『あきらめる』 by 山崎ナオコーラ

あきらめる
山崎ナオコーラ
小学館
2024年3月20日  初版第1刷発行

 

2024年5月4日の日経新聞の書評で紹介されていた本。面白そうだったので、図書館で借りて読んでみた。

 

ストーリーは、記事で紹介されている。そのまま一部抜粋、引用すると、

”川沿いの散歩コースでカワセミを見つけた初老の男、早乙女雄大(ゆうだい)が、母子と見える輝(あきら)龍(りゅう)の二人連れと言葉を交わし、同じマンションの住人と知って親近感を抱く場面から始まる。火星移住の12期の募集が始まっている。初期は富裕層中心だった移住が、今は「成熟者と、七歳未満の子どもとその家族」が優先されるらしい。「成熟者」とは老人、シニアのことで、雄大は「成熟者」に当たる。そして龍は5歳だという。

雄大には妻と2人の子がいるが、今はみんなバラバラに生きている。幼馴染(おさななじみ)の岩井との同性愛を、妻に打ち明けた結果そうなったのだ。ところが岩井は治らない病で余命宣告を受け、病院で死を待つ身だった。「あきらめる」が口癖の雄大に、あきらめきれないことがそこから始まる、と夢の中で岩井は告げる。

一方、輝は元夫の前妻の子を引き取って育てているが、龍は挨拶ができず、幼稚園にも通いたがらない。子育てにも社会生活にも不適格な自分を責め、輝も人生をあきらめている。この2人の前に、奔放な子どもトラノジョウが現れ、龍と友達になったところから、物語が急発進していく。

もう一人、雄大の第1子の博士(はかせ)は芸術家を目指したのに評価を得られない上に難病で動けなくなり、ロボットを分身(アバター)にして行動している。彼の孤独もやるせない。
こうして雄大、輝、龍とトラノジョウ、そしてロボットの博士が、火星へ行くことになるのだ。”

というお話。

 

著者の山崎さんは、1978年生まれ。作家。性別非公表。2004年『人のセックスを笑うな』でデビュー。 目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にもかけない文章を書きたい」。趣味は育児。火星に持っていきたいものは、タブレット。。。。。

 

育児が趣味というから、親業をされているのだろう。性別非公表とは、知らなかった。勝手に、女性だと思っていた。『人のセックスを笑うな』は、文庫本で読んだことがある。内容は忘れたけれど、面白かったような、、気がする。でも、それ以外の作品を読んだ覚えがないので、すごく気にいったわけではなかったのだろう・・・。

 

目次
第1章 熟者の孤独 散歩
第2章 私の不思議な子どもたち
第3章 小さな小さな小さな世界で
第4章 マジックテープとコンビニエンスストア
第5章 火星 の 育児
第6章 噴火口に入れるもの

 

感想。
いやぁ、、、面白かった。思いのほか、面白かった!


タイトルからして、人生をあきらめるとか、ちょっとアウトローなのかなぁ、と思って読んだのだけれど、、、。確かに、人類が火星に移住する時代設定なので、人生に疲れて火星行きを選ぶ人もいなくもない、、、気がする。でも、、、火星で新たなスタートを切ることに、大きな夢をもって挑む人もいるのだ。。。そして、本作の登場人物たちは、みんなそれぞれ、火星で果たしたい夢をもって火星行きを決心する。まぁ、、、報われないこともあるのだけれど。。。

 

お話の多くの部分は、「火星移住第12期募集」に申し込むまでの、地球上での物語。離婚、同性愛、カミングアウト、発達障害、難病、育児ネグレクト、、、、と、なかなか幅広いトピックス。でも、同じマンションに住む人が、世代を超えて交流したり、子どもを通じて、その輪が広がったり、はたまた、正体不明のYouTuberを通じて、みんながつながったり、、、。かつ、コロナ後の作品らしく、当たり前の人同士の接触を避けるのが常識となっている世界。

 

以下、ネタバレあり。

 

主な登場人物。

早乙女雄大:主人公。初老の男。一人暮らし。今では、散歩につきあってくれる妻も子どももいない。

岩井雄大の幼なじみ。不治の病で入院中。雄大は、毎日のように岩井を見舞う。

弓香雄大のもと妻。離婚が成立しているわけではないけれど、雄大から岩井のことが好きだったと打ち明けられて、家をでる。もう、雄大とは、つながりを持つ気が無い。

塔子雄大と弓香の娘。研究にはまり、そのまま大学で仕事をしている。

博士雄大と弓香の息子。いつか、アーティストとして大成するつもりだったが、気が付けば、何もできない30歳になっていた。自分に関わろうとする家族を疎ましく思い、家をでる。独り立ちし、いつか、大成して親に褒められるんだ、、、とおもっていたのに、徐々に体が動かなくなる難病を患う。そして、火星に関する情報を発信するYouTuberとなる。また、動けない自分の代わりに、近所をロボットに散歩させる。

秋山輝雄大と同じマンションの住人。ファストフード店で仕事をしている。5歳の龍を育てている。

:秋山輝の元夫の息子。ゼロ歳から育ててきたので、夫と別れた時に輝が龍を引き取る。養育費は元夫から送られてくる。人に挨拶をしたり、友だちにあわせることができず、小学校では特別支援クラスではないけれど、支援が必要な子どもと判断される。そういう子どもを支援する組織に通っている。小学校へ行くことにも、ランドセルに興味が無い。

