『世界を救うmRNAワクチンの開発者 カタリン・カリコ』 by 増田ユリヤ

世界を救うmRNAワクチンの開発者 カタリン・カリコ
ジャーナリスト 増田ユリヤ  インタビュー・執筆
ポプラ新書
2021年10月4日 第1刷発行
2021年10月26日 第2刷

 

カタリン・カリコさんについての本。図書館で予約していたのが回ってきた。先日読んだ、ティーンズ向けの本のもととなった本、ということなのだろう。これが2021年の出版なので、本書のほうがはやい。著者は同じ増田さんだし、出版もポプラ社。本書の子供向けダイジェスト版が、先日の一冊だったようだ。

megureca.hatenablog.com

 

表紙にも、裏にも、たくさんの文字が並ぶ。

 

”世紀の発見は逆境から生まれた。
ノーベル賞に最も近い研究者の挫折続きの人生とRNA 研究の可能性について
新型コロナワクチン開発秘話!
ノーベル賞級の2つの発見。
・実用化が難しいと言われていたmRNA の技術。炎症反応を抑えることに成功
・壊れやすかったmRNAを脂の膜で包んだ

40年間 なぜ諦めなかったのか?
ワクチン開発の裏側にある物語。

社会主義体制のハンガリーに生まれ、 RNA 研究を続けるために30歳の時に娘のテディベアにお金を忍ばせ一家で渡米。時に降格されたり、研究費が出ないなどの憂き目にあいながらも研究を続けてきた。新型コロナウイルスから多くの命を救った ワクチンは、いかに作られたのか。 開発者の知られざる人生と、研究の可能性について描いた力作。”
とある。

 

目次
第1章  科学者を知らなかったハンガリーの少女が研究に目覚めるまで
第2章  娘のテディベアにお金を偲ばせて渡米 40年で及ぶ挫折続きのRNA 研究
第3章  mRNA 研究の画期的な発見 新型コロナワクチンの開発へ
スペシャルインタビュー 山中伸弥教授に訊く
おわりに

 

内容的には、以前読んだ『カタリン・カリコ』とほぼ同じ。読みだしてすぐに同じだと気が付いた。読むのをやめようかと思ったけれど、まぁ、薄い新書だし、とおもってそのままさーーっと読み続けた。そして、そうか、子供向けには書けなかったこんな内容もあったんだ、、、ということがわかった。『カタリン・カリコ』は、比較的子供時代~研究者として活躍するまでのことを軸にしていて、若者に科学への興味をもたせるようなテーマがあったように思うけれど、本書は、本当にカタリンの伝記、って感じだ。

 

本書を読んで、現実的な話にちょっと怖くなったところがある。なんといっても、カタリンさんが科学者として働き始めたころ、ハンガリーという国が社会主義体制のもとにあり、ソ連の脅威のなかにあったということ。時に、秘密組織のもとで諜報者として働かざるを得ない立場に陥ったこともあるということ。つまり、スパイとして組織に名前が登録されていたのだ。当時のことがかかれた著書によると、カタリンさんは、ジョルト・レンジェルという男性のコード名で登録されていて、1985年からは休職扱いになっている。休職となっているのは、カタリンさんがアメリカに渡ったから。カタリンさんがエージェント採用を受け入れないわけにいかなかったのは、お父さんがハンガリー事件」に関与して、採用を受け入れなければ、カタリンさんが職を失うだけでなく、お父さんの解雇もわかっていたのだ。当時のシステムの中で生きていくには、エージェント採用をうけれざるを得なかった。でも、カタリンさんは、結局、誰かについて報告書を書くことはなく、誰かを傷つけたこともない、と。

 

前作では、軽く飛ばされていた話しだったけれど、アメリカに渡ったのには、こんなに深い理由があったのだ。。。。

 

ちなみに、ハンガリー事件というのは、1956年10月23日、首都ブダペストで起きた民主化運動事件。民主化ソ連軍撤退を要求する学生や労働者のデモが発生し、ソ連は軍を出動し、市民と衝突した。市民3000人が犠牲になったと言われている。東欧の歴史。。。

 

アメリカに渡ってからも困難続きだったカタリンさん。それでも、研究をあきらめなかったし、例え降格させられても、研究を続けられる道を選んだ。

 

「何もなければ、失うものはない」
を、モットーとしているというカタリンさん。
本当に、自分の研究が人々を救うことができると信じていたのだろうし、それは間違っていなかった。ホント、すごい。

