『街とその不確かな壁』 by 村上春樹

街とその不確かな壁
村上春樹
新潮社
2023年4月10日 発行
The City and Its Uncertain Walls

 

村上春樹の、2023年に出版された書下ろし長編。 気になったのだけれども、読んでいなかった。先日、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の旅』を読んで、やっぱり、村上春樹も好きだな、って思ったので、今更ながら買って読んでみた。

megureca.hatenablog.com

 

帯には、
” その街に行かなくてはならない。 何があろうと
村上春樹が、 長く 封印してきた物語の扉が今開かれる

深く静かに 魂を揺さぶる 村上春樹の「秘密の場所」へ
季節は夏だった。・・・・・ 川面に風が静かに 吹き抜けていく。
彼女の細い指は、 私の指に何かをこっそり語りかける。
何か大事な、言葉にはできないことを—――。
長編小説、1200枚。”

 

単行本で、「あとがき」まで入れて661 ページ。なかなかの長編。

 

目次

第一部
第二部
第三部

 

と、目次にタイトルはない。
そして、章にあたる部分は、数字になっている。
第一部は1~26、
第二部は27~62、 
第三部は63~70。
ページ数からしても、第二部が圧倒的に長い。

 

感想。
おぉぉ、春樹ワールド全開!!!
なんというか、最初のほうは、うんうん、そういう展開ね、って思いながら読んでいて、第二部に入ったとたん、え?!?!そうなっちゃうの?!?!となり、春樹ワールドは混沌を極めるかとおもいきや、現実の世界の話に。。。ところが、摩訶不思議な事が起きている現実の世界。。。第ニ部の後半になると、いったいどうやって、話を収拾させるのだろうか、、、とモヤモヤが頭をあげはじめ、、、、。
第三部で、そこに戻るか!!!って。。。

ぐるっとまわって、、、、おぉ、帰ってこぉぉい!!

 

読みだして、時間と空間が数ページごとに行き来する構成に、あぁ、、、春樹ワールド、と思いつつ、こりゃ、長いし、時間がかかりそう、、、と思った。でも、さらさらと読み進む。

こういう本は、深く考え込まずに、まずは、通して読んでみるべし・・・・って感じ。そして、あとから、あれ??そんな場面、さっきなかった??みたいな。。デジャブを感じながら第三部が走り抜けていった・・・。

 

春樹ワールドと言えばそうなのだが、これは、、、かなり、入り組んでいる。時間と人と場所と。


で、最後にあとがきがあって、

 ”自分の小説に「あとがき」みたいなものをつけることをもともと好まないが( 多くの場合、 多かれ少なかれ 何かの釈明のように感じられる)この作品についてはやはりある程度の説明が求められるだろう。
と、村上さん自身が言っている。

 

もともと、この小説の核となったのは、1980年に文芸誌「文學界」に発表した「街と、その不確かな壁」という中編小説だったそうだ。しかし、内容的に自分では納得がいかず、単行本にはしなかった。それから40年たって、31歳だった村上さんは71歳になり、この2つのストーリーを並行して交互に進行させていく展開をもっと上手く書けるようになった(とは直接言っていないけれど、たぶん、自分の成熟をみとめている)ので、コロナになった2020年から3年かけて本作品を完成させたとのこと。

 

第一部だけで、最初は完了のつもりだったけれど、「やはりこれだけではたりない。この物語はさらに続くべきだ」と感じて、第二部、第三部にとりかかった、と。

 

1980年代、村上さんは経営していたジャズの店をしめて、本格的に小説を書き始める。1982年羊をめぐる冒険刊行。そう、私が村上春樹に興味をもったきっかけが『羊をめぐる冒険』だった。ストーリーにでてくるジャズ、クラシック、ウィスキー、オイルサーディン、へリング缶、全部経験してみたいと思った。ジャズも聞いてみた。バーボンも、スコッチも飲んでみた。1980年代だ。バブル真っ盛りの頃、大学生だった私にとって、村上春樹ワールドは大人への階段のような世界だった。

 

そして、本作。
村上春樹を読み慣れていないと、ちょっと、しんどいかもしれない。けど、このよくわからない感じと、読み返してみると、あぁ、、そうだったのか、、、、というのとが、本書のだいご味。架空の世界も、幽霊の世界も、現実も、なにもかもが、いまここにあっても不思議ではないような感覚。

楽家の名前、楽曲の名前、演奏家の名前、本のタイトル、作家の名前、、、いろんな小ネタが注入されている。あぁ、、、これを全部深追いしていくと、「穴」に落ちるわ・・・ってね。

 

