『韃靼の馬』 by 辻原登

韃靼の馬
辻原登
日本経済新聞社出版

2011年7月6日 第一刷

 

2023年3月1日から、日本経済新聞朝刊の新しい連載小説、辻原登陥穽(かんせい) 陸奥宗光(むつむねみつ)の青春」が、始まった。新聞の紹介によれば、

”主人公は欧米列強との不平等条約改正に尽力した明治の外交官、陸奥宗光です。青年期には立法府の要職にありながら、政府転覆計画に加担しました。彼を暴挙に駆り立てたのは何だったのか。波乱に満ちた前半生を通じ、捉えがたい人間像に迫ります。タイトルの「陥穽」は人を陥れる謀略を意味します。
 辻原氏は1945年和歌山県生まれ。商社勤務などを経て作家デビューし、90年に「村の名前」で芥川賞、2009年11月〜11年1月に本紙朝刊で連載した「韃靼(だったん)の馬」で司馬遼太郎賞を受賞しました。深いテーマ性と物語性を両立させた作風で知られます。”と。

あまり、新聞の連載小説を読む習慣はないのだけれど、最近、明治~昭和初期についての本をいくつか読んでいるので、今回は読んでみようかな、という気になった。でも、著者の辻原さんのことはよく知らない。だったら、2009年に連載したという『韃靼の馬』を読んでみよう、と思い、図書館で借りて読んでみた。面白かったら、今回の連載もよんでみよう、、、と。

 

著者の辻原さんは、1945年和歌山県生まれとのこと。先の『村の名前』芥川賞だけでなく、1999年『飛べ麒麟』で読売文学賞、2000年『遊動亭円木』で谷崎潤一郎賞、2005年『枯葉の中の青い炎』で川端康成文学賞、2006年『花はさくら木』で大佛次郎賞、2010年『許されざる者』で毎日芸術賞、、、、、などなど、多くの受賞作品がある。知らなかった。

本書は、なんと、厚さ4cmの単行本。図書館に予約を取りに行って出てきたときに、ちょっとひいた・・・。分厚い本はたくさんあるけれど、何じゃこの厚さ!!!って感じ。

 

感想。
いやぁ、面白かった、面白かった。読み応えたっぷり。フィクションなのだろうけれど、日本と朝鮮との外交のありようの歴史に基づいて、つくったお話なのだろう。舞台は、江戸時代、新井白石(1657~1725)が活躍していた時代から、第八代将軍吉宗(1684~1751)の時代の対馬藩


Amazonの紹介を引用すると、
”対朝鮮貿易を取りしきる対馬藩危機存亡の時、窮余の一策が幻の汗血馬の馬将軍吉宗への献上。その使命を帯びたのは......かつて朝鮮通信使警固を務め、藩と幕府を救った藩士がいた。文武に秀で、消えゆく神代文字が読める若者がいた――。壮大なスケールで贈る一大冒険ロマン!”

 

確かに壮大なスケールだ。時間軸も壮大。

ちょっと、対馬藩と朝鮮に関する歴史背景を調べてみた。


秀吉の朝鮮出兵で関係悪化していた日本と朝鮮。それを回復させ、朝鮮との貿易で栄えたのが対馬藩の宗家だったのだ。


九州国立博物館(この間行ったばかりの、キュウハクだ!)から引用。

megureca.hatenablog.com

collection.kyuhaku.jp

”宗家は鎌倉時代から明治時代まで、対馬などを支配した北部九州の豪族、大名。対馬藩は、日朝国交回復に努めて、慶長14年(1609)己酉約条(きゆうやくじょう)で貿易を再開し、江戸時代を通じて日本と朝鮮における外交の実務と貿易を独占する。宗義成(よしなり)は寛永12年(1635)、柳川一件に勝訴、また藩政改革を実施し近世大名となった。近世の宗家は外様大名として15代続いた。宗家は鎌倉時代から江戸時代まで、長期間にわたって対馬の島主であり領主であった。
 また他の藩と同様、江戸に上屋敷などの藩邸、京・大坂に藩邸、蔵屋敷をおいた。そのほか蔵屋敷は博多、壱岐勝本、長崎にもあった。対馬藩独自の施設として日朝外交、貿易の拠点、釜山の倭館があった。”

なるほど。

 

話が壮大すぎるので、ネタバレするまで覚書をするつもりはないけれど、ちょっとだけ紹介。


主人公は、対馬藩出身の一人の若者、阿比留克人倭館に派遣され、日本と朝鮮との外交のために尽力する。しかし、とある事件をきっかけに日本で朝鮮使節の一人を殺める。そして、密かに朝鮮に逃走。克人の逃走はそれを手助けした人物がいて、その人が、後に克人の助けを求めて朝鮮にやってくる。そう、幻の汗血馬を探すため、、、。

 

目次

第一部
第一章 事件
第二章 東上
第三章 逐電

第二部
第四章 会寧
第五章 マンハ旗
第六章 原郷

 

主な登場人物
阿比留克人あびるかつと):主人公。泰人・百合の長男。百合は克人を生んだ後に死亡。阿比留文字を使いこなす。対馬藩出身。父親譲りの言語能力をもつ、好青年。剣術にも優れる。父と同様に、対馬藩のため、朝鮮通信使との親交に尽力をつくすこととなる。第一部の最後、死罪となり、ひそかに挑戦へ逃亡。第二部では、朝鮮人・金次東(キムチャドン)として生きるなか、再び対馬藩のために尽力する。

 

阿比留利根あびるとね):克人の腹違いの妹。阿比留文字を使いこなす、克人以外で唯一の人。克人が朝鮮の倭館に務めるようになると、阿比留文字で克人と交信し、暗号のように情報を交わし合う。