トラノジョウ:龍が、公園で「おともだちがいる」といって、あったこともなかったトラノジョウと遊びたがったことがきっかけで、龍と友だちに。輝がみるに、同じ服を着続けているなど、親の育児ネグレクトを疑う。本人は、お母さんと暮らしている、という。また、火星におおいに興味があって、火星 YouTuberである博士のことを尊敬している。

ユキヤマユキ:トラノジョウの母親。輝が、トラノジョウにお家をきいて、1人で会いに行く。シングルマザーで、男はどんどん変わる。恋をしていないと、自分は死んでしまう、という。トラノジョウのことは、愛しているけれど、どうしてあげればいいのかわからないのだ、と、輝に話す。

キナヌマ君:龍やトラノジョウが通うことになる輝の母校、第七小学校で、輝の同級生。殺人事件の犯人として服役中。小学生の時、輝と同じように、いじめられっ子だった。そして、輝は、ある時にキナヌマ君をランドセルで殴ってしまった自分を今でも許せないでいる。輝の回想として登場するのみ。でも、いじめ、ランドセル、暴力、という重要なファクターを一つにつなげる人物。


主人公は、早乙女雄大という、成人した二人の子どもを持つ男なのだが、既に離婚している。妻だった弓香は、雄大が幼なじみの岩井(男)が不治の病に倒れたことをきっかけに、岩井のことを好きだとカミングアウトした後、家を出て行ってしまう。そして、マンションで1人暮らしをしているのだが、そこで出会うのが、秋山輝(あきら)と子どもの龍。

物語の最初の方では。岩井の性別も、輝の性別も、イマイチはっきりとは描かれていない。私は、読みながら、輝は、男なんだと思っていた。。。でも、後で子どもを生まなかった、という話が出てきて、あ、女だったんだ、と分かる。

龍は、発達障害があり、その子育てに悩みながらも、輝は龍を大事にそだてている。そして、トラノジョウを通じて、ユキとも出会う。龍とトラノジョウの子育てを、雄大は見守っている。

 

あるとき、弓香が火星に行ったと娘の塔子から聞かされた雄大は、自分も火星に行くことを決心する。時を同じくして、色々あった末に、輝は、龍とトラノジョウの養育者として火星に行くことを決心。


また、難病で火星に行けない博士だったが、トラノジョウの提案で、身代わりロボットの火星行が認められる。

 

色々な葛藤をかかえながら、火星に向かう人々。

 

そして、ロボットを通じて雄大は何十年ぶりかに息子の博士と話をすることとなる。また、火星行きの船の中で、コンビニではたらく弓香に会うが、二度とあなたとは人生を共にしないと言い切られてしまう。

雄大にとっては、弓香を失い、博士を取り戻した火星行き。。。

 

最後は、火星のオリンポス山への登山をする雄大たち。

宇宙服を着ての厳しい登山なので、それぞれのペースで、ムリと思ったらそれぞれが下山しようという約束で登り始める。

でも、最初にダウンしたのは雄大。そして、、、結局、みんな雄大と同じペースで、、、。

 

物語は、オリンパス山登山で終わる。

 

結局、登山も頂上はあきらめる。

「あきらめる」が、たしかにキーワードになっているのだけれど、輝がいうように、あきらめるというのは、もともと「物事をあきらかにすること」が語源なのだ。「物事をよくみる」「心の中を明かす」ということらしい。

 

あきらめないと、次に進めない、、、そんなことの積み重ねが人生、って感じのお話だった。

 

時代設定が、火星移住ができる時代なので、現実的すぎないところが救いかもしれない。いやいや、みんなそんな悲惨な人生をおくっているわけではない。みんなそれぞれに、それぞれの幸せの中で生きている。それでも、火星に夢を託して移住していくのだ・・・。

 

火星移住は、できるようになっているとはいえ、まだメジャーではない。地球を捨てていくのか!というアンチ火星移住派もいる。それでも、抽選に当たらないとなかなかいけない火星。。。

 

リアルなような、ファンタジーなような、、、不思議な世界だった。

 

面白くて、一気読みした。

読み終わってしまうと、何も心に残らないような、、、さっぱり感もある。

時々、ドキッとさせられる言葉もでてくる。

「あきらめる」だって、ちょっとドキッとしちゃう。

なんだか、不思議な作家さんだな。

 

読み終わって、あぁ、ここは地球だった。

まだまだ、私は地球で暮らしていくことを、あきらめられないな、って思った。

 

でも、人生においてあきらめたこともたくさんある。

そうでないと、次に進めないからね。

あきらめるという言葉に、そんな色々な意味があったとは、知らなかった。

広辞苑には、「明らめる」と「諦める」がでていた。そして、「諦める:明らめるの意から、思い切る」」という説明もあった。

なるほどね。

 

明らかにして、思い切って、前に進む。

 

ま、世の中、「明らめ」ないほうがいいこともあるけどね。

 

読書は、楽しい。