『肥料争奪戦の時代 希少資源リンの枯渇に脅える社会』 by ダン・イーガン

肥料争奪戦の時代
希少資源リンの枯渇に脅える社会
ダン・イーガン
阿部将大 訳
原書房
2023年7月24日 第一刷
The Devil's Element 2023

 

日経新聞、2023年10月7日の書評にでていて、ちょっと気になったので、図書館で予約してみた。

記事では、
「・・・米国の五大湖沿岸からフロリダ州まで各地の湖沼、河川、沿岸で起きている、藍藻などの異常な大発生がもたらす環境破壊や健康被害の深刻な状況は、日本では部分的にしか知られておらず衝撃的といえる。その最大の原因がリン酸肥料の流出や畜産業から発生する糞尿(ふんにょう)による水質汚染であることを、ピュリツァー賞ファイナリストである著者はたたみかけるように実例で示していく。効率性追求に傾斜した米国の農業・畜産業については評者の専門分野でもあるが、リン酸肥料濫用(らんよう)の負の側面というアングルからの分析は全ての人にとって傾聴に値する・・・」とあった。

 

ピュリツァー賞ファイナリストである著者による、取材とそのレポートといった感じ。ようやく順番が回ってきたので読んでみた。

 

著者のダン・イーガンはミルウォーキー・ジャーナル・センチネル紙の記者で、ウィスコンシン大学ミルウォーキー校に淡水科学部シニアフェローとして在籍中。 執筆した記事で過去に2度、ピューリッツァー賞の最終候補に選ばれた。五大湖の生態系の危機について書いた第1作目の『The Death and Life od the Great Lakes』 はニューヨーク・タイムズのベストセラー・リストに入り、ロサンゼルス・タイムズ・ブック賞、 J・アンソニー・ルカース 賞を受賞。本書が2作目となる。

 

表紙の裏には、
”最悪の事態になるのは、地球最後の リン鉱山が尽きる時ではない。
 残り少ない リンを、数カ国あるいは1人の国王が独占するときだ。

肥料として農業に欠かせない元素リン。人類は増え続ける人口を支える食料を作り出そうと、リン鉱床をめぐり、今なお 血みどろの争奪戦を繰り広げている。そのいっぽう、 肥料や肥やしに含まれるリンを海洋や河川に垂れ流し、致命的に汚染 しつづけているという矛盾。
持続可能な農業を次世代に残し、 食料危機を回避するために今すぐすべきことは何か。各国で始動し始めたリン再利用技術とは。

地球温暖化より深刻として、世界が注視する最新の問題を、ピューリッツァー賞 ファイナリストが追求する。”
とある。

 

目次
読者へ
はじめに
第1部 リン争奪戦
第2部 リンの代償
第3部 リンの未来

 

感想。
え、、、今でもリンによる環境汚染って、そんなにひどいの?!と驚いた。1960年代とか、70年代のはなしではない。2018年とか、最近に起きている様々なリンによる藍藻の大量発生と、それによる死亡事故・・・・。毒素発生によって、野生動物だけでなく、人間までもが命の危機にあっているとは、、、。フロリダ半島のはなしだったりするので驚く。

かつて、洗濯用洗剤にはリンが使われていた時代がある。そのリンを含んだ排水によって、河川の栄養バランスが崩れ、日本の河川もアメリカ同様に公害にみまわれた。発端は、P&Gが発売したリン入り洗濯洗剤。それがいまではアメリカでも、日本でも無リン洗剤が主流になっている。リンが環境汚染の原因だということが明らかになったから。それから何年たっているというのか。。。。それがいまだに???

