『マーリ・アルメイラの7つの月(上)』 by  シェハン・ カルナティラカ

マーリ・アルメイラの7つの月 (上)
シェハン・ カルナティラカ 著
山北めぐみ 訳
河出書房新社
2023年12月20日 初版印刷
2023年12月30日 初版発行
The Seven Moos fo Mali Almeida (2022)

 

2024年3月2日、 日経新聞朝刊の書評で紹介されていた。

 

記事では、
”2022年にブッカー賞を受けたスリランカ作家の小説だ。語りの圧倒的な自由度が気持ち良い。冥界と下界、過去と現在を自在に行き来しながら、「七つの月」の時間を駆け抜ける。”とあり、スリランカの小説で、面白いのがある、、、と最近どこかほかでも読んだ気がしたので、本書を図書館で借りてみた。

 

著者のシェハン・カルナティラカは、 1975年生まれ。 スリランカコロンボに育ち、 ニュージーランドの高校、 大学を卒業後、 フリーランスのコピーライターとして活躍。2010年刊行の初長編作品『Chinaman: The Legend of Pradeep Mathew』が旧英国領の優れた小説に与えられるコモンウェルス賞を受賞。2022年、長編第二作である本書を刊行。ブッカー賞を受賞し、内戦化のスリランカの闇を皮肉とユーモアをもって描いた傑作して世界的に高く評価された、とのこと。

 

スリランカといえば、2019年には連続爆破テロがあり、ここ数年はひどい経済停滞で混乱を極めている。。。コロナでさらに悪化したと思われるけれど、この一年くらいはニュースになることは減っているか、、、。本書は、スリランカを舞台とした話で、キーとなる出来事は1983年の内戦激化。昔のことのようでいて、最近のことでもある。読み終わってから、もっと、スリランカの歴史を勉強してから読めばよかった、と思った。

 

私は、2013年8月にスリランカに旅行に行っている。旅行といっても、1週間ほどスリランカの南の方のアーユルヴェーダホテルに連泊しただけなので、観光はほとんどしていない。そのころは、ヨーロッパからの旅行客も多くて、特に危険な国という印象はなかった。まぁ、インフラは貧しいけれど。海の目の前のホテルで、私はコテージに泊まっていたので、まさに日の出とともに起きて、日の入りともに寝る、、という生活をして、とてもリフレッシュできた。そんなスリランカだけれど、民族間の争いによる内戦が絶えない、なかなか厳しい国なのだ。海は、ただただ美しかったのに・・・・・。

 

外務省のHPから情報を抜粋すると、(https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol40/index.html)

 

1815年 英国が全土を植民地化
1948年 スリランカ(当時はセイロン)独立
1956年 シンハラ人 優遇政策に タミル人が反発
1972年  タミル・イーラム解放の虎 LTTE結成: 反政府武力・テロ闘争を本格化
1983年  本格的な内戦に発展:以降内戦終結まで約7万人が死亡
2002年 ノルウェーの仲介による停戦合意: 6回の和平交渉が行われるも成果上がらず
2003年 「スリランカ が復興開発に関する東京会議」開催
2006年 政府とLTTEの戦闘激化: 停戦合意が事実上崩壊
2007年 政府軍が東部LTTE支配地域を解放:同時に民族問題解決のための権限委譲案を策定
2008年  停戦合意が正式に失効
2009年 LTTE・ プラブハカラン議長死亡。政府が内戦終結を宣言。

 

作品の中には、実在した活動家、政治家の名前もたくさん出てくる。スリランカにおける内戦の原因となっている、シンハラ人とタミル人についても、知っておいた方が本書を読みやすい。

 