 

*阿比留文字とはコトバンクによれば、
”〘名〙 古代、漢字の渡来以前に使用したという神代文字の一つ、「日文(ひふみ)」の異称。対馬国卜部阿比留氏に伝わったとされるところからいう。ハングルに類似する。平田篤胤によって積極的に主張された。” 

 

阿比留泰人:克人と利根の父。江戸家老平田直右衛門に祐筆保として仕える。15歳の時に、新井白石(21歳)と出会う。阿比留文字、朝鮮語漢詩を使いこなす。朝鮮通信使との通詞を務めたこともある。36歳で、不意の病に倒れ帰らぬ人となる。克人9歳の時。

 

雨森芳洲(あめのもりほうしゅう):泰人の学友。対馬藩の儒官となる。漢文だけでなく頭語(話し言葉の漢語)にも詳しい。克人や利根らの親代わりのようであり、克人の恩師ともなる。

 

小百合:克人と一度は婚約するが、克人の逐電により(一般には死罪となっていた)長崎へ嫁ぐ。

 

李順之(イスンジ):朝鮮の倭館近くの窯場で陶芸を営む朝鮮人。恵淑(ヘスク)という娘がいる。克人は、恵淑を人さらいの手からすくった恩人。克人の流暢な朝鮮語に感心し、親交を深める。妻は、朝鮮五護衛の官人・姜九英にさらわれ自害していた。その恨みをはらすため、姜暗殺計画を練り、五護衛付属の特殊工作学院にはいり、科挙武科も合格する。五護衛に配属になると、いとも簡単に姜九英に近づき、妻が自害に使ったものと同じ刀を姜の額につきたててから、自首した。そして、禁固刑を終えたのち、再び五護衛に採用され、間者として倭館に潜入し、日本の銀の動向をさぐっていた。克人と出会ったのは、間者となってから。第一部では、克人に『銀の道』を教え、第二部では、朝鮮人・金次東(キムチャドン)として生きる克人と共に幻の汗血馬を探す旅に出る。


第一部、第一章の事件の発端は、幕府が朝鮮国王から将軍へ出される国書に、将軍の呼称を『大君』から『国王』に変更するようにと言い出したことから始まる。幕府の使者は、それを対馬藩の芳洲へ伝える。通信使が既に日本へ向かい、漢城をでたあとで、国書はすでに通信使が携えている。幕府の無茶ぶりに、このままでは再び、朝鮮との対立になりかねない。

芳洲は、理なき変更要請であり、好ましからざることと新井白石に便りをおくったが、幕府はかたくなに『国王』への変更をいいはる。実は、同様に幕府と朝鮮の間で名称をめぐる諍いは過去にもあり、対馬藩は止む無く幕府に無断で国書を偽造・改善することをくり返していた過去があった。それは、柳川の一件とよばれていて、国書改竄の首謀者・柳川調興は、後に宗家をのっとろうとしたが失敗し、津軽流罪となった。

 

柳川の一件というのは、史実らしい。ネット調べると、ちゃんとでてくる。

 

芳洲は、この難題の解決を倭館にいる克人に相談するために対馬から海をわたり、克人に会いにいく。克人は、この呼称変更問題を解決するために、尽力することとなる。
朝鮮通信使の一行をつかまえるために、『銀の道』と呼ばれる釜山と漢城を結ぶ秘密の道を克人に教えてくれたのは、李順之だった。実は、二人は互いにダブルスパイのような形で、秘密を共有してるのだった。そして、まさに、命からがらで使命を達成し、朝鮮通信使と共に日本へ渡る克人だった。

しかし、そんな克人に対抗心をもやす朝鮮団の一人が、なんとか克人を貶めようとする。そしてそれは、、、、、。

と、克人が死罪となる結果を招く。だが、克人の周囲の者たちは、密かに克人を救い出し、しばらく身をひそめるようにと言い含める。そして、克人は朝鮮人として挑戦で生きる道を選ぶのだった。

 

第二部は、朝鮮に渡り、再び、李順之と親交をふかめつつ、恵淑を娶って、朝鮮人・金次東として生きている克人の元へ、かつて自分の朝鮮逃亡を手伝った恩人がやってくる。対馬藩の窮地を救うため、再び、李順之と共に立ち上がる克人だった。

 

もう、盛りだくさんの内容で、とてもとても書ききれないけど、歴史好きなら、冒険好きなら、正義が好きなら、克人の聖人ぶりに共感せずにはいられない。

長編もいい所だけれど、飽きさせない。第一部と第二部は、違うお話と思ってもいいくらいだ。克人は、きっと見た目もナイスガイの設定なのだろう。知り合った女に命を救われる場面もでてくる。なかなか、壮絶だ。

 

対馬藩のことも、朝鮮通信使のこともよく知らなかったけれど、史実を確かめながら読むと、また楽しい。阿比留文字なんて聞いたこともなかった。柳川の一件だって、幕府の言いがかりのようなくだらない要求が発端だったとすれば、悲劇だ。政治家に翻弄される一般民たち、今の時代も変わらないかもしれない。

確かに、辻原さんの作品は面白そうだ。他も、読んでみたくなった。

今、日経朝刊の連載小説を読んでいる。毎朝、最初に後ろから読んでいる今日この頃。。。何十年ぶりだろうか、、、、新聞の連載小説をワクワクして読むなんて・・・。意外と、毎日楽しみがあるって、楽しい。

 

歴史小説は、やっぱり楽しい。

しかも、勉強にもなる。

一石二鳥。いい本に出合った。

読書は楽しい!