『新装版 虚無への供物』(上)(下) by 中井英夫

新装版 虚無への供物(上)(下)
中井英夫
講談社
2004年4月15日 第一刷発行
この小説は、1964年に塔晶夫(とうあきお)の名前で初めて講談社から発行された。

 

友人が、本書が中井英夫の作品の中でも特にお薦めと言ってくれたので、図書館で借りてみた。新装版があったので、文庫本、上下でかりてみた。

『虚無への供物』は、最初は中井英夫の作品としてではなく、塔晶夫の作品として世に出た作品。69年には、中井の作品であることが明らかにされて、かつ、手直しされて再度出版された。この新装版は、2003年12月10日が中井英夫の没後10年の命日であり、2004年は『虚無への供物』が刊行されて40年という節目ということで、刊行されたらしい。
また、物語の舞台となった1954年から50年での新装版。今からほぼ70年前の日本が舞台となっている物語。サンフランシスコ講和条約日米安全保障条約は発効したのが1952年4月28日。戦後間もない、、、ともいえる、そういう時代のお話。

 

著者の中井英夫さんは、1922年東京・田端生まれ。東大在学中に吉行淳之介らと第14次「新思潮」を刊行。64年に塔晶夫の筆名で『虚無への供物』を刊行。推理小説の墓碑銘とまで絶賛された。その後、『幻想博物館』、『悪夢の骨牌(かるた)』などの幻想文学、エッセイ集、日記、短歌論集、詩集など、多彩な著作で人気を博した。83年逝去。享年71歳。

あとがきをみると、三島由紀夫とも交流があったらしい。三島由紀夫が1925年生まれだから、チョット先輩ってかんじ。本作の中にでて来る人物には、三島と一緒に交流があった人をモデルにしたケースもあったようだ。時代を感じる。

 

本の後ろの紹介には、
(上)
 ”昭和29年の洞爺丸沈没事故で両親を失った蒼司、紅司兄弟、従兄の藍司らのいる氷沼家にさらなる不幸が襲う。密室状態の風呂場で紅司が死んだ。 そして叔父の橙二郎もガスで絶命—。殺人、事故?  駆け出し歌手・奈々村久生らの推理合戦が始まった。「推理小説史上の大傑作」が大きい活字で読みやすく?!” 

(下)
”アパートの一室での毒殺、黄色の部屋の密室トリック。 素人探偵 奈々村久生と婚約者・ 牟礼田俊夫らが推理を重ねる。誕生石の色、五色の不動尊、薔薇、内外の探偵小説など、蘊蓄も披露、巧みに仕掛けたワナと見事に構成された「ワンダーランド」に中井秀夫の「反推理小説」の真髄を見る究極のミステリー。”

とある。

 

感想。
ほほぉぉぉ。そうくるか。
なるほど。
よくこんなこと、考えるわ。
なるほど、なるほど。
面白く、一気読み。

 

ミステリーなので、ネタバレはなしとして、たしかに、面白い。現実に起きた事件が、物語に織り込まれている。両親を失った蒼司、紅司兄弟、そしてその従兄の藍司が、話しの中心人物。彼らは、両親を洞爺丸沈没事故で、一度に失くしてしまう。そこからの遺産相続ねらいだか、なんだか、、、とにかく、親族が亡くなっていくので、誰かが遺産狙いで殺人をしているのかと思いきや、、、、、。いうほどの遺産があるわけでもなく。。。

 

彼らの名前は、それぞれ、色を意味している。何故なら、彼らの祖父が宝石商だったから。そして、事故死だか殺人だかわからないまま、人が密室で死んでいく。何かあるぞ、とその推理に巻き込まれていくのが蒼司の友人の光田亜利夫と、その友人・奈々村久生と生夫の婚約者・ 牟礼田俊夫。
名前が、男だか女だかわからん!と思ったのだけれど、本作品の中で女性として出てくる主な登場人物は、奈々村久生だけ。久生が推理好きなので、みんなで推理合戦していく。また、紅司はが執筆中だった小説の話がでてきたり、誰かの推理がでてきたり、よんでいるとあれ?これは小説の本筋なのか、サイドストーリーなのかわからなくなったり。登場人物たちの関係性も入り組んでいる。

 

洞爺丸沈没事故は、実際に、1954年9月26日、青函航路で台風第15号により起こった、日本国有鉄道の海難事故。死者・行方不明者あわせて1155人に及ぶ、日本海難史上最悪の事故となった。そうか、国鉄だったのだ。青函トンネルなんてなくて、青函連絡船だったのだ。私の母方の親戚が札幌なので、子供のころ叔父や叔母が、なにかあると洞爺丸沈没事故の話をしていたことを覚えている。子供ながらに、嵐の日に船には乗りたくない、、、と思った。大きな海難事故があると、その翌年は豊漁になるって大人たちが話しているのを、なんてことを、、、と思いながら、それは気候条件がそうなり勝ちということだろう、、と子供ながらに納得してみたり。

