『微生物ハンター、深海を行く』  by 高井研

微生物ハンター、深海を行く
高井研
イースト・プレス
2013年7月13日 第1刷発行
2013年8月6日 第2刷発行

 

イラク 水滸伝著者の高野秀行さんが『世界の辺境とハードボイルド室町時代のなかで、”高井さんがストーリーテラーで、話が上手いから、研究成果を一般の人にもわかりやすく伝えられる”、といっていたので、どんな人か気になった。生物学者だと言うし、これは読んでみようと思って 図書館で借りてみた。

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高井さんが、どのように深海にすむ微生物の世界に引き込まれていったのか、学生時代から社会人になるまで、そして、留学先、社会人としての活躍、などなど。

 

著者の高井さんは、1969年生まれ。私とほぼ同世代。生物学者を志して入学した 京都大学農学部水産学科で微生物の研究を始める。そして、あこがれのJAMSTECへ。JAMSTECとは、国立研究開発法人海洋研究開発機構文部科学省所管の国立研究開発法人。その栄光と挫折?はしていないけど、紆余曲折が面白い。

 

目次
第1話 実録! 有人潜水戦による深海熱水調査の真実
第2話  JAMSTECへの道 前編
第3話 JAMSTECへの道 後編
第4話 JAMSTECの新人ポスドクびんびん物語
第5話  地球微生物よこんにちは
第6話 JAMSTECの拳 天帝編
最終話 新たな「 愛と青春の旅立ち」へ
特別番外編1 「しんかい6500」、 震源域に潜る
特別番外編2 地震とH2ガスと私
特別番外編3 極限環境微生物はなぜクマムシを殺さなかったのか
特別番外編4 25歳の僕の経験した米国 ジョージア州 アセンスでのでんじゃらすなあばんちゅーる外伝
特別番外編5  有人潜水艦にまつわる2つのニュース

 

感想。
わははは。の面白さ。そして、微生物学者として、サイエンスとしても興味津々。面白かった。本書は、進路に迷っている若者に、サイエンスの道、深海への道はたのしいよぉぉぉって誘うための一冊か。まさに、ストーリーテラー。面白すぎる。が、昭和の色が濃いのは否めない。今の若者には通じない、おやじギャグというのか、、、、目次にある「びんびん物語」だって、がんそ「教師びんびん物語」を知らないとなんのこっちゃ。ほかにもたくさん、そういう単語が出てくる。私ですら、なんのこっちゃ?というものもなきにしもあらず。

 

高井さんは、大学の研究室時代から、国際的なワークショップや学会に参加して、ぜんぜんダメダメな自分を経験する。でも、そういう場へ自らすすんで出ていったことで、多くの人と出会い、高井さんは人生のチャンスをつかんでいく。さまざまな修羅場をくぐりながら、どうやってJAMSTECという運命の職場にたどり着いたか。お話はとても面白い。

 

本書の中に、コロナですっかり有名になったPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を開発して1993年にノーベル化学賞を受賞した、キャリー・マリスの功績についての紹介がある。PCR 反応の肝になるのは、好熱菌や超高熱菌が持っている、 ”高温で壊れずにバリバリ働く DNA ポリメラーゼ”だったということ。PCRは、DNAの二本鎖をほどくために、95℃以上にしたり、プライマーと呼ばれるオリゴヌクレオチドをDNAの鋳型にあわせるために55℃くらいにしたり、実際にDNAポリメラーゼをはたらかせるために、72℃付近にしたりすることで、DNAを増幅させる。そう、好熱菌の発見が無ければ、耐熱性のDNAポリメラーゼの発見もなかっただろう。好熱菌を発見し、PCRを開発したのが、キャリー・マリスなのだ。

 

私も、研究所時代に、大いにお世話になったPCR。でも、そのDNAポリメラーゼの高価だったことといったら、、、。当時は、ね。だいたい、売られているのが、数十μl単位。反応に使う量をケチって、通常50μlで反応するところを、20μlで反応させたり。。。そもそも、PCR用のチューブ(反応させる材料をいれるプラスチックチューブ)は200μl。0.5μlのDNAポリメラーゼを添加したり。さすがに、そこまで少量だとピペットで測り取れないので、数十反応分をプレミックスして、、、、って。まぁ、ケチり方なら色々と工夫したものだ。PCRが一般に使えるようになって分子生物学は大きく変わったし、研究の戦略そのものが変わった。それくらい、PCRは重要な技術で、そこに欠かせない耐熱性DNAポリメラーゼの発見は、すごいことだったのだ。

 

だれが、80℃以上の高温環境で生きる生き物がいるなんて想像できたか。。。。今ではすっかり常識になっているけれど。

 

私も、様々な環境で生きる微生物の単離を経験しているので、そんな微生物がいたら面白いな、っていう興味はずっとあった。でも、極限環境の微生物は、極限環境でないと生きられないものが多いので、実験室で単離して生存させておくことも難しいのだ。熱帯魚は、冷たい水では生きていけないようなモノ。。。。

