世界は善に満ちている トマス・アクィナス哲学講義
山本芳久 著
新潮選書
2021年1月25日 発行
中世ヨーロッパの哲学者であり、「神学大全」の著者トマス・アクィナス 。「神学大全」は全45巻という大作で、日本においては、1960年から2012年にかけて翻訳されている。
私はそのうちの一冊も読んだことはないし、トマス・アクィナスという名前もそんなに馴染みがあるわけではない。
出口治明さんの 大作、「哲学と宗教」にでてきて、
”トマス・アクィナス(1225頃~1274)は、アリストテレス哲学とキリスト教神学の調和をはかり、キリスト教の教義の深化に大きな貢献をしたことで評価され、ローマ教会の聖人となっています。”
と、書かれていたな、、、という程度の知識しかなかった。
(もちろん、上記文章は暗唱していたわけでなく、「哲学と宗教」から引用)
知人が、ある人に本書を薦めていたので、私も読んでみようと思って、図書館でかりた。
まず最初の感想は哲学書にしてはとてもわかりやすい。
著者の山本さんは、トマス・アクィナスの「感情論」からご自身が読み取ったものを、「肯定の哲学」として長く研究されていて、いくつかの本を出されている。
そして、トマス・アクィナスの哲学について、よいわかりやすい本を出そうということで、本書では、「哲学者」と「学生」との対話という形式を使って、「学生」の質問に「哲学者」が懇切丁寧に答えるという仕方で編集されている。
その甲斐あって、私にも比較的分かりやすかった。
学生の身近な疑問が分かりやすく説明されているのと、 一気に全体を説明しようとせず細かく区切りながら丁寧に説明してくれているところが、思考が追いつきやすかった。
と言って哲学を理解できたわけではないけれども、ひとつだけトマス・アクィナスが言いたかったことでわかったような気がすることがある。
それは、全て人の「感情」というのは「愛」が中心にあるということ。
そしてその「愛」というのは、「愛する対象」から人が受動的に何らかの刺激を受けて、心の中に発生し得るもの。
一言で言ってしまえば、
「全ての感情の根底に愛がある」
それは、「愛する対象」があるから。
なんだそんなの、よく言われてることじゃないか、と言われてしまうと元も子もないのだが、、、
何と言うか、本書を読んでいくと、人は何かに心を揺り動かされて、希望を持ったり、絶望したり、良いことも、悪いこともあるのだが、どのような感情も、その元を辿っていくと愛なしには語れないということ。
本書を要約しようと思っても、こればっかりは、要約しようがない。
私が、自分の言葉で語れるほど理解できていないから。
だけど、なんとなく、腹落ちするのである。
そうか、そしてこの哲学は、神学とつながるのか、、と、腹落ちするのである。
人は、神の像であったとしても、神ではない。
神は、「全知・全能・最高善・完全・永遠・不変」であり、神は、善によって心が揺り動かされたりしない。
人は、善によって心が揺り動かされることによって成長する。受動することで成長する。感情が揺り動かされることで、成長する。
この、「感情」を明確な理論があるもの、とするのが、トマス・アクィナスの「感情論」。
その説明が、腹落ちしたから、なんとなく、全体に腹落ちした気がする。
感情は、希望によって揺り動かされるものであるが、
トマスは、何かが「希望」の対象になるためには、4つの条件が必要という。
① 善であること。
② 未来のものであること。
③ 獲得困難なもの。(希望と欲望は違う)
④ 獲得可能なもの。
善(bonum)というのは、道徳的善(bonum honestum)だけをいっているのではなく、
喜びを与えるという意味で善いものである快楽的善(bonum delectabile) や、役に立つという意味で善いものである有用的善(bonum utile) がある。
不倫は、道徳的には受け入れがたいが、快楽という善がある。高金利金貸し業は、借りる側には高金利という受け入れ難さがあるが、いまキャッシュが手に入るという有用性がある。
未来のもの、というのはわかりやすい。まだ手に入れていないから希望をもっている。すでに手に入れたものに対して、希望を持つ、という言い方はしない。
獲得困難なものというのは、たとえば普段の食事は希望ではないけれど、震災などで何日も食事がとれていなければ、食事は希望になる。自分が今目指せる大学より、難易度の高い大学に合格することを目指すこととか。その大学に入学することが希望となりえる。
獲得可能というのは、例えば、50歳過ぎの私がこれからプロのクラッシックバレリーナを目指すというのは希望ではなく、無謀?!だろう。。。
お金持ちになる、とか、体重を今より5Kg少なくする、、、くらいなら、困難だけど獲得可能、まだ希望になりえる。
なぜ、希望について最初に多くを語っているかというと、感情と理性を対立させずに考えることで、自分の感情とうまく付き合うことができる、ということが一つの伝えたいことのようだ。
一つ一つの「感情」を丁寧に、理性的に分析するという仕方で「感情」を大切にすることと、「理性」を大切にすることが、ひとつながりになっている。それがトマス哲学。
その「感情」に揺り動かされることのないのが、神。
そうか、キリスト教の人たちも、神を目指しているわけではなかったんだ、と、なにかが腹落ちしたような気がした。
山本さんは、哲学を学ぶことで、洞察力を身に着けることができるようになるという。
ちょっと、哲学を身近に感じられた本書、なかなかの良書だと思う。
今の私には、希望がある。
そうか、希望があるというのは、未来があるということなんだ。
愛したいと思う対象があるということが、いかに幸せか。
世界は善に満ちている。
なるほど。
善に満ちた世界で、希望をもって生きていこう。