『マリス博士の奇想天外な人生』 by キャリー・マリス

マリス博士の奇想天外な人生
ノーベル化学賞受賞者
キャリー・マリス
福岡伸一 訳
早川書房
2000年2月10日 初版印刷
2000年2月15日 初版発行
Dancing Naked in the mind field (1998)

 

『微生物ハンター深海を行く』のなかでPCRのはなしが出てきて、福岡伸一さん訳の本書がおもしろそうだったので、図書館で借りて読んでみた。

megureca.hatenablog.com

マリス教授自身が書いた、自伝。

 

表紙の裏には、
” 天才の頭の中ってこんなにヘン!
 マリス博士は、ノーベル賞までもらった世界最高の頭脳の持ち主。彼がはっけんしたPCR( ポリメラーゼ連鎖反応)は、相対性理論やDNA の発見と並んで、20世紀最大の科学的業績の一つに数えられる。でも博士は一方で、無類の女好きでサーフィン狂、そして、LSDの常用者としても有名なんです。
「史上最も身持ちの悪いノーベル賞受賞者の異名をもつマリス博士はこの本で、デートの途中でPCRをおもいついたこと、ノーベル賞授賞式直前にいたずらをして逮捕されそうになったこと、LSDによるトリップ体験、超常現象、恐怖の毒クモとの戦い、アブナイ実験に明け暮れた学生時代をユーモアたっぷりに語ります。クリントン大統領から宇宙人まで登場するスーパー化学者の自伝、待望の刊行!”

 

マリス教授は、1944年、アメリカ、ノースカロライナ生まれ。PCRを発明し、1993年にノーベル化学賞を受賞している。残念なことに、2019年に肺炎でなくなっている。

 

PCRは、コロナ検査でその名が知れ渡り、いまでは知らない人がいない技術といっていい。でも、当時は、本当に画期的な技術で、まさに遺伝子工学の発展に不可欠な技術だったのだ。私自身の研究も、PCRなしには語れない。PCRによって、特定遺伝子をクローニングし、その遺伝子の機能を調べたり、PCRを使って意図的に変異を導入してみたり。そもそも、PCRがなければ遺伝子解析もできない。いわゆるDNAの配列を読むことができないのだ。PCRがなかったら、私の研究はそもそも成り立っていなかったと思う。博士論文もまったく違うものになっていただろう。そう考えると、今の私をつくったのは、マリス教授の技術によるといっても過言でないくらいだ。

そんな、画期的PCRを発明したマリス教授の自伝なんだから、どれほどなものなのか。期待して読み始めた。

 

目次
1 デートの途中でひらめいた
2  ノーベル賞を取る
3 実験室は私の遊び場
4 O.J.シンプソン裁判に巻き込まれる
5 等身大の科学を
6 テレパシーの使い方
7 私のLSD体験
8 私の超常体験
9 アボガドロ数なんていらない
10 初の論文が《ネイチャー》に載る
11 科学をかたる人々
12 恐怖の毒クモとの戦い
13 未知との遭遇
14 一万日目の誕生日
15 私は山羊座
16 健康狂騒曲
17 クスリが開く明るい未来
18 エイズの真相
19 マリス博士の講演を阻止せよ
20 人間機械
21 私はプロの化学者
22 不安症の時代に
謝辞
献辞
訳者あとがき

 

感想。
いやぁ、面白かった!!!これは、これは、、、。あんなにお世話になったPCRの発明者の自伝なのに、なんでいままで読まなかったんだろう、ってくらい、面白かった。
電車の中で読んでいても、おもわず、ぷぷぷぷ、、、と笑い声が出ちゃいそうなくらい。

福岡さんの翻訳もいいのだろうけれど、なんといっても文章の勢い、内容、構成、どれも無駄が無くてとっても読みやすい。マリス教授って、いったい何者なんだ?!?!っておもっちゃう。少なくとも、ただの分子生物学者ではない。物理学者が哲学者であるのとはちょっと違う、、、哲学の匂いは低いかもしれない、、けれど、人生の楽しみ方としては一つの哲学も感じる。加えて、直観力というか、第六感というか、何かを受け取る感度がめっちゃ高い。

話は、PCRにまつわることだけでなく、電気の実験、化学合成、占星術宇宙人にさらわれた?、HIVエイズとは無関係、地球温暖化と人間の活動は無関係、毒クモに刺された命の危機、そして、何人の奥さんがいたのか?マリス教授の浮気というより、奥さんが愛想をつかしてでていってしまい、しょんぼり落ち込むマリス君。

 

いやぁ、ほんと、面白くって、ほぼ一気読み。

 

PCRは、本当にカリフォルニアでのデートの途中でひらめいたのだそうだ。でも、研究者のあるあるで、画期的でありながらも、あまりにもシンプルで、本当に自分の仮説は正しいのか?!?!って、デート相手の彼女・ジェニファーにアイディアの真価を確かめようとする。同じ、研究者であったジェニファーだったけれど、当時の彼女は、あまりPCRに興味を示さなかったようだ。

