『広辞苑をつくるひと』 by  三浦しをん

広辞苑をつくるひと』
三浦しをん
岩波書店
2018年1月12日 第1刷発行
非売品
予約特典

 

姉が面白かったよ、というので、図書館で借りて読んでみた。
本書は、「非売品」である。でも、図書館にはたくさんの蔵書があった。どうやら、『広辞苑第7版』の刊行時に予約した人のために、特典として発行されたらしい。
150ページの薄い文庫本。黒い装丁には、広辞苑の文字がバラバラ事件になって踊っている。なにやら、面白そうな気配。三浦しをんさんが著者だし。三浦さんといえば、辞書づくりに取り組む人たちを描いた、『舟を編む』の著者。御本人も、辞書を愛しているに違いない、、、。

三浦しをんさんは、1976年東京生まれ。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞。ほかにも、素敵な本がたくさんある。結構、好きな作家さん。登場人物が、いつもなんともまっすぐで素敵な人たちなのだ。ドロドロしていなくて、爽やかで、読んでいてこちらまですがすがしい想いになれる、そんな作家さん。

そして、その三浦さんがかいた『広辞苑をつくるひと』は、『広辞苑第7版』のために活躍した人々への取材の記録。本書で取り上げられているのは、ごく一部のひとたちだけれど、たしかに、一冊の本ができあがるまでには、本当に沢山の人がかかわっているのだよなぁ、、、と、世界の広さに気づかされる一冊。どの機能がかけても、本はちゃんとできあがらない。仕事と仕事がつながって、人と人がつながって、本ができていく。なんとすてきな創造的仕事なのか。と、本を作るという仕事を考えたことがなかった私には、刺激的な一冊だった。

 

目次
第1章 国立国語研究所  言語の差異に萌える辞書の猛者
第2章 大日本印刷株式会社  文字作りに燃える凄腕
第3章 イラストレーター・大方忠明さんと古生物学者・富田幸光さん 妥協を知らぬ表現者
第4章 株式会社加藤製函所  職人さんの気概と誇り
第5章 牧製本印刷株式会社  チームプレーに徹する70名 

第1章では、まさに、辞書の命、語釈や用例を検討したひとたち。言葉の意味をどう説明するのか、どんな用例を掲載するのが第7版としてふさわしいのか、を検討したひとたち。
第6版から改訂版なわけだから、全てを書き換えるわけではない。どの言葉をどのように改定するべきかを検討しまくった人たちの取材。

広辞苑には、24万の見出し語がある。その中から改訂すべき言葉をみつけ、改訂する。時代とともに使われ方がかわれば、用例も変わる。そこには、「コーパス」という言語研究のためのデータベースもつかわれているのだそうだ。
具体的に、どんな言葉を検討し、どう改訂したのかがいくつか紹介されている。

「解約」と「キャンセル」の違いは?
「医師」と「医者」の違いは?

どっちも同じものを指す言葉だけれど、「解約」「医師」の方が、真面目な局面や「公」の場面で使われている、ということが「コーパス」等を使うとわかるのだそうだ。

「見極める」と「見定める」の違いは?


「見極める」:事物を十分に見つめ、その真偽や価値などについてはっきりと判断をつける。
「見定める」:十分に見て、確かにそうであると判断する。

なるほど、、、そこに至った経緯も取材の中で明らかにされていて、ほぉほぉ、と膝を打つばかり、って感じだ。

 

「こする」「する」「さする」「なでる」「なする」の違いは?


これも、さんざん検討された経緯が紹介されたあと、次のようになった。

「こする」:物と物をぴったりとつけて、繰り返し触れ合わず。押し付けたまま動かす。摩擦する。
「する」:物と物とを(欠けるほどの力)をこめて1度、または繰り返し触れ合わす。こする。
「さする」:(痛みや寒さを和らげるために)手のひらを軽く押し当てて、前後または左右に何度も動かす。なでる。こする。
「なでる」:手のひらなどで優しく触り、形に添って一度または何度か動かす。
「なする」:(汚れものなどを)押し当てて、付着させる。塗りつける。 

 