 

こうして、カタリンさんの人生を二回読み返したことは、なるほど、本当に諦めずに40年間やり続けた気力、体力、根性、すべてに感動してしまう。

 

はじめにで、「明るく快活で気さくな人柄。誰に対してもきちんと正面から向き合う姿勢。 そして何よりも 研究を愛し、家族と母国ハンガリーを大切にしてきた彼女の生き方。 その一つ一つが、 コロナ禍という困難な状況の中で私の心に染みました。」とあった。著者がカタリンさんとリモートインタビューで語り合った感想が書かれている。

「誰に対してもきちんと正面から向き合う姿勢」って、大切だなって思う。

 

本書でも、カタリンさんに大きな影響を与えたセリア博士のことが紹介されている。あらためて「自らの目で見るという簡単な観察」による偉大な発見に気づかされた。肉眼で見たこと、観察したことで、「メンデルの法則」や「ペニシリン」という世紀の発見がなされたのだ。そう、その発見に特別な難しいメカニックやテクニックがあったわけではない。エンドウ豆の観察であり、シャーレの中のバクテリアの生え方を観察していただけのこと、、。ただ見ていては気づかない。物事の本質を直感的把握力で掴むこと、そのことの重要さ。目で見たことは、特に言葉にできなくても、ちょっとした違和感を感じることで、大発見につながる。そういうものなのだ。

観察って、ホント、大事。 

 

もう一つ、セリア博士の精神を受けついだのは、「効果のない事柄に浪費をしない」ということだそうだ。つまり、「無駄なことに時間を費やさない」と。うん、研究者というのは、追求したい研究があれば、それ以外のことはすべて「無駄なこと」にみえちゃうから、言わんとすることはよくわかる。無駄なことに時間を費やしているときというのは、本気で取り組みたいターゲットに出会えていないとき。まぁ、人生なんて多くの時間がそういう時間なんだけど、ね。

 

本書の中では、オリンピックメダリストとなった娘さんの話も出てくる。コロナワクチンで有名になる前は、「メダリストのお母さん」としてのカタリン・カリコが有名だったそうだ。娘のフランシアさんが落ち込んだ時、母であるカタリンさんが歌ってくれたというハンガリーの歌が紹介されている。

 

「自分の手で地中の金を採掘した方が金はより光り輝く。 もしも、誰かが掘り出したものを手渡されただけなら、それはただの『モノ』。けれども、自分が戦って勝ち得たものならば、もっと意味を持ったものになる。」

 

なんと、力強い言葉の歌だろう。。。。

 

こちらは、ちゃんと?!大人向けの一冊。

新書でさっと読めるので、やっぱり大人にはこっちの方がおすすめ。

 

ナシム・ニコラス・タレブの『身銭を切れ』って、自分で戦って勝ち得よってことにつながるんだよな、ってつくづく思った。金銭的なことだけでなく、自分の時間、機会、リスク、あらゆるものを自分で負って、そのうえで手に入れたものは、やっぱりただの「モノ」とは違う。

 

本だって、なんだかんだ言って、自分で買った本の方が真剣に?!読む。私の場合、コストをかけたからには、なにか得たい!っていう貧乏根性が働く。やっぱり、ただほど高いものはないって、かね。

 

研究者のお話は楽しい。私は途中でリタイアしてしまったけれど、今でも時々、あの時こうすればうまくいったんじゃないだろうか、と実験のことを思い出すことがある。私の場合は、企業の研究者だったので、ずっと同じテーマという訳にも行かず、強制的にテーマが変わっていったから、ドツボにはまったままということはなかったけれど、研究者にとって、研究テーマを途中で変更するというのは、、、なんというか、人生を途中で切り変えるようなもの。成功している研究者の中には、途中でテーマを切り替えたことで成功した人もいれば、最初からずーーーっと同じテーマの人もいる。いずれにしても、観察による「直感的把握力」の優れたひとが成功するのだと思う。

 

直感的把握力は、机の上で勉強しているだけでみにつくものではない。やっぱり、最大の学習アイテムは自然だと思う。みんなもっと、自然と触れ合おう!!近所にんだって、ベランダにだって、自然はたくさんある。よく観察すると、楽しいネタが満載なんだよね。

 

やっぱり、科学技術は人を救う。

自然科学の研究は素晴らしい。

ただし、その使用は平和目的でなくてはいけない。