『奴隷のしつけ方 マルクス・シドニウス・ファルクス 著』 by ジェリー・トナー

『奴隷のしつけ方』
マルクス・シドニウス・ファルクス 著
ジェリー・トナー 解説
明美 訳
太田出版
2015年6月12日 第1刷発行
2016年2月12日 第7刷発行
How to Manage your SLAVES (First Published inb Great Britain in 2014)


西洋史が専門というワインスクールの先生(アカデミー・デュ・ヴァン、蜂須賀先生)のおすすめ本。先生のギリシャ、ローマ時代のワインの話が面白いのはいうまでもないけれど、その西洋史の深さはさすがに学生時代西洋史を専門にやっていたというだけのことはあり、話がすごく学術的。ワインとの関連も面白いのだけれど、ギリシャ、ローマ時代への興味が増してくる。

 

そんな先生のお薦め本を、図書館でかりてみた。先生に、なんで読んでみようと思ったんですか?と聞いたら、「だって、奴隷のしつけ方ですよ!ぜったい、おもしろいでしょう!」って。笑った。なかなか、素敵な美女先生なのだ。

 

日本語翻訳版の表紙は、 ヤマザキマリさんのイラスト。裏にも。見てすぐ、あ!マリさんだ!ってわかる。これは、、、、この本は、ヤマザキマリさんも好きそう。

 

表紙裏には、著者紹介。
マルクス・ シドニウス・ ファルクス。
何代にもわたって 奴隷を使い続けてきた、ローマ 貴族の家に生まれる。
第6軍団フェッラタを退役したあとは、領地の運営に専念し、現在ではカンパニア 地方とアフリカ属州、そしてローマ 市を見下ろす エスキリーノの丘にある豪奢な別荘を行き来しながら過ごしている。
本書の執筆に当たっては、現代人の理解を助けるため、ケンブリッジ大学の古典学研究者である ジェリー・トナーに慣習と解説を命じた。”

と、ここからすでにユーモアが始まっている。

 

実際の著者は、ジュリー・トナー教授。訳者のあとがきによれば、ケンブリッジ大学のチャーチ・ カレッジで教鞭をとる研究者で、専門は古代ローマの社会文化史、それも下から見た歴史の専門家で、庶民や大衆文化を追いかけている人。

そのトナー教授が、マルクスに語らせる形で、「奴隷をどう使いこなすか」というマニュアル本をマルクスに作らせ、語らせた後、教授が解説をする、という形をとっている。

だから、古代ローマ人マルクスの語りは時代劇の様で、トナー教授の語りは、しっかりお堅いことばで語られる。奴隷と貴族の生活が手に取るようにわかる。これは、面白い!解説付き時代劇みたいな感じ。

 

目次
著者挨拶
解説者挨拶
序文  主人であれ
第1章  奴隷の買い方
第2章  奴隷の活用法
第3章  奴隷と性
第4章  奴隷は劣った存在か
第5章  奴隷の罰し方
第6章  なぜ 拷問が必要か
第7章  奴隷の楽しみ
第8章  スパルタクスを忘れるな!
第9章  奴隷の解放
第10章  解放奴隷の問題
第11章  キリスト教と奴隷
あとがき さらばだ!

 

感想。
面白い!!!
これは、面白い!!!
しかも、奴隷の話であるけれど、これは、現代の社会の中での従属関係とかわらないなぁ、、、って比喩的にみてしまうと、ますます面白い。

 

奴隷というと、どうもアメリカ開拓史時代の奴隷をおもいうかべてしまうけれど、ローマ時代の奴隷は、それともちょっと違う。貴族の生活になくてはならないお手伝いさん、という言い方の方がしっくりくるようだ。へぇ、ほぉ、そう!っておもわず感心しながら読んでしまった。

 

本当に、学術としてローマ時代の奴隷の話を知りたければ、各章のおわりにある解説をよめばいい。そこでは、マルクスのいうことへ少々のいちゃもんをつけつつも、その時代における理解がきちんと説明されている。

なるほど、これは、、、、、。ローマ人に語らせつつ、解説をいれるという、ダブル解説なかんじが面白い。

 

