『落日』 by  湊かなえ 

落日 
湊かなえ 
角川春樹事務所 
2019年9月2日 第1刷発行 


先日、YouTubeWOWOWが第一話無料配信をしていたのだ。どうやら、『落日』という湊かなえ原作のWOWOWオリジナルドラマらしい。北川景子がでていて、目に入ったので、つい、ちょっと見てしまった。そしたら、面白そう。WOWOWは加入していないので、だったら、原作を読んでみよう、、と、図書館で借りてみた。


本の紹介には、
”わたしがまだ時折、自殺願望に取り付かれていた頃、サラちゃんは殺された──
新人脚本家の甲斐千尋は、新進気鋭の映画監督長谷部香から、新作の相談を受けた。
十五年前、引きこもりの男性が高校生の妹を自宅で刺殺後、放火して両親も死に至らしめた『笹塚町一家殺害事件』。
笹塚町は千尋の生まれ故郷でもあった。香はこの事件を何故撮りたいのか。
千尋はどう向き合うのか。そこには隠された驚愕の「真実」があった……令和最高の衝撃&感動の長篇ミステリー。”と。

湊かなえの作品は、いつも驚き満載のプロット。今回も楽しみにして読んでみた。

 

感想。
一気読み。なんとまぁ!面白い。ミステリーだし、扱っているテーマは、虐待、イジメ、自殺、殺人、放火と重いテーマ。でも、主人公が事件を追いながら脚本家として目覚めていく成長、家族愛、愛と成長のテーマもある。

過去を知ることは、生きる力になるのか、、、、。
と、大きなテーマもある。

まぁ、よくこれだけ複雑な人間模様を描けるなぁ、と思う。登場人物の数はさほどおおくないけれど、それぞれが過去にまさかの接点。湊かなえらしい作品、という感じもする。
面白かったぁ。
380ページの単行本。ほぼ一気読み。

 

以下、ネタバレあり。

主人公は、脚本家を目指す千尋。でも、ストーリーの始まりは、映画監督の長谷部香の子供の頃の思い出のシーンから。

「思い出すのは、あの子の白い手。忘れられないのは、その指先の温度、感触、交わした心。」とはじまる。

香が就学前、まだ幼稚園に行っていた頃から、香の母は、香に小学生用のドリルをやらせ、出来がわるいと香をベランダに出した。エキセントリックな母と、もの静かだった父。そこは、笹塚町という静かな田舎の街だった。香は、成績が悪くてベランダに出されているある日、隣の家のベランダにも同じようにベランダに出されている子供がいる気配に気が付く。一度も声を聞くことも、顔を見ることもないまま、ベランダの仕切り板の下の隙間から、指のしぐさだけで気持ちを伝えあった。そして、或る時、スーパーでその子が母親といっしょにいるところにであう。沙良ちゃんだった。ドキドキする香。でも、沙良ちゃんは香に興味なさそうだった。そして、沙良ちゃんとは言葉を交わし合うことなく、別れは突然やってくる。香の父は、映画を見に行くといって一人で出かけていったまま、海で遺体で見つかった。香は、母と一緒に母の実家に引っ越すこととなる。

母の祖母の家に引っ越した香だったが、母は香に夫の幻影をみるようになり、夫が自分を責めるように自殺したと思い込んでいる母は、香を責めるようになる。或る時には、香の首をしめた母だった。見かねた祖母は、香を父方の祖父母の家に預ける決心をする。香は、父方の家に引っ越した。そして、父の両親に大切に育てられる。お嬢様学校育ちの父方の祖母は、香に自分の母校への入学を勧めるが、香は「お父さんと同じ学校にいきたい」といって公立中学校へ通うようになる。そして、いじめられっ子をかばったことで、巻き込まれるトラブルの中で、自殺を考えるようになる。そんな矢先、沙良ちゃんと両親が兄・力輝斗に殺される事件が起きる。それは、香が15歳のとき、あれから18年。。。

 

現在33歳の香は、『一時間前』という自殺者が死ぬ前の1時間をテーマにした初監督映画で一躍有名な映画監督となっている。そして、沙良ちゃんが亡くなった『笹塚町一家殺人事件』の真相をさぐるべく、映画を撮ろうと決心する。そして、その脚本を書いてほしいと、千尋に連絡してきたのだった。

千尋は、笹塚町出身で、今は脚本家をめざして恋愛ドラマ脚本の大御所・大畠淳子の元でアシスタントをしながら働いている。そんな千尋に香が声をかけてきた。有名監督が、無名の私になぜ?といぶかりながらも、はじめて香と顔を合わせる千尋。香は、千尋が以前とったドラマで、笹塚町の風景が使われていたことから、千尋を笹塚町の関係者とみて連絡してきたのだった。そして、名前から香は、自分の同級生だった千穂が脚本家千尋かもしれないとおもっていたのだった。香の同級生だったのは、千尋の姉だった。「ピアノがとても上手で、初見ですぐに上手に弾いていた」と姉の思い出話をする香に、嬉しい気持ちがする半分、姉じゃなくてごめんなさいね、という拗ねた気持ちで、仕事は引き受けられない、という千尋。いまさら、笹塚町一家殺人事件のことなんて覚えていないし、、と断るのだった。

