琉球処分 「沖縄問題」の原点
塩出浩之
中公新書
2025年6月25日発行
日本経済新聞2025年8月2日の 朝刊で紹介されていた本。 8月に図書館で予約してから 半年近く待って、 忘れた頃に順番が回ってきた。借りて読んでみた。
記事には、
”本書のタイトルとなっている「琉球処分」という歴史用語には、いまだ共通した定義が存在しない。研究が行われた時代や研究者によって、その時間幅や解釈は大きく異なり、1990年代以降、近代日本による琉球の「併合」という認識が一般化した。例えば、西里喜行は、1870年代の琉球併合過程を「狭義の琉球処分」とし、これを取り巻くアヘン戦争以降の東アジア国際関係の変化を「広義の琉球処分」と定義した。西里をはじめ、この30年の到達点を新書で示したのが本書といえる。
本書は、まず序章と第1章において、14世紀の三山時代から近世末までの琉球史の概略が示される。この東アジアの一国家史を踏まえて、第2章・第3章において本書の主眼である琉球の併合過程が詳述される。第4章から終章の前半では、処分後の沖縄近代の流れが示され、最後に「琉球処分とは何だったのか」多角的な視点から総括する構成となっている。
本書の特色として、(1)大久保利通への着目、(2)「尚家文書」の活用の2点を挙げたい。(1)について、台湾出兵後、強引な琉球の併合へと向かっていく中で、大久保が果たした役割を明らかにし、現場担当者の松田道之へと引き継がれていくプロセスが明確となった。他方、(2)は琉球側の主体的な対応に光を当てる試みである。琉球王府は、無為無策のまま併合を受け入れたわけではない。綿密な情報収集を行い、時には万国公法の論理を援用して併合に抵抗した国家としての歴史が、「尚家文書」に記されているのである。
本書を通読したうえで、一点違和感を覚えたのは、帯に記された「沖縄併合」という用語である。販促を目的に付けたものであることは承知の上だが、はたして併合されたのは「沖縄」だろうか? 鹿野政直が指摘するように、「琉球」「沖縄」という言葉には、時に差別的な意味を、時に為政者の政治的意図を含みながら、沖縄の近現代という時間を通じて使用されてきた。新しい用語を使用するのであれば、本文等でもう少し丁寧な言及が欲しいところであった。
しかしながら、本書の中身に対する価値は揺るぎない。沖縄の歴史を学ぼうとする初学者の最初の一冊としてぜひ多くの方に手にとっていただければと強く願う。
《評》琉球大学図書館職員 前田勇樹”
とあった。
私は図書館で借りて読んだので、帯はついていなかったのだが、表紙裏にかかれた内容紹介に「沖縄併合」の言葉がある。帯にも同じように使われていたのだろう。
その説明には、
”琉球処分とは、日中の両属国家だった琉球王国を日本が強制併合した過程をいう。1872年の琉球藩設置から、「処分官」派遣、警察・軍隊を動員した79年の沖縄県設置、80年の強く抗議する清国との八重山分島交渉までを指す。国王は東京に送られ、島内では組織的抵抗が日清戦争まで続く。本書は、併合の過程とその後を精緻に追い、清国や西洋諸国を巻き込み東アジアに新秩序をもたらした「沖縄併合」の全貌を描く。”
とある。
著者の塩出さんは、 1974年広島県生まれ。97年 東京大学教養学部卒。 2004年同大学院総合文化研究科博士課程修了。2006年 琉球大学法学部専任講師、07年准教授を経て、16年教授。18年 京都大学大学院文学研究科准教授、21年より教授。専攻は、 日本近現代史・政治史。
目次
序章 前近代の琉球―中国・日本に両属した国家
第1章 西洋諸国の琉球来航
1 アヘン戦争後―仏英と宣教師
2 ペリー艦隊の来航―一八五三年五月
3 琉米条約の締結へ
4 仏蘭との条約締結―島津斉彬の策謀
第2章 明治維新後の併合始動
1 廃藩置県と日清修好条規締結
2 琉球藩王への冊封―琉球処分の起源
3 琉球王府の動揺と嘆願―外務省の併合政策
4 台湾出兵の余波―内務省への移管
第3章 琉球併合命令と救国運動
1 大久保利通の併合計画
2 日琉交渉―琉球王府対松田道之
3 妥協か、抵抗か―琉球王府と亀川党
4 琉球救国運動へ―清・西洋諸国への働きかけ
第4章 琉球処分、その後の沖縄県政
1 処分断行―警察・軍隊の動員
2 尚泰の上京、県政への組織的抵抗
3 清の抗議と琉球分島案―二分割か、三分割か
4 沖縄統治―「旧慣温存」の原則)
終章 日清戦争後の沖縄
感想。
う~ん、興味深い。面白い。
著者は、沖縄に赴任したときに自分の「琉球史」への理解不足で恥ずかしいおもいをしたことがきっかけで、一次資料に基づいて徹底的に調べた、ということのようだ。
