「宇宙からの帰還」 by 立花隆

「宇宙からの帰還」
立花隆
昭和58年1月20日初版  (1983年)
中央公論社

 

今年、2021年4月30日、立花さんが亡くなってしまった直後、立花さんの本で、読んだことのないものを読みたくなって図書館で予約した。ほぼ半年かかって順番が回ってきた。1983年、四半世紀以上も前の本だというのに。きっと、他の人たちも、立花さんの訃報をきいて、読みたくなったのではないだろうか。書籍というのは、自分がいなくなってからも、人に何かを伝えられる、すごいものだ。

 

「宇宙からの帰還」は、NASAの宇宙飛行士たちへのインタビューをまとめた本である。

1961年、ソ連ガガーリンが初めて地球を一周した。そして、「地球は青かった」という言葉を残す。

ソ連に先を越されて、国を挙げての宇宙開発に取り組んだアメリカ。1962年、アメリカもジョン・グレンが地球周回を成し遂げる。ソ連アメリカとの競い合いが、開発のスピードを促進する材料の一つだったのは間違いない。当時の宇宙開発は、民間ビジネスではなく、間違いなく政治の一つであり、政府資本で行われていた。クック船長が民間機で、史上最高年齢、90歳で地球を数分間離れるのとはわけが違う。

 

本書が出版された1983年当時は、まだ宇宙へいったことがある人は100人ちょっとだった。日本人が初めて宇宙へいったのは1990年。私の子供のころは、宇宙へ行くのは、夢のまた夢。それでも、いつかNASAで働いてみたいと思ったものだ。民間の海外旅行も一般的になりつつあった時代。行ってみたいところは?と聞かれれば、月か火星、と半分本気でこたえていた。

 

立花さんの本らしく、宇宙飛行士へのインタビュー本文に入る前に、宇宙についての科学的説明がされている。

宇宙へ行った宇宙飛行士ですら、地球環境の外には出ていない、、、。つまり、宇宙船と宇宙服の中に地球環境を閉じ込めて宇宙へいったということ。
あぁ、確かにそうだ。

宇宙には大気はない。酸素がない。大気がないから、熱も維持されない。酸素がないと人間や動物は生きていけない。だから、酸素をもっていくんだ、というのはわかる。立花さんに説明されて、改めて思ったのは、気圧も重要ということ。
人間は、外気から取り込んだ空気から、肺の肺胞を通じて、血液中へ酸素を取り込むことで、呼吸ができる。だが、この酸素を取り込む過程は、圧力でもって酸素や二酸化炭素が細胞膜を通過するので、圧力がないと、酸素が取り込めないのだ。そうだ、そうだった。コロナで有名になった、ECMO(エクモ)は、圧力調整の一つともいえる。


そして、環境の圧力が下がると、沸点が下がる。沸点降下だ。高い山でお湯を沸かしても100℃にまで到達しないから、カップラーメンは作れない、、、ということは一般にも知られているかもしれない。生煮えの麺になってしまう。バリカタ好きならいいかも?!

 

高度2万mともなると、気圧は40ミリバール。現在で言うところの40hPa。それはもう、人が生きていける気圧ではない。48hPaでは、血液が沸騰する。体液が沸騰する。。。ひゃぁ~~~怖い。

ということで、アポロ宇宙船では、約260hPaに気圧が保たれていたそうだ。

ちなみに、今では宇宙船の中は1気圧(1013hPa)で、船外活動するときの宇宙服の中は0.3気圧になるように、時間をかけて調整するそうだ。気圧を変えるとともに、酸素濃度も変える。大気中の酸素は約21%。0.3気圧の時は、100%酸素にする。詳細説明は省くけれど、分圧の問題で、気圧を下げた分、濃度をあげる。

 

次に、地球の大気の役割が説明される。地球温暖化が社会問題となっている今だから、「温室効果ガス」という言葉が一般的になった。そして、なぜ二酸化炭素やメタンが増えると、地球温暖化が起こるのか、ということも一般的に説明されるようになっている。でも、何より大気の重要な役割は、地球を大気のブランケットで包んであげることによって、熱の宇宙への放出を抑制する、ということだ。つまり、熱の平準化作用。大気がなければ、太陽の陽が届かない夜間には、地球の熱はどんどん宇宙へ放出されてしまい、とても生き物が生きることができない寒冷地獄になってしまう。逆に、昼間は、灼熱地獄、そしてDNAを破壊するほど強力な紫外線が地球へ降り注ぐ。私たちは、大気に守られて地球の表面で、ちょこっと生きているに過ぎない。

 

大気が無い月は、昼間は130℃、夜間は-140℃だという。では、そんなところへ、どうやって宇宙飛行士は月面着陸したのか??

これも、言われないと忘れていたけれど、月は自転しながら地球の周りをまわっている。つまり、、、月の1日は、地球の約27日。地球にとっての2日間の月の滞在は、月にとっての数時間、、、ということなのだ。

宇宙のことを、久しぶりに客観的に見た気がする。

宇宙から見れば、宇宙船地球号。大気に守られた一つの宇宙船のようなものなのだ。


宇宙へいった宇宙飛行士へのインタビュー。宇宙飛行士は、帰還すれば、当然様々なインタビューを受ける。でも、それは主に技術的なことであったり、身体的なことであったりして、内省、心の変化をインタビューとしてまとめられたのは、どうやらこの本が初めてのようだ。

宇宙を体験すると、前と同じ人間ではありえない。
と、ある人は言っている。

だれでも、なにか大きな体験をして、人生が大きく変わることがある。
その大きな体験が、宇宙だったら、、、。
確かにそうだろう。

 

宇宙飛行士に言わせれば、同じ宇宙と言っても、地球を周回したということと、月へ降りたということは、まったく世界が違う、という。
地球周回で見る地球は、大きなボールのような地球。月からみる地球は、小さいビー玉のような地球。それは、まったく、違う世界だと。。。

 

本書の中では、宇宙から戻った後、さまざまな道を歩んだ宇宙飛行士のインタビューが紹介される。

宇宙で神と出会い、宗教的活動に進む人。
すべての目的を失い、精神病院に通うことになった人。
元宇宙飛行士、という輝かしい肩書を、政治の世界で活用する人、ビジネスの世界で活用する人。
地球上で諸国が展開している争いがいかにバカげているかにきがついて、ネイションステイトの意味を見出せなくなった人。


まぁ、、、色々なその後人生があったのだと、とても興味深い。

 

アメリカ人にとっての、神、宗教との関係を理解していないと、なかなか彼らの言葉をとらえることは難しい気がする。立花さんは、わかっている。

立花さんは、アメリカ人にとって「リベラルになる」というのは、政治的自由ということだけでなく、宗教的自由になるということ、という。宗教と政治が切り離せないアメリカという国を理解するのに、とても的を得た表現だ。宗教的に比較的自由である日本人には、瞬時には思いが及びにくい。


そして、同じキリスト教でも、アメリカ人にとって信仰は何か?ときかれるのは、キリスト教とかユダヤ教とか、カトリックとかプロテスタントとか、そんなことではなく、もっとその先の宗派のことを言っているのだと。21世紀の今、少しかわってきているかもしないけれど、基本はそこにある。

 

宇宙飛行士の本だったけれど、地球の物理的な性質、アメリカ人の宗教観、それを復習する一冊だった気がする。 

 

立花さんの本は、ファクトがきちんと説明されているので、勉強になる。こういう文章、あこがれる。もっと、読みたくなった。

 

読書は楽しい。

 

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