ところが、同じ笹塚町出身のいとこ・正隆に、「大監督からの依頼を断るなんてもったいない。ちょっとは事件のこと調べてみたら?」と言われ、千尋の心が動く。正隆は、香の同級生でもあった。そして、正隆は、沙良の同級生だったという友だちを千尋に紹介してくれた。同級生だったという女性イツカの話は衝撃的だった。

「沙良は究極の嘘つき。沙良は、私の陸上選手人生を台無しにした」

イツカが語ったのは、香が幼い時に慰め合ったベランダ越しの少女とは似ても似つかない沙良の人格だった。

沙良は病的な嘘つきだった。両親は本当の親ではない、心臓の病気で身体が弱くて無理はできない、今の両親にはイジメられている、などなど、、、、。自分を悲劇のヒロインに仕立てる嘘。そして、人の気をひいて、自分の我がままを通すのだった。そして、嘘がばれそうになると、相手を傷つける。イツカは、沙良に誘われて登った高所の上から突き落とされ、取り返しのつかないケガをおわされたのだった。人の心も身体も傷つけても、何も思わないのが沙良の現実の姿だった。そして真実は、両親は沙良だけをかわいがり、兄の力輝斗は引きこもりだった。


千尋は、イツカから聞いた話を香に伝え、脚本を書かせてくれと再度連絡する。そして、二人で事件の真相を追う旅が始まる。

 

中学生の時に起きた様々な事件。そして、香がベランダ越しに思いを通じ合わせたと思っていた相手は、沙良ではなく力輝斗であった可能性が浮上。虐待されていたのは、力輝斗だったのだ。力輝斗の裁判では、精神鑑定は行われたものの、精神衰弱ではないとされた鑑定結果により、死刑判決。その鑑定を行った精神科医は、物議をかもす精神鑑定で有名で、メディアや一般庶民が喜びそうな鑑定結果を法廷に提出しているといわれていた。当時助手として力輝斗の鑑定をおこなった医師は、その精神科医を告発していた。そして、僻地に転院もさせられていた。その医師によれば、力輝斗は最後まで本当のことは話してくれなかった、、、と。力輝斗は自分の罪をみとめ、罰してくれというだけだった。きっと、あの事件には別の真実がある、とその医師は二人に告げた。

 

そして、その秘密のカギを握るのは、実は、千尋の姉、千穂だった。千尋は時々千穂にメールする。「おねぇちゃん、どう思う?」「おねぇちゃん、どうしよう」しかし、千穂からの返事は物語には出てこない。最後に明かされるのは、千穂は、高校一年の夏に自転車事故で亡くなっていたということ。千穂の死を受け入れられない母が、千穂をはねた加害者が謝りに来た時に「千穂はフランスにピアノ留学に行っているので」といったのが始まりだった。そして、千尋も父も、まるで千穂が生きているかのように暮らしてきたのだった。その母もすでに癌で他界した。千尋は、父に、千穂の死に向きあって受けいれよう、と提案する。そして、姉が亡くなってからそのままの姉の部屋で、姉の日記を見つける。そして携帯電話。そこに隠されていた真実とは、、、、。

 

これ以上ネタバレを知りたくない人はここまでで・・・。

 

さらに、ネタバレすると、結局、千穂の交通事故の原因を作ったのも沙良だった。千尋の姉も沙良の被害者だったのだ。そして、その千穂と密かに心を通わせていたのが、力輝斗だった。引きこもりだった力輝斗は、夕方から夜にかけての時間だけ、公園にいっては野良猫にエサをやっていた。公園で逆上がりの練習をする千穂に、そっと声をかけて応援してくれたのが、力輝斗だった。千穂と力輝斗が一緒にいることを見た沙良は、兄が楽し気にしていることが許せない。兄から大事なものを奪う。それが、千穂を事故に巻き込む結果となる。そして、兄に自分が千穂を片づけてやったと告げる。千穂に包丁を突き立てた力輝斗。家に火をつけた。その日、両親は外出していたので、両親が火事にまきこまれることはないとおもっていたのだが、結果的には両親は焼死。力輝斗は両親が酔っぱらって帰宅して既に1階で寝ていることには気が付いていなかった。結果は、一家三人の殺人となってしまう。

全てを知った千尋は、決心する。姉の千穂をヒロインとした笹塚町一家殺人事件の脚本を書くことを。


まぁ、ホントに、すごい展開。沙良のような病的な嘘つきの人間は、確かにいる。そして、千穂を車ではねた加害者の男性も、或る意味沙良の被害者だ。物語でこの加害者は、当時、結婚一年目の真面目な会社員。奥さんのお腹には子供がいた。そして、すぐに、救急車をよび千穂の救出、蘇生もこころみたものの千穂は亡くなってしまう。加害者は、刑務所に入ることにはならなかった。そして、生まれた赤ちゃんをつれて、千尋一家を弁護士と共に謝りにやってくる。目の前に姉を殺した人がいる。。。それ以外の何の感情があるか・・・。

 

物語は、「映画」というのも一つのキーになっている。最後、香の父が亡くなったのは自殺ではなく、事故だったということも判明する。

「許し」が一つのテーマなのかもしれない。

まぁ、とにかく面白かった。普通に映画化しても十分面白いと思う。湊かなえは、プロットがすごい。どこからこれだけ沸いてくるのだろう。。。
悲しいお話ではあるけれど、人が死んでいるのはすべて過去のこと。
過去を知ることは、生きる力になる、と信じたくなる一冊。

 

面白かった! 

 

読書は楽しい。