『月魚』 by  三浦しをん

月魚
三浦しをん
角川文庫
平成16年5月25日 初版発行
(平成13年5月に角川書店から刊行された単行本に書きおろしを加え文庫化したもの)

三浦しをんさんの文庫本、図書館で見かけたので借りてみた。

 

裏表紙には、
古書店『無窮堂』の若き当主、真志喜とその友人で同じ業界に身を置く瀬名垣。瀬名垣の父親は「せどり屋」と呼ばれる古書界の嫌われ者だったが、その才能を見抜いた真志喜の祖父に目をかけられたことで、幼い二人は兄弟のように育った。しかしある夏の午後に起きた事件によって二人の関係は大きく変わっていき…。透明な硝子の文体に包まれた濃密な感情。月光の中で一瞬見せる、魚の跳躍のようなきらめきを映し出した物語。” 

 

感想。

静かに押し寄せてくる、じー--ん、、、とくる物語。静かに、好きだな、って感じ。
20代の男性二人の古書をめぐる物語。そこに、今も続く日常の友情と、過去になっているのにいつまでもまとわりつく家族の歴史と、古書屋としてのプロ根性と。。。
なかなか、爽やかというのか、ちょっと寂しいような、すっきりしたような、男の友情物語で心地よい。

話の舞台は、古書屋であって、古本屋とはちょっと違うみたい。古本屋のひとつではあるけれど、骨董みたいに古書として価値のある本を見つけて、必要とする人へ仲介する仕事。読み終わった本を売りさばく、たんなるリサイクルのブックオフとはだいぶ違う。古書として価値のある本を見出すのがプロの古書屋。神田の古本屋街に行くと、たいそうな箱入りの全集みたいなのとか、半透明のパラフィン紙に包まれた本とか、置いてあった。そういうのを扱っている店。本の骨董屋さんみたいなものか。

 

著書の三浦しをんさんは、1976年生まれ。舟を編むで2012年に本屋大賞を受賞。宮崎あおいさんで、映画にもなった。アニメにもなっている。辞書を巡る優しい物語。素敵な文章を書く方だ。私は『風が強く吹いている』(2006)を読んで、勝手に男性だとおもいこんでいたのだけれど、実は女性だった。日常を美しい物語にする天才、って感じ。人と人とのつながりを、何気ない日常の描写から文字に紡ぎ出す、って感じ。

本書も、古書屋というニッチな世界の中で、普通に様々な悩みを抱えつつ生きている二人の青年が主人公。多分、二人とも主人公だ。二人の仕事にかけるさりげない本気?みたいなのが心地よい。
読み終わって、そうだ、私も仕事もちゃんとがんばろう、と思えるような、そんな物語。

読むだけではない、本の愛し方に、ハッとさせられる。

 

以下ネタバレあり。


本田真志喜は、24歳。無窮堂は、祖父の代から続く古書店で、都心からそう遠くない雑木林の農道に建つ。真志喜は、広大な敷地を有するその場所で、祖父が亡くなってから一人で、母屋と庭につながる店舗を営業している。かつては、祖父、父、自分と、男三人の世界が広がっていたその場所で、今は、一人で暮らしている。
そこに、幼なじみの瀬名垣太一、25歳が、いつものように訪ねてくる。とある家の主人が亡くなったので、数千にのぼる蔵書の処分を家族に頼まれた。そこの古書を買い付けに行くのに付き合ってくれ、ということだった。

かつては、太一の父も古書屋をやっていたので、親子そろって本田家との交流をもっていた。一方で、真志喜の父は、自分の父親、つまりは真志喜の祖父ほどに古書への審美眼をもっておらず、父は息子より孫の真志喜に期待を寄せている、と一人で疎外感を感じていた。

そして、まだ真志喜も太一も幼かった夏のある日、真志喜の父がもう処分しようとしていた廃棄本の束の中に、遊びに来ていた太一が幻の名著とも言われる一冊を見出す。「この本、頂戴!すごい本だと思う!」真志喜の祖父は、驚きを隠せない。息子が見過ごした幻の本を、小学生の太一が本能で見出した、、、。それは、真志喜の父が、自分の父親と息子を捨てて、失踪してしまうきっかけとなってしまった。それ以来、真志喜と太一は、仲良しでありつつ、お互いにこのことは口に出せない、そんなわだかまりをもったまま、関係をつづけていた。
太一は、幼かったので自分がしたことが、真志喜の父を苦しめることになるなどと思わずに「これ頂戴」だったのだが、居なくなってしまったことが真志喜を傷つけていること、また尊敬する真志喜のおじいさんも悲しんでいることを感じていた。そして、父にもう無窮堂にはいくな、といわれたものの、真志喜のことが気になって、やはりぽつりぽつりと、大人になっても通い続けていたのだった。

 

太一から買い付けに付き合うことを誘われた真志喜は、ちょっといやいやながらも、太一のために車をだして、買い付けに付き合う。いまにも止まってしまいそうなポンコツ。二人で運転を交代しながら、現地へ向かう。