昭和生まれの私にとって、沖縄は戦後にアメリカから返還された土地であって、もともと日本の土地だった、という感覚が強い。江戸時代~明治維新のころの歴史の中では、薩摩藩が琉球と手を組んでいたという認識はあったし、もともと「琉球王国」という国であったということも知っている。廃藩置県で琉球が沖縄になったということも知っている。でも、どういう過程でそうなったのかというのは、あまり深く学んだことがない。
本書を読むと、琉球王国が日本に併合された経緯がよくわかる。一言で言えば、琉球は日本になるつもりはなかった。一つの国だった。それが、大久保利通らの明治維新の流れの「どさくさ」で、一方的に日本にさせられてしまった、、、、ということ。本書の中では、琉球が「軍事力を持たなかったために」という言葉が出てくる。自らの軍部を持たなかった琉球は、清と日本とのはざまで、一方的に日本に組み込まれたということ。侵略といっていいのではないか?朝鮮や台湾と同じように、植民地化されてそのまま併合された。故に、日本の中央集権体制の中に組み込まれ、裁判などを含め独自の決定権が奪われた。それは、今日、基地問題にあって沖縄県の決定権がないという姿に続いているということ。
結構、わたしにとっては衝撃的な一冊だった。
半年ほど待ったということもあるけれど、順番が回ってきた図書館の本は、かなりボロボロになっていた。多くの人が、借りて積読ではなく、読みこんだ、、、という証の気がする。
現代の価値観で、大久保利通や、彼から引き継いで圧力で琉球を沖縄県にした松田道之を批判することはできないけれど、やり方はひどい。今のプーチンやトランプとかわらないじゃないか?!と突っ込みたくなる。琉球が、西洋列強と並びたいという新政府に食い物にされたという印象を受ける。ただ、微妙なのは、確かに琉球王国であったけれど、そこで暮らす人々には普通の農民もいて、彼らが琉球王政関係者の圧政で苦しんでいたから、日本に併合されたことで苦役が減った、という側面もなくはなかった、ということ。
まぁ、ものは、いいようだ…。そして、あの時、日本になっていなかったら、今は中国になっていたのかもしれない、、、とも思う。琉球の人々にしてみたら、いずれも余計なお世話で、ほっといておいてほしかった、、、というところなのだろうか。あるいは、戦後あのままアメリカだったら??う~ん、わからない。佐藤栄作は沖縄返還を果たしたわけだけれど、はたして、それはだれが幸せになる外交政策だったのだろう??今も、基地問題はなにも解決していない。う~ん、わからない。
なかなか印象深い一冊だった。時代の流れをおって、うまくまとめてあるので、比較的読みやすい。さすが、中公新書だな、という感じ。沖縄に興味があるならかなりお薦め。
ちょっとだけ、覚書。
・琉球は14世紀から清に服属しつつ、17世紀になると日本にも服属していた。
・牡丹事件:1871年、宮古島の船が台湾に漂着し、 上陸した琉球人66人のうち54名が現地の先住民に殺害された事件。これを受けて、明治政府は1874年に台湾出兵をした。このことが、琉球は日本に属すると明治政府が主張する根拠の一つとなった。
・1872年に琉球国王尚泰(しょうたい)が「琉球藩王」として明治政府に冊封された。
・琉球は古くから清へ朝貢していた。1875年、明治政府は朝貢をやめるように命令し、琉球藩の藩政改革を断行、琉球から国家としての地位を奪う命令だった。明治政府の強引な命令の裏で、琉球は密かに清に使いをだして、介入を依頼していた。1877年に西南戦争が始まると、政府は琉球の問題に対処する余力を無くし、一時中断。
歴史だけでなく、今目の前で起きていることにしても、あらゆることは解釈次第でいかようにも利用されてしまう。利用できる。まさに、今のアメリカのグリーンランドへの触手は、沖縄問題を見ているようだ。軍事力行使も必要とあれば厭わないというトランプ政権。ロバート・B・ライシュは「恥を知らない人はどこにでもいる」というけれど、恥をかくのはその個人でいい。国家を巻き込むのは犯罪ではないのか?
権力とは?
正義とは?
行使の仕方によっては、反対から見たら、暴力であり、独裁でしかない。
沖縄問題と同じことは、21世紀の今も起きている。
21世紀、社会全体はよくなっているというけれど、一人の権力者によって、簡単に上昇も下降もする。
どうやら、高市政権は、解散選挙をするようだけれど、間違ったリーダーを選ばないためには、「まだまし」な人に投票するというも大事。
「あきらめたら試合終了です」だよね、安西先生。
一人一人が、諦めてはいけない。