で、キャリー・マリスさんの著書が紹介されていた。『 マリス博士の奇想天外な人生』(キャリー・マリス 著、 福岡伸一訳  早川書房)。これは、福岡さんの翻訳だし、おもしろそう。いつかよんでみよう。。。

 

本書では、極限微生物に関わる研究者の名前もいくつか出てくる。そういえば、そういう名前で文献検索していた時代もあったなぁ、、、と、ちょっと、懐かしい。

 

高井さんによれば、
「若手研究者 キャリアパス問題の本質は、制度上のものではなく、むしろ 関わる人間の意識の問題 のような気がする」と。

大学の仕組み、社会の仕組み、色々あるのだけれど、確かに最終的には人間が決めるのだ。就職活動も、結局は、人と人との相性ともいえる。コネではないけれど、学会で顔見知りになった関係というのは、ただ、論文の著者と読者の関係とはちょっと違う。

人の輪を広げておくことは、自分の可能性を広げてくれることもある。

 

高井さんは、ワシントン大学に留学経験がある。そして、ワシントン州を再訪し、通いなれたコースで、フェリーから海をみて、なぜだか涙があふれてきた経験を語っている。自分でも涙している自分にびっくりした。とにかく、その時目にした海は、美しくて、宮城県の松島にも似た景色で、懐かしさと、美しさがないまぜになて、涙が出てきた。。。。と。
そして、
「海の研究がしたい」とおもったのだそうだ。

 

アメリカの海に涙するって、藤原さんみたい。

どうも、日本の若者は、アメリカの海に涙して、将来を決断するらしい。

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もちろん、高井さんは、それまでの研究で、深海の極限環境に関するテーマを数々みてきたことはある。それでも、研究テーマとして、深海に絞ろうと後押ししてくれたのが、美しい海、だったのだ。

 

海は、偉大だ。
自然は、偉大だ。

 

しかし、高井さんのポスドクとしての苦労はつづく。ポスドクというのは、将来が約束されたポジションではない。研究成果がでなければ、ボツ・・・・。大きな、壮大な研究テーマであるほど、時間はかかる。しかし、ポスドクでのんびりとやっていると、気が付けばもう就職もできない、研究所でのポジションもない、、、となりかねないのだ。高井さんはそこのところも上手くやっていく。「今成果が出る」テーマもこなしつつ、つまりは、論文がかけるテーマもこなしつつ、JAMSTECで深海のテーマをつづける。あこがれのJAMSTECで壮大な夢をもって働きつつ「今ここ」テーマもこなしていく。

 

この、やりくりって、研究者としては結構大事。そして、ここは、若手研究者に言っておきたいポイントなのだと思う。

日々の小銭稼ぎ(小さい研究)も、馬鹿にしちゃいけない・・・。

 

壮大な夢を追いかけるのはいい。でも、壮大なものを狙いすぎて、手元で論文をだせなければ、、、世間では、研究者としては認めてもらいない。研究者として認めてもらえないということは、世界の研究者と意見交換する機会を逃してしまうということなのだ。
学会、ワークショップに参加するというのは、自分の研究室にこもっているのとは全く異なる「展開」が待っている。学会、ワークショップで、研究者として参加するためのパスポートとして、「論文」「博士」は、やっぱり必要なのだ。

そして、そうして外へでていくことで、世界にいる自分のライバルを肌で感じて、刺激を受けることができる。学会で発表したとき、たとえ反論であったとしても「意見」が貰えるということの楽しさ。自分と同じ研究に取り組む仲間がいるということの楽しさ。

なんでもそうだけれど、切磋琢磨ほど、進化の早道はない。

 

私が、社会人になってから「博士」を取得しようと思ったのも、海外での学会の経験がひとつのきっかけだった。サイエンスの世界でやっていくなら、「博士」をもっていて、損はない。同じ興味の人に出会えるチャンスが増える。

 

サイエンスの世界を仕事にしてみたいと思っている若者におすすめの一冊。
おやじギャグが苦手でなければ、かなり楽しめる。

 

「しんかい6500」に実際に乗って潜っているときの話も、とっても楽しい。
私は、潜りの趣味はないけれど、深海にはあこがれる。お金がそんなにかからなくて、、、安全が保障されているなら、宇宙と同じくらい、行ってみたい。

JAMSTECは、2011年の東北地方太平洋沖地震のあと、海底の調査も行ったそうだ。もちろん、高井さんが海底に行っている。そんなことが行われていたとは・・・。

 

うん、たしかに高井さんもストーリーテラーだ。

若き微生物学者の物語。楽しく読める。高校生くらいに読んでもらいたい感じ。

でも、私のようなおばちゃんにも楽しかった。

 

読書は、楽しい。