三浦さんの納得のしかたが面白い。
「たしかに、「酔っぱらって便器に抱きついている私の背中を、彼は優しくさすってくれた」というふうに使いますね。そんなときに「彼は優しくなでてくれた」だと、「おい!まだうまく吐けてないのに、なにをさっさとさなかから手のひらはなしとるんや」と言いたくなる。逆に、「彼は私を抱き寄せ、優しく髪をなでた」なら納得ですが、「優しく髪をさすった」だと、「おい!いつまで触れとるんじゃ、髪がぐしゃぐしゃになっちまうだろ!」といいたくなる。」
って。。。。

 

と、、、第二章以降も、三浦さんが取材対象におおいに感心しつつ、皆さんがいかにマニアックに自分の仕事に徹底し、すばらしい『広辞苑第7版』が完成したのか、が語られる。
読んでいて、楽しい。

 

秀英体という、岩波書房独特であり、広辞苑で昔から使われているフォントの話。昔は活字で印刷していたのだから、活字屋さんがいた。秀英舎というところは、組版・印刷にあわせて活字の製造販売も始めた始め、その文字から秀英体といわれているそうだ。

いまでこそ、活字はつかわれなくなっているけれど、フォントは残っている。だれでも、好きなフォントがあるだろう。秀英体フォントは、使いたければ買うことができるらしい。

フォントが変わると文章の印象もかわるから不思議だ。本だけでなく、新聞なんかも、旅行先で普段読み慣れない新聞を読んだりすると、記事の内容の違和感より、文字そのもの、あるいは文字の大きさの違和感の方が先にきたりする。

世の中には、フォントに命を懸けている人たちがいるのだ。。。

 

どうでもいい話だが、先日、名刺を発注したのだけれど、結構フォントに悩んだ。。。結局、日本語は「游ゴシック Medium」というにしたのだけれど、、、やっぱり明朝にすればよいかったかな、、とか、、、フォントで、イメージが変わる。

 

第3章では、イラストを書いた人の話。広辞苑は写真ではなくイラスト。シンプルで無駄のないイラストは、確かに一つの芸術だ。しかも、白黒。場合によっては、すでにこの世に存在しない恐竜だって書かなきゃいけない。だから考古学者とイラストレーターが協業するのだ。

 

第4章では、本函をつくったひとたち。そうそう、分厚い広辞苑は本函にはいっているのよね。そこには、いかに本とぴったりのサイズにつくるか、いかに丈夫にするか、、、などの苦労ばなしが。でも、言われてみると、最近本函にはいっている本ってみかけない。せいぜい、〇〇全集とか、、、かな。

 

第5章では、製本。私たちがA4の紙に印刷してホチキスで綴じるのとはわけが違う。印刷所から「刷り本」が届く。大きな一枚紙の両面にびっしり並べて印刷したもの。それを裁って、折って、ページの形状にして、「一折」広辞苑なら32ぺージ。1ロット)をつくる。この「折丁」を重ねて、一冊の辞書に仕上げる。
乱丁、落丁とは、「折丁」の順番がまちがっちゃったり、入れ忘れたりしてしまたもの。
そうならないように、一折ごとの背中には、「背標」といわれる印がつけられているのだそうだ。

どの話も、かなり、マニアック。でも、できあがった本を想像できるから、どんな作業なのかが想像できてたのしい。

広辞苑はこうした職人たちの汗と涙の結晶なのだ。
思わず、広辞苑が買いたくなった。 

 

電子辞書は便利だけど、やっぱり紙の辞書はいい。

あの言葉は、見開き右ページの中段にあった、、、とか、画像で記憶できるし、その前後の言葉も一緒に目に入ってくる。

ターゲットの言葉しか目に入らない電子辞書とは違う楽しみがある。

書き込むこともできるし。

本だってそうなんだよなぁ。。

 

蔵書できる場所が際限なくあるなら、いくらでも紙の本を買いたい。

でも、場所の限りがあるから、厳選したものだけを残す、という楽しみもある。

 

おける場所を確保したら、『広辞苑第7版』を蔵書にしようかな。

まず、本棚の片づけだ・・・。