『さばの缶づめ、宇宙へいく』 by 小坂康之  林公代

さばの缶づめ、宇宙へいく
小坂康之
林公代
鯖街道を宇宙へつなげた高校生たち
イースト・プレス
2022年1月16日 初版第一刷発行

 

図書館の棚で見かけて気になったけれど、既に10冊借りていて借りられなかった。そして、すっかり忘れていたのだが、先日、日経新聞2022年12月24日の「回顧2022 私の3冊」という記事の中で、竹内薫さんが、そのうちの一冊に選んでいた。


福井県の水産高校の熱血先生と生徒たちが挑んだプロジェクトの話。面白そうなので、予約しておいたら、すぐに借りられた。

 

確かに、ニュースでも話題になった気がする。福井県の高校生たちがつくったさばの缶詰が日本宇宙食に選ばれ、野口聡一宇宙飛行士が、ISS(国際宇宙ステーション)から
「大変美味しいです。美味し~い!」と、食レポしてくれた話。

 

その「さば缶」が福井の鯖街道を宇宙までつなげた、ノンフィクション。生徒の「宇宙食、つくれるんとちゃう?」から始まったプロジェクトを先生として伴走し続けたのが、著者の小坂さん。

 

小坂さんは、福井県立若狭高等学校海洋科学科教諭。博士(生物資源学)。若狭高等学校は、定員割れが続いて存続の危機に陥った福井県立小浜水産高校と、進学校だった若狭高校とが統合してできた学校。その統合の際の、学校の危機についても語られている。


感想。
面白かった!!
いわゆる、ちょっとやんちゃで、授業困難校だった福井県立小浜水産高校の生徒たちが、「さば缶を宇宙食に」という夢をもったことで、目標を持ち、努力するということを覚えていった様子。しかも、なんと10年がかりの夢実現だったのだ。そこが、すごい。先輩の頑張ったことを引き継ぎつつ、ときに頓挫したり、すっかり熱が冷めて忘れられたりする。新任として小浜水産高校に着任した小坂先生は、最初は一生懸命、みずから動く。授業では寝てばかりの生徒や、叱れば教室を出て行ってしまう生徒。それでも、小坂先生は自分の理想をもとめて、なんとか生徒たちを引っ張ろうとした。でも、自分がやっているのではだめだ、ということに気が付いた小坂先生は、生徒たちの自主性を大事にし、自分たちで立てた目標を、自分たちで達成する、ということを伝えていく。
そのいきさつも、なかなか泣かせる。

 

先生が高校生を指導すれば、そりゃ、立派なプロジェクトができるかもしれない。でも、それは、生徒に「与えられたとおりにやること」を覚えさせただけで、生徒の創造性や思考力は育たない、、、ということに気が付いてしまった小坂先生。卒業生に、「先生のおかげで、暗記すれば出来るってことがわかった。仕事も、全部暗記するようにしている。先生ありがとう!」といわれて、衝撃をうけたのだった。

それから、小坂先生は、変わった。生徒の自主性、生徒が考える、を大事にした。だから、時間もかかった。そして、生徒から生徒に受け継がれ、、、ついに、さば缶は宇宙に行ったのだ。

 

もともと、小浜高校は、実習の施設として缶づめ工場をもっていた。そして、食の衛生管理システム「HACCP」が世界で求められるようになり、生徒たちにもHACCPの知識や技術をもってもらうことが、水産高校としての任務だとおもった小坂先生は、高校の施設にも導入することを授業の一環として考えた。会社であれば、コンサルタントを雇って、設備投資して、数億円をかけて導入するHACCPだが、高校にはそんなお金はない。HACCPは、高価な設備導入を求めているわけではない。求められる管理がきちんとできていればいいのだ。管理し、記録を残すこと。小坂先生と生徒たちは、アナログに自分たちの手でしっかり記録をし、管理することでHACCPを達成したのだった。

「HACCP」はもともと1960年代にできた衛生管理手法で、NASAが有人月面着陸をめざすアポロ計画のために作り出したもの。つまり、HACCPを達成できたということは、宇宙食の可能性があるということだったのだ。

 

HACCPの導入は、別に、宇宙食を作ることを目的にしていたわけではなかった。それが、生徒の宇宙食、つくれるんとちゃう?」の言葉で、宇宙食をめざす、というプロジェクトに変わっていった。

 

そして、宇宙食として必要とされる様々な条件に挑戦していくことになる。とろみや、味、もちろん、衛生面。それらの検討は、1,2年で完成するものではなく、挑戦した生徒たちは、卒業の時間を迎えてしまう。小坂先生も、自分自身の博士号取得の勉強で忙しくなり、ときに、途絶える缶づめプロジェクトだった。

 

その間に、実は、缶づめを宇宙食にすることの状況も変わった。プロジェクトが始まった当時は、NASAのルールでは、ゴミとして持ち帰るときにかさばる缶づめは、重ねてコンパクトにゴミにできるものでなくてはならず、新たに缶づめ製造機を購入するお金のない高校としては、大きな壁にぶち当たってしまったのだ。でも、年月がたち、NASA以外にも多くのロケットがISSに荷物を運ぶようになり、通常の缶詰もOK!となっていたのだった。 

 

そして、最後には、達成する。生徒たちが、自分たちで目標を達成したのだ。

 

学校教育をめぐる環境も変化していた。大学の教授からは、「知識や技術だけを教え込まれてきた生徒はいらない」と言われる時代になった。知識編中の詰込み型の教育は時代にそぐわなくなり、自分の頭で考え、表現する人材を育てることが重要だと認識されるようになった。缶づめプロジェクトは、まさに、自分の頭で考えるを教えるプロジェクトだった。

 

高校再編のときに徹底的に話し合われた若狭高校海洋科学科のカリキュラムは、「思考することを好きになる」「思考・判断・表現の基礎」「水産海洋分野に興味関心をもつこと」を目標としていた。缶づめプロジェクトは、その実行バージョンだ。

 

高校生つくった缶詰が宇宙に行ったノンフィクション。もちろん、ワクワクするし、ドキドキする。でも、それだけではなく、その裏にある「思考することを好きになる」という教育目標も達成したプロジェクト。やはり、経験するって、何より大事だな、と思う。高校では、他にも海岸の環境を改善するためにアマモ定植活動「アマモマーメイドプロジェクト」なども行っている。

 

高等高校教育の在り方としても、なかなか興味深いお話だった。

 

だれでも、興味をもったことであれば、夢中になれるし、一生懸命になれる。そんな当たり前の事をづくづく思う。子供も、大人も。

 

「好奇心」って一言でいうけれど、やはり触れてみて、経験してみることって、大事なって思う。

 

野口聡一さんが「美味し~い!」と叫んださば缶。

いつか食べてみたいな。