『独裁者の料理人』 by ヴィトルト・シャブウォフスキ 

独裁者の料理人 
厨房から覗いた政権の舞台裏と食卓
ヴィトルト・シャブウォフスキ 著
芝田文乃 訳
白水社
2023年3月20日  印刷
2023年4月10日 発行

 

日経新聞の書評で出ていて、読んでみたい、、、と思いつつも、独裁者という言葉にちょっと嫌悪感を感じつつ、、、図書館で予約していたのがようやく順番が回ってきたので読んでみた。日経新聞にでていたのが、2023年5月だから、半年以上まった。そんなに、、、みんな興味あるんだ、独裁者の料理人に、、、。私もその一人だけど。


著者のヴィトルト・シャブウォフスキは、1980年、ポーランド北東部のオストルフ・ マゾ ヴェッカ生まれ。 ワルシャワ大学 卒業後、 トルコのイスタンブール政治学を学ぶ。帰国後、報道記者として キャリアを開始。世界各地を精力的に取材。ジャーナリズム賞など、いくつもの賞を獲得しているらしい。2014年『踊る熊たち』(白水社)を刊行。10カ国以上の言語に翻訳された著書もある。
どうやら、政治にも食にも興味深々のジャーナリストらしい。

 

本書は、歴史の悪名高き独裁者たちに雇われた料理人たちを取材して、独裁者の様子や、何をつくたのか、なぜ、そのような人の料理人になったのかなどなど、がつづられている。場合によっては、今でも名前は明かしたくない、、、という料理人からのインタビューもでてくる。


独裁者の料理人  献立
地図
前菜
オードブル
朝食  泥棒の魚 スープ
  サダム・フセインの料理人、アブー・アリの話
オードブル
ランチ 山羊のロースト
  イディ・アミン の料理人、 オトンデ・オデラの話
 オードブル
午餐 シェチェ・パーレ
 エンヴァル・ホッジャの料理人、Kさんの話
オードブル
夕食 魚のマンゴーソース
  フィデル・カストロの料理人、 エラスモとフローレスの話
デザート パパイヤのサラダ
 ヨン・ムーンの話
コーヒー
香辛料
本書の作り方 訳者あとがき

 

感想。
なるほど。。。。独裁者も人の子。美味しいものを食べれば機嫌がよくなる・・・・。なかなか、面白い話だけれど、やっぱり、ちょっとセツナイ。軽いタッチでかかれているのだけれど、決して、明るい気分になれる本ではない。。。。

 

料理人は誰もが生きるか死ぬかの経験をしながら、独裁者に美味しい料理を提供し続けた。。美味しくないという理由だけで殺される恐れもあったのだ。。。でも、お気に入りにしてもらえれば、お給料も弾んでもらえ、時には車を一台ポンとあたえられるなど、厚遇をうけることもできた。と、同時に、周囲からの妬み、恨みも買った・・・。なかなか辛い商売である、独裁者の料理人・・・。

権力者に気に入られるというのは、、、普通に生きていきたい人間にとっては有難迷惑・・・。でも、そんなこと口にできるわけがない。

 

本書に出てくる独裁者は、目次の代わりとなっている「献立」の通りで、
イラクサダム・フセイン
ウガンダのイディ・アミン
アルバニアのエンヴェル・ホッジャ
キューバフィデル・カストロ
カンボジアポル・ポト

正直、ウガンダアルバニアは、名前を聞いてピンとこなかった。けれど、、、歴史に名をのこす独裁者たち。

 

どの料理人の話でも、お料理のレシピもちょっぴり出てくる。美味しい料理を作れたから、選ばれし人となり、独裁者を喜ばせた。

 

オードブル、となっている項は、ポル・ポトにまつわる話。カンボジアの話なので、東南アジア料理がでてくる。 パパイヤのサラダとか。タイ料理で言うところのソムタム。普通に作ると、 
”パパイヤを細かく刻み、 きゅうり、 トマト、 サヤインゲン、 キャベツ、アサガオ、ニンニク、レモン汁を少々加えます”とある。

むむ、、アサガオ?!これは、訳者が、アサガオナと間違えているか?空心菜のことだと思われる。で、ポル・ポトは、このままでは食べず、干し蟹か魚のペーストとピーナッツが入ったのが好きだったそうだ。

と、お料理の話のところは、ちょっと楽しい。

 

フセインにつくったイラクの料理も、とてもおいしそう。シシカバブ(串刺し肉BBQ)、クッパ(ひき肉とトマトに小麦粉団子入りスープ)などなど、、。ホテルのシェフをしていたのが、気が付いたらフセインの料理人・・・。

 

独裁者の料理人は、みんな、拉致されるかのようにして、元の職場から独裁者の元へ連れ込まれている。。。。

お料理の話は楽しいけれど、、、裏事情はなかなか辛い。生きていくためには、何が何でも美味しい料理を作らねば、、、、。

実際には、本書のために、独裁者に仕えた料理人たちを探し出すこともハードルの高い仕事だったようだ。そりゃそうだ、、、、。独裁のあいだはともかく、後に極悪非道人扱いとされているケースもあるわけで、そんな人に仕えていたという過去は話したくない人も多いだろう・・・。

気に入られてしまったがゆえに、、、妻を何人もあてがわれてしまったり、、、。

果たして、幸か不幸か・・・。話を聞けた人は、独裁者の虐殺にはあわずに生きのびたひとだけだ。だから、話としては、「そんなに悪い人ではなかった」風になるけれど、、、。実際には、殺されてしまってインタビューの対象とならなかった人々も、、、たくさんいると思われる。


やっぱり、、、権威に任せて多くの命を奪った人たち。なぜひとはそんなに残酷になれるのか。。。と思わずにはいられない。

その一方で、「食」に一喜一憂してしまうことや、故郷の料理でほろりとしてしまうとか、逆に白人のたべる欧州料理しか食べないことで、先進国に近づこうとしたり、、、。

食を巡る欲望は、、、原始的であり、本能的であり、、、。

 

どんなに極悪非道のひとであっても、人の子であり、ご飯なしには生きていけないという事実に、、、、虚しさを感じずにいられない。デザートの甘いもので喜んだりもしている。戦地から戻って、白いテーブルクロスの上で綺麗に整えられた食事をとっている間は、、、敵のことを忘れたのだろうか。。。

 

ちなみに、独裁者たちは、美味しい食事を楽しむ一方で、それぞれ、こんなことをしてきた。

サダム・フセイン:何万人ものクルド人処刑

イディ・アミン:血の粛清。反対分子の処刑、レイプ、人肉食(本書にでてくる料理人は、人肉食については否定)

エンヴェル・ホッジャソ連、中国、アメリカ、ご都合主義的に友好国を次々と変更。不用分子を粛清。

フィデル・カストロキューバ戦争、核戦争の危機。

ポル・ポト:200万人のクメール人集団大虐殺。

 

そして、独裁者は、以外にも肉食よりも野菜食の人も多かったようだ。フセインや、カストロが肉より野菜を好んで食べていた、というのは、ちょっと驚き。

 

食の栄養バランスがわるくて、精神に異常をきたして、あれだけの残虐行為に及んだのか?

 

ま、いずれにしても、興味深い本ではある。けど、楽しい本ではなかった・・・。

ただ、これだけの取材をして書いているのはやはりすごい。

著者のもう一つの翻訳本、『踊る熊たち』もいつかよんでみようかな。