奴隷の買い方なんて、現代人に必要なマニュアルであるはずがないのだけれど、ほほぉ、なるほどねぇって、面白おかしく読んでしまう。やはり身体が資本で、仏頂面よりは笑顔の方がいいとか。奴隷たちに悲壮感は感じない。ただただ、生まれがそうだったから奴隷だったり、戦争でまけて捕虜となって奴隷になったり、、、奴隷にもいろいろだけれど、解放されて自由市民になれるチャンスがあったり、主人のお気に入りになると生涯しあわせな奴隷となれたり、、、。

 

ほんと、面白い。
なんか、漫画チックなかんじで、イラストはないのに読みやすい。マルクスの語りが、まるで目の前で奴隷と主人とのやり取りが起こっているような、、、情景描写がうまいのか。この書き手のテクニックにも、うなっちゃう。

 

総じていえば、ローマ時代の奴隷は、それなりに幸せそうだってこと。人として人権はある程度確保されていて、それも主人との関係次第。善い主人に使われる奴隷は、結構幸せだったのかもしれない。

ワインを準備したり、注いだりするのは奴隷の仕事だった。いまなら、ソムリエみたいなもんだ。それは、結構たのしいかもしれない。

奴隷同士の結婚もみとめられていたそうだ。そもそも市民ではないので法的に結婚できるわけではないけれど、そうすることで生まれてくる子どもは、やはり奴隷となるのだけれど、事実婚として主人から認められていた。ファミリーができると、逃亡しようとか、主人に歯向かおうとか考えなくなるから、貴族ファミリーにとっても奴隷同士の結婚は、welcomeでもあったのだ。おもしろい。

なんか、貴族が今でいう家族経営の社長みたい。だから、時には、みんなで行事をしたり。社内懇親会みたいなものか・・・。でもって、権威の象徴化のようにやたらと奴隷を買い込んむけれど、使いこなせない主人がいる。それは、従業員を増やして外形上大企業にしても、人を使いこなせないだめ社長みたい?!?!

 

ファミリーだったとしても、それでも、拷問が必要な時があるという。死ぬほど厳しい拷問をしてしまうと、奴隷がダメになっちゃうからよろしくないのだけれど、「真実を話させる」ためには、拷問も必要なのだと。。。まぁ、すごい屁理屈だこと。でも、奴隷の証言というのが、「主人がころされた」とか、事件が起きた場合には大いに重要で、拷問なしに語っても「真実であるかわからない」と。だから、拷問が必要だと、う~~ん、、、、すごい屁理屈。

 

最後の方では、キリスト教徒だって、奴隷をつかうのを日常としていたという話。なるほど、そうかもしれない。だって、その時代の生き方だったんだから・・・・・。

 

解説では、初期のキリスト教の文書には、奴隷制から借用した言葉がたくさんでてくるという。「贖罪」というのはラテン語でredemptioで、本来は「自由を買い戻す」という意味だったそうだ。また、『新約聖書』には、奴隷の扱いに関する記述も多くみられる、と。それは、初期のキリスト教が抑圧された民のための宗教であり、奴隷たちにとって魅力的だったという事実を反映しているのかもしれない、と。 

 

ローマもギリシャも、いまだによくわからないけれど、やっぱり、そこがわかるとまたぐっと世界が広がるような気がする。

 

蜂須賀先生のワインと西洋史の授業でずっと協調されているのは、ギリシャ時代からワインはあったけれど、貧しかった、ということ。だから、ローマができたころには、ギリシャで流行っていたワインというのは、貧しい人たちの飲み物という印象で、あんまり人気が無かった。ところが、カルタゴを制したころからローマにお祭りムードが高まって、ワイン文化、つまりは酔っぱらう文化が花開き始めたのだと。

 

ご主人様をいい気持ちにさせてくれるワインを準備したり、注いだりするのは奴隷の仕事だった。でも、この「宴会」の席に関わることのできる奴隷は、結構幸せ者だったらしい。だって、残り物にあずかることもできたから・・・。酔っぱらえば、ご主人の気も大きくなるし?

 

ローマの時代、なくてはならなかった奴隷制度。それを貴族の目から通してみた一冊。

普通に、面白い。

西洋史に興味があれば、なかなか楽しめる一冊だと思う。

 

読書は、楽しい。