そう、本ストーリーは、主人公が穴に落ちる。そして、世界のはざまを彷徨う。読んでいて、なんだか、『ラナーク』『マーリ・アルメイラの7つの月』に近いものを感じる。

megureca.hatenablog.com

megureca.hatenablog.com

 

幽霊がこの世に存在できる時間に限りがあるなんて設定は、『マーリ・アルメイラの7つの月』にならったかのような、、、.マーリの世界では7日間、本作の中では、幽霊での体力やそのたもろもろ条件により、、、、。いずれにしても、期限がある。

 

人が描きたくなる架空の世界は、夢の中、妄想の中、死後の世界、はざま、、なにか共通点があるのかもしれない・・・。

 

以下、ネタバレあり。

 

パラレルワールドなのは、主人公が人として普通に生きている世界と、主人公が「影」を引きはがされて影のない人間として生きている世界。「影」が無い世界が、高い壁に囲まれた街でのできごと。

 

17歳のぼくは、16歳のきみと「高校生エッセイコンクール」で出会い、デートをするようになる。きみは、ぼくに「高い壁にまわりをかこまれた街」の話をしてくれる。その街の時計台には、針が無い。そして、きみはそこの図書館で働いているのだという。
その街を見つけた人しか、その街に入れないし、その図書館にいくこともできない。そんなお話の世界の街だった。本当のきみは、その街にいる。ぼくが本当に望めば、そこで本当のきみを見つけることができるらしい。

 

違う学校に通う二人は、文通をしながら、時々デートをする。ぼくの街には川も海もあったけれど、きみのまちにはどちらもなかった。だから、ぼくの街でデートするときは、川や海で過ごした。川は、本作の中で、世界をつなぐ一つのキーポイントになる。

 

でも、ある日突然、一通の長い手紙が届いたあと、彼女とは音信不通になってしまう。自分のすべてをぼくのものにしてほしい、といっていたはずのきみが・・・。思春期の少年がいきなり情熱を注ぐ相手を失ってしまう。
ぼくは、きみなしに大人になる。
愛する相手に、理不尽なまでに唐突に去られ、激しく心を痛めつけ、深く切り裂かれたまま、、、。

 

こういう、痛みの描写が随所に出てくるのだが、それが、春樹ワールドの深みに誘っていく・・・。

 

第一部では、10代のぼくときみの話と交互に、大人のぼくが、高い壁に囲まれた街で夢読みを仕事にしている話が進行する。その街の図書館ではきみが働いている。でも、きみは16歳のままで、ぼくは遥かに年上の男になっていて、きみはぼくに気が付かない。

ある日突然ぼくのもとを去っていったきみは、壁の街で平穏に生きている。

 

壁の街では、ぼくは毎日、きみのいる図書館にいって夢読みをする。この街のぼくは、街に入るときに影と切り離されてしまったので、影が無い。本体と切り離されたぼくの影は、街の門衛の雑用係として働いていた。でも、影は本体と離れてしまうとどんどん弱まって、消えてしまうのだという。そして、影が無ければぼくは二度と現実の世界に帰ることはできない。永遠に高い壁の街で過ごすのだ。

 

そこでは、獣(まちで放牧されている一角獣)が死ぬと穴を掘ってナタネ油をかけて燃やされる。ぼくも、、影も、死んだら、ナタネ油をかけて焼かれるのだろう、、、。

 

ある日、門衛から、ぼくの影がだいぶ弱っていて、もう、長くはないだろうときかされたぼくは、影に会いに行く。そして、影といっしょになって、この街から脱出する決心をする。それは、契約違反であり、失敗すれば命はない。。。(もともと、命があるのかないのかわからない世界だけれど・・・・)

影といっしょに危険地帯で立ち入り禁止となっている川の溜まりまでくると、ぼくは「この街にのこる」といって、影とのいっしょに逃げ出す約束を反故にする。影だけが溜まりから現実の世界へ逃げ出す。

ぼくは、ぼくの影ではなく、きみのいる街を選んだ。

 

そして、第二部。
なんと、ぼくは、、、影だけを現実の世界へ逃したはずなのに、現実の世界に戻っている。そして、もとの出版業界の仕事を続けている。ぼくは、会社を辞めて、しばらく動きを失った日常をおくる。そうしているうちに、
「私には新しい職場が必要だ」との結論に達し、仕事を探す。「図書館で働く」それ以外はありえない!ということに気が付く。そして、もと職場の後輩に頼んで、地方の図書館の仕事を斡旋してもらう。

福島県Z**町。ぼくは、そこの図書館で館長の面接を受け、館長の仕事を引き継ぐことになる。その図書館は、町営図書館とはなっているが、前館長の子易辰也(こやすたつや)さんが実質的には管理運営し、資金も提供している、私設図書館のようなところだった。