上記同様に、外務省HP掲載の2007年情報によれば、スリランカ民主社会主義共和国は、シンハラ人(74%、主に仏教)やタミル人(18%、主にヒンドゥー教)、スリランカムーア人など約2,000万人が住む多民族国家。シンハラ人は、紀元前483年に北インドから上陸したアーリア系(インド・ヨーロッパ語族)の民族とされ、タミル人は、主に南インドに住むドラヴィダ系(ドラヴィダ語族)の民族で、紀元前2世紀中頃にセイロン島北部に到来したり、英国植民地時代に紅茶などのプランテーション労働者として強制移住させられたりして、定住するようになった。公用語シンハラ語タミル語。両民族間をつなぐ言葉(連結語=link language)として英語が使われている。スリランカ」とは、シンハラ語で「光輝く島」という意味

 

本作から読み取ると、シンハラ人は、南インド訛のタミル人をバカにしている。そして、本作時代(1980~1990頃)タミル人は、スリランカにいるということがタミル人であるというだけで命の危機にさらされる恐れがある、、と感じていた。

と、そんな政情不安のあるスリランカを舞台にしたお話。

 

感想。
面白い!!!
これは、、めちゃく茶面白い!!!
内戦中の話だし、悲惨な物語でもある。

でも、骨太。

読み応えがあって、エンターテイメント性もあって、これは、、うん、読む価値のある本だった。


そもそも、主人公は最初から死んじゃっているのだ。幽霊なのだ!!そして、多くの人が命をおとしたスリランカでは、幽霊がうじゃうじゃしていて、幽霊のなかでの生き抜く?!システムが出来上がっている。幽霊の中のも序列があったり、成仏?されたいならやらなきゃいけないことがあったり。

 

主人公のマーリンダ・アルメイダ・カバラナ(マーリ)は、1955年に生まれ。 1990年に命を落とす。。。たったの35歳だ、、、。そして、死後の世界をさまよっているところから始まる。自分がなぜ死んだのか、マーリは気が付いていない。というか、死んだことすらきがついていなかったのだ。でも、どうやら死んだらしい・・・。

 

マーリがいるのは死者が最初にやってくる受付のようなところ。そして、受付の女に「7つの月が与えられます」と言われる。7つの月とは、日没が7回。つまり、1週間の時間の間にこの世で思い残したことをして、スッキリしたところであの世「光」に行けるか、、、あるいは、7日間のあいだに思いのこしたことをやり切れず、そのまま「はざま」の世界を永遠に彷徨い続けるか、、、。いわゆる、成仏できなかったうらめしやぁ、、、、な幽霊で一生?!いるのか?

 

受付の女は、「タミルの虎」についての論文をかいたことで抹殺された大学講師、ラーニー・スリダラン博士で、最後までマーリが無事に「光」の世界へ行けるように、手助けしてくれる。

 

幽霊たちは、風に乗って移動することができる。ただ、移動できるのは「はざま」に来る前の自分の肉体が行ったことのある場所。マーリは、1人の幽霊に導かれて、自分の死体が捨てられた場所、ベイラ湖へやってくる。そして、自分だけでなく、スリランカでは多くのひとが「死体処理人」によって、亡き者とされている様子を観察する。

 

主人公が幽霊で、自分がなぜ死んだのかもわからず、でも、どうやら自分は殺されたらしいことがわかって、仲間の幽霊と自分を殺した奴に仕返しをしよう!といわれちゃったり。。。

なんだ、この設定!!って、面白いというか、ユニーク。だがしかし、実際にスリランカの歴史として、無辜の市民が大勢殺されたという事実もあり、骨太のストーリーともいえる。

 

物語は、第一の月、第二の月、第三の月が上巻、下巻は第三の月、第四の月、第五の月、第六の月、第七の月、そして〈光〉で締めくくられる。

 

何といったらいいのやら、難しいのだけれど、この幽霊たちが彷徨う世界と、現実の世界とが交差するのが面白い。

 

現実の世界では、マーリの恋人、友だち、お母さん、政治家、警察官、マーリの仕事仲間、、、それぞれが行方不明になったマーリを探し、どうやらマーリの遺体の一部がベイラ湖でみつかり、悲嘆にくれる。

