『おらおらでひとりでいぐも』 by  若竹千佐子

おらおらでひとりでいぐも
若竹千佐子
河出書房
2017年11月30日 初版発行
2017年12月30日 3刷発行
初出:「文藝」2017年冬号

 

ずいぶん前に、叔母が母に貸して、母が姉に貸して、姉から私に回ってきた???ような記憶がある。
第54回文藝賞、第158回芥川龍之介賞受賞作。

 

本の紹介には、

”74歳、ひとり暮らしの桃子さん。
おらの今は、こわいものなし。

結婚を3日後に控えた24歳の秋、東京オリンピックのファンファーレに押し出されるように、故郷を飛び出した桃子さん。
身ひとつで上野駅に降り立ってから50年――住み込みのアルバイト、周造との出会いと結婚、二児の誕生と成長、そして夫の死。
「この先一人でどやって暮らす。こまったぁどうすんべぇ」
40年来住み慣れた都市近郊の新興住宅で、ひとり茶をすすり、ねずみの音に耳をすませるうちに、桃子さんの内から外から、声がジャズのセッションのように湧きあがる。
捨てた故郷、疎遠になった息子と娘、そして亡き夫への愛。震えるような悲しみの果てに、桃子さんが辿り着いたものとは――

青春小説の対極、玄冬小説の誕生!
*玄冬小説とは……歳をとるのも悪くない、と思えるような小説のこと。
新たな老いの境地を描いた感動作。第54回文藝賞受賞作。
主婦から小説家へーー63歳、史上最年長受賞。”

と、当時だいぶ話題になっていた。

 

作者の若竹さんは、1954年岩手県遠野市生まれ。主婦。55歳から小説講座に通いはじめ、8年の時を経て本作を執筆。2017年、第54回文藝賞を史上最年長となる63歳で受賞。
私の手元のこの本がきてから、1年以上の気がする。ぱらぱらとめくって、あんまり興味をそそられず、読んでいなかった。
でも、2022年9月、本書のドイツ語版が、ドイツの文学賞、「リベラトゥール賞」に日本の作品として初めて選ばれた、というニュースをきいて、読んでみようという気になった。
本書は、主人公の桃子さんのかたりが、東北弁。全部が東北弁ではないのだけれど、東北弁の文章は、目で追ってよんでいても、なかなか頭に入ってこない。

 

物語は、
”あいやぁ、おらの頭このごろ、なんぼがおかしくなってきたんでねべが
どうすっぺぇ、この先ひとりで、何如(なんじょ)にすべがぁ”
とはじまる。
とても、速読できない、、、。
おもわず、音読してみた。

そんな作品がドイツで受けたのはなぜか?桃子さんの東北弁の語りは、ドイツの地方の方言で訳されたそうだ。ニュースによれば、日本の東北弁のような、ゆっくりのんびりした地方の言葉とのこと。孤独の寂しさや老いといったテーマが高齢化の進むドイツでも共感を得たのではないか、と。

そう、旦那を亡くし、子供達とも疎遠になってしまっている女性のお話なのだ。

 

感想。
ふ~~~ん。
文藝賞の選考者には大絶賛だったらしいけれど、わたしには、ふ~~~ん、、、だった。
寂しい年寄りが元気をとりもどす話、、、、と言ってしまうとそれまでなのだけれど、やっぱり、東北弁がよみにくくて、、、リズムよく読めなかったので、ちょっと疲れた。
しかも、娘が電話をかけてきたと思ったらお金頂戴っていうことだったり、、、故郷をおもってももう故郷に家はないとか、、、
せちが無いというのか、、、最後は、孫がだんだんとなついてきて、あぁ、、、よかったね、と思うのだけれど、なにが救いなのかがよくわからなかった。

これは、選考者は相当年寄りだったに違いない、、、なんて、思ってしまった。

 

本書の内容とはあまり関係ないけれど、桃子さんの口癖としてでてきた言葉を覚書。

「紅旗西戎(こうきせいじゅう)わがことにあらず」

”町も人も一緒に老いるのかと頭をよぎるがそんな辛気臭いことは今は考えまい。こんなとき桃子さんの口をついてでるのは、紅旗西戎わがことにあらず。高校時代の恩師の口癖で曰く因縁のある言葉らしいが、とりあえずなにも眼中にいれないという意味で桃子さんは使っている。・・・”

と、数年前に比べて人通りが少なくなり、閑散とした町を歩いている場面で出てきた文章。

 

調べてみると、藤原定家の言葉だった。
紅旗征戎とは、朝廷の旗(紅旗)をおしたてて、外敵を征圧する(征戎)戦争を起すこと。
紅旗征戎非吾事(藤原定家『明月記』)
(訓読)紅旗征戎吾が事に非ず。
(意味)大義名分をもった戦争であろうと(所詮野蛮なことで、芸術を職業とする身の)自分には関係のないことである。

なるほど。自分とは関係ないこと、として平静でいる、っていうことらしい。

 

本書を読みながら、唯一ポストイットをはったのがこの言葉だった。
知らなかった。
ひとつ、おりこうになった。

 

疎遠になった家族との関係とか、なんともわびしい感じがするのだけれど、それでも、一人でも楽しみを見つけて生きていく桃子さんの生き方に共感すると、きっと感動できるお話なのだろう。
私には、ちょっと、ちがったかな。


まえに、史上最高齢・75歳で芥川賞を受賞した黒田夏子さんの『abさんご』という作品を読んだ時にも、「ひらがなのやまと言葉を多用した文体」が絶賛されていたのだけれど、読みにくいばかりで、あんまり面白いと思えなかった。

どうやら、私は、ひらがな、方言、といった読みにくい本は、楽しめないらしい。
内容を把握するのに、余計な労力を必要とする、という感じだろうか。
方言で話を聞くのは、まったく苦にならないし、嫌いじゃない。でも、文章で読むとなると、ちょっと違う。

 

音で耳にはいるのは心地よくても、目で追おうとするとしんどくなっちゃう。

でも、その方言に慣れている人なら、目で追ってもするすると入ってくるのかもしれない。

 

ちょっと、お年寄り向けの本かな。

本の紹介にもあるように、玄冬小説なんだね。

 

ま、こういう本はこういう本で、また、年を取って読んでみると違う感想かもしれない。方言の壁は、きえないかもしれないけど。

 

ちょっと、かわった本、って感じかな。