 

当時の大事件で、そこから物語になった小説は他にもたくさんありそう。
三浦綾子の『氷点』もそうだ。

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あとは、「聖母の園大火」という火災で、彼らの祖父の妹にあたる女性が亡くなるという事件も起きる。遺産争いではなく、彼らの祖先がかつてアイヌ民族迫害をしたことによって、一家が呪われているから起こる悲惨な死亡事故の数々・・・というのが、一つの推理。

「聖母の園大火」も実際に起きた事件で、「聖母の園養老院」という老人ホームで、1955年2月17日に起きた火災。実は、この聖母の園、私の実家のすぐそばだ。私たち家族が引っ越してきたころ(1970年代)にも、聖母の園はあった。火事のままの建物ではないけれど、古い使われていない建物があったことを覚えている。怖くて近寄らなかったけれど、子供達の「秘密の基地」の近くだった。そして、シスターたちが歩いているのを見かけることもあった。そういえば、今は修道女の恰好をして歩いている人て、みなくなったな、、、。聖母の園は、現在も老人ホームとして運営されているけれど、場所は、ちょっと移動している。。。もともとの聖母の園があった場所はマンションと駐車場。かつては、十字架が並んだ土葬のお墓もあった。記憶が50年前にタイムスリップした。

と、馴染みのある場所がでてきて、惹きこまれたけれど、物語では悲惨な事件として出てきただけだった。物語の中では、火災の後、身元不明の死体がやはり、氷沼家の関係者ではないのか?やはり氷沼家は呪われているのでは?とでてくるのだが、実際の火事の際にも、2名ばかり、死者と生存者の数があわず、身元不明2名、ということだったらしい。

 

密室殺人トリックよりも、次から次へと出てくる推理のためのネタに驚きの連続。「虚無への供物」というのは紅司が育てていた薔薇の名前だったり、お不動さんを信じるじいやの「念仏」をたどってみると、五色の不動にたどりついたり。

五色の不動尊というのも、実際にあるのだ。びっくり。
目黒、目白は、地名として馴染みがあるけれど、目黒不動目白不動目赤不動目青不動目黄不動と、五色不動巡りというものもあるらしい。知らなかったぁ。

(上)で、一旦、人が死ぬのも落ち着いたか、、と思いきや、(下)でまた新たな展開で殺人?自殺?が起こる。

最後まで、どうなるのかと、ドキドキ。

あんまり、推理小説を読まないので、どういう意味で推理小説なのか、私にはよくわからないのだけれど、面白かった。少なくとも、警察はあんまりでてこない。あくまでも仲間内で友人の家に起きた事件を色々と推理していく、って感じ。犯人vs警察、の物語ではない。そこが、おもしろいのかな。ちょっと、身近に感じる。そして、色々なネタが満載、ってところが面白さを感じさせるのかもしれない。

 

そういえば、『硝子の塔の殺人事件』も、それになりに面白かったけれど、警察関係者が関わらないわけではなかった。

megureca.hatenablog.com

 

登場人物が多いので、人間相関図を描きながら読んだ。 

いつもと、ちょっと違う頭を使う感じ。

こういうのも、気分転換に面白い。

 

物語の中に出てきて、気になったモノを覚書。

木々高太郎『青色鞏膜』:悲壮感の塊の蒼司の様子を表現して

ディクスン・カー『三つの棺』:5人が死ぬことと示唆して「5つの棺」と。

ヴァレリー『失われた美酒』:紅司が薔薇に「虚無への供物」と名前をつけた理由

・S・S・ヴァン・ダイン『キャナリー・マーダー(カナリヤ殺人事件)』:密室殺人のトリックについて

・「ロルンプヤル」:アイヌの家にある、東につくる神に向けた窓。特別な窓。密室殺人のトリックで。

・「ゴーレム」:ユダヤの伝説に登場する、土でできた人造人間。謎の殺人鬼のことを。

・ガストン・ルルウ『黄色の部屋』:密室殺人の代表作品

・『ハムレット』:ホーショレーとハムレットの関係を自分たちの関係に比喩して

 

作品にでてくる言葉や作品を知っていると、もっと楽しいのだろう。

こうして、読みたい本の輪が広がっていく・・・。

やっぱり、読書は楽しい。