『消費者と日本経済の歴史 高度成長から社会運動、推し活ブームまで』
満園勇
中公新書
2024年8月25日 発行
日経新聞2024年 9月21日の 書評で紹介されていた 新書。
記事には、
”日本経済の歴史をたどりながら、企業や政府、そして社会が、消費者をどのようにとらえてきたかを解説する。高度経済成長期に「消費者」という言葉が定着していき、1970年代半ばから生活の質や環境問題が問われる中で「生活者」という見方が広がった。80年代後半からは、企業側が利害を共有する「お客様」ととらえる流れが強まったという。消費者の権利や責任をめぐる深い考察が光る。(中公新書・968円)”とあった。”
経済の歴史というタイトルにもひかれ、図書館で借りてみた。
表紙裏の説明には、
”SDG’s、 応援消費、カスハラなど、消費者にまつわる用語に注目が集まっている。背景にはどのような潮流があるのか。本書は、1960年代の消費革命から、平成バブル、 長期経済停滞、現在までを、消費者を通して読み解く。生産性向上運動、ダイエー・松下戦争、堤清二とセゾングループのビジョン、 セブン-イレブンの衝撃、お客様相談室の誕生などを論じ、日本経済の歩みとともに変貌してきた消費者の姿と社会を描き出す。”と。
著者の満園さんは 1980年 千葉県生まれ。 東京大学大学院人文社会系研究科、博士課程修了。 博士(文学) 日本学術振興会特別研究員、 立教大学講師などを経て、北海道大学大学院経済学研究院准教授。専攻は日本近代現代史。
目次
まえがき
序章 利益、権利、 責任、そしてジェンダー
第1章 消費者主権の実現に向けて 1960年代~70年代初頭
1 高度経済成長と消費革命
2 消費者主権という理念
3 日本消費者協会とかしこい消費者
4 ダイエー・松下戦争の構図
第2章 オルタナティブの模索と生活者 1970年代半ば~80年代半ば
1 石油危機後の日本経済と生活の質
2 生活クラブの消費財
3 大地を守る会 と有機農業運動
4 堤清二のマージナル 産業論
第3章 お客様の満足を求めて 1980年代後半~2000年代
1 長期経済停滞 への転換と消費者利益
2 顧客満足の追求とそのジレンマ
3 セブンイレブンにとってのお客様
4 お客様相談室の誕生
終章 顧客満足と日本経済 2010年代
1 現在史から見えたもの
2 新たな潮流 エシカル消費、 応援消費、推し活
あとがき
参考文献
感想。
おぉ、なかなか、面白い。近現代史が専門というが、本書は、主に1960年代から現代までなので、私が生まれ、育ってきた時間とほぼかぶっている。でも、さすがに、 子供の頃には 日本の中の経済の動きというのは分かっていなかったので、 こうして読んでみると、 ああ そういうことだったのかと、自分の実体験が歴史として語られる場面に出くわす。だから、面白い。
私の経済に関する記憶の最も古いのは、オイルショックでトイレットペーパー品切れ事件の時代。 スーパーでのトイレットペーパーの購入は 1人1点、と数が限られた。幼稚園生だった私は、母に手を引かれ、その「一人」になるべく列に並んだ記憶がある。
「消費者」という言葉も、実は歴史が浅い。本書によれば、
” 消費者という言葉が日々の暮らしを送る人々にとって身近になり、 消費者としての私といった意味が広がっていくのは、第二次世界大戦以降 とりわけ 1960年代以降である。”とのこと。
つまりは、つくる人と消費する人が別々になっていったということでもある気がする。
高度成長期に、商品は大量生産されるようになっていく。そして、商品による事故や公害もおきた。消費者は、より安全をもとめるようになって、声をあげるようになる。そして消費者によるモニタリング、消費者の意見を求める生産者がふえていく。消費者も組合のように組織をつくるものもでてくる。生活協同組合、COOPとか。
そうか、そうだったのか、、、の歴史である。
第1章では、生産者主権が消費者主権に移り変わっていく時代の話。経済同友会が資本主義の新しい考え方の一つとして、消費者主権を提唱したことがきっかけに、消費者の声が生産活動の参考にされるようになる。
1946年 消費者運動の始まり
1948年 主婦連合会の設立
1955年 日本生産性本部の設立
経済同友会の郷司浩平は、”経済は国民のためにあるのだから、経営者は株主に奉仕することだけが役目ではなく、消費者にも奉仕、 従業員にも責任を持つ 立場にあるとして、経営者には 「株主・消費者・従業員」の3点の頂点に立つ自覚が必要だと強調した。1950年代のこと。
今の経営者はどうだろうか?「株主・消費者・従業員」の頂点にたっているといえるのは、どれほどの人数か・・・。悲しいかな、ほとんどは「株主」様になっている気がする。
50年代、60年代、消費者も大事にされていた時代があったということ。
そして、消費者団体がつくられていった。 日本の消費者団体はアメリカの消費者同盟(CU、1936年設立)とは異なる性質を持っていた。 アメリカのCUは、 消費者の経営的利益を追求する団体としての中立的な立場から 商品テストを行い、その結果を雑誌などで 購読者に情報提供する形で会員の定期購読者による購読料で団体の人を確保しながら事業を展開した。一方で日本の消費者運動は、女性、多くは主婦を担い手とする運動を軸に展開され、異なる様相となる。CUが、資金の点でも独立していたのに対して、 日本の場合は商品テストをするにしても、生産者が提供する商品を用いている点で、独立性が弱かったかもしれない、と感じた。
そのようは「商品テスト」活動の流れで、『 暮らしの手帳』が誕生した。いまでは、ちょっと特色あるライフスタイル雑誌のような『暮らしの手帳』だが、創刊の狙いは消費者を守ることだったのだ。しらなかった。
そして、「かしこい消費者」という言葉がうまれ、『買い物上手』という冊子もうまれた。
日本らしいというのか、、主婦のお買い物を想定している。主婦は、「かしこく」買い物しなくてはいけないとプレッシャーを受ける。みんながはいっているならと、COOPに入る。共同購入なら安くなる、、、と。生活クラブの台頭。
だが、社会が消費者は「かしこく」あらねばならないと迫る一方で、企業と消費者の間の圧倒的情報の非対称性は否めない。
現在では義務づけられている食品等の「原材料表示」も、かつては情報として消費者には提供されていなかった。
そうこうしている間に、
1971年 ニクソンショック (ドルと金の交換停止)
1973年 石油機危機、 日本列島改造論、物価高騰とインフレーション
と、外部環境変化。
1980年前後になると、専業主婦がいる家庭が理想の家庭のように描かれ、多くの人が似たような消費をして、似たような生活をするようになる。大量生産、大量消費の時代。そして、女性の活躍の場は家庭内であることが一般化。
時代が進むと、大量生産、大量消費に対して疑問も生まれてくる。そして、「自分らしい」消費活動へ。パルコなどの個性派デパート( ファッションビル として テナントをもつ)が生まれたのは、この時代。
” 前衛的なイメージを前面に打ち出す斬新な テレビコマーシャルは 注目を集め、さっぱり意味がわからないことを「話が パルコ」 と表現することが流行るほどであった”と。
あー!あった、あった!
