の意見をもらうことだ。学会発表しても、だれも意見も質問もしてくれない発表というのは、それだけ、、、、注目もされないということ。。。。それに対して、批判的コメントであろうと、誰かからのコメント、質問があって初めて自分には無かった視点で、捉え直す事ができる。

ダウドナは、そうして、強くなっていった人のように思う。

 

かっこいいなぁ。やっぱり、正義のサイエンティストはかっこいい。利己的な人はかっこ悪い。ライバルとして登場するチャンは、特許申請から仲間の名前を途中で外して、結果的にヨーロッパでの特許が成立しなくなっている、ざまーみろ!なんてね。意地悪な人には、そういう結果がまっているのだ。

あー面白い!

 

(下)が楽しみだ!