そこは、山奥の立派な農家で、行ってみると若い女性がまっていた。70歳をこえた故人の妻にしては若すぎるその女性は、後妻で、思い出が残るのは辛いからまとめて処分したい、ということだった。ところが、故人の実の息子や娘が、「売りさばくなんてとんでもない、図書館に寄贈すればいい」といって、彼女に文句を言いに来る。
親族のもめごとに立ち会うことになった二人だったが、真志喜は、
本のことを思うなら、図書館への寄贈はやめておいたほうがよろしいかと」という。

図書館の蔵書になったらカバーも箱も捨てられてしまいます。無粋な印を押され書棚に並べられればまだ良いが、下手するとずっと書庫に納められたままですよ。そしてチャリティバザーの時にただも同然で売りさばかれるのです。

これをきいた息子たちは、古本として売ることに同意する。でも、真志喜と太一はどう見ても20代の若造で、「若い」ということに不信感をむき出しにしている。
そして、古本の買い付けとしては業界ルール違反となる、2社に査定をしてもらう、と言い出す。
最初は、反発した二人だったけれど、結局、親族の意向をうけいれて、自分たちが査定したのちに、地元の古書屋にきてもらって、別途査定し、高値の方に本を売るという約束を承諾する。

そして、二人は、査定を開始。また、妻からは、「一冊だけ、私のために取っておく本を選んでください」と言われる。これも、査定競争の一つとして。

太一と真志喜は、競売に勝つためではなく、真摯に査定する。そして、その本の種類や年代などから、故人と妻との一番の思い出であろう本を一冊、真志喜が選ぶ。

二人の査定結果を家族に告げる前に、地元の古書屋がやってくる。

それは、、、なんと、、、、真志喜の父親だった。
顔も忘れていた父親が、そこにいた。。。
そして、父親は、こんな競売査定をうけている二人を蔑む。自分もそうなのに、、、。

結局、真志喜の父親は、歪んだ息子への嫉妬のまま、なにも変わっていなかった。。。

真志喜の父親の査定も終わり、両者が結果を妻に書面で渡す。
「これは、私がきめることです」といって、価格を発表することなく、妻は真志喜らに本を売ることを決める。

両者の価格は明かされない。でも、妻の為に選んだ一冊の本は、両者の違いを浮き彫りにした。
真志喜の父親は、「一番高価そうな本を」と。
真志喜は、「蔵書の年代、分野からして、お二人が出会ってからの共通の趣味の本とおみうけしましたので」と。。。

しかも、真志喜は、妻が可愛がっている犬たちの名前が、選んだ本、ベケット戯曲の中の主人公の名前にゆかりがあることも、気が付いていた。

 

本を愛する気持ち、本からその背景を読み取る力、いずれも真志喜の圧勝だったということだろう。。。

 

物語は、いつもの無窮堂の場面にもどる。

そして、また、いつものように太一が真志喜を訪ねてやってくる。
「店を開こうと思って」と。
これまで、仲介屋としてしか仕事をしてこなかった太一が、
「この前の買い付けで思ったんだ。俺も卸だけじゃなくて、客ともっと接したい、と」と。
真志喜は、黙ってうなずく。
「嬉しいんだ。おまえが小売りの店をもたないのは、『無窮堂』に負い目を感じているせいなのかと、気にかかっていたから、、、、」と。

そして、真志喜は、
「いい開店祝いを思いついた。あの軽トラックをやるよ」と。
おんぼろトラック。

「店、いつからなんだ?」
「・・・来週の予定」
「手伝いに行こう。」

そんな、何気ない会話。
池の鯉が、跳ねている。
子供の時から、そばにあった庭の池。

池も、二人も、何年たっても、そこにいる。

無窮堂に穏やかな夜が訪れた。

THE END


本への愛情があふれる物語。
古本の世界の仕組みについても、ちょっと学べる。へぇぇ、ほぉぉぉ、という話も。

本のタイトルは、『月魚』だけれど、実は上記ストーリーは、そのなかの「水底の魚」という物語。ほか、「水に沈んだ私の村」、「名前のないもの」が含まれる。
あとの二つも、真志喜と太一が登場する、短編。 

 

図書館の本をかわいそうと思う真志喜の想い、わからなくない。私は図書館を愛用しているけれど、時々、装丁の一部がシールで見えなくなっていて、残念、、、と思うことがある。

確かに、本を愛する人には、本が図書館に行くとかわいそう、、と思うのかも。

でも、たくさんの人に読んでもらえる、って利点もあるんだけどね。

 

私だって、自分の書庫が持てるものなら、自分の蔵書にしたい。

でも、そんな広大なスペースはないし、、、引っ越しのたびに大量の本に追われるのも疲れるので、もう、紙の本は最低限しか持たない、、、って思っている。

 

知人に、古本は買わない、という人もいる。

著者に印税が入らないのはかわいそうだから、と。

なるほどねぇ、そういう考えもあるよね。

でも、私は図書館も使うし、古本も買う。

新刊で買っても、小説などならすぐに人にあげちゃう。

 

本との付き合い方も色々。

人生、色々。

色々あって、それでいい、ってやつだね。

 

小説もいい。

読書は、楽しい。

 

『月魚』