 

マーリは、戦場カメラマンとして、AP通信、活動家、政治家に頼まれた仕事をして、危ない写真をとって生きていた。そして、実は、男しか愛せないゲイであり、恋人のDDは、女友達ジャキの従兄だ。ジャキは、マーリとDDが深いなかであることは知らない。いや、知らないふりをしていたのか。マーリとジャキ、そしてDDはいっしょに暮していた。世間体としては、マーリの恋人はジャキ(女)。でも、ジャキはマーリと寝ることはなかった。

 

マーリは、戦場カメラマンとしてハイリスクの仕事をしている。時には命の危機も。まるで、今のイスラエルにいくジャーナリストを連想させる。そして、DDは、そんな危険なことはやめてもらいたいと思っている。サンフランシスコの大学に入学を許されたDDは、マーリに戦場カメラマンなんてやめて、一緒にサンフランシスコに行こう、と誘う。でも。カメラマンとして絶頂期だったマーリは、自分はアメリカなんか行っても役立たずだ。ここで戦場カメラマンとして、世界にスリランカの現実を伝えるんだ、と、DDの誘いを断る。そして、DDもしばらくはスリランカにいることにするのだが、、、。

 

DDの父親は、政府の青年問題省大臣で、息子がマーリと仲良くすることを快く思っていない。とはいえ、姪っ子のジャキとも仲良しのマーリを、できれば危険なことから遠ざけたいと思っている。

 

一方で、マーリの父親はといえば、マーリが幼いころに母と自分をおいて出て行ってしまった。マーリの母は、バーガー人とタミル人の血をひき、父はシンハラ人。シンハラ人の血がはいっていることが、マーリにとっては身の安全をちょっとばかり高くしてくれることになっている。マーリは、後から振り返って、父は自分がゲイであることにきがついていたかもしれない、、、と思う。だから、家をでていったのかもしれない、、と。かつ、マンマには、最後までカミングアウトできなかったマーリだった。

 

さて、自分の遺体がバラバラにされて、冷凍されたり、ベイラ湖に捨てられたことを知ったマーリは、なんでそんなことになっちゃったのか、自分の足跡をたどってみる。そして、7つの月の間に、自分が撮ってきた写真のうち、公にすれば命の危険にさらされる危ない写真を、DDやジャキの力をかりて、世の中に公表することをめざす。もう、自分の命は危機も何もあったもんじゃない。。。しんじゃってるんだから。そして、自分は、ろくでなしのカメラマンであったとしても、スリランカの現実を世の中につたえるのがミッションだったはず。限られた時間で、なんとか隠していた「ネガ」を現像して、公表しないと!!

 

幽霊のマーリは、風に乗ってどこにでも移動できるけれど、まだ、新米幽霊なので、生きている人間に囁いて言葉を伝えることができない。その技を習得するには、まだまだ修行が必要そう。でも、なんとか、DDやジャキに伝えようとする。

 

人間の世界では、マーリの行方不明操作が行われ、遺体がベイラ湖で見つかる。悲嘆にくれる、マーリのマンマ。。。「あの子はいつも、、、」と、DDやジャキに悪態をつくマンマだったけれど、マーリの死亡を伝えに来たみんなが家を去ると、これまでマーリがみたことが無いほど涙にくれる。マーリは、自分の死を嘆き、1人泣き崩れるマンマをそっと見守る。ハグしたかったけれど、そっとしておいた・・・。

ささやくスキルもまだ身に着けていなかったし、、、。

 

マーリが、政治的に重要な写真を撮っていたことを知っているDDとジャキは、マーリの写真、そしてネガのありかを探し始める。

 

そして、写真やネガをめぐって、人間界での争いが始まる、、、不都合な写真を公にしたくない政治家、自分が虐殺やあるいは裏切りに関わっていたことがバレるとまずい活動家、、、。写真やネガの運命は、いかに!!

 

ってところで、続きは、下巻へ。