 

主な原因は、田畑に巻かれたNPKの化学肥料たち。NPKとは、窒素・リン酸・カリ農学部出身のわたしとしては、お経のように唱え続けたチッソリンサンカリ。人口増加に伴い、その食料需要を補うために、田畑の生産性向上を目指して、じゃんじゃんまかれた肥料たち。すべてが、植物に吸収摂取されることはなく、余剰肥料は、雨によって田畑からながれだし、河川へと流れ込む。そして、栄養過多が生じ、藻類の大発生・・・・。

ヨーロッパ、アメリカから始まった農業生産性アップの活動は、オーストラリア、ニュージーランドと南半球にも広がる。リンは、生命の構成要素であり、リンなしにDNAやRNAがつくられることはない。でも、不思議なことに地球上の全ての地域に分布しているのではなく、特定の地域に限られている。人類は、そのリン鉱ををみつければ、そこを掘りつくし、なくなれば、また別のリン鉱を求め続けた。

 

ペルーの鳥糞(グアノ)の話が出てきた。経済的に後進国だったペルーが、グアノがあることがわかって、一気に経済的に豊かになった。でも、掘りつくした後に待っていたのは、経済崩壊だった、というのを英語の教材で読んだことがあったけれど、本書でもその様子が語られている。

 

そして、現在では、「モロッコと隣接する西サハラに世界の70〜80%の埋蔵がある」そうで、その権利をモロッコの王が独り占めしようとしている、、、と。

 

投資家のジェレミー・グランサムは、リン貯蔵地の減少に直面した世界が今後数十年のうちに迎える悲惨な状況は、ITバブル崩壊リーマンショックの比ではないだろう、といっている。現在、リン鉱山付近では、ゲリラ的な戦いがおきているそうだ。なんてこと・・・・。

 

話は、本来ならば食料であり肥料であるコーンなどの穀物が、エンジン用のエタノール原料にされているということにも言及している。エンジン用のエタノールを作るために、これまた大量のNPKが、土壌にまかれているのだ・・・。

 

穀物を原料として、食品ではないものを作るというのは、私は間違っていると思っている。アジアならば、タピオカスターチもアメリカのコーン同様にエタノール原料にされてしまった。これが、電気自動車になったら解決するかといえば、発電のためのエネルギーという問題はつきない・・・・。

化石燃料の使用を下げるために、河川をリンで汚染しているのでは本末転倒だ。。。

 

第2部のリンの代償では、興味深い話が提供されている。ALS罹患に、リンの過剰摂取が関わっている可能性がある、という話。もちろん、リンの過剰摂取だけが理由ではないといっているけれど、一つの危険因子になりえるということは、興味深い。なぜ、そのような仮説がでてきたかというと、ある地域で通常よりALSの罹患率が統計的優位に高く、それはある種の食習慣と関係していた。その食習慣というのが、リンが生物濃縮された動物を食べていた、というものだった。この話は、まだまだ、検証が必要なようだけれど、偏った食が、偏った栄養の過剰摂取につながることとなり、それが何らかの病気の要因になりえる、というのは、たしかにあり得る。同じものばかりをたべているというのは、一つのリスクなのだ。

 

全体に、センセーショナルに書いているなぁ、という感じがしなくもないけれど、さまざまな事件や、事実を事例としてあげているので、フィクション本として読みやすい。

リンに限らず、物質の循環は、人類が勝手に大量移動させることで、自然の循環から外れてしまうことがある。PFASといった産業化合物もしかり。自然に負荷をかける大量生産は、やっぱり、持続可能ではない、ということなんだろう。。。。
自然について、環境について、考えさせられる一冊。日本はアメリカのような大量生産大規模農家はないので、アメリカほどの大規模被害にはなりにくいと思うけれど、ひとごととしてはいけないんだろう。

地球は大切にしないとね。 

 

どこか、ひとごとのような感じで読んでしまったけれど、肥料を100%輸入に頼っている日本だって、ひとごとではない。ちなみに、ネットで調べてみたら、リン酸肥料は、90%中国、10%アメリカからの輸入。リン鉱山での枯渇問題とは別に、政治的なことからお隣国と仲たがいをしてしまえば、日本の農業は壊滅的なことになるということ、、、。

 

地球も、隣人も、大事にしないとね。。。