彼女は、私の頭の中で炸裂したこのアイデアにほとんど興味を示すそぶりも見せず、先ほどから湖畔で日光浴をしている

と、この文章も、うまいなぁ、、、ってうなっちゃう。マリス教授も、ストーリーテラーだわ。

頭の中で炸裂したアイデア、ひらめきが一気に最高点に達する感じ、研究者の快感。

 

マリス教授は、子どものときから色々な実験が好きだったようで、時には危険な実験もあったけれど、母親がそれをやめさせようとすることはなかったそうだ。あっぱれカアチャン。

 

シータス社に入ってからは、会社の安全管理に辟易した様子が書かれている。安全、安全、安全!!って、だったら研究なんかさせるな!って言いたくなるぐらい、お役所仕事をしようとする安全管理者。現場のことなんて理解せず、やたらとルールだけを言いつけてくる。あぁ、わかるなぁ、そういうの。

私は、彼のことを安全管理者(セイフティ・オフィサー)と呼んだことがなかった。かわりに危険人物(デンジャラス・オフィサー)と呼んでいた
って。

わかる~~~!!!!

安全管理者になったからには、血眼になって危険を見出さなければいけない。どんなくだらないことでも、「危険」といいだす。

 

私が働いていた会社でも、安全管理者がいるのはもちろん、課員による「安全パトロール」なるものが実行されていた。そして、どうでもいいような、くっだらないことまでなにかを探して「指摘事項」とかレポートするのだ。「安全パトロール」をしている以上、なにかしら指摘事項を見つけないと、仕事をしたことにならないから、、、。そして、「掲示物の日付が古いです」とか、「管理担当者名が見えにくいです」とか、どうでもいいことをレポートするのだ。。。。まっとうな、危険であれば安全パトロールで指摘してもらったらありがたいけれど、どうでもいいこと、、、、多かったなぁ。。。デンジャラス・オフィサーがやってくる、ってわかるわぁ。

 

実験室の冷蔵庫に、実験用試薬と食べ物(ビール)がいっしょにはいっていることを咎められたマリス教諭だったけれど、これは、社長がビール好きだったことで余計な詮索はまぬがれた、って。笑える。

 

そうそう、昔は、そういうところもゆるかった。私の研究室も、低温室(4℃)で、タンパク質の精製実験をしている傍らに、ビールがよく冷えていた。あぁ、この分画がおわったら、ビール飲もうって思いながら、実験を頑張れたものだ。


実験用のオートクレーブ(高圧蒸気滅菌機)で、おイモをふかしたりもした。要するに、実験以外の目的に、実験室の設備を使うことに対してあまりうるさく言われなかった。だって、別に危険じゃないんだから、いいじゃないねぇ、、、、それが、デンジャラス・オフィサーがやってくると、なんでもかんでも、ダメダメダメ、、となっちゃう。あぁ、、、悪夢。

 

マリス教授は、国家の予算の優先順位について、科学的根拠できめられることはない、とひにくっている。声の大きい人のところにお金は流れる、、、、。これも、会社のなかでもあるある、かな。

 

アボガドロ数、懐かしい響き。6.023×10**23。分子量とは、アボガドロ数の分子に相当する化学物質をグラム単位で表したもの。その量を1モルという。学校でもならったけれど、マリス教授は、そんな巨大な数字を使うから計算間違いをする。アボガドロ数なんてつかわず、グラムで計算すりゃいいだろう、って。たしかに、ね。
必要な時だけ、換算すればいい。

 

マリス教授は、今日では当たり前のようにみんなが信じていることも、本当に科学的証拠があるわけではない、といっている。オゾン層破壊による皮膚がんの増加といわれているが、地表の紫外線の量を具体的に測定したデータはないのだそうだ。また、HIVエイズの関係についても、具体的にエイズHIVによって引き起こされる事を証明した論文はない。

 

なるほどなるほど。

 

原書が、1998年の出版だから、今では科学的に証明された諸説もあるかもしれないけれど、たしかに、メディアの報道でみんなが騙されていることはよくあること。子宮頸がんワクチンと副作用の話も、日本だけが科学的根拠のないままにワクチン接種が長期間見送られてしまった。

 

コロナワクチンの副作用も、後遺症も、科学的に根拠が無くて、現象論だけで語られていることは多くある。科学的に解明される前は、現象論で話さざるを得ないことはわかるけれど、メディアは、まるでその仮説が科学的根拠があるかのように報道する。そして、視聴者は「犯人」を見つけたと思い込まされて、だまされるのだ・・・。

 

やっぱりね、自分の頭で考えないとね。

そして、考えたことを表明し、実行したのがマリス教授。

マリス博士、奇想天外過ぎて、家族だったら大変そうだけど、お友達になりたかったな。

 

読書は、楽しい!