ラナーク
四巻からなる伝記
アラスター・グレイ
森慎一郎 訳
国会刊行会
2007年11月15日 初版第一刷発行
LANARK by ALASDAIR GRAY (1981)
昨日の続き。
目次
第三巻
プロローグ
第一巻
一旦休憩
第二巻
第四巻
エピローグ
おまけ 『ラナーク』の生い立ち
訳者あとがき
『ラナーク』のなかで、響いた美しい言葉たちを覚書。
・ラナークが収容された病院の音楽療法医師の言葉。
「 言語療法は信用してないんだ。 言葉という伝達手段は 嘘と言い逃れの温床だよ。 音楽は嘘をつかない。 音楽は心に語りかけるんだ」
うん、音楽は嘘をつかないかもしれない。言葉は人を癒す力もあれば、傷つける力もある。。。使い方を間違っちゃいけない。
・太陽のない世界でストレスを募らせるラナーク。
「 僕は太陽の下で愛し合い、友と語らい、働きたいんです。」
うん、太陽は、偉大だ。
・恋人のリマとラナークが一夜を共に過ごす姿の描写。
” 2人はそんな風にして、 引き出しの中の2本のスプーンみたいにぴったりと寄り添ったまま朝まで 横になっていた”
やさしい・・・・。
・少年ダンカン・ソーが母の愛を注がれている姿。
” 母が部屋に入ってきて私の隣に横になり、飢えたように私を抱きしめた。 こうしたことが 何度か起こった。私の夜は、期待と喜びに満たされ、私は一日中 唖然としていることが多くなった。というのも雷鳴のごとき母のキスは耳元で花火のように 炸裂し、その後しばらくのあいだ、私の頭の中は完全に空っぽになってしまったからだ。”
雷鳴の如き母のキス、、、日本文化では生まれない表現だろう。でも、オーバーフローしている母の愛がダイレクトに表現されている。原文を確認したい。
・忘れてしまった過去を知りたがるラナークにリマの言葉。
「 そんなこと知ってどうするの? 私たち幸せでしょ? けんかしてないときは」
・過去をしったところで苦しみから逃れられないとさとるラナーク。
”けっきょく、頼みの逃避手段は死ぬことだけだが、死ぬためには肉体が必要で、私の場合は肉体を退けてしまっていた。”
死ぬための肉体が残されていることは、一つの幸せかもしれない、、、ということを暗示している。本書のラストでは、自分の死ぬ時を知ることのラッキーについても語られている。
・自分の欲望に悩むソーの心の叫び。
「・・・自家受精がしたい。ああ、主なる神よ、天国と地獄の創造主にして保全者たる神よ、ぼくに自家受粉をお許しください!もし本当にいらっしゃるのなら」
不確かな存在にでもすがりつきたくなる、青年の叫び。
・母の愛をおもいだしつつ、寂しさにつつまれたソーの心の描写。
” 悲しみが心の奥のほとんど意識に上がらないような 一角をとらえ しきりに引っ張っていた。 主人の注意を引こうと上着の裾を引っ張る 子犬みたいに。”
こんなに胸をわしづかみにされるような表現があるだろうか。。。子犬のクィ~ンというセツナイ鳴き声が聞こえてくる。
・ソーが上手いこと美術学校にいけるようになったのは、いろいろなラッキーが重なったからだ、と友人のコールターに話す場面。コールターの言葉。
「まあな、でもそのたまたまは、おまえだから可能になったたまたまなんだ。おれじゃだめなんだよ。」
・色々なことがうまくいっている友人マカルピンと、人生に悩むソーの会話。
マカルピン「 じゃあ君は このグラスゴー をちょっとばかり想像力のある町にしてやるために絵を書いているってわけだな」
ソー「 いや。 それは口実だよ。僕が絵を描くのは、 絵を描いていないと自分の人生が無価値で無目的に思えるからだ」
マカルピン「君には目的がある。 うらやましい」
ソー「君には自信がある。うらやましい」
マカルピン「どうして?」
ソー「そいつのおかげで、 君はパーティーに招待してもらえる。 酔っ払った時にソファーの裏で家のお嬢さんにキスできる。
マカルピン「 そんなのたいしたことじゃないよ、ダンカン」
ソー「 それはできる 人間の言うことさ」
それな。。。。。
・ソーが精神的に不安定になって、精神科棟へとつれていかれてしまう。医者と話をしても虚しさだけがつのった。その心の描写。
” 精神科棟に行くのは楽しかったが、病室に戻ると、ちょうどその演技が喝采も罵声も浴びなかった役者のように、かすかな不安と脱力感を覚えた。”
・ソーが、幼なじみの家で、本人ではなく彼の母親と交わした会話。
「ロバートが新聞記者?」
「そうよ。あの子、昔から物書きになりたがってたから」
「そんなこと、ぼくにはひと言も言いませんでした!」
「言いたくなかったのよ。ダンカン、あんたはね、いつだって偉そうに喋り倒してばかりで、相手は口を挟もうにも挟めないの」
・リマの寝顔をみつめるラナークの気持ち。
” 眠りのせいで子供っぽく見えるリマの顔は、 眠っているものに対して 我々がよく感じる、 あの優しさに満ちた、それでいて 寂しさの混じった 優越感で、 ラナークの心を満たした。”
ほんの一部だけ、覚書したけれど、本当に美しい文章なのだ。時々、ぎゅーーって胸が苦しくなるようなセツナサの大波小波。寄せては返す、波の如き言葉の応酬。翻訳もいいのだろう。やっぱり、原文で読みたい。
いいなぁ、、、こういう世界。てんこ盛りだけど、消化不良を起こさせない。起こしているかもしれないけど、気づかせない。
言葉は嘘をつくかもしれないけれど、言葉で表現できる無限の可能性を示してくれる一冊。
少なくとも、今現在、2024年に読んだ本の中でダントツ1位!だな。
読書は、楽しい。