高い壁の街から、福島県Z**町という現実の世界に舞台がうつった、と思ったら、子易さんは幽霊だった、という展開に。でも、ぼくと、実質図書館事務の全てをになっている添田さんは、子易さんの姿を見ることもできれば、会話をすることもできた。
子易さんは、いつもベレー帽をかぶったやさしい紳士だった。ちょっと変わっているのは、いつもスカート姿だった。そして、彼の腕時計には、針がなかった。

 

第二部では、ぼくと子易さん、ぼくと子易さんと添田さん、それぞれの関係が幽霊であるにも関わらず、強い信頼関係で結ばれている話がつづく。生前の子易さんについて、ぼくは添田さんから話をきかされる。子易さんは、30代のときに5歳の息子を交通事故で亡くし、続いて息子を亡くしたショックで妻を自殺でなくし、依頼ずっとひとり身だった。子易さんから「ぼくは幽霊だ」と聞かされたぼくは、その後、図書館がお休みの月曜日に、子易家族のお墓参りをするようになる。

そして、お墓参り帰りに寄るカフェの女主人と親しくなる。彼女は、僕と同じように、最近単身で福島Z**町にやってきた人だった。独り者同士、したしくなり、デートもする。

 

図書館には、毎日のように通ってくる少年がいた。16歳か、17歳か。いつも、イエローサブマリンの絵のついたヨットパーカーを着ていた。その少年は、学校に通っていてもおかしくない年頃だったけれど、学校へは行かず、図書館を自分の場所としていた。ほとんど口をきくことがなく、一日に何冊もの本を読んでは覚えてしまう。いわゆるサヴァン症候群と思われる少年。

その少年は、ある日、添田さんを通じて、ぼくに「封書」を送ってくる。封書の中にあったのは、「高い壁の街の地図」だった。なぜ?ぼくですら、完全に描くことができなかった街の地図が、行ったこともないはずの少年が、、、。

少年はぼくに「高い壁の街につれていってくれ」という。影をなくさないと入れない街。影をなくすと、二度とこの世界に戻ってこれない街・・・。

そして、少年はある日忽然とこの世から姿を消す。。。

少年の家族は、必死になって少年を探す。家庭内でもうまくコミュニケーションができなかった少年だったが、家族は少年が行方不明になってしまったことを心から悲しみ、嘆いていた。


追いかけるように、ぼくは、、、再び、高い壁の街にやってくる。そして、少年との再会。少年は、やはり、この街にきていた。でも、ぼくも少年も、どうやってこの街にきたのかはわからない。連れて行ってくれとはいわれたものの、どうやったらいけるかわからなかった街に、少年は一人でたどり着き、ぼくも、気が付けば少年がいるこの街にいた。きみはやはり図書館ではたらいている。時計台の針はない。

 

ぼくと少年の二人は、二人で一人になって夢読みをすると、これまでの何倍もの速度で夢読みができるようになる。

そして、気が付けば、夢読みは少年が引き継ぎ、、、この街でぼくの後継者となっていく。

 

分身は、ぼくなのか、影なのか。
本体は、ぼくなのか、影なのか、少年なのか。。。

影をなくすと不幸なのか、幸せなのか。。。

 

いずれにしても、夢読みとしてのぼくの後継者はみつかった。

 

高い壁の街で、「そろそろ行かなくては」と少年に別れをつげたぼくは、これからどうしたいかをもう迷わなかった。
ぼくは、、、暗闇の中のロウソクを吹き消す。

 

”暗闇が降りた。それはなにより深く、どこまでも柔らかな暗闇だった”

THE END.

 

とまぁ、、、、、、。

気になるポイントはいくつもあるのだけれど、、、、書ききれない。

 

ぼくは、影を背負ってでも、痛みを背負ってでも、現実の世界で生きる決心をした、っていうラストなのだと、思う。私は、そう解釈した。

 

福島Z**町のカフェの彼女が読んでいたガブリエル・ガルシア=マルケスコレラの時代の愛、今度読んでみよう。

 

少年が私に話した、パパラギ はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集』も気になる。

「誰でも足を使って椰子の木に登るが、椰子の木より高く登った者は、まだ一人もいない」だそうだ。

 

死とはなにか。

その問いかけは、『かないくん』ともちょっと重なった。

megureca.hatenablog.com

小説のテーマは何かなんて、好きに解釈すればいいと思うけど、私にとっては「別れ」と「死」がひとつのテーマの作品だったように思う。

 

読書は、やっぱり、、、、楽しい。