「それ、はなしがパルコだよ」って会話、あったあった!
今の若い人にはなんのことだかわからないだろうな・・・・。
また、大量生産のための農薬に対する反対運動から、無農薬農法への取り組み活動が起こる。加藤登紀子と獄中結婚をした藤本敏夫も、「 大地を守る会」の活動に参加している。なんとなく、健康志向ブーム。
1980年代から日米貿易摩擦が深刻化。 アメリカは 規制緩和による市場開放を強く要求。これが、財政赤字の解消を目的とする行財政改革と結びつき、 やがて構造改革として取り組まれていくこととなる。金融自由化。
1989年、 安定財源の確保を狙い として 消費税が導入された。 税率3%からスタート。 1997年に5%へと引き上げられた。 その後も経済の低迷により財政健全化に向けた取り組みが困難に直面してきた結果、 2014年に8%、2019年に標準税率10%となった。
バブル景気と、バブル崩壊。一億総中流といわれた日本社会に格差社会が広がっていく。
企業経営のレベルでも様々な改革が試みられ、 株式持ち合いの解消、 メインバンク関係の弱体化、 株主利益を重視する経営などが進められた。 金融自由化やコーポレートガバナンスをめくる制度整備も進んだ。 雇用システムの見直しも進められ、 非正規雇用が広がる一方で正規雇用にも成果給・業績給の導入が図られた。
まさに、私が新卒でメーカー入社したころの社会である。
そして、今では、私の周りの多くの経営者が、コーポレートガバナンスや、成果主義が日本社会の陰を生み出したという声をあげている。私も、そう思う。
1985年成立の 男女雇用機会均等法も、結局は男女差別の温存につながった。
まさにその罠に嵌ったのが1991年入社の私だ。 企業は 総合職と一般職からなる コース別人事管理制度を作った。私が入社面接を受けた時、面接官は「職転(一般職から総合職へなること)ができます」といった。入社してみたら、一般職として入社してその後職転をした女性は、ことごとく懲罰人事のように転勤させられ、実態としては職転の機会そのものが奪われていった。
ついでにいうと、私はとうとう職転せず一般職のまま海外転勤をし、管理職昇格を果たし、人事部からするとはみだし事例だった。
そういう時代。
日米構造協議 による アメリカの圧力は、 大型店規制の緩和に向かう動きとなり、 2000年には 大店法が廃止された。かつてにぎわった商店にもシャッター通りが増える。
輸入の安い食品も大型店にならぶようになる。しかし、それは消費者の利益になったのか?疑問が残る。
主婦連盟の代表は、「 安くても危険な食べ物では利益にならない」と声をあげた。一方で、規制緩和によって消費者の自己責任も求められ、 消費者保護を要求する態度自体に強い 批判が向けられることもあった。
「意識高い系」への批判、、という感じだろうか。
そして、消費者保護と法制度が整っていく。
1968年 消費者保護基本法
1994年 PL 法 製造物 思考
2004年 消費者基本法への改正
CSR 顧客満足の重視
ビジネスモデルも環境意識型へと変化していく。エコ包装とか。
企業の消費者センターは、「お客様相談センター」と名称を変えていく。まさに、私が勤めていた会社もそうだった。
消費者ではなく、「お客様」とした背景には、
① 消費者=主婦という固定化された消費者像を相対化すること
② 対抗的な利害を持つ機能集団ではなく 情緒を含んだ生身の人間として対象をイメージすること
③ 権利や責任の主体としてではなく もっぱら 企業の顧客としての対象を捉えようとすること
という意味が含まれていた。
消費者をお客様と呼んだところで、どうかわるのか?という気もする。でも、企業に搾取される消費者から、企業に壊れ物者扱いされるお客様に変化した気がする。
そして、現在では、「カスハラ」問題である。いったい、 日本はどうなっちゃったんだか。。
242ページの 新書。 ストーリー性もあって、さらっと読める。
この50年間を振り返るのに、身近なお買い物事情から政治経済史の勉強にもなって面白かった。
新書